雪に白鷺、罪に罰〜ひきこもりの僕が陽キャ弟の弱みを握った結果

Umika

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望み

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 それから三ヶ月ほど経った。金があると精神的に余裕ができる。

 真雪まゆきはスマートフォンで時刻とメールを確認して、玄関に向かった。
 玄関をそっと開けると、インターホンの下あたりに段ボールの箱が置いてある。真雪はそれを玄関の上がりかまちに持って行った。なかなか重く、数歩の距離なのに体がふらついた。
 段ボールを開ける。そこに入っていたのは漫画だ。真雪は、段ボールに入っていた漫画を手で持てるだけ持って自室へ行った。
 すべての漫画を自室へ運ぶまで、玄関と自室を行き来する。あまり運動をすることがないから、階段の上り下りだけでも疲れる。
 漫画は通販で買ったものだった。途中まではコミックスを集めていたのだが、中断していたものをこの機に買い揃えた。真雪は部屋の床に転がって漫画をめくり始める。

 漫画を読んでいたら、数時間が経っていた。部屋が暗くなってきたので、面倒だったが立ちあがって、カーテンを閉める。
 漫画を読み終わって、真雪は伸びをした。面白かったが、驚嘆きょうたんするほどではない。そこまで感情は動かなかった。
 ひきこもりになる前は、もっと純粋に漫画やゲームを楽しめていた気がする。ひきこもりになってから、なんだか感情が鈍くなった。

 真雪は洗面所に行った。髭が気になって、髭剃ひげそりをしようと思った。
 電気シェーバーは、真雪がひきこもりになる前から使っていた自分のものがあるので、それを使う。電気シェーバーを構えたところで、玄関のほうから、がたごと音が聞こえてきた。
 足音はこちらに向かってくる。

「あ、真雪! ただいま」

 夏尋なつひろだった。大学から帰ってきて、手を洗いに来たのだろう。面倒くさいなと思ったが、この時間に髭剃りに来た真雪が悪い。真雪は洗面台の鏡の前から一歩下がった。
 洗面台の前を開けてやると、「ありがとう」と言って夏尋が手洗い・うがいをした。
 夏尋は真雪がおどしてから、毎月二万円を電子マネーで真雪に渡している。夏尋はアルバイトをしているので、そこから捻出ねんしゅつしているようだった。
 夏尋の態度は、真雪が金をせびるようになってからも変わらなかった。真雪に平気で話しかけてくるし、真雪の前で笑顔も見せる。にやつかれるのはいらいらするが、それにしても、もう少し嫌悪感をにじませてもいいのに、と真雪が思うほどだった。
 夏尋がタオルで手を拭いているのを見て、真雪は洗面台の鏡の前に戻る。髭剃りを再開した。
 夏尋は、洗面所の入り口でぼうっと立っていた。真雪が鏡越しに夏尋を見ると、夏尋と目が合う。洗面所に夏尋はまだなにか用があるのだろうか。

「なに」

 夏尋があまりにもこちらを見るものだから、真雪は聞いた。
 夏尋はわずかに笑みを浮かべたあと、答えた。

「真雪も髭が生えるんだなって」

 夏尋は髭剃りをする真雪を見ていたらしい。
 真雪は不愉快になった。
 真雪が髭剃りをしていることのなにが面白いのか。ひきこもりになる前だって、髭剃りをしていたし、夏尋だって目にしたはずだ。
 家の外に出ないくせに、髭剃りをしている真雪を滑稽こっけいだと思っているのか? 誰の前に出るわけでもない真雪が髭剃りなんて、自意識過剰だとでも?
 真雪は手早く髭剃りを終えた。髭剃りが終わるまで、結局夏尋は真雪の背後で鏡に映った真雪をずっと見ていた。
 真雪は、夏尋を邪魔だなと思いながら横を通って洗面所を出ようとした。

「あ、真雪。あの……」

 夏尋が声をかけてきたので、真雪は足を止める。無視すればよかったと思ったが、足を止めてしまったから、真雪はしかたなく夏尋に向かい合った。

「……なに」
「えっと、その……部屋の穴なんだけど」

 部屋に空いている穴は、夏尋が部屋をのぞいていると知ってから、真雪がティッシュを詰めてふさいでいた。

「穴がなに」

 夏尋は言いにくそうに、もじもじしていた。

「塞いでるの、取ってもらえないかな……?」

 真雪は首を傾げた。穴に詰めているティッシュを取ってほしいと夏尋は言っている。なぜ?

「どうして」
「あ……見たくて、その」

 夏尋は顔を赤らめた。
 真雪の部屋をのぞきたい、ということらしい。
 真雪にはその欲求がわからなかった。見て楽しいものだろうか。
 夏尋は、男性を好きと言っていた。真雪を見て自慰をしているとも。
 また真雪の部屋が見たいということは、真雪が自慰をしている姿や、着替えをしている姿を見たいということだ。
 真雪は、自分がそういう欲求を満たす存在だと思えなかった。髪はずっと切っていないから伸びっぱなしだし、いつも着ている服はだらしない。
 夏尋は男ならなんでもいいのだろうか。
 いくら飢えていると言ったって、自分の兄をそういうふうに見るだろうか? 男としてあまり魅力的でない真雪を。
 真雪は夏尋を軽蔑けいべつした。真雪は自分がそんなことを思う資格はないなと思いながらも、なりふり構わない夏尋の姿にがっかりした。所詮ただの男か。

「見たいなら、一万上乗せして月三万な」

 真雪はそう吐き捨てた。こう言えば、夏尋が自らの馬鹿らしさに気づくと真雪は思った。

「え、いいの? わかった、月三万ね」
「……は?」

 真雪はぽかんと口を開けた。
 了承された?
 夏尋は安心したのか、にこにこしている。真雪は何回もまばたきした。塞いでいた穴を開ける——ティッシュを取り除くだけだ——ために、こいつは月三万を払うのか?
 真雪は、弟のことがわからなくなった。自分のほうがおかしいのかとすら思った。
 夏尋が去らないので、真雪から洗面所を離れた。用は済んだので自室に戻る。
 真雪は穴のある壁へ行った。
 穴に詰めているティッシュを指で引っ張る。
 一枚のティッシュを雑に詰めただけだったので、ティッシュはすぐに取れた。小さいくずがあったので、息を吹きかけて取り除く。ごみは向こう側の夏尋の部屋に行ってしまったが、まあいいだろう。

 真雪は自室の中をぐるぐると歩き回っていた。よく理解できないでいたのだ。
 兄の部屋をのぞくために、月三万払う弟がいるか?
 実際いたのだから、しかたない。
 男性の痴態ちたいなんか、ネットで探せばいくらでも見れそうなものだと思った。夏尋はうまく探せないから、手近な兄で済ませようとしているのか。
 真雪は、夏尋が自分を見て自慰をしていることについて、気持ち悪いとは思っていなかった。ただただ意味がわからなかった。真雪は、男を見て興奮するという気持ちがわからない。
 真雪は、夏尋は派手で人好きのしそうなやつだから、恋愛に不自由しないものだと思っていた。同性愛者であることで、欲求を発散できず、夏尋の中のなにかがこじれてしまったのかもしれない。

 夏尋はもしかすると、可哀想なやつなのだ。真雪は夏尋との過去を思い返した。
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