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副団長 × アミル
尾行
しおりを挟む酒場から一本離れた通りから様子を窺いながらカイルに声を掛ける。
カイルはもう普段の顔に戻っていた。
「あの、カイル」
「何?」
「中に入るんじゃないんですか?」
店が怪しいから店内に潜入するんだと思っていたのに一向にその様子はない。タイミングを計っているわけでもなさそうだし疑問は大きくなるばかりだった。
僕の問いにカイルの目がこちらを向く。
「入る必要はないかな」
俺たちのような余所者が入ったら警戒されるだけだしと言われては頷くしかない。確かに。
じゃあ何を見ているんだろうと疑問が浮かぶ。
カイルは答えを教えてくれる気はないらしくアミルは仕方なしに『黒羽の鷹』を見つめる。
アミルたちが見ている短い間だけでもそこそこ人が入っている。女将が教えてくれた酒場のような繁盛している店とは違うようだが引きも切らないという感じか。
ふと店に向かう一人の男に視線が引き寄せられる。
何が気になったのかと言えば男の足元だ。
店の灯りに照らされた靴が随分綺麗だった。
長い上衣を着ているため服装はわからないけれど、泥汚れも傷もない靴は酒場に入って行った他の者に比べて酷く浮いて見える。
普通の町人は靴の手入れまでは気を回さないものだ。
日頃から靴まで綺麗に保つ者と言えば商人の中でも高級店に勤める者や、高貴な身分に使える従者など。
そのどちらもあの酒場とは雰囲気がそぐわない。
「いきなり当たりっぽいね」
横からカイルの楽しそうな声が聞こえる。アミルの視線を受けて不思議そうな顔をする。
「どうしたの?
アミルもあの男を見てたよね」
「見てはいましたけど……。
店に合わない雰囲気だなって」
「そうだよね。
あの店に酒を楽しみに来わけじゃなさそうなら何をしにきたと思う?」
何をしに……。
突然の質問に出てきた答えはごく普通のもの。
「人を探しに来たとか待ち合わせですか」
「そんなところだろうね」
じゃあどんな相手と会おうとしてるのか気になるよね?と悪戯な瞳を向ける。
その目は問いかけを楽しんでいるようで当てられるかな?と言われている気分になる。
言ってみればこれも『試されている』のかもしれない。
どんな答えを返すのか。それが的を射てるものか、自分を楽しませるものか、と。
的外れな答えを繰り返せば話す価値のない相手と認識されそうだ。
多分、そうなるんだろう。
……以前ならわざと外したかもしれない。
興味を無くしてくれることを願って。
でも、今は――。
失望されるのが怖い。
「同じような格好の人間と会っていれば公にしたくない取引の可能性を考えます」
カイルの目が面白そうに細められる。
「明らかに階層の違う人間と会っていても同じですが……。
ただ表に出せない取引に犯罪行為が関わっていることを更に疑います」
真っ当な取引であれば昼に店や屋敷の応接室で話せばいいだけだ。アミルの答えに楽しそうに笑う。
「アミルって意外と疑り深いね」
「騎士なので」
相手の行動を肯定的な方向から理解しようとするのは騎士の仕事ではない。
カイルの口元がまたおかしそうに緩む。
そんなにおかしなことを言ったつもりはないんだけど。とりあえずアミルの答えは気に入ったらしい。
「そうだね、騎士だ。
見習いも返上したしね」
初討伐から何度か魔獣討伐の経験を重ねた。
それは同時にカイルと身体を重ねたことをも意味する。
おかしな関係だと思う。
何も感情の通わない身体だけの関係、そう割り切れるほどお互いに興味がないわけじゃない。
気安い態度で会話を交わし、部下と上司としては信頼関係もある。
けれど踏み込めない領域にぶつかる度に垣間見える”らしくない顔”に、言いようのない焦燥感に駆られてしまう。
心配している、なんて言ったら笑うだろうか。
丁度男が出てきたので会話が止まった。
男の後ろにはシワの付いた外套を着た男が付いてきている。
連れ立って歩いていることに違和感を覚える組み合わせだ。
「アミル曰く怪しい組み合わせだね」
「自分はそう思ってないみたいな言い方止めてください」
笑みの形をしていても瞳は鋭く男たちを見つめている。
カイルの方が余程確かな理由を以て男たちを怪しんでいるみたいだった。
アミルの目からは具体的に不審なところは見つけられない。
男たちの後ろを距離を保って追う。
昼間歩いた街並みを思い出しながら男たちの向かう場所を予測する。
このままいけば襲撃を受けた場所に近い。そう思っていたら男たちが分かれて歩き出す。
焦ったアミルにカイルが短く指示を飛ばす。
最初の男を追え、自分は外套を着た男を追うからと。
「どこに行ったか見届けたら宿に戻りな。 見失ってもね」
「承知しました」
了承を返して男の後を追う。
見咎められたくないのか男は少し足早に通りを進む。
見失わない程度に離れながら尾行するアミルには気が付いていないようだった。
やがて男が辿りいたのは大きな屋敷の通用門。
夜半鍵が掛かっているはずのそこを男は自ら開けて入った。
屋敷の鍵を持っているほどの人物。
余程この屋敷の主人に重用されているということだ。
領主の屋敷を見上げて、アミルはこれからの調査の困難さを思う。
魔獣襲撃の件と関連があるとも限らない。
ただ、カイルから聞いた救援要請の話からするとここの騎士団を頼りにするのは難しそうだ。
周囲を見回って帰ろうと外壁に沿って歩いていると正門に人がいるのが目に入る。
遠目からでも派手な格好をした女性。
昼間カイルに絡んでいたあの女性だった。
女性は門を守る使用人に礼をされ中に招き入れられる。
この屋敷の客か、あるいは住人か。
門番の恭しい態度からは丁重に扱われるべき存在であるのは確かなようだった。
いつまでもここにいてもしょうがない。
見咎められないようにその場を離れ、宿への帰途に就いた。
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