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妹を見捨てた私
何故妹ばかり愛されるの?
その言葉をぐっと飲み込む。
薄紅色のふわふわの髪を編み込み生花を飾り、薄いグリーンの生地を幾重にも重ねたドレスのあの子は確かに可愛い。
まだ5歳と幼くても将来美姫になるのがわかるくらいに。
何よりもキラキラと輝くローズピンクの瞳が周囲を引き付けて止まない。
花の妖精、薔薇の姫と例えても、大げさにならないほど。
今もお父様が私の天使と呼びかけている。
パーティ楽しみねと無邪気に笑う妹は、今日が私の誕生日パーティだなんてきっと忘れてる。
お父様お母様だって妹の側から離れない。
まだ、おめでとうの言葉さえもらっていないのに。
憂鬱な気持ちが隠せないでいたら妹が泣きそうな顔になる。
「お姉様は楽しみじゃないの?」
なんて残酷なことを聞くのかと思った。
妹の、丁寧に手をかけられたことがよくわかる繊細な美しさのドレス。庭師が丹精込めて咲かせた花を飾られた髪は少しだけ編み込まれて清らかに仕上げてある。無邪気に笑うと花が咲いたように場が華やぐ。
朝から何人もの手で整えられた姿は本当に素晴らしかった。
対して私は質は良い物だけれどシンプルな形のドレスに、髪はハーフアップにして銀で作られた小さな花の飾りがついた髪飾りを着けただけ。
ドレスも髪飾りも綺麗で気に入ってはいる。誕生日プレゼントとして贈られたそれはお父様やお母様が私のことを忘れていなかったと教えてくれた。
けれど……。
妹が着ているドレスに比べたら、妹の髪を飾るために差し出された手に比べたら。
価値がない、そう思ってしまう私はなんて醜いんでしょう。
妹を悲しませるんじゃないと怒られて気を引き締める。
パーティなのに暗い顔をしてはいけない。
顔を上げて笑みを浮かべる。
妹の頭を撫でると嬉しそうに笑った。
可愛い。
少し寂しい気持ちがあっても大切な妹だわ。
お父様お母様も私を嫌っているわけじゃない。
なら、私もこの家の娘として恥ずかしくない姿で挑まなければ。
毅然と顔を上げてお客様を迎えるべく笑みを浮かべた。
◇◇◇
パーティはつつがなく進んでいる。
私の年齢のこともあって今年は人が多い。
10歳はそろそろ婚約者を決める年齢で、このパーティに招いた方の中にも何人か候補者がいると聞いている。
挨拶をしながらパーティを楽しむ。
来てくれた友人とも挨拶を交わしておめでとうの言葉をもらう。
みんなに誕生日を祝ってもらえて自然な笑顔が浮かぶ。
久しぶり会った幼馴染にもお祝いの言葉をもらってうれしい。彼は12歳にしてすでに家を離れて神官になるための学園に通っている。
自分で自分の道を決めて歩いているせいか2つ年上なだけなのに大人びて見えた。
これから私も婚約者を得たり、未来が決まっていく。
今までのようにはいられないかもしれない。もっともっと頑張らないと。
まずは婚約者候補の方全員とお話をするところからかしら。
まだ挨拶しかできていない候補者の方を探しながら会場を移動する。
ふと先ほどまで会場でケーキを食べていた妹がいなくなっているのに気がついた。
視線を左右に振るとあの子が髪に着けていた生花が目に入った。
庭の薔薇園に続く小道に落ちている。
パーティに飽きて庭に出たのかもしれない。
様子を見て退屈そうなら誰かに付き添わせて部屋に戻そうと考えて妹を探しに庭に出る。
小道まで来ると落ちていた花がない。
自分で気づいて拾ったのかしら。
薔薇園に入っていくと妹の笑い声が聞こえた。
誰かいる?
生垣を通り過ぎると妹に花を差し出す男の子の姿が目に入った。
「紅薔薇の姫、落とし物ですよ」
「ありがとう!」
微笑んで花を受け取った妹が満面の笑みでお礼を言う。
その愛らしさに男の子が頬を染めた。
「あっ! お姉様!」
私に気が付いた妹が走り寄ってくる。
ふわふわの髪を跳ねさせて駆け寄る妹の頭を撫でて男の子に挨拶をする。
奇しくも彼は私が探していた婚約者候補の一人だった。
「先ほどご挨拶させていただきましたね。
妹の花飾りを拾っていただきありがとうございます」
「あ、ああ。 先ほどはどうも。
そうか、君の妹さんだったのか。
こんな小さい子供が一人でいたから不思議だったんだ」
そう言ってこちらへ歩いてくる。
今日招かれた子供たちは私と同年代の子供だけ。妹と同じ年頃の子供はいなかった。
私と妹を見比べる視線は慣れたもの。
周囲の誰をも魅了する妹と比べ、自分が地味なのは知っていた。
「疲れたのなら部屋に帰る?」
きれいに飾ってもらった花も落ちてしまったし。
もしパーティ会場に戻るのなら髪だけ直してもらったほうが良いかもしれないわね。
せっかくこんなに華やかに着飾っているのだから、もったいないわ。
飾りも何もなくても充分に華やかな雰囲気を持っているけれど。
「うーん」
悩んでいるところをみると飽きていたのは確かなようだ。
「そんなこと言わないで一緒にパーティに戻らないか?」
悩む妹を引き留めたのは花を拾ってくれた男の子。
柔らかくほほ笑みかける男の子の耳は赤くなっている。
言葉を尽くして妹を引き留めようとする婚約者候補の姿に気分が重くなっていく。
やっぱり私の誕生日なんて妹のおまけにすぎないんだ。
卑屈な考えが頭に浮かんでしまう。目を閉じて卑屈な考えを否定する。
妹は何も悪くない。
ただ、自然と周りの人を魅了してしまうだけなんだから。
そう言い聞かせるのに。
男の子の必死の説得に心を動かされた妹が会場に戻ると言った笑顔に、腹立たしさが湧いてしまったのは紛れもない事実だった。
妹と手を繋いで庭を戻る。
途中うらやましそうな顔をしていた男の子に向かって妹が「繋ぐ?」と手を伸ばすのを止める。
いくら幼くても他家の男の子とパーティで手を繋いでいるところを見られるのは良くないと注意すると素直に聞き分ける。男の子の方が不満そうだった。
パーティの賑わいが聞こえてきたところで繋いでいた手を離す。
髪を飾っていた花は私では直せなかったので私が着けていた髪飾りの一部を着けてあげた。
シンプルな飾りは妹の髪を引き立たせより美しく見せる。
なんだか自分の髪にあったときよりも輝いて見えて複雑な気持ちになるけれど、妹が純粋に「お姉様とおそろい!」と喜んでくれたのでちょっと気分が軽くなった。
別々に会場に戻ろうと声をかけると男の子は残念そうな顔になった。
妹ともっと一緒にいたいんだろうけれど、ここから先はそういうわけにはいかない。
会場でももう話すことはないでしょう。妹の手を離して挨拶をする。
無邪気にじゃあね、と手を振る妹と会場に戻ろうとすると、男の子が妹の手を握った。
目を丸くしている妹に向かって男の子は熱に浮かされたような目を向ける。
「また遊びに来てもいいかな?」
え?と零したのは私と妹どちらだったのか。
「それとも君が僕の家に来る?」
きっと楽しいよと微笑む男の子に妹も戸惑って私を見上げる。
「妹の手をお放しください」
止めなければと声を上げると男の子の視線が私に向いた。その目は憎しみに満ちて、そんな目を見たことのない私を怯ませた。
「邪魔するな。
この子は僕の物だ」
――正気じゃない。
恐ろしさに後ずさる。
手を握られた妹も目を見開いて硬直していた。
「ああ、なんて愛らしいんだ」
妹の手を握っているのと反対の手で妹の頬を撫でる。
先ほどまでの、妹の愛らしさに頬を染めていた様子と違い、執着の籠った瞳で妹を見つめ、捕らえようと手を強く握る。
怯えた妹が瞳を潤ませ私に助けを求める。
「お、お姉様……」
震えながら伸ばした手も男の子に捕まえられた。
助けなければ、そう思うのに男の子の異様な様子に足が動かない。
助けて、そう訴える瞳に膜が張る。
伸ばされない手に溢れて零れる涙が、なぜかゆっくりと見えた。
「あ……」
「そこまでだ」
伸ばしかけた手が割って入った声に止まった。
遅れて見知った声であるのに気づく。
現れたのは私の幼馴染。
彼は険しい顔で妹を睨むと、素早く近づきニ人を引き離す。
妹から引き離された男の子が幼馴染に掴みかかろうとして投げ飛ばされる。
「こんなところで魅了の魔力を感知するとは思わなかった。
幼いのに末恐ろしい魔力だな」
妹を拘束していた男の子ではなく、なぜか妹が押さえ込まれている。
どうして?
幼馴染に投げ飛ばされた男の子は呆然と自分の手を見つめている。
その顔に先ほどまでの怒りはない。
「魅了・・・・・・?」
「そうだ、自分に好意的な気持ちを抱くように相手を操る力だ」
「ふ、ふざけるな!
勝手に僕を操っていたのか! なんてことを!」
そんな言い方、と思ったけれど確かに彼はおかしくなっていた。
妹を放すように言ったときに向けられた憎しみの目を思い出して震える。
普通では考えられない執着や溺愛。
もしかして、という思いが浮かぶ。
「まさか、お父様とお母様も?」
お父様もお母様も常に妹を可愛がっていた。それが妹の愛らしさだけではなく、魅了のせいだったから?
だから私を放っておいて妹に夢中になっていたの?
「それはわからない」
成長し魔法を習うようになると魔力で身を守る方法も学ぶらしい。
幼馴染も魔力で身を守る方法を身に着けているという。
男の子はまだその術を知らなかったから極端に効果が表れたのだろうと語る幼馴染。
痛い、放して、と泣く妹は庇護欲を誘う。幼馴染が何かを唱えると、妹は眠りに落ちた。
頬に残る涙を拭おうと眠る妹に手を伸ばす。
指先が髪に触れようとした瞬間、厳しい声で止められた。
「触るのは止めておけ。
まだどのような条件で魅了が発現するのかわからないんだ」
でも、と上げかけた声は口内で止まる。
男の子の異様な状態が頭に浮かび、自分もそうなるのではないかと恐れが生まれた。
顔を上げると大人に囲まれていた。
その中にはお父様とお母様もいる。
パーティはまだ続いているけれど会場からも注目されていた。
幼馴染が妹を抱き上げる。
声をかけられたお父様とお母様が耳打ちをされて慌てて動き出す。
男の子の両親らしき人がやってきて男の子に声をかけ抱きしめる。
無事だったことを喜びながら妹へ憎しみの視線を向けた。
その表情がさっきの男の子と似ていて、親子なんだなとくだらないことを考える。
慌ただしく動き出した周囲に私は映らない。
放置された私が声をかけられたのはパーティが終わってからだった。
その日、私は妹を失った。
それから大人たちは大変だったみたいだ。
伯爵家の娘が高位の家の息子を魅了の力で操ろうとした。
人の多数参加するパーティが現場だったことが災いし、噂は社交界を駆け巡ったという。
魅了の力という他者の精神に作用する非常に稀で危険な力による事件だったため、国が介入した。
国王直々に命じた調査官による調査と上位の家からの抗議にお父様は頭を抱え、お母様は青ざめていた。
魅了の力がどのようなものか調査するために妹は王城に連れて行かれ、帰って来ない。
自分たちも操られていたのかもしれないと、あれだけ可愛がっていた妹を悪し様に言い、私に構いだしたお父様お母様に嫌悪感を抱いてしまっていた。
あれほど妹を羨ましいと感じていたのに。
妹の魅了の力は側にいるだけでは影響が弱く、触れることで効果が強く表れるものだったとの調査結果が出たこと、妹に触れたのは男の子が先だったことが考慮され、公式にはお咎めは無かった。
賠償などもなかったものの、その家とは縁が切れ、他の家からも疎まれることとなった。
お父様お母様も魅了の影響がなかったわけではないけれど、私を蔑ろにして妹ばかりを可愛がっていたのはそのせいではないと結果がでた。
妹の魅了の力は自分への好意を増幅するものであって他者への好意を無くしたりできるものではなかったからだ。
失望よりも納得した。
やっぱり私は愛されていたわけではないことを。
家の駒として育てていたのであって、親としての愛ではなかった。
ニ人が妹を愛していたのかはわからない。
好意を増幅された結果の愛だったのか、元々あった愛が増幅された故の溺愛だったのか。
きっとこれからも、もうわからない。
この先お父様お母様と妹が会うことはないからだ。
私も、もう二人と一緒に暮らすことはない。
あれから私はお婆様の実家の養女になった。それまでの妹の優遇の影で蔑ろにされていたという調査結果とこれから落ちぶれていくことが決まっている伯爵家にいるよりは良いだろうと大人たちの話し合いでそうなった。
妹の処遇も決まった。魔法省預かりで魅了の力を制御していくことになると新しいお父様から聞いた。
妹がまだ幼く悪意を持って魅了をかけたのではないこと、魅了の結果が周囲の人間が自分を好きになるというだけのもので害がなかったこと、また魅了された人間が家族と屋敷の使用人の一部だけだったことも温情に繋がったという。
あのパーティで魅了にかかった男の子の両親はその処分に抗議したけれど、男の子の方から妹の手を握ったことや魅了にかかったことが原因とはいえ妹を拘束し迫っていた事実があったため訴えは退けられた。
男の子を救った幼馴染から話を聞いた神殿からもとりなしがあったと聞く。
養女になる前に、一度だけ幼馴染から手紙が来た。
騒ぎになった謝罪、それから妹も自分の力を制御できるようになったら自由になれる可能性があると書かれていた。
その時になったら再会もできるかもしれないとも。
どういう顔をしていいかわからなかった。
これまでの寂しい想い、妹への羨望、存在に苛立たしさを感じたこと。
それでも可愛い妹だと思っていたこと、それが本当の気持ちだったのかわからないこと。
あの日、助けを求めるあの子へ手を伸ばせなかったこと。
色々な想いが浮かんでは流れて、答えは出ない。
そして答えを出さないまま、時は流れていった。
◇◇◇
私が嫁いでしばらくした頃、噂で聞いた。
妹が力を制御できるようになり、いくらかの制限はあるけれど自由の身になったこと。
伯爵家はすでに無く、魔法省を辞して娼婦になったこと。
10年以上前の事件であるのにも関わらず社交界で虚偽織り交ぜて囁かれる噂。
その影にあの家が見え隠れしていた。
まだ、許していないのだ。
妹を、今は無き伯爵家を。
魅了の力を使って上位の家の令息を狙った女狐が身を滅ぼしたのだと嘲笑う者たちの醜さを直視できず場を離れる。
眩暈がする。
ぐらぐらする視界に耐えながら屋敷に戻り、自室で伏せった。
『自分が貶めた実家が無くなって娼館しか行くところがなかったんですって』
『10にも満たない幼い頃から男を誑かそうとしたような娘なのでしょう?』
『魔法省でも力の制御にかこつけて年上の男に取り入ろうとしたとか!』
『手に負えなくて魅了の力を封じられて娼館に売り飛ばされたのよ』
噂は好き勝手に悪意を次から次に取り込んで広がっていく。
そんな子じゃない!
年上の男の子に手を掴まれて恐ろしさに助けを求めていた姿が蘇る。
罪悪感に押しつぶされそうだった。
お婆様の実家に養女に入り、没落していく伯爵家を横目に自分は穏やかな生活を手に入れた。
両親も姉もいなくなった妹が一人で知らない大人に囲まれて生活している間、優しい義父母に気遣われ、お婆様も手紙をくれたり会いに来てくれた。普段は出仕して屋敷にいない義兄も屋敷に戻ったときは何かと声をかけてくれた。
私は恵まれている。
妹を踏み台にして安寧を手に入れた姉。
あの日の泣き顔が頭から離れない。
10年間連絡ひとつしなかった。禁じられてはいなかったのに。
渦中の妹を疎んだお婆様、私には優しくても妹を蔑む目を隠さなかったお義母様に憚って保身に走った。
だから、身を落とす前に相談してもらえなかったのは当然なのだ。
これからも私はこの罪悪感を持ち続けなければならないのだろう。
たった一人の妹を見捨てた私は。
苦しみながらも安寧を捨てられない。最低な人間だった。
その言葉をぐっと飲み込む。
薄紅色のふわふわの髪を編み込み生花を飾り、薄いグリーンの生地を幾重にも重ねたドレスのあの子は確かに可愛い。
まだ5歳と幼くても将来美姫になるのがわかるくらいに。
何よりもキラキラと輝くローズピンクの瞳が周囲を引き付けて止まない。
花の妖精、薔薇の姫と例えても、大げさにならないほど。
今もお父様が私の天使と呼びかけている。
パーティ楽しみねと無邪気に笑う妹は、今日が私の誕生日パーティだなんてきっと忘れてる。
お父様お母様だって妹の側から離れない。
まだ、おめでとうの言葉さえもらっていないのに。
憂鬱な気持ちが隠せないでいたら妹が泣きそうな顔になる。
「お姉様は楽しみじゃないの?」
なんて残酷なことを聞くのかと思った。
妹の、丁寧に手をかけられたことがよくわかる繊細な美しさのドレス。庭師が丹精込めて咲かせた花を飾られた髪は少しだけ編み込まれて清らかに仕上げてある。無邪気に笑うと花が咲いたように場が華やぐ。
朝から何人もの手で整えられた姿は本当に素晴らしかった。
対して私は質は良い物だけれどシンプルな形のドレスに、髪はハーフアップにして銀で作られた小さな花の飾りがついた髪飾りを着けただけ。
ドレスも髪飾りも綺麗で気に入ってはいる。誕生日プレゼントとして贈られたそれはお父様やお母様が私のことを忘れていなかったと教えてくれた。
けれど……。
妹が着ているドレスに比べたら、妹の髪を飾るために差し出された手に比べたら。
価値がない、そう思ってしまう私はなんて醜いんでしょう。
妹を悲しませるんじゃないと怒られて気を引き締める。
パーティなのに暗い顔をしてはいけない。
顔を上げて笑みを浮かべる。
妹の頭を撫でると嬉しそうに笑った。
可愛い。
少し寂しい気持ちがあっても大切な妹だわ。
お父様お母様も私を嫌っているわけじゃない。
なら、私もこの家の娘として恥ずかしくない姿で挑まなければ。
毅然と顔を上げてお客様を迎えるべく笑みを浮かべた。
◇◇◇
パーティはつつがなく進んでいる。
私の年齢のこともあって今年は人が多い。
10歳はそろそろ婚約者を決める年齢で、このパーティに招いた方の中にも何人か候補者がいると聞いている。
挨拶をしながらパーティを楽しむ。
来てくれた友人とも挨拶を交わしておめでとうの言葉をもらう。
みんなに誕生日を祝ってもらえて自然な笑顔が浮かぶ。
久しぶり会った幼馴染にもお祝いの言葉をもらってうれしい。彼は12歳にしてすでに家を離れて神官になるための学園に通っている。
自分で自分の道を決めて歩いているせいか2つ年上なだけなのに大人びて見えた。
これから私も婚約者を得たり、未来が決まっていく。
今までのようにはいられないかもしれない。もっともっと頑張らないと。
まずは婚約者候補の方全員とお話をするところからかしら。
まだ挨拶しかできていない候補者の方を探しながら会場を移動する。
ふと先ほどまで会場でケーキを食べていた妹がいなくなっているのに気がついた。
視線を左右に振るとあの子が髪に着けていた生花が目に入った。
庭の薔薇園に続く小道に落ちている。
パーティに飽きて庭に出たのかもしれない。
様子を見て退屈そうなら誰かに付き添わせて部屋に戻そうと考えて妹を探しに庭に出る。
小道まで来ると落ちていた花がない。
自分で気づいて拾ったのかしら。
薔薇園に入っていくと妹の笑い声が聞こえた。
誰かいる?
生垣を通り過ぎると妹に花を差し出す男の子の姿が目に入った。
「紅薔薇の姫、落とし物ですよ」
「ありがとう!」
微笑んで花を受け取った妹が満面の笑みでお礼を言う。
その愛らしさに男の子が頬を染めた。
「あっ! お姉様!」
私に気が付いた妹が走り寄ってくる。
ふわふわの髪を跳ねさせて駆け寄る妹の頭を撫でて男の子に挨拶をする。
奇しくも彼は私が探していた婚約者候補の一人だった。
「先ほどご挨拶させていただきましたね。
妹の花飾りを拾っていただきありがとうございます」
「あ、ああ。 先ほどはどうも。
そうか、君の妹さんだったのか。
こんな小さい子供が一人でいたから不思議だったんだ」
そう言ってこちらへ歩いてくる。
今日招かれた子供たちは私と同年代の子供だけ。妹と同じ年頃の子供はいなかった。
私と妹を見比べる視線は慣れたもの。
周囲の誰をも魅了する妹と比べ、自分が地味なのは知っていた。
「疲れたのなら部屋に帰る?」
きれいに飾ってもらった花も落ちてしまったし。
もしパーティ会場に戻るのなら髪だけ直してもらったほうが良いかもしれないわね。
せっかくこんなに華やかに着飾っているのだから、もったいないわ。
飾りも何もなくても充分に華やかな雰囲気を持っているけれど。
「うーん」
悩んでいるところをみると飽きていたのは確かなようだ。
「そんなこと言わないで一緒にパーティに戻らないか?」
悩む妹を引き留めたのは花を拾ってくれた男の子。
柔らかくほほ笑みかける男の子の耳は赤くなっている。
言葉を尽くして妹を引き留めようとする婚約者候補の姿に気分が重くなっていく。
やっぱり私の誕生日なんて妹のおまけにすぎないんだ。
卑屈な考えが頭に浮かんでしまう。目を閉じて卑屈な考えを否定する。
妹は何も悪くない。
ただ、自然と周りの人を魅了してしまうだけなんだから。
そう言い聞かせるのに。
男の子の必死の説得に心を動かされた妹が会場に戻ると言った笑顔に、腹立たしさが湧いてしまったのは紛れもない事実だった。
妹と手を繋いで庭を戻る。
途中うらやましそうな顔をしていた男の子に向かって妹が「繋ぐ?」と手を伸ばすのを止める。
いくら幼くても他家の男の子とパーティで手を繋いでいるところを見られるのは良くないと注意すると素直に聞き分ける。男の子の方が不満そうだった。
パーティの賑わいが聞こえてきたところで繋いでいた手を離す。
髪を飾っていた花は私では直せなかったので私が着けていた髪飾りの一部を着けてあげた。
シンプルな飾りは妹の髪を引き立たせより美しく見せる。
なんだか自分の髪にあったときよりも輝いて見えて複雑な気持ちになるけれど、妹が純粋に「お姉様とおそろい!」と喜んでくれたのでちょっと気分が軽くなった。
別々に会場に戻ろうと声をかけると男の子は残念そうな顔になった。
妹ともっと一緒にいたいんだろうけれど、ここから先はそういうわけにはいかない。
会場でももう話すことはないでしょう。妹の手を離して挨拶をする。
無邪気にじゃあね、と手を振る妹と会場に戻ろうとすると、男の子が妹の手を握った。
目を丸くしている妹に向かって男の子は熱に浮かされたような目を向ける。
「また遊びに来てもいいかな?」
え?と零したのは私と妹どちらだったのか。
「それとも君が僕の家に来る?」
きっと楽しいよと微笑む男の子に妹も戸惑って私を見上げる。
「妹の手をお放しください」
止めなければと声を上げると男の子の視線が私に向いた。その目は憎しみに満ちて、そんな目を見たことのない私を怯ませた。
「邪魔するな。
この子は僕の物だ」
――正気じゃない。
恐ろしさに後ずさる。
手を握られた妹も目を見開いて硬直していた。
「ああ、なんて愛らしいんだ」
妹の手を握っているのと反対の手で妹の頬を撫でる。
先ほどまでの、妹の愛らしさに頬を染めていた様子と違い、執着の籠った瞳で妹を見つめ、捕らえようと手を強く握る。
怯えた妹が瞳を潤ませ私に助けを求める。
「お、お姉様……」
震えながら伸ばした手も男の子に捕まえられた。
助けなければ、そう思うのに男の子の異様な様子に足が動かない。
助けて、そう訴える瞳に膜が張る。
伸ばされない手に溢れて零れる涙が、なぜかゆっくりと見えた。
「あ……」
「そこまでだ」
伸ばしかけた手が割って入った声に止まった。
遅れて見知った声であるのに気づく。
現れたのは私の幼馴染。
彼は険しい顔で妹を睨むと、素早く近づきニ人を引き離す。
妹から引き離された男の子が幼馴染に掴みかかろうとして投げ飛ばされる。
「こんなところで魅了の魔力を感知するとは思わなかった。
幼いのに末恐ろしい魔力だな」
妹を拘束していた男の子ではなく、なぜか妹が押さえ込まれている。
どうして?
幼馴染に投げ飛ばされた男の子は呆然と自分の手を見つめている。
その顔に先ほどまでの怒りはない。
「魅了・・・・・・?」
「そうだ、自分に好意的な気持ちを抱くように相手を操る力だ」
「ふ、ふざけるな!
勝手に僕を操っていたのか! なんてことを!」
そんな言い方、と思ったけれど確かに彼はおかしくなっていた。
妹を放すように言ったときに向けられた憎しみの目を思い出して震える。
普通では考えられない執着や溺愛。
もしかして、という思いが浮かぶ。
「まさか、お父様とお母様も?」
お父様もお母様も常に妹を可愛がっていた。それが妹の愛らしさだけではなく、魅了のせいだったから?
だから私を放っておいて妹に夢中になっていたの?
「それはわからない」
成長し魔法を習うようになると魔力で身を守る方法も学ぶらしい。
幼馴染も魔力で身を守る方法を身に着けているという。
男の子はまだその術を知らなかったから極端に効果が表れたのだろうと語る幼馴染。
痛い、放して、と泣く妹は庇護欲を誘う。幼馴染が何かを唱えると、妹は眠りに落ちた。
頬に残る涙を拭おうと眠る妹に手を伸ばす。
指先が髪に触れようとした瞬間、厳しい声で止められた。
「触るのは止めておけ。
まだどのような条件で魅了が発現するのかわからないんだ」
でも、と上げかけた声は口内で止まる。
男の子の異様な状態が頭に浮かび、自分もそうなるのではないかと恐れが生まれた。
顔を上げると大人に囲まれていた。
その中にはお父様とお母様もいる。
パーティはまだ続いているけれど会場からも注目されていた。
幼馴染が妹を抱き上げる。
声をかけられたお父様とお母様が耳打ちをされて慌てて動き出す。
男の子の両親らしき人がやってきて男の子に声をかけ抱きしめる。
無事だったことを喜びながら妹へ憎しみの視線を向けた。
その表情がさっきの男の子と似ていて、親子なんだなとくだらないことを考える。
慌ただしく動き出した周囲に私は映らない。
放置された私が声をかけられたのはパーティが終わってからだった。
その日、私は妹を失った。
それから大人たちは大変だったみたいだ。
伯爵家の娘が高位の家の息子を魅了の力で操ろうとした。
人の多数参加するパーティが現場だったことが災いし、噂は社交界を駆け巡ったという。
魅了の力という他者の精神に作用する非常に稀で危険な力による事件だったため、国が介入した。
国王直々に命じた調査官による調査と上位の家からの抗議にお父様は頭を抱え、お母様は青ざめていた。
魅了の力がどのようなものか調査するために妹は王城に連れて行かれ、帰って来ない。
自分たちも操られていたのかもしれないと、あれだけ可愛がっていた妹を悪し様に言い、私に構いだしたお父様お母様に嫌悪感を抱いてしまっていた。
あれほど妹を羨ましいと感じていたのに。
妹の魅了の力は側にいるだけでは影響が弱く、触れることで効果が強く表れるものだったとの調査結果が出たこと、妹に触れたのは男の子が先だったことが考慮され、公式にはお咎めは無かった。
賠償などもなかったものの、その家とは縁が切れ、他の家からも疎まれることとなった。
お父様お母様も魅了の影響がなかったわけではないけれど、私を蔑ろにして妹ばかりを可愛がっていたのはそのせいではないと結果がでた。
妹の魅了の力は自分への好意を増幅するものであって他者への好意を無くしたりできるものではなかったからだ。
失望よりも納得した。
やっぱり私は愛されていたわけではないことを。
家の駒として育てていたのであって、親としての愛ではなかった。
ニ人が妹を愛していたのかはわからない。
好意を増幅された結果の愛だったのか、元々あった愛が増幅された故の溺愛だったのか。
きっとこれからも、もうわからない。
この先お父様お母様と妹が会うことはないからだ。
私も、もう二人と一緒に暮らすことはない。
あれから私はお婆様の実家の養女になった。それまでの妹の優遇の影で蔑ろにされていたという調査結果とこれから落ちぶれていくことが決まっている伯爵家にいるよりは良いだろうと大人たちの話し合いでそうなった。
妹の処遇も決まった。魔法省預かりで魅了の力を制御していくことになると新しいお父様から聞いた。
妹がまだ幼く悪意を持って魅了をかけたのではないこと、魅了の結果が周囲の人間が自分を好きになるというだけのもので害がなかったこと、また魅了された人間が家族と屋敷の使用人の一部だけだったことも温情に繋がったという。
あのパーティで魅了にかかった男の子の両親はその処分に抗議したけれど、男の子の方から妹の手を握ったことや魅了にかかったことが原因とはいえ妹を拘束し迫っていた事実があったため訴えは退けられた。
男の子を救った幼馴染から話を聞いた神殿からもとりなしがあったと聞く。
養女になる前に、一度だけ幼馴染から手紙が来た。
騒ぎになった謝罪、それから妹も自分の力を制御できるようになったら自由になれる可能性があると書かれていた。
その時になったら再会もできるかもしれないとも。
どういう顔をしていいかわからなかった。
これまでの寂しい想い、妹への羨望、存在に苛立たしさを感じたこと。
それでも可愛い妹だと思っていたこと、それが本当の気持ちだったのかわからないこと。
あの日、助けを求めるあの子へ手を伸ばせなかったこと。
色々な想いが浮かんでは流れて、答えは出ない。
そして答えを出さないまま、時は流れていった。
◇◇◇
私が嫁いでしばらくした頃、噂で聞いた。
妹が力を制御できるようになり、いくらかの制限はあるけれど自由の身になったこと。
伯爵家はすでに無く、魔法省を辞して娼婦になったこと。
10年以上前の事件であるのにも関わらず社交界で虚偽織り交ぜて囁かれる噂。
その影にあの家が見え隠れしていた。
まだ、許していないのだ。
妹を、今は無き伯爵家を。
魅了の力を使って上位の家の令息を狙った女狐が身を滅ぼしたのだと嘲笑う者たちの醜さを直視できず場を離れる。
眩暈がする。
ぐらぐらする視界に耐えながら屋敷に戻り、自室で伏せった。
『自分が貶めた実家が無くなって娼館しか行くところがなかったんですって』
『10にも満たない幼い頃から男を誑かそうとしたような娘なのでしょう?』
『魔法省でも力の制御にかこつけて年上の男に取り入ろうとしたとか!』
『手に負えなくて魅了の力を封じられて娼館に売り飛ばされたのよ』
噂は好き勝手に悪意を次から次に取り込んで広がっていく。
そんな子じゃない!
年上の男の子に手を掴まれて恐ろしさに助けを求めていた姿が蘇る。
罪悪感に押しつぶされそうだった。
お婆様の実家に養女に入り、没落していく伯爵家を横目に自分は穏やかな生活を手に入れた。
両親も姉もいなくなった妹が一人で知らない大人に囲まれて生活している間、優しい義父母に気遣われ、お婆様も手紙をくれたり会いに来てくれた。普段は出仕して屋敷にいない義兄も屋敷に戻ったときは何かと声をかけてくれた。
私は恵まれている。
妹を踏み台にして安寧を手に入れた姉。
あの日の泣き顔が頭から離れない。
10年間連絡ひとつしなかった。禁じられてはいなかったのに。
渦中の妹を疎んだお婆様、私には優しくても妹を蔑む目を隠さなかったお義母様に憚って保身に走った。
だから、身を落とす前に相談してもらえなかったのは当然なのだ。
これからも私はこの罪悪感を持ち続けなければならないのだろう。
たった一人の妹を見捨てた私は。
苦しみながらも安寧を捨てられない。最低な人間だった。
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みんなの感想(10件)
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感想ありがとうございます。
幼馴染が気が付いたのは『偶然』です。姉の誕生パーティに参加していて会場の隅で休んでいたところ、たまたま怪しい魔力を感知して見に行ったら手を掴まれている妹と令息の異様さに動けない姉に遭遇し、魅了の魔力だと気が付いて取り押さえた感じです。
その場に気が付ける大人がいたらもっと穏便に収められたかもしれませんね。
姉も妹のその後に関わっていればきっと身を落とすことは防げたでしょう。
噂でしか身の振りを聞けないような関係性でなければ。
連絡ひとつしなかった、していれば、と悔やむ姉はこの先どのように行動するか。
悔やむのみか、後悔を行動に移すか。
主人公の感覚として『自分事』ではなかったのだと思います。知るまでは。
知って、思い悩み苦しんでいる。それからはどうするのか。それによって未来はどのようにでも変わっていくのだと思います。
感情描写や話の纏まりについては意外な意見で参考になりました。
本当に人の感じ方は千差万別なのだと思います。
だからこそこうして感想を拝見するのは楽しいです、ありがとうございました。
感想ありがとうございます。
姉妹の関係をそう言っていただけて嬉しいです。
皆様から様々な意見や考察をいただけて作者も2人の背景をより深く理解できたと思います。
お話の終わりの時点では悩み惑い苦しんでいますが、この先の未来では穏やかな幸せを得られると。
2人のハッピーエンドを信じてくれてありがとうございます。
この姉妹ならきっと大丈夫です。
感想ありがとうございます。
幸せに暮らしているからこそ妹のことがショックで罪悪感に苛まれてしまいました。
妹のことは義務ではないですが通常であれば親に連絡が行き、それが無理なら姉に〜となるものだと思います。なぜ噂で聞くまで何も知らなかったのか、など謎が残りますね。知らせたのか、知らせなかったのか、知らせることを望まなかったのか。その後の人生についての提示はあったのか、などなど。
姉視点ではわからないことが多く思考が空回りしているのは否めないです。
突然知らされた妹の境遇にショックを受け混乱している最中です。
現状重く切ないお話ですが、この先で姉妹とも幸せになれます。そう思いながら書いていました。
読んでいただいて、姉の心情を理解してくださってうれしいです。
感想ありがとうございました!