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【3】ドラゴン娘の求婚が情熱過ぎて、高等魔法学校卒業後が心配なのだが!
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──1──
「婚姻……。結婚……。何で……」
とエイジャーは慌てるしかない。
すると廊下を走る二人の足音が近づいてくる。
「どうしたの! 兄さん!」
「どうしました? お兄様!」
とマザリーとイーナがノックもせずに、部屋のドアを開けた。
「アユット、何であなたがいるの?」
とイーナ。
すると、アユットは頬を赤らめて、
「……エイジャー樣からの結婚の申し込みに、答えるために来たんです。もちろん、快くお受けいたしますわ……」
と身体を捩(よじ)りながら、手の指先を絡ませている。
「結婚……。申し込み……」
とマザリーは呟くと、キツい視線を兄エイジャーに向けて、ズカズカと近づき、
「兄さんは一体、アユットさんに何を言ったのよ! いくら美人だからっていきなりケッ、ケッ、結婚なんて! どういうつもりよ!」
と鼻と鼻がくっつきそうなくらいに、近づいて言った。
「返事によっては妹として絶対に許さないからね!」
とまさに鬼の形相である。
「何も言ってない! 何も言ってないよ! 僕も何が何だか分からないんだって!」
と身体を後ろにのけ反りながら言う。
一方、イーナは落ち着いた様子で、
「アユット。あなた、お兄様に何か言われた? もしくは何かされた?」
と訊いてみると、
「……わ・た・し……。あんなに気持ちのこもった求婚はもちろん生まれ初めてでした。私、全てをエイジャーさんに捧げます……」
とアユットは恥ずかしそうに言った。
「兄さん、ウソはいけないわ~。さあ! 白状なさい!」
とマザリーは兄の胸ぐらを掴んだ。
イーナは少し考えて、
「『気持のこもった』って、何に気持ちがこもっていたの?」
と訊くと、
「それは私を助けるためにしてくれたことです……」
と赤くなった自分の頬に手を当てる。
「助けるためにしたことって、蘇生のこと?」
「……はい」
え!
とエイジャーとマザリーが同時に、アユットの方を見た。
「ねえ。蘇生をしてくれたことと、何で結婚が結びつくの?」
とイーナ。
「……これはレッドドラゴン族の掟(おきて)なのです。『命を助けてもらった相手と、結婚し一生添い遂げなさい』という……。やだ! 恥ずかしい……」
と顔を両手で隠して、その場に座り込んでしまった。
「命を助けてもらった相手と……」
とエイジャー。
「結婚し一生添い遂げなさい……。ですって……」
とマザリー。
「あ~。それって聞いたことあるわね」
とイーナ。
「それに……」とアユットが続けようとすると、
まだ、あるの!
と三人の声が重なった。
「もちろん、偶然に命の恩人になることも稀にあるでしょう。でもそんな時でも、その愛が本物かどうかを確かめる愛の仕草(しぐさ)があるんです」
「愛の仕草?」
と三人はまた同時に声が出る。
「もう、嫌な予感しかしない……」
とエイジャーは顔色が悪い。
「それは『相手の方が直接私の胸を触る』です……。殿方のたくましい手のひらが、直接私の胸に触れるのです。ああ。恥ずかしいわ~」
と耳まで赤くなっている。
少しの沈黙の後、
「つまりこう言うことですね。」
とイーナが事務的にまとめた。
「アユットの失った命を、お兄様が助けてくれたことが『命の恩人』つまり結婚の申し込みになり、その上でお兄様の手が直接アユットの胸を触ったことが」
と続けて、
「『愛を確かめ合う行為になる』ということでいいのかしら?」
と言うと、
「そう!まさしく、その通りなんです。へへへ~」
と嬉しさと恥ずかしさで、ついここでいつものアユットの地が出た。
「言っとくけど、不可抗力で仕方なく胸を触らざるえなかっただけだからね」
とエイジャー。
「兄さん、これ、どうするつもり?」
とマザリーはエイジャーに訊いた。
「どうするったって。完全に勘違いだから、説得して諦めてもらうしかない……」
と言うと、
「……え? 勘違い……?」
とアユットは爆発的に喜びを全身で表していたのを止め、
「なあ。勘違いってどういうことだよ?」
とさっきとは一転して、エイジャーを睨みつけながら、近づいてきた。
今は人の姿をしているが、アユットは神の次に強いと言われるレッドドラゴンである。
そんな彼女が鬼の形相で、迫ってきているのである。
「いや! その! あの!」
とエイジャーは後ずさりする。
今は光力(ビームパワー)もドラゴン族を倒せるほどの量はない。いや、それ以前に屋敷の中で光(ビーム)を出す訳にはいかない。
「エイジャー樣!」
と言いながら、両手を振り上げた時に、
「うわっ!」
と恐怖で目を閉じてしまった。
ダメだ! 殺される!
と思い、覚悟を決めていると、
「ウッ……。ウッ……。ア~ン~」
という泣き声が聞こえてきた。
エイジャーが恐る恐る目を開けると、アユットは美しい顔をクシャクシャにしながら、号泣していた。
「え? どういうこと?」
と戸惑うエイジャー。
アユットは泣きながら、
「エイジャーさん……。あたいとの結婚はそんなに嫌ですか……。あたいは……そんなに魅力がないかい……。そりゃ、エイジャーさんには、理想の相手のイメージがあるんだろうさ……。でもさあ、あたいは本気なんだ……。本気で、本当に好きになって、愛しているんだよ……。お願いだよ……。あたいと結婚しておくれよ……。言われるがままに、お淑(しと)やかにもなるし、もの静かにもなるからさあ……」
と言い終わると、聞き取れないほどの小さな声で、
「好きなんだよ……。お願いだよ……」
と頬に涙が流れ嗚咽し、その場のカーペットが敷かれた床に伏せた。
「アユット。本気なんだね……」
とイーナ。
マザリーは今のアユットの言葉に動かされたのか、もらい泣きして、
「兄さん。アユットさんの気持ちに答えてあげて!」
と迫ってきた。
「いやいや、待て待て! 僕とアユットさんは今日、会ったばかりだぞ。それでいきなり結婚して下さいって言われて『はい。そうですか』って言えないだろう」
「じゃあ、どうするのよ」
とマザリーはまた、エイジャーに詰め寄った。
これは正直、大変なことになった。
エイジャーはこの場を何とか収めようと、頭をフル回転させた。
──2──
「ちょっと。マザリーはどっちの味方なんだよ」
「味方も何もないわ。一番いい方法で、兄さんが解決してよ」
「お前なあ~」
とエイジャーは困り果てたが、
「よし!」と気合を入れると、
「アユットさん、よく聞いてくれ」
と声をかけた。
アユットは涙で汚れた顔を上げる。
「僕はアユットさんのことが嫌(いや)だとか、嫌(きら)いだとかいう理由で結婚を断っているんじゃないんだよ」
「え……。そうなのかい……」
「そうだよ。だから、そんな顔をしないで元気出してよ」
「じゃあ、何で断るんだい……。本当は私のことが嫌いなんだろう……」
とスネ気味に言うと、
「いいかい。よく聞いてよ。僕達兄妹は近々、国立ユースル高等魔法学校に入学するんだ」
「あ? ああ。ユースル高等魔法学校は知ってるぞ。ここから少し遠い首都にある最も入学の難しい名門校だよな……」
「少し遠いって。どんなに急いでも馬車で三日はかかるんだけど」
とエイジャーが言うと、
「あ? ああ、そうか。人間は地面を進んでいくから、あの山を越えないといけないものな。それくらいはかかるだろうよ」
と言うと自慢気に、
「まあ。私らドラゴン族はひとっ飛びだからな。半日もあれば余裕だよ。いや、急げば二、三時間でたどり着けるかな」
と胸を張る。アユットが胸を張ると、大きな二つの山脈が、より大きく感じる。
「まあ、簡単に言うと、僕らは今後の予定ではユースル高等魔法学校で三年間、下宿して勉強しなければいけないんだよ」
と言うと、
「へえ~。そうなのかい」
「そんなんだよ。だから」
と言おうとすると、
「つまり、勉学のために時間を使いたいってことで、結婚どころじゃないってことなのか?」
と言った。
「そうそう。そういうことなんだよ。だから、アユットさんのことが嫌いとかそういう理由じゃないんだよ」
と諭すように言うと、
「そうか、そうか。私、一人で早とちりしちまったぜ。な~んだ、そうか、そうか」
とすっかり元気を取り戻した。
「分かってくれたよね」
「分かったよ。とてもよく分かった。つまり」
とアユットは照れながら、エイジャーに顔を近づけて、
「高校三年間は目一杯勉学に励(はげ)んで、それが終わったら結婚してくれるって事だろう?」
と笑顔になった。
「え? いや……。その……」
と思っていたのと違う返事が返ってきたので、戸惑ってしまう。
エイジャーの予想では『三年間も待てないので、この結婚はなかったことに』と言われることを予想していたのだが……。
「そうと決まれば、急がないとな」
とアユットは、エイジャーの部屋の窓の方に歩いて行った。
「ちょっと。一体何を急ぐんだい?」
「決まっているじゃないか。私もユースル高等魔法学校に入学するんだよ」
え~!
とエイジャー、マザリー、イーナから驚きの声が上がった。
「じゃあ、今から首都ユースルまでひとっ飛びしてくる。そうだな。明日の今頃までには帰ってくるから、待っててくれな」
と言うと、
「ねっ。あ・な・た」
とエイジャーの頬を細く綺麗な人差し指で優しく触れると、
「じゃあ、行ってくる!」
と窓から飛び出た。
三人は驚いて、すぐに窓から顔を出すと、アユットは真っ赤なドラゴンの姿になって、背中の翼を大きく羽ばたかせると、一気に月夜の空に上がって行き、消えた。
しばらく兄妹はアユットの消えた夜空を見つめていたが、
「三年後、兄さんはアユットさんと結婚するのね」
と突き離したように言うマザリー。
「そうか~。アユットと一緒に下宿して高校にも通うんだ~」
とまんざらでもなさそうなイーナ。
「僕の三年後はあのドラゴンの婿になるのか……」
と落ち込み気味のエイジャー。
「まあ、あれよ。三年間もあるのだから、何か解決策があるかもしれないし」
とマザリー。
「そうそう。もしかして高校でアユットに、お兄様以外で好きな人が出来るかもしれないし」
とイーナ。
「そうだな……。何か良い方法が見つかるかもしれないしな……」
と言いながらも、段々と気持ちが落ち込んでいく。
「ねえ。兄さんはさ」
「ん。何だ?」
「結局のところ、アユットさんのことは、どう思っているの?」
とマザリー。
エイジャーは少し考えてから、
「そりゃ、正直ドラゴン族の女性との結婚は名誉だし、アユットさんは美人だし、性格もさっぱりした感じで好感が持てるし」
「オッパイも大きいしね」
「そっ、それは関係ないだろ!」
マザリーはしみじみと、
「私が男だったら、二つ返事で結婚しちゃうな。あんなに情熱的に迫られたら、正直嬉しくて舞い上がっちゃう」
とマザリーは自分の大きな胸の前で手を組み、祈るような仕草をした。
「でもね!」
とマザリー。
「私達は高校へ勉強に行くんだから、アユットさんに誘われたからって」
と言うと、マザリーはまた、エイジャーへ顔を近づけて、
「エッチなことや、いかがわしいことは、しちゃダメよ」
と念を押した。
「そんなこと、分かってるよ!」
とエイジャーは叫んだ。
──3──
アユットが出て行った次の日、午前中はユースル高等魔法学校への下宿のための準備を、それぞれの部屋で行っていた。
準備といっても、男のエイジャーがすることと言えば、貴族ということで身だしなみに気を使った普段着と、ちょっとしたパーティーにも着ていける正装(フォーマル)を用意し、後は作ってもらったユースル高校の二着の夏用と、二着の冬用の制服。そしていつもの気楽な部屋着と下着を鞄(かばん)に詰め込むだけである。
住むのは学生寮ではない。
学生寮では男女別々になっているため、妹達が兄エイジャーと離れ離れは嫌だと、強く主張したのだ。
そのために、学校近くの壁に蔦が絡まる古ぼけた大きなお屋敷を、すでに借りていた。
現地でメイドを一人雇(やと)う予定だが、しばらくは食事や家事は三人で持ち回りをするのだが、
「多分、僕が作ることになりそうだな」
と思っている。
理由はマザリーとイーナが拒否するのではない。逆にマザリーは料理も得意なので、やりたがるだろう。
「二人の学校生活は、恐らくかなり忙しいだろうな」
と予想しているのだ。
マザリーは入学が決まった時点で、最も高い魔力(マジックパワー)を持つ生徒なのである。
実技成績は当然トップで、ペーパーテストはエイジャーの次、つまり次席なのだ。
ちなみにエイジャーはペーパーテストは首席だが、実技は最下位なので相手にされていない。
イーナは神力(ゴッドパワー)と魔力(マジックパワー)の数値以上の魔法が使えることで、今や先生方や優秀な上級生らの注目の的である。
だが、その理由は今では分かっている。
「自分もこの光力(ビームパワー)を使ってみるのもいいかもな」
と今まで無能扱いだった自分の人生が、一気に明るい未来に変わる……。
とは思えないのだ。
「イーナは上手く調節している。本当はもう少し上の魔法も使えるのに、わざとほんの少し上の力を使うだけに留めている」
つまり光力を自分の意志で調節しているのだ。
「そりゃそうかもな。たった一撃であのレッドドラゴンのアユットさんを倒してしまう力なんて……」
と支度している手を止めた。
「人間に取っての、ただの危険人物でしかないよな。僕は……」
と呟き、大きくため息をついた時だった。
「そう。その通りよ、お兄様」
とノックもなしに、イーナが部屋に入ってきた。
「ノックもなしで入ってこないでくれよ」
と少し拗(す)ねたように言うと、
「ごめんなさい。ノックをしようとしたら、お兄様の独り言が聞こえてきてしまったの」
と腕を後ろ向きで組んだまま、ペロッと舌を出した。
「イーナは上手くやったよな。そんなイーナと比べて僕は光力をもっと小出しで、もっと弱く出せる練習をしないとな」
魔法高校のある首都ユースルには、明日の朝出発する。それまでに光力(ビームパワー)を少しずつ使える練習をしなければいけない。
「お兄様。よかったら、昼食後に馬車で町外れの草原に行きませんか? 日が暮れるまで練習しましょう」
「ああ。それは構わないけど、イーナはもう準備はできたのか?」
と言うと、
「私もそんなに荷物はないんです。と言っても」
と鞄がたった一つのエイジャーの荷物を見て、
「お兄様はちょっと荷物が少な過ぎませんか?」
するとエイジャーが、
「実は本を持って行こうと思っていたんだけど」
と言いながら、指先に光力を集めて縦長の長方形を書く。
「ここに読みたい本の題名を指で書くとだな」
とすると、
「ほら。こうやって本が読めるんだ。いちいち、本を持ち歩かなくてもいいんだ。凄いよ、この力は」
と嬉しそうに言った。
イーナは少し呆れて、
「普通の人はドラゴンを一撃で倒せる力を大いに喜ぶのでしょうけど、お兄様は本が読める力をとてもお喜びになるのですね」
と不思議そうに、そして呆れ気味に言った。
「ああ。そりゃ、そうだよ。だってさ」
とその光の長方形に『神力学・魔力学大全集』と打ち込むと、その本の表紙が表示された。
「『神力学・魔力学大全集』は国立図書館の秘蔵書の一つだ。それをこうしてゆっくりと読めるんだよ」
と興奮気味に語る。
イーナはクスッと微笑むと、
「やっぱりお兄様に光力(ビームパワー)を授けたのは正解でしたね。転生前の私もなかなかやりますでしょう」
と少し自慢げに胸を張った。
するとエイジャーはイーナを見つめたまま、黙っている。
「……どうしましたか?」
と訊くと、
「イーナにはその、女神の時の記憶ってどのくらい残っているんだい?」
と質問した。
するとイーナはクルリと身体を回して、エイジャーに背を向けながら、
「それは分かりません。ただ、私が転生した理由は、お兄様を助けること、つまりはサポートです。なので、そのために必要な記憶は全てありますから、心配はいりません」
と言って、振り返って前を向いた。
「そうか……。分かった。なら、よろしく頼むよ」
とエイジャーは微笑んだ。
「ただし!」
とイーナは強い口調で、エイジャーを指差し、
「『神力学・魔力学大全集』をお読みになるのはいいですが、それを決して誰にも言ってはいけませんし、見られてもいけませんよ! もし、人に知られでもしたら!」
「国家の秘密を調べている間者かスパイだと思われるからね。注意しないと」
と言うと、
「だからお兄様。必要な本は全て持って行って下さい。持ってもいないのに、スラスラと本の中身を暗唱したり、知っていたら、それこそ怪しまれます」
とイーナ。
「確かにそうだ。分かった。イーナの言う通りにするよ」
と微笑んだ。
──4──
「ちょっと! 二人共、どこに行っていたのよ!」
と日が暮れてから戻ったエイジャーとイーナは、心配そうに待っていた両親とメイドのキャスター、そしてご立腹のマザリーが待ち構えていた。
「遅くなってごめんなさい。ちょっとお兄様と特訓をしていたんです」
とイーナが言うと、二人は深く頭を下げた。
「分かった。話は食事中に聞こう。さあ、早く入りなさい」
と父カロン公は優しく言った。
「今日の夕食は私とキャスターの二人で作ったのよ。明日はあなた達の門出の日だから、腕によりをかけたからね」
と母ソフィアが言った時だった。
強い風が空から吹いた。皆が空を見上げると、一匹のドラゴンが空中に浮いている。
「あ! あれはアユットだわ! アユットっ!」
とイーナが大きく手を振ると、月明かりに照らされたレッドドラゴンも手を振り返した。
「凄い。イーナ樣の言葉と仕草に、レッドドラゴンが反応している……」
とキャスターは驚いている。
ドラゴンはゆっくりとヘルムスの屋敷の玄関に下りていくと、瞬時に人の姿になった。
「ああ。あれはアユット樣」
とキャスター。
「ふむ。アユットとか申す娘は、本当にレッドドラゴンであったか」
と父カロン公は感心している。
「夜に申し訳ございません。カロンデロス・ヘルムス公爵閣下と皆様方。至急、お知らせしたいことがありましたので、立ち寄らせて頂きました」
と着地と同時に、深く頭を下げた。
「これはこれは、竜族の長(おさ)の娘アユット樣。再びのお越し、こちらとしては大歓迎でございまするぞ」
とカロン公は会釈して微笑む。
「えっ……。アユットさんって、竜族の長の娘なのか……?」
とエイジャーは小声でイーナに訊(たず)ねた。
「えっ? 知らなかったのですか? アユットはレッドドラゴン族の王の娘で、将来は女王になる高貴なお方なのですよ」
とイーナは言った。
「そんな、よしてくれよ、イーナ。女王たって数十人しか住んでいない小さな村の女王なんだからさ」
と照れる。
「何を言っているのよ。レッドドラゴン一〇人も居れば、人間の国を征服できるって言うじゃない」
とイーナが続ける。
「ははは。やめてくれよ。ドラゴン族は、いや少なくともレッドドラゴン族は、人間をむやみに殺したり、傷つけたりはしない。なんせ、私達は神の守護獣なのだからね」
「学校でそう習ったけど。本当にそうなんだ」
とマザリーは感心して言った。
「ところさ。『至急、お知らせしたいこと』って何なんだい?」
とエイジャーが訊いた。
「そうそう! それを真っ先に言いに来たんだ!」
と言ってわざと少し勿体(もったい)ぶり、
「わたくし、アユット・フォン・レッドドラゴンは、こちらのご兄妹の方々と同じ、ユースル高等魔法学校に通うことになりました。以後、どうぞよろしく」
と頭を下げた。
「これは驚いた。レッドドラゴン族の女王候補のお方が、人間界の学校に通われるなんぞ、前代未聞ですな」
と父カロン公。
「確かに過去にはドラゴン族の方が、何名かご入学はなさっておられますが、ドラゴン族の長の娘さんが通われるなんて、聞いたことがございません」
と母ソフィアも驚いている。
「それでエイジャー樣のご両親にお願いがございまして……」
「ほお。何ですかな? レッドドラゴンの姫樣」
アユットは緊張をほぐすためか、一度軽く咳払いをして、
「わたくしもユースル魔法高校への入学が決まった今、下宿先が必要になりました。なのでその……。図々しいお願いではありますが」
と言ったタイミングで、
「つまり、子供達が三年間住むことになっている屋敷に、お住みになりたいと言うことですな。ハハハ。お安いご用です。ぜひ、使って下されい」
と豪快に笑いながらカロン公は了承した。
「ありがとうございます。感謝致します。それでこれは前金ということで、ぜひお納め下さい」
と腰にぶら下げていた布袋を取り出し、
「エイジャー樣。両手をお出し下さい」
と言われ、手のひらを軽く曲げて受け取るかたちにすると、布袋から落ちた宝石が、エイジャーの両手のひらに山と積まれた。
「うわ。落ちそう」
と慌てるエイジャー。
「これはこれはありがとうございます。ですがこれは受け取れませぬ」
とカロン公は言い、
「エイジャー。その宝石は全てお返しなさい」
と言った。
アユットは「えっ」と呟き、驚きの表情のまま、立ち尽くしている。
「マザリー。手伝ってくれ」
とエイジャーが言うと、マザリーは「失礼します」とアユットの持つ袋を受け取ると、エイジャーの手のひらの宝石を、素早く袋の中に入れた。
「えっ……。受け取ってもらえないのか……。もしかして屋敷には住めないのか……」
とアユットはショックを受けていたが、
「姫樣。ご心配には及びませぬ。安心して三年間、屋敷にお住み下さい」
と微笑んだ。
「えっ。よいのか? 確か借りるのにお金を使ったと聞いたが……」
「それくらいは大丈夫です。そんなことよりも、私らの子供達と仲良くして下さいませ」
と言った。
「ああ! 仲良くするとも! もちろんだ! ありがとうございます。カロン殿」
と父の手を両手で掴んで握手した。
「そうそう。姫樣。良いところに来られましたぞ。今からささやかながら、入学祝いのパーティーをするところなのです。どうですか? 参加して頂けますかな?」
と誘うと、
「よいのか? これは嬉しい。パーティーなんぞ、初めてのことだ!」
とアユットは促されて、ヘルムス家の屋敷に入って行った。
2023年9月10日
※当サイトの内容、テキスト等の無断転載・無断使用を固く禁じます。
また、まとめサイト等への引用をする場合は無断ではなく、こちらへお知らせ下さい。許可するかを判断致します。
「婚姻……。結婚……。何で……」
とエイジャーは慌てるしかない。
すると廊下を走る二人の足音が近づいてくる。
「どうしたの! 兄さん!」
「どうしました? お兄様!」
とマザリーとイーナがノックもせずに、部屋のドアを開けた。
「アユット、何であなたがいるの?」
とイーナ。
すると、アユットは頬を赤らめて、
「……エイジャー樣からの結婚の申し込みに、答えるために来たんです。もちろん、快くお受けいたしますわ……」
と身体を捩(よじ)りながら、手の指先を絡ませている。
「結婚……。申し込み……」
とマザリーは呟くと、キツい視線を兄エイジャーに向けて、ズカズカと近づき、
「兄さんは一体、アユットさんに何を言ったのよ! いくら美人だからっていきなりケッ、ケッ、結婚なんて! どういうつもりよ!」
と鼻と鼻がくっつきそうなくらいに、近づいて言った。
「返事によっては妹として絶対に許さないからね!」
とまさに鬼の形相である。
「何も言ってない! 何も言ってないよ! 僕も何が何だか分からないんだって!」
と身体を後ろにのけ反りながら言う。
一方、イーナは落ち着いた様子で、
「アユット。あなた、お兄様に何か言われた? もしくは何かされた?」
と訊いてみると、
「……わ・た・し……。あんなに気持ちのこもった求婚はもちろん生まれ初めてでした。私、全てをエイジャーさんに捧げます……」
とアユットは恥ずかしそうに言った。
「兄さん、ウソはいけないわ~。さあ! 白状なさい!」
とマザリーは兄の胸ぐらを掴んだ。
イーナは少し考えて、
「『気持のこもった』って、何に気持ちがこもっていたの?」
と訊くと、
「それは私を助けるためにしてくれたことです……」
と赤くなった自分の頬に手を当てる。
「助けるためにしたことって、蘇生のこと?」
「……はい」
え!
とエイジャーとマザリーが同時に、アユットの方を見た。
「ねえ。蘇生をしてくれたことと、何で結婚が結びつくの?」
とイーナ。
「……これはレッドドラゴン族の掟(おきて)なのです。『命を助けてもらった相手と、結婚し一生添い遂げなさい』という……。やだ! 恥ずかしい……」
と顔を両手で隠して、その場に座り込んでしまった。
「命を助けてもらった相手と……」
とエイジャー。
「結婚し一生添い遂げなさい……。ですって……」
とマザリー。
「あ~。それって聞いたことあるわね」
とイーナ。
「それに……」とアユットが続けようとすると、
まだ、あるの!
と三人の声が重なった。
「もちろん、偶然に命の恩人になることも稀にあるでしょう。でもそんな時でも、その愛が本物かどうかを確かめる愛の仕草(しぐさ)があるんです」
「愛の仕草?」
と三人はまた同時に声が出る。
「もう、嫌な予感しかしない……」
とエイジャーは顔色が悪い。
「それは『相手の方が直接私の胸を触る』です……。殿方のたくましい手のひらが、直接私の胸に触れるのです。ああ。恥ずかしいわ~」
と耳まで赤くなっている。
少しの沈黙の後、
「つまりこう言うことですね。」
とイーナが事務的にまとめた。
「アユットの失った命を、お兄様が助けてくれたことが『命の恩人』つまり結婚の申し込みになり、その上でお兄様の手が直接アユットの胸を触ったことが」
と続けて、
「『愛を確かめ合う行為になる』ということでいいのかしら?」
と言うと、
「そう!まさしく、その通りなんです。へへへ~」
と嬉しさと恥ずかしさで、ついここでいつものアユットの地が出た。
「言っとくけど、不可抗力で仕方なく胸を触らざるえなかっただけだからね」
とエイジャー。
「兄さん、これ、どうするつもり?」
とマザリーはエイジャーに訊いた。
「どうするったって。完全に勘違いだから、説得して諦めてもらうしかない……」
と言うと、
「……え? 勘違い……?」
とアユットは爆発的に喜びを全身で表していたのを止め、
「なあ。勘違いってどういうことだよ?」
とさっきとは一転して、エイジャーを睨みつけながら、近づいてきた。
今は人の姿をしているが、アユットは神の次に強いと言われるレッドドラゴンである。
そんな彼女が鬼の形相で、迫ってきているのである。
「いや! その! あの!」
とエイジャーは後ずさりする。
今は光力(ビームパワー)もドラゴン族を倒せるほどの量はない。いや、それ以前に屋敷の中で光(ビーム)を出す訳にはいかない。
「エイジャー樣!」
と言いながら、両手を振り上げた時に、
「うわっ!」
と恐怖で目を閉じてしまった。
ダメだ! 殺される!
と思い、覚悟を決めていると、
「ウッ……。ウッ……。ア~ン~」
という泣き声が聞こえてきた。
エイジャーが恐る恐る目を開けると、アユットは美しい顔をクシャクシャにしながら、号泣していた。
「え? どういうこと?」
と戸惑うエイジャー。
アユットは泣きながら、
「エイジャーさん……。あたいとの結婚はそんなに嫌ですか……。あたいは……そんなに魅力がないかい……。そりゃ、エイジャーさんには、理想の相手のイメージがあるんだろうさ……。でもさあ、あたいは本気なんだ……。本気で、本当に好きになって、愛しているんだよ……。お願いだよ……。あたいと結婚しておくれよ……。言われるがままに、お淑(しと)やかにもなるし、もの静かにもなるからさあ……」
と言い終わると、聞き取れないほどの小さな声で、
「好きなんだよ……。お願いだよ……」
と頬に涙が流れ嗚咽し、その場のカーペットが敷かれた床に伏せた。
「アユット。本気なんだね……」
とイーナ。
マザリーは今のアユットの言葉に動かされたのか、もらい泣きして、
「兄さん。アユットさんの気持ちに答えてあげて!」
と迫ってきた。
「いやいや、待て待て! 僕とアユットさんは今日、会ったばかりだぞ。それでいきなり結婚して下さいって言われて『はい。そうですか』って言えないだろう」
「じゃあ、どうするのよ」
とマザリーはまた、エイジャーに詰め寄った。
これは正直、大変なことになった。
エイジャーはこの場を何とか収めようと、頭をフル回転させた。
──2──
「ちょっと。マザリーはどっちの味方なんだよ」
「味方も何もないわ。一番いい方法で、兄さんが解決してよ」
「お前なあ~」
とエイジャーは困り果てたが、
「よし!」と気合を入れると、
「アユットさん、よく聞いてくれ」
と声をかけた。
アユットは涙で汚れた顔を上げる。
「僕はアユットさんのことが嫌(いや)だとか、嫌(きら)いだとかいう理由で結婚を断っているんじゃないんだよ」
「え……。そうなのかい……」
「そうだよ。だから、そんな顔をしないで元気出してよ」
「じゃあ、何で断るんだい……。本当は私のことが嫌いなんだろう……」
とスネ気味に言うと、
「いいかい。よく聞いてよ。僕達兄妹は近々、国立ユースル高等魔法学校に入学するんだ」
「あ? ああ。ユースル高等魔法学校は知ってるぞ。ここから少し遠い首都にある最も入学の難しい名門校だよな……」
「少し遠いって。どんなに急いでも馬車で三日はかかるんだけど」
とエイジャーが言うと、
「あ? ああ、そうか。人間は地面を進んでいくから、あの山を越えないといけないものな。それくらいはかかるだろうよ」
と言うと自慢気に、
「まあ。私らドラゴン族はひとっ飛びだからな。半日もあれば余裕だよ。いや、急げば二、三時間でたどり着けるかな」
と胸を張る。アユットが胸を張ると、大きな二つの山脈が、より大きく感じる。
「まあ、簡単に言うと、僕らは今後の予定ではユースル高等魔法学校で三年間、下宿して勉強しなければいけないんだよ」
と言うと、
「へえ~。そうなのかい」
「そんなんだよ。だから」
と言おうとすると、
「つまり、勉学のために時間を使いたいってことで、結婚どころじゃないってことなのか?」
と言った。
「そうそう。そういうことなんだよ。だから、アユットさんのことが嫌いとかそういう理由じゃないんだよ」
と諭すように言うと、
「そうか、そうか。私、一人で早とちりしちまったぜ。な~んだ、そうか、そうか」
とすっかり元気を取り戻した。
「分かってくれたよね」
「分かったよ。とてもよく分かった。つまり」
とアユットは照れながら、エイジャーに顔を近づけて、
「高校三年間は目一杯勉学に励(はげ)んで、それが終わったら結婚してくれるって事だろう?」
と笑顔になった。
「え? いや……。その……」
と思っていたのと違う返事が返ってきたので、戸惑ってしまう。
エイジャーの予想では『三年間も待てないので、この結婚はなかったことに』と言われることを予想していたのだが……。
「そうと決まれば、急がないとな」
とアユットは、エイジャーの部屋の窓の方に歩いて行った。
「ちょっと。一体何を急ぐんだい?」
「決まっているじゃないか。私もユースル高等魔法学校に入学するんだよ」
え~!
とエイジャー、マザリー、イーナから驚きの声が上がった。
「じゃあ、今から首都ユースルまでひとっ飛びしてくる。そうだな。明日の今頃までには帰ってくるから、待っててくれな」
と言うと、
「ねっ。あ・な・た」
とエイジャーの頬を細く綺麗な人差し指で優しく触れると、
「じゃあ、行ってくる!」
と窓から飛び出た。
三人は驚いて、すぐに窓から顔を出すと、アユットは真っ赤なドラゴンの姿になって、背中の翼を大きく羽ばたかせると、一気に月夜の空に上がって行き、消えた。
しばらく兄妹はアユットの消えた夜空を見つめていたが、
「三年後、兄さんはアユットさんと結婚するのね」
と突き離したように言うマザリー。
「そうか~。アユットと一緒に下宿して高校にも通うんだ~」
とまんざらでもなさそうなイーナ。
「僕の三年後はあのドラゴンの婿になるのか……」
と落ち込み気味のエイジャー。
「まあ、あれよ。三年間もあるのだから、何か解決策があるかもしれないし」
とマザリー。
「そうそう。もしかして高校でアユットに、お兄様以外で好きな人が出来るかもしれないし」
とイーナ。
「そうだな……。何か良い方法が見つかるかもしれないしな……」
と言いながらも、段々と気持ちが落ち込んでいく。
「ねえ。兄さんはさ」
「ん。何だ?」
「結局のところ、アユットさんのことは、どう思っているの?」
とマザリー。
エイジャーは少し考えてから、
「そりゃ、正直ドラゴン族の女性との結婚は名誉だし、アユットさんは美人だし、性格もさっぱりした感じで好感が持てるし」
「オッパイも大きいしね」
「そっ、それは関係ないだろ!」
マザリーはしみじみと、
「私が男だったら、二つ返事で結婚しちゃうな。あんなに情熱的に迫られたら、正直嬉しくて舞い上がっちゃう」
とマザリーは自分の大きな胸の前で手を組み、祈るような仕草をした。
「でもね!」
とマザリー。
「私達は高校へ勉強に行くんだから、アユットさんに誘われたからって」
と言うと、マザリーはまた、エイジャーへ顔を近づけて、
「エッチなことや、いかがわしいことは、しちゃダメよ」
と念を押した。
「そんなこと、分かってるよ!」
とエイジャーは叫んだ。
──3──
アユットが出て行った次の日、午前中はユースル高等魔法学校への下宿のための準備を、それぞれの部屋で行っていた。
準備といっても、男のエイジャーがすることと言えば、貴族ということで身だしなみに気を使った普段着と、ちょっとしたパーティーにも着ていける正装(フォーマル)を用意し、後は作ってもらったユースル高校の二着の夏用と、二着の冬用の制服。そしていつもの気楽な部屋着と下着を鞄(かばん)に詰め込むだけである。
住むのは学生寮ではない。
学生寮では男女別々になっているため、妹達が兄エイジャーと離れ離れは嫌だと、強く主張したのだ。
そのために、学校近くの壁に蔦が絡まる古ぼけた大きなお屋敷を、すでに借りていた。
現地でメイドを一人雇(やと)う予定だが、しばらくは食事や家事は三人で持ち回りをするのだが、
「多分、僕が作ることになりそうだな」
と思っている。
理由はマザリーとイーナが拒否するのではない。逆にマザリーは料理も得意なので、やりたがるだろう。
「二人の学校生活は、恐らくかなり忙しいだろうな」
と予想しているのだ。
マザリーは入学が決まった時点で、最も高い魔力(マジックパワー)を持つ生徒なのである。
実技成績は当然トップで、ペーパーテストはエイジャーの次、つまり次席なのだ。
ちなみにエイジャーはペーパーテストは首席だが、実技は最下位なので相手にされていない。
イーナは神力(ゴッドパワー)と魔力(マジックパワー)の数値以上の魔法が使えることで、今や先生方や優秀な上級生らの注目の的である。
だが、その理由は今では分かっている。
「自分もこの光力(ビームパワー)を使ってみるのもいいかもな」
と今まで無能扱いだった自分の人生が、一気に明るい未来に変わる……。
とは思えないのだ。
「イーナは上手く調節している。本当はもう少し上の魔法も使えるのに、わざとほんの少し上の力を使うだけに留めている」
つまり光力を自分の意志で調節しているのだ。
「そりゃそうかもな。たった一撃であのレッドドラゴンのアユットさんを倒してしまう力なんて……」
と支度している手を止めた。
「人間に取っての、ただの危険人物でしかないよな。僕は……」
と呟き、大きくため息をついた時だった。
「そう。その通りよ、お兄様」
とノックもなしに、イーナが部屋に入ってきた。
「ノックもなしで入ってこないでくれよ」
と少し拗(す)ねたように言うと、
「ごめんなさい。ノックをしようとしたら、お兄様の独り言が聞こえてきてしまったの」
と腕を後ろ向きで組んだまま、ペロッと舌を出した。
「イーナは上手くやったよな。そんなイーナと比べて僕は光力をもっと小出しで、もっと弱く出せる練習をしないとな」
魔法高校のある首都ユースルには、明日の朝出発する。それまでに光力(ビームパワー)を少しずつ使える練習をしなければいけない。
「お兄様。よかったら、昼食後に馬車で町外れの草原に行きませんか? 日が暮れるまで練習しましょう」
「ああ。それは構わないけど、イーナはもう準備はできたのか?」
と言うと、
「私もそんなに荷物はないんです。と言っても」
と鞄がたった一つのエイジャーの荷物を見て、
「お兄様はちょっと荷物が少な過ぎませんか?」
するとエイジャーが、
「実は本を持って行こうと思っていたんだけど」
と言いながら、指先に光力を集めて縦長の長方形を書く。
「ここに読みたい本の題名を指で書くとだな」
とすると、
「ほら。こうやって本が読めるんだ。いちいち、本を持ち歩かなくてもいいんだ。凄いよ、この力は」
と嬉しそうに言った。
イーナは少し呆れて、
「普通の人はドラゴンを一撃で倒せる力を大いに喜ぶのでしょうけど、お兄様は本が読める力をとてもお喜びになるのですね」
と不思議そうに、そして呆れ気味に言った。
「ああ。そりゃ、そうだよ。だってさ」
とその光の長方形に『神力学・魔力学大全集』と打ち込むと、その本の表紙が表示された。
「『神力学・魔力学大全集』は国立図書館の秘蔵書の一つだ。それをこうしてゆっくりと読めるんだよ」
と興奮気味に語る。
イーナはクスッと微笑むと、
「やっぱりお兄様に光力(ビームパワー)を授けたのは正解でしたね。転生前の私もなかなかやりますでしょう」
と少し自慢げに胸を張った。
するとエイジャーはイーナを見つめたまま、黙っている。
「……どうしましたか?」
と訊くと、
「イーナにはその、女神の時の記憶ってどのくらい残っているんだい?」
と質問した。
するとイーナはクルリと身体を回して、エイジャーに背を向けながら、
「それは分かりません。ただ、私が転生した理由は、お兄様を助けること、つまりはサポートです。なので、そのために必要な記憶は全てありますから、心配はいりません」
と言って、振り返って前を向いた。
「そうか……。分かった。なら、よろしく頼むよ」
とエイジャーは微笑んだ。
「ただし!」
とイーナは強い口調で、エイジャーを指差し、
「『神力学・魔力学大全集』をお読みになるのはいいですが、それを決して誰にも言ってはいけませんし、見られてもいけませんよ! もし、人に知られでもしたら!」
「国家の秘密を調べている間者かスパイだと思われるからね。注意しないと」
と言うと、
「だからお兄様。必要な本は全て持って行って下さい。持ってもいないのに、スラスラと本の中身を暗唱したり、知っていたら、それこそ怪しまれます」
とイーナ。
「確かにそうだ。分かった。イーナの言う通りにするよ」
と微笑んだ。
──4──
「ちょっと! 二人共、どこに行っていたのよ!」
と日が暮れてから戻ったエイジャーとイーナは、心配そうに待っていた両親とメイドのキャスター、そしてご立腹のマザリーが待ち構えていた。
「遅くなってごめんなさい。ちょっとお兄様と特訓をしていたんです」
とイーナが言うと、二人は深く頭を下げた。
「分かった。話は食事中に聞こう。さあ、早く入りなさい」
と父カロン公は優しく言った。
「今日の夕食は私とキャスターの二人で作ったのよ。明日はあなた達の門出の日だから、腕によりをかけたからね」
と母ソフィアが言った時だった。
強い風が空から吹いた。皆が空を見上げると、一匹のドラゴンが空中に浮いている。
「あ! あれはアユットだわ! アユットっ!」
とイーナが大きく手を振ると、月明かりに照らされたレッドドラゴンも手を振り返した。
「凄い。イーナ樣の言葉と仕草に、レッドドラゴンが反応している……」
とキャスターは驚いている。
ドラゴンはゆっくりとヘルムスの屋敷の玄関に下りていくと、瞬時に人の姿になった。
「ああ。あれはアユット樣」
とキャスター。
「ふむ。アユットとか申す娘は、本当にレッドドラゴンであったか」
と父カロン公は感心している。
「夜に申し訳ございません。カロンデロス・ヘルムス公爵閣下と皆様方。至急、お知らせしたいことがありましたので、立ち寄らせて頂きました」
と着地と同時に、深く頭を下げた。
「これはこれは、竜族の長(おさ)の娘アユット樣。再びのお越し、こちらとしては大歓迎でございまするぞ」
とカロン公は会釈して微笑む。
「えっ……。アユットさんって、竜族の長の娘なのか……?」
とエイジャーは小声でイーナに訊(たず)ねた。
「えっ? 知らなかったのですか? アユットはレッドドラゴン族の王の娘で、将来は女王になる高貴なお方なのですよ」
とイーナは言った。
「そんな、よしてくれよ、イーナ。女王たって数十人しか住んでいない小さな村の女王なんだからさ」
と照れる。
「何を言っているのよ。レッドドラゴン一〇人も居れば、人間の国を征服できるって言うじゃない」
とイーナが続ける。
「ははは。やめてくれよ。ドラゴン族は、いや少なくともレッドドラゴン族は、人間をむやみに殺したり、傷つけたりはしない。なんせ、私達は神の守護獣なのだからね」
「学校でそう習ったけど。本当にそうなんだ」
とマザリーは感心して言った。
「ところさ。『至急、お知らせしたいこと』って何なんだい?」
とエイジャーが訊いた。
「そうそう! それを真っ先に言いに来たんだ!」
と言ってわざと少し勿体(もったい)ぶり、
「わたくし、アユット・フォン・レッドドラゴンは、こちらのご兄妹の方々と同じ、ユースル高等魔法学校に通うことになりました。以後、どうぞよろしく」
と頭を下げた。
「これは驚いた。レッドドラゴン族の女王候補のお方が、人間界の学校に通われるなんぞ、前代未聞ですな」
と父カロン公。
「確かに過去にはドラゴン族の方が、何名かご入学はなさっておられますが、ドラゴン族の長の娘さんが通われるなんて、聞いたことがございません」
と母ソフィアも驚いている。
「それでエイジャー樣のご両親にお願いがございまして……」
「ほお。何ですかな? レッドドラゴンの姫樣」
アユットは緊張をほぐすためか、一度軽く咳払いをして、
「わたくしもユースル魔法高校への入学が決まった今、下宿先が必要になりました。なのでその……。図々しいお願いではありますが」
と言ったタイミングで、
「つまり、子供達が三年間住むことになっている屋敷に、お住みになりたいと言うことですな。ハハハ。お安いご用です。ぜひ、使って下されい」
と豪快に笑いながらカロン公は了承した。
「ありがとうございます。感謝致します。それでこれは前金ということで、ぜひお納め下さい」
と腰にぶら下げていた布袋を取り出し、
「エイジャー樣。両手をお出し下さい」
と言われ、手のひらを軽く曲げて受け取るかたちにすると、布袋から落ちた宝石が、エイジャーの両手のひらに山と積まれた。
「うわ。落ちそう」
と慌てるエイジャー。
「これはこれはありがとうございます。ですがこれは受け取れませぬ」
とカロン公は言い、
「エイジャー。その宝石は全てお返しなさい」
と言った。
アユットは「えっ」と呟き、驚きの表情のまま、立ち尽くしている。
「マザリー。手伝ってくれ」
とエイジャーが言うと、マザリーは「失礼します」とアユットの持つ袋を受け取ると、エイジャーの手のひらの宝石を、素早く袋の中に入れた。
「えっ……。受け取ってもらえないのか……。もしかして屋敷には住めないのか……」
とアユットはショックを受けていたが、
「姫樣。ご心配には及びませぬ。安心して三年間、屋敷にお住み下さい」
と微笑んだ。
「えっ。よいのか? 確か借りるのにお金を使ったと聞いたが……」
「それくらいは大丈夫です。そんなことよりも、私らの子供達と仲良くして下さいませ」
と言った。
「ああ! 仲良くするとも! もちろんだ! ありがとうございます。カロン殿」
と父の手を両手で掴んで握手した。
「そうそう。姫樣。良いところに来られましたぞ。今からささやかながら、入学祝いのパーティーをするところなのです。どうですか? 参加して頂けますかな?」
と誘うと、
「よいのか? これは嬉しい。パーティーなんぞ、初めてのことだ!」
とアユットは促されて、ヘルムス家の屋敷に入って行った。
2023年9月10日
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