βは蚊帳の外で咽び泣く

夢？

『――円（まどか）。洋一君の手を離しなさい。』
『…やだ。』

―――ああ…コレは…“あの時”の…

『円。』
『嫌だっ！』

変声期もまだ迎えていない、甲高い少年の声が辺りに響き渡り
辺りに緊張が走る…

『円…我儘を言ってないで…我々と一緒に来るんだ。さあ――』
『けど…っ、御爺さま…っ！』

銀色の髪に銀色の瞳をした美しい少年は
隣に立つ黒髪に黒い瞳からポロポロと涙を流し
声も無く泣き続ける少年の手を強く握りしめたまま
少し離れた黒塗りの車の前で佇（たたず）む初老の男性に向かって
何かを言いかけるが

初老の男性がソレを聞く事は無く…
静かに片手を挙げ、周りの人間に合図を出す

すると互いに手を握り合う２人の少年の周りを
黒いスーツを着た複数の大人達が緊張した面持ちで取り囲み始め――

『嫌だ…嫌だよ…僕はようちゃんと…
　ようちゃんと一緒じゃなきゃ何処にもいかない…っ！
　ようちゃんだって――僕と一緒にいたいでしょ？ね？ね？？』
『…ッ、…ッ…』

―――そう…この時の俺は…僕は――“彼”に『喋るな。』と言われ…
　　　自分達の周りを取り囲む大人達が怖くて…
　　　本当は泣き叫びたくて仕方なかったにも関わらず
　　　僕は声を発する事も出来ずに
　　　
　　　ただただ涙を流しながら黙ってこの光景を見ている事しかできなくて――


『ああ…そんな怯えた顔をしないでようちゃん…大丈夫だから…
　きっと僕が何とかするから――』

―――“彼”が…怯える僕の後頭部に片手を回し
　　　グッと僕の顔を自分の顔に引き寄せて
　　　互いのおでこがコツンとぶつかった時に
　　　“彼”が小声で僕に何かを言った…
　　　
　　　そう…覚えてる…全部全部覚えてる…

　　　だから――だから見たくないんだこの先は…っ！


『――仕方ない…少々強引だが――彼等を引き離せ。』
『分かりました。』

―――ッ、やだ……もうやだ…っ！
　　　見せないで…っ、見たくないんだ…っ！お願いだから…っ！！

『円坊ちゃん…さあコチラへ――』

インカムを着けた黒スーツの男性が
おでこをくっつけあっている少年２人にその手を伸ばす
その時

『――“僕たちに…触るな”…っ！』
『――ッ！？！？』

銀髪の少年のその一言で、黒スーツの男性の動きがビキッと…
まるでゼンマイの切れたオモチャみたいに手を伸ばした姿勢で止まる…

そしてその止まった男性に向けて
銀髪の少年が、冷たい銀の瞳で睨みつけながら“命令”を下す

『“その汚い手で”――』

―――やめて…お願いだからやめて…っ！

『“自分の首を”――』
『円っ！止めなさいっ！！』

初老の男性が叫ぶ





『“骨が折れるまで締め上げろ”。』





『円っ！！！』
『ッ！？グッ…が…、がはッ、ぁ…あ”が…あ”ああ”…ッ、』

銀髪の少年にそう“命令”された男性は
ギリギリと自分の首を締め上げ、シン…と静まり返った辺りに
男性の苦し気な呻き声と
自らの首を絞めるミシミシという嫌な音だけが妙に大きく響いて――

『円っ！止めさせなさいっ！！おい誰かっ！首を絞めている彼を止めろっ！！』
『――ッ！オイ止めるんだっ！』
『意識をしっかり保てっ！』

初老の男性の言葉に
２人の男性がハッとして自分の首を絞め上げている男性に駆け寄るが――

『が…ぁがあ”…ゴハッ、ぁ”…が、あ”あ”あ”…っ、』


ボキッ…


――――ッ、

男性が最後の断末魔を上げると
辺りに鈍い…“何か”が折れる音が響き渡り
立ったまま自分の首を締め上げていた男性は
糸の切れた人形のようにその場に頽（くずお）れ…

『…僕の要求を飲まなきゃ…他の人達も“こうなる”よ…御爺さま…』

銀髪の少年はそのあどけない顔からは想像出来ない程に
美しくも悍ましい笑みを浮かべる…

しかし初老の男性は“ある物”をコートのポケットから取り出すと――

『…“コレ”を――何も知らない洋一君に使うのは忍びないが…』

初老の男性が洋一に向け、銃のようなモノを向ける

『ッ！？それは…っ！』
『円の暴走を止める為だ…許せ…』
『やめ…っ、』




バシュッ





※※※※※※※※※※※※※※※


「…ッ！」


バッ…と、洋一がベッドの上で目を覚まし
凄い勢いで起き上がる


―――ゆ…め…？


洋一が両手で顔を覆い、荒い呼吸を繰り返す…

―――嫌な…夢だった…

洋一が壁に掛けられているデジタル時計に目をやる

―――朝４時って…マジか…

ハァ～…と項垂れながら洋一は息を吐きだすと、意を決してベッドから降りる

―――とりあえず…シャワー…浴びて来よ…寝汗酷い…

洋一は少しフラつきながら歩きだすと
シャワーを浴びる為に部屋を後にした…