クトゥルフ・ミュージアム

招杜羅147

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ムー大陸地区

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 聖地クナアに重々しく太陽が昇る。

今日はヤディス=ゴー山におわす”見ざる神”へ生贄を捧げる儀式を行う日であった。

儀式は女性ながら上級神官のモラヘと、神官になって日が浅い青年セアクで執り行うことになった。

生贄として赴くのはセアクの恋人リノであった。





 リノはクナアの資産家の末娘で、2人いる姉ほどの器量よしではない。

それ故本来なら生贄は姉のはずが、入れ替わりを強要させられたのだろうと、まことしやかに囁かれていた。





 ”見ざる神”は、ムーの外から飛来したキノコのような生物が連れて来たと言われている。

 姿を見たものを石に変えると言われる恐ろしい神なので、鎮めるために生贄を捧げているのだ。




 「選ばれたのはアハルだ。リノが儀式に行く必要はないだろう。」

「…アハル姉さんは”嫌だ”と泣き喚いて父もどうすることも出来ないようなの。ヤマニ姉さんはもうじき結婚して家を継ぐから、これは私にしか出来ないのよ。」

セアクは個人的な思いもあり、何度も説得を試みたが、リノは寂しげに微笑むだけで聞き入れなかった。

 確かに件の神の報復を考えると、血縁の代役が最良と思われる。





 神官2人とリノは、タディス=ゴー山の地下に向かった。

山裾に巨大な石造りの入口が設けられ、両側には見張り兵が配置されている中を通り降りていく。

巨石によって作られた地下都市を通っていき、凶神が褥とする穴が見えてくると、神官2人は頭を下げて跪いた。




 「…我々はここまでです。リノ様はお進み下さい。…決して拝顔はなさいませぬよう。」

モラヘが促す。

リノは頷くと、震えながらも下を向いたまま穴の方へと進み、台座のようなところで一旦足を止めて膝を折る。

 モラヘはそれを見届けると、セアクに地上へ戻るよう手で指示をする。



 途端、奈落の底から風が吹いた。

冷たくはないのに背筋が凍りつきそうなほどの忌まわしさ。

背後から吹いているというのに、2人の神官は引き戻されるように階段から引き倒された。


 風は”見ざる神”の心の洞のように黯く、”見ざる神”の哄笑をはらみ、憤怒に満ちていた。


 遥か上にある光差す入口に、1人の人影が踊った。


セアクはその影形に見覚えがあった。

本来贄となるべきだったアハルだ。


 悲鳴をまき散らしながら、アハルは地上から巨大都市の最下まで、骨が砕ける音をさせながら落ちてくる。

階段を上り始めたところですぐ落とされた神官の比ではない。


 リノの隣に転げ出た時には皮膚は破れ、足はあらぬ方を向き、見目の良かった顔は潰れていた。

変わり果てた姉の姿に、神の力に、リノは声も出ない。




 「う…うぁ…。」

それでもアハルは背後這いずり逃れようとする。

その足首を、”見ざる神”の触腕が捉える。

 蛸の眼を持ち、うねる触腕と長い鼻を備え、鱗と皺に覆われたブヨブヨとした巨体を持つ、その神の姿をアハルの目は捉えてしまい、恐怖に満ちた声を上げた。

再び風が吹き、アハルの石像は一気に地上入口へと吹き飛ばされる。



 これは生贄から逃れようとしたアハルと、匿おうとしたその父親への罰だ。

”見ざる神”ガタノトーアの姿を見た者は、生きたまま石と化す。

折れた骨や避けた皮膚の痛みを今後感じながら、潰れて変形してしまった顔を一生晒す羞恥と苦悩を味わいながら、半永久的にアハルは生きていくのだ。

 地の底かを抉るような嘲笑が大音声で響き渡り、恐ろしさのあまりセアクは耳を塞ぎ眼を閉じた。



 どれくらいそうしていたのか、セアクはモラヘに肩を叩かれ、音と風がやんでいることにようやく気付いた。

モラヘは、セアクの近くまでリノを連れてきてくれていたが、リノは」呼び掛けても何の反応も示さなくなっていた。

姉がガタノトーアによって傷つけられた上に石に変えられるところを目の当たりにしてしまい、心が耐えられなかったのだ。

 これも神が与えた罰だろう、とセアクは思った。



 リノを支えながら地上に出て彼女の家に向かうと、長女のヤマニを生贄に示す御印が扉に現れていた。

セアクは沈みゆく夕日に、邪神の収まらぬ憤懣を見たような気がして呟いた。


「願わくは残酷な髪が心安らかんことを…。」
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