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【下書き】
起②
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私の質問に、みれちゃんは少し目を開いた後、「私、結婚するの」と微笑みました。
「え、本当に? おめでとう!」
思ったよりもおめでたい報告に、私は自分事のように喜びました。しかし、みれちゃんは困惑したかのように、一瞬目を瞬かせました。
まるで意外だったかのように、私をじっと見つめながら「……祝ってくれるの?」と尋ねました。私は気に留めずに「もちろん!」と笑ったのですが、みれちゃんはふっと視線を手元に落としました。
そして、確かめるように、「……ゆきちゃんは、昔からそうだよね」とぽつりと呟きました。
何を指しているのかは分かりませんでしたが、深呼吸をすると彼女は何かを思い出したのか、天井に視線を向けながら私に問いました。
「さっちゃん、覚えてる?」
久方ぶりに聞いたその名前に、私は思わず顔を顰めました。
「ああ、鷹宮さん、ね」
『さっちゃん』こと鷹宮沙月は、中学時代の同級生であり、二鹿村のタバコ畑を全部所有する大地主の娘であり、私の天敵でした。よそ者だった自分に名字の呼び方が同じだから気に入らないと、彼女と一緒だった中学校卒業するまでずっといびってきました。しかも、地主の娘というのは村社会では一番の権力者です。悪口やちょっとした暴力、無視など一通りやられても、誰も助けてくれませんでした。
一応家族にも相談したことがありますが、父親からも我慢してくれと言われてしまうほどでした。
「ゆきちゃん、あんなにイジメられてたのに、毎日学校来ててさ。私なんて、ずっと怖かったのに」
「え、そうだったの?」
鷹宮さんはやりすぎるけれど、根が小心者なのか大きな被害が無かったが幸いでした。
けれど、高校時代も含めて不快なものは人間は忘れるように出来ているのでしょう、中学時代のあれこれは正直ぼんやりとしか覚えておりません。だから、みれちゃんが怯えて過ごしていたと聞いて、思わず驚いてしまいました。ゆきちゃんは、小さく笑うと言葉を続けました。
「……だからなのかな。中学時代、ゆきちゃんのこと、嫌いだったんだよね」
「え、嘘。知らなかった、ごめん」
「本当に、鈍いよね。シャンプーどころか髪型変えても気づかないし、私が一緒に行こうとアピールしても、一人で行っちゃうし、お揃いにしようと言っても断るし」
「ごめん……」
正直自分が鈍感であるという自覚はありました。それに、私は当時慢性鼻炎だったため、匂いの判別は難しかったのです。
それに対して、みれちゃんは敏感であり察してほしい性格なので、どうしてもコミュニケーションエラーが起きやすかったのです。申し訳ない気持ちで話を聞いていたのですが、落ち込む私にみれちゃんは一つため息を吐くと、今度は頭を下げました。
「……私こそ、本当にごめんなさい」
みれちゃんの声は、なんとも真剣そのものでした。たしかに、親戚の子をいじめていたなんて、今のご時世に露呈したら大事になってしまいます。けれど、当時の状況は違います。狭い田舎のコミュニティで、地主かつ雇い主に睨まれるなんて、恐ろしいことはないでしょう。
もし私たちが逆の立場だったとして、あの状況ではきっと私も何もできなかったはずです。
「気にしてないは嘘だけど、頭を下げるべきなのは別の人だから」
私はそういうと、網から適当に焼けた肉をトングで拾い、みれちゃんの皿に置きました。しかし、みれちゃんは頭を上げませんでした。
「ううん、違うの。私、ちゃんと謝らなきゃいけない。本当に色々ごめんね」
正直、大げさな謝罪だと思ってしまいました。何せ、私は中学時代のことを殆ど覚えていません。昔は嫌いだったと言われても、今更感は拭えません。正直、彼女の謝罪になんと応えたら良いか分かりませんでした。
どうにか湿気った雰囲気を変えるため、もう一度「肉、食べようよ」と伝えると、みれちゃんはようやく頭を上げて「そうだね」とお肉を食べ始めました。
提供されたお肉は、やはり専門店だからか全てが美味しかったです。
一部はあっさりと歯ごたえが素晴らしい肉もあり、何の肉だろうとわくわくしながら食べ進めていました。大体、二人で定番とオススメ盛りなど合わせて、肉皿大盛り3皿ほど空けたくらいでしょうか。
「ねえ、ゆきちゃん……中学校の校歌、覚えてる?」
みれちゃんが唐突に質問してきたのです。急にどうしたのだと思いつつ顔を上げると、汗を滝のように流し、どこか落ち着かない雰囲気で私の方をじっと見ていました。
中学校の校歌、随分と懐かしい話題に私は唸りながら、口に入っていた肉を咀嚼し、飲み込みました。正直、中学時代の記憶は朧気で、何も覚えていないといっても過言ではありません。
それでも、必死に振り絞ると脳裏に浮かんだ光景がありました。
眩しい光の中、古く草臥れた体育館に、小さく並べられたパイプ椅子。
壇上に向かい、空気を吸い上げ、同級生たちと歌い始める。
「春、麗らかに」
ひどく懐かしい校歌の冒頭が、旋律として自然と口から出てきたのです。私はまさか歌えると思わず、自分に対して驚きました。これであっていたよなと、みれちゃんへと視線を戻しました。
「はる……うららかに……」
目の前にいたみれちゃんは歌詞を復唱すると、ゆっくりと手元の箸へと視線を落とします。そして、小さい声で呟きました。
「……ねえ、ゆきちゃん」
みれちゃんの声が、かすれていました。
箸を持つ手が、微かに震えてました。
「私たちの同級生って……四人……だったよね?」
私への質問と言うよりも、まるで、自分で言い聞かせるような口調でした。
「そうだよ」
私は怪訝そうに答えました。
同級生は、私、みれちゃん、鷹宮さん、と藤原由梨ちゃんという大人しい女子がいました。流石にそこを間違えるはずはありません。
しかし、みれちゃんは納得していなさそうに、顔をぎゅっと歪めました。そして、何か言いたそうにしましたが、結局口をつぐんだまま箸で肉を一つ口に運びました。
そこからでしょうか、彼女の様子がおかしくなったのです。
「え、本当に? おめでとう!」
思ったよりもおめでたい報告に、私は自分事のように喜びました。しかし、みれちゃんは困惑したかのように、一瞬目を瞬かせました。
まるで意外だったかのように、私をじっと見つめながら「……祝ってくれるの?」と尋ねました。私は気に留めずに「もちろん!」と笑ったのですが、みれちゃんはふっと視線を手元に落としました。
そして、確かめるように、「……ゆきちゃんは、昔からそうだよね」とぽつりと呟きました。
何を指しているのかは分かりませんでしたが、深呼吸をすると彼女は何かを思い出したのか、天井に視線を向けながら私に問いました。
「さっちゃん、覚えてる?」
久方ぶりに聞いたその名前に、私は思わず顔を顰めました。
「ああ、鷹宮さん、ね」
『さっちゃん』こと鷹宮沙月は、中学時代の同級生であり、二鹿村のタバコ畑を全部所有する大地主の娘であり、私の天敵でした。よそ者だった自分に名字の呼び方が同じだから気に入らないと、彼女と一緒だった中学校卒業するまでずっといびってきました。しかも、地主の娘というのは村社会では一番の権力者です。悪口やちょっとした暴力、無視など一通りやられても、誰も助けてくれませんでした。
一応家族にも相談したことがありますが、父親からも我慢してくれと言われてしまうほどでした。
「ゆきちゃん、あんなにイジメられてたのに、毎日学校来ててさ。私なんて、ずっと怖かったのに」
「え、そうだったの?」
鷹宮さんはやりすぎるけれど、根が小心者なのか大きな被害が無かったが幸いでした。
けれど、高校時代も含めて不快なものは人間は忘れるように出来ているのでしょう、中学時代のあれこれは正直ぼんやりとしか覚えておりません。だから、みれちゃんが怯えて過ごしていたと聞いて、思わず驚いてしまいました。ゆきちゃんは、小さく笑うと言葉を続けました。
「……だからなのかな。中学時代、ゆきちゃんのこと、嫌いだったんだよね」
「え、嘘。知らなかった、ごめん」
「本当に、鈍いよね。シャンプーどころか髪型変えても気づかないし、私が一緒に行こうとアピールしても、一人で行っちゃうし、お揃いにしようと言っても断るし」
「ごめん……」
正直自分が鈍感であるという自覚はありました。それに、私は当時慢性鼻炎だったため、匂いの判別は難しかったのです。
それに対して、みれちゃんは敏感であり察してほしい性格なので、どうしてもコミュニケーションエラーが起きやすかったのです。申し訳ない気持ちで話を聞いていたのですが、落ち込む私にみれちゃんは一つため息を吐くと、今度は頭を下げました。
「……私こそ、本当にごめんなさい」
みれちゃんの声は、なんとも真剣そのものでした。たしかに、親戚の子をいじめていたなんて、今のご時世に露呈したら大事になってしまいます。けれど、当時の状況は違います。狭い田舎のコミュニティで、地主かつ雇い主に睨まれるなんて、恐ろしいことはないでしょう。
もし私たちが逆の立場だったとして、あの状況ではきっと私も何もできなかったはずです。
「気にしてないは嘘だけど、頭を下げるべきなのは別の人だから」
私はそういうと、網から適当に焼けた肉をトングで拾い、みれちゃんの皿に置きました。しかし、みれちゃんは頭を上げませんでした。
「ううん、違うの。私、ちゃんと謝らなきゃいけない。本当に色々ごめんね」
正直、大げさな謝罪だと思ってしまいました。何せ、私は中学時代のことを殆ど覚えていません。昔は嫌いだったと言われても、今更感は拭えません。正直、彼女の謝罪になんと応えたら良いか分かりませんでした。
どうにか湿気った雰囲気を変えるため、もう一度「肉、食べようよ」と伝えると、みれちゃんはようやく頭を上げて「そうだね」とお肉を食べ始めました。
提供されたお肉は、やはり専門店だからか全てが美味しかったです。
一部はあっさりと歯ごたえが素晴らしい肉もあり、何の肉だろうとわくわくしながら食べ進めていました。大体、二人で定番とオススメ盛りなど合わせて、肉皿大盛り3皿ほど空けたくらいでしょうか。
「ねえ、ゆきちゃん……中学校の校歌、覚えてる?」
みれちゃんが唐突に質問してきたのです。急にどうしたのだと思いつつ顔を上げると、汗を滝のように流し、どこか落ち着かない雰囲気で私の方をじっと見ていました。
中学校の校歌、随分と懐かしい話題に私は唸りながら、口に入っていた肉を咀嚼し、飲み込みました。正直、中学時代の記憶は朧気で、何も覚えていないといっても過言ではありません。
それでも、必死に振り絞ると脳裏に浮かんだ光景がありました。
眩しい光の中、古く草臥れた体育館に、小さく並べられたパイプ椅子。
壇上に向かい、空気を吸い上げ、同級生たちと歌い始める。
「春、麗らかに」
ひどく懐かしい校歌の冒頭が、旋律として自然と口から出てきたのです。私はまさか歌えると思わず、自分に対して驚きました。これであっていたよなと、みれちゃんへと視線を戻しました。
「はる……うららかに……」
目の前にいたみれちゃんは歌詞を復唱すると、ゆっくりと手元の箸へと視線を落とします。そして、小さい声で呟きました。
「……ねえ、ゆきちゃん」
みれちゃんの声が、かすれていました。
箸を持つ手が、微かに震えてました。
「私たちの同級生って……四人……だったよね?」
私への質問と言うよりも、まるで、自分で言い聞かせるような口調でした。
「そうだよ」
私は怪訝そうに答えました。
同級生は、私、みれちゃん、鷹宮さん、と藤原由梨ちゃんという大人しい女子がいました。流石にそこを間違えるはずはありません。
しかし、みれちゃんは納得していなさそうに、顔をぎゅっと歪めました。そして、何か言いたそうにしましたが、結局口をつぐんだまま箸で肉を一つ口に運びました。
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