この地獄に生まれて

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13話 地獄の釜茹で

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 火曜日。この日、「女装メイドカフェ チェリービー」には異様な光景が広がっていた。と、俺を含む全従業員思っただろう。
 
 制服であるメイド服を着た俺と、少しばかりいつもより脂ぎっている店長は、店が入ってるビルのベランダにいた。
 ベランダには、たっぷり水の入った寸胴と、火の着いたカセットコンロ。
 そして、大層不機嫌そうな顔をした陽彦だ。
 その陽彦が、煮え立つ鍋の前に立ち、中をじっくり見ていた。
 
「おい、まだか?」
「ヒッ! にしっ、西尾様! ととと、とりあえず、水が茶色くなってきたので取り替えましょう」
「そうか」
 
 怯えきった店長の指示に舌打ちをしながら陽彦は、軍手を着けた手で寸胴を持ち上げた。そして、ベランダの排水口に向かって汚いお湯を流す。
 これは、麻縄から滲み出たゴミや毛羽立ち、強度を上げるために使われるタールなどの薬品をある程度取り除き、固い市販の麻縄を柔らかくするための作業だ。
 何度も何度も綺麗になるまで、、水を変えて煮るを繰り返す。
 
 なんでこんなことを、店長と三人でしているのかというと、それは一時間前に遡る。
 
「え、お、俺が、西尾様に研修!? ちょ、え、ルナちゃん無理言わないでよ……! ただでさえ、今客席に居るのも怖いのに」
 
 店のバックヤード。突然やってきた俺と陽彦から、本能で逃げていった店長を追って入っていく。そして、正直無理やり今回のお願い事・・・・をすると、その顔がわかり易く青ざめた。
 
 しかし、数少ないDomである店長は、実はDomとSubに対してダイナミクスの研修をするために必要な民間資格「ダイナミクスインストラクター」1級を取得済み。
 
 更にはなかなかの拝金主義であり、職業柄口は意外にも堅い。
 
 まさに、今回のお願いをするのに一番最適な人だった。
 
「で、でも、西尾さん、あまりにもDomとしての知識がないんですよ。ここで、教えれば、恩を売れますよ! 店長!」
「ムリムリムリムリ! だってさあ、今どきDomなのに知識ないなんて、やべぇ地雷臭しかしないって!」
 
 しかし、店長はこの前のこともあり、陽彦に対して萎縮しきっており、ずっと首を横に振り続ける。そもそも、店長はβではあるがDomでもあるため、自分よりも強いDomを本能で警戒してしまうのは仕方ないことだ。
 
 そして、断り文句で言ってることは、まさにそうなんだよなとしか言えない。
 
 俺も、地雷臭しかないと思ってるけど、Domとしての正しい知識がないと、其れはいずれ誤った方に行ってしまう。
 何故こんな危ない船に乗ってしまったのか、と心の片隅で思いつつも、お人好しな自分を呪った。
 
 仕方ない、最終手段だ。
 
「店長、麻縄の鞣し方を! 是非教えてあげてください! 店長の緊縛道をぜひ!!」
 
 叫ぶように言った俺の言葉に、店長の目の色が変わる。拒絶していた店長の顔が少しずつ緩み、戸惑いつつも口角が上がっていく。
 
 この店では禁句とされている言葉の一つを使ったが、効力は絶大なはずだ。
 
「俺の、緊縛道……鞣し方から、やっていいの? 緊縛、語っていいの?」
「もちろんです!」
 
「しょっ、しょうがないなぁ! まあ、俺ダイナミクスインストラクター1級だからね、迷える子羊Domを救うのも俺の役目だよね」
 
 明らかにウキウキになった店長。
 まだ、足取りは少し重そうであるが、陽彦が待つ客席へと向かった。
 
 そして、VIPルームにて店長によるDomの基本研修が開催された……が先に教材の麻縄を作るため、こうしてベランダに集まって縄を煮ていた。
 
「まだか?」
「も、もう大丈夫ですかね。お湯を捨てますか。新聞紙で水気拭き取りましょうか、まあ、洗濯機の脱水掛けてもいいんですけどね。このあとは乾かしのに時間がかかるので、別の縄で油馴らしの工程をします」
 
 店長も流石に陽彦に慣れてきたのか、現在の煮鞣しという工程後のことを饒舌に語る。この店に入るとき、従業員は皆一度この麻縄を鞣す作業をさせられる。勿論、俺も経験済みだ。
 
「……意外と手間がかかるんだな。油も必要なのか」
「何なら摺りなめしその後に毛羽焼きっていって、毛羽を火で炙って滑らかにしますよ」
 
 火で炙るのところで、びくりと陽彦は身体を跳ねさせた。たしかに、びっくりすると思う。俺も軍手とコンロを渡され、毛羽を火で炙れと言われたときは本当に怖かった。
 
「そこまで必要なのか」
「自分がこだわり、丹精込めて作った縄で、最愛の人わたしのSubを縛る、そして、吊るして、愛でる。それほどの幸福を私は知らないんでね」
 
 陽彦の無粋な質問に、店長はドヤっとした顔で答える。店長の奥様は、元々この店の前身であるSubのホテルヘルスの従業員さんだったはずだ。よく、この店で店長がステージングするときに、たまに受け役として上がる奥様を見たことがあった。
 
 ちなみに、俺も一度だけ店長の緊縛ショーに参加したことがあった。縛りは最高だけど、上手すぎて痛みがなかったのが正直残念だった。だから、もし鞣した縄であの荒々しい陽彦が縛ってきたら……。
 
「そうか、なら、月代。出来たら、お前を縛って、それが本当か確かよう」
「えっ?!」
 
 つい妄想に囚われてしまった時に、不意をつかれてしまった。だから、思わず少し大きめな声で素っ頓狂な声を出した。
 
「嫌なのか?」
「いやいや、予想外だったので。けど、それは楽しみですね」
 
 俺はなんとか取り繕いつつ、軽いリップサービスを吐き出す。職業病みたいなものだが、妄想するくらいには、どこか楽しみな自分がいた。
 
「それに、今の工程だけでも、俺は全くDomのことがわからない……無知な人間だ」
 
 しかし、何故だが当初よりも少しばかり気落ちしてしまっている陽彦。俺はなぜだろうと思いつつも、決してフォローできないその言葉を聞こえないふりをした。
 
 
 
 
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