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10話
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「すごい……」
大きな門を抜けた俺は、その光景に目を丸くした。溢れかえるほどの人々に賑やかな声。どこからか楽しそうな音楽まで聞こえる。辺りを見回すと、遠くの噴水の前に人だかりができていた。
「あれは……」
「花の踊りですね。うん、今年の子も上手です」
リディアの言う通り、人だかりの中心では女の子が衣装に身を包み、踊りを踊っていた。鮮やかに踊る踊り子と歓声を上げる観客、跳ねるように楽しい音楽が彼らを包んでいる。どれもこれもが俺にとって新鮮で、きらきらとして見えた。
「ツバメは花祭りに来るのは初めてなのか?」
「はい!」
「ははっ、そうか。なら驚くよな」
建物の壁や窓など、至る所に花が飾られていた。その花も黄色にピンク、白と色鮮やかで見る者を楽しませる。建物の間には風船みたいなものがふわふわ浮いていた。夢みたいな光景に視線を取られがちな俺が迷子にならないよう、ヴァントは「こっちだ」と言って行先を教えてくれた。アーチを潜って、開けた場所に行く。そこでようやく先を歩いていたリディアが足を止めた。
「やっぱり人が多いですね。4人で動くと大変です。そうだ、2人ずつで動きましょうか。ではツバメさん、行きましょう」
「え、えっ、ちょっと」
リディアは一息でそう話した後、俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張って行った。直前まで周りの光景を見て楽しんでいた俺は、突然腕を引かれたせいで体勢を崩してしまう。それでもリディアは関係ないとばかりに、進んでいき、ぽかんとするマディナやヴァントの姿が人で見えなくなると、ようやく彼女は足を止めた。
「ふう、ごめんなさいツバメさん。急に引っ張っちゃったりして」
「いえ、大丈夫ですけど、2人が……」
リディアは歩く人の邪魔にならないよう道の脇に避けた。俺も彼女に倣って、その近くに行く。リディアは周りをきょろきょろと見た後、少しだけ声を小さくして「実は、」と話してくれた。
「ヴァント、マディナのことが好きなんです」
「えっ! ヴァントさんがマディナさんのことを」
「しーっ! 声が大きいです!」
俺は慌てて口を閉じた。実際は、周りは音楽やら何やらがうるさくて、こんな道端にいる2人の話す内容が他に聞こえる事なんてない。なんなら、俺の声よりもリディアの声の方が大きくて周りの注意を引いたようだが、俺もリディアも気づかない。俺は口を閉じて手を当てて、分かりましたと、こくこくと頷いた。
「……マディナはあんまり外に出たがらないんです。今回の花祭りも家にいるって。私とヴァントだけで来るつもりだったんですけど、ツバメさんのことが気になったのか、急にマディナが行くって言いだしたんです。それで、どこかのタイミングで私とツバメさんが離れたら、2人はデートができるなって考えて……ごめんなさい、ツバメさんには急な話ですよね」
「いや……なるほど。事情は分かりました」
ヴァントさん、マディナさんのことが好きだったんだ……初めて会ってから、まだ数時間しか一緒にいないから、当たり前だとは思うが気づかなかった。申し訳なさそうにしているリディアに、俺は「大丈夫ですよ」と伝える。確か、リディアは俺がノースの恋人だと勘違いして、それを別れさせようと考えるくらいノースのことを良く思っていなかったはずだ。そんな彼女が、今度はヴァントの恋を応援しようとしている。ヴァントの人柄を思えば、彼女が彼を応援する気持ちも分かる気がして、確かに俺も彼女の立場だったら、偏屈な人よりも優しい人と妹には結ばれて欲しいと思うだろう。
「そういうことなら、俺たちで祭りを見て回りましょうか。一応、2人に合わないよう気を付けながら」
ヴァントとマディナにデートをさせようとした結果、これ、俺とリディアもデートしてないか? 俺がその事実に気づいたのは、祭りを回り始めてしばらくした後だった。
*
確か、王宮で開かれるパーティは午後だったはずだ。まだまだ時間はある。ということは、屋台や店で何か美味しそうなものを買って食べても大丈夫と言うことだ。俺はリディアおすすめの、「パパキ」と呼ばれるものを食べた。小麦を使った生地が薄めのパンに、サラダ、味付けされた肉を挟んだものがパパキだ。昔、地元の祭りで食べたケバブと見た目は似ていたが、パパキの方が味がさっぱりしている気がする。俺はおすすめしてくれたリディアに、「おいしいですね」と感想を伝えた。
「ツバメさんって、変わってますね。なんか、違う世界の人みたい」
カップに入ったクリームに角切りされたフルーツを乗せたものを、あれは何だと見ていた時、リディアはそう話した。俺はびっくりしたけど、それでもいたって冷静なふりをする。そして、いかにも落ち着いていますという表情で俺はリディアに何故そう思ったのか聞いた。
「なんでって、なんとなく……? うーん……話してると、ツバメさんは良い人だなって思うんですけど、でもところどころ物を知らないというか、常識知らずというか。あと、ノースさん関連もちょっと普通じゃないですよね。違う世界から来てるから、ここのこと何も知らないんですってことなら納得ができるんで、そう思いました」
リディアは「変なこと言ってごめんなさい」と謝った。俺は曖昧に頷く。心の中では動揺して、何を話せばいいのか頭が働いていなかった。どうしよう、彼女の話はほぼ合っている。というか、全部合ってないかこれ。俺は傍から見て、そこまで分かりやすかったのか。俺は持っている鞄をぎゅっと握った。伝えるなら、今しかないんじゃないか。
「あの、」
自分のことを話すなら今しかないと思った。今ここで誤魔化してしまったら、今後バレたときや話したときに、なんであの時話してくれなかったのと思われるかもしれない。けれども話した結果、嘘だと言われたらどうしよう。冗談だったのにって。でもきっとリディアは、真剣に聞いてくれるだろうと彼女を信じたい気持ちもあった。
「その、異世界から来たって話、本当だって言ったらどう思いますか……?」
リディアは目を丸くして俺を見た。どうだろう、彼女はどんな反応をするだろう。さっきまでは楽しくてワクワクした花祭りの音楽が、今はどこか遠くに聞こえる。俺ははらはらしながら彼女の反応を待った。
「ふっ、ははっ、あははははっ」
「えっ、リディアさん?」
突然リディアはお腹を押さえて笑い始めた。そんな彼女を、今度は俺が驚いた気持ちで見る。この反応はどっちなんだ、信じてもらえた? それとも嘘だと思われた? 俺は笑っている彼女になんて話しかければいいのか分からなくなってしまった。当惑する俺に、リディアは「ご、ごめんなさい。馬鹿にしてるんじゃないんです」と笑いながら、そう言った。
「まさか、当たるとは思わなくて。てっきり、何言ってるんだみたいな反応されると思ってたんです……ふう。異世界から来たんですね、ツバメさん」
笑いすぎて涙まで出たのか、リディアは指で目を擦っていた。彼女の表情はどこか清々しい。俺は彼女をしっかりと見て、そうですと頷いた。
「でもびっくりしました。まさか、リディアさんにバレちゃうなんて……」
もしかして、ヴァントやマディナも俺のことを疑っているのかな。そうだとすると、ちょっと面倒だぞ。俺がそう思っていると、リディアは少し考えるそぶりをしてから、ふっと笑った。
「言ったじゃないですか。私のカンは当たるって」
あか抜けない、チャーミングな笑顔を浮かべる彼女は、どこか悪戯が成功した子どもみただった。
大きな門を抜けた俺は、その光景に目を丸くした。溢れかえるほどの人々に賑やかな声。どこからか楽しそうな音楽まで聞こえる。辺りを見回すと、遠くの噴水の前に人だかりができていた。
「あれは……」
「花の踊りですね。うん、今年の子も上手です」
リディアの言う通り、人だかりの中心では女の子が衣装に身を包み、踊りを踊っていた。鮮やかに踊る踊り子と歓声を上げる観客、跳ねるように楽しい音楽が彼らを包んでいる。どれもこれもが俺にとって新鮮で、きらきらとして見えた。
「ツバメは花祭りに来るのは初めてなのか?」
「はい!」
「ははっ、そうか。なら驚くよな」
建物の壁や窓など、至る所に花が飾られていた。その花も黄色にピンク、白と色鮮やかで見る者を楽しませる。建物の間には風船みたいなものがふわふわ浮いていた。夢みたいな光景に視線を取られがちな俺が迷子にならないよう、ヴァントは「こっちだ」と言って行先を教えてくれた。アーチを潜って、開けた場所に行く。そこでようやく先を歩いていたリディアが足を止めた。
「やっぱり人が多いですね。4人で動くと大変です。そうだ、2人ずつで動きましょうか。ではツバメさん、行きましょう」
「え、えっ、ちょっと」
リディアは一息でそう話した後、俺の腕を掴んでぐいぐいと引っ張って行った。直前まで周りの光景を見て楽しんでいた俺は、突然腕を引かれたせいで体勢を崩してしまう。それでもリディアは関係ないとばかりに、進んでいき、ぽかんとするマディナやヴァントの姿が人で見えなくなると、ようやく彼女は足を止めた。
「ふう、ごめんなさいツバメさん。急に引っ張っちゃったりして」
「いえ、大丈夫ですけど、2人が……」
リディアは歩く人の邪魔にならないよう道の脇に避けた。俺も彼女に倣って、その近くに行く。リディアは周りをきょろきょろと見た後、少しだけ声を小さくして「実は、」と話してくれた。
「ヴァント、マディナのことが好きなんです」
「えっ! ヴァントさんがマディナさんのことを」
「しーっ! 声が大きいです!」
俺は慌てて口を閉じた。実際は、周りは音楽やら何やらがうるさくて、こんな道端にいる2人の話す内容が他に聞こえる事なんてない。なんなら、俺の声よりもリディアの声の方が大きくて周りの注意を引いたようだが、俺もリディアも気づかない。俺は口を閉じて手を当てて、分かりましたと、こくこくと頷いた。
「……マディナはあんまり外に出たがらないんです。今回の花祭りも家にいるって。私とヴァントだけで来るつもりだったんですけど、ツバメさんのことが気になったのか、急にマディナが行くって言いだしたんです。それで、どこかのタイミングで私とツバメさんが離れたら、2人はデートができるなって考えて……ごめんなさい、ツバメさんには急な話ですよね」
「いや……なるほど。事情は分かりました」
ヴァントさん、マディナさんのことが好きだったんだ……初めて会ってから、まだ数時間しか一緒にいないから、当たり前だとは思うが気づかなかった。申し訳なさそうにしているリディアに、俺は「大丈夫ですよ」と伝える。確か、リディアは俺がノースの恋人だと勘違いして、それを別れさせようと考えるくらいノースのことを良く思っていなかったはずだ。そんな彼女が、今度はヴァントの恋を応援しようとしている。ヴァントの人柄を思えば、彼女が彼を応援する気持ちも分かる気がして、確かに俺も彼女の立場だったら、偏屈な人よりも優しい人と妹には結ばれて欲しいと思うだろう。
「そういうことなら、俺たちで祭りを見て回りましょうか。一応、2人に合わないよう気を付けながら」
ヴァントとマディナにデートをさせようとした結果、これ、俺とリディアもデートしてないか? 俺がその事実に気づいたのは、祭りを回り始めてしばらくした後だった。
*
確か、王宮で開かれるパーティは午後だったはずだ。まだまだ時間はある。ということは、屋台や店で何か美味しそうなものを買って食べても大丈夫と言うことだ。俺はリディアおすすめの、「パパキ」と呼ばれるものを食べた。小麦を使った生地が薄めのパンに、サラダ、味付けされた肉を挟んだものがパパキだ。昔、地元の祭りで食べたケバブと見た目は似ていたが、パパキの方が味がさっぱりしている気がする。俺はおすすめしてくれたリディアに、「おいしいですね」と感想を伝えた。
「ツバメさんって、変わってますね。なんか、違う世界の人みたい」
カップに入ったクリームに角切りされたフルーツを乗せたものを、あれは何だと見ていた時、リディアはそう話した。俺はびっくりしたけど、それでもいたって冷静なふりをする。そして、いかにも落ち着いていますという表情で俺はリディアに何故そう思ったのか聞いた。
「なんでって、なんとなく……? うーん……話してると、ツバメさんは良い人だなって思うんですけど、でもところどころ物を知らないというか、常識知らずというか。あと、ノースさん関連もちょっと普通じゃないですよね。違う世界から来てるから、ここのこと何も知らないんですってことなら納得ができるんで、そう思いました」
リディアは「変なこと言ってごめんなさい」と謝った。俺は曖昧に頷く。心の中では動揺して、何を話せばいいのか頭が働いていなかった。どうしよう、彼女の話はほぼ合っている。というか、全部合ってないかこれ。俺は傍から見て、そこまで分かりやすかったのか。俺は持っている鞄をぎゅっと握った。伝えるなら、今しかないんじゃないか。
「あの、」
自分のことを話すなら今しかないと思った。今ここで誤魔化してしまったら、今後バレたときや話したときに、なんであの時話してくれなかったのと思われるかもしれない。けれども話した結果、嘘だと言われたらどうしよう。冗談だったのにって。でもきっとリディアは、真剣に聞いてくれるだろうと彼女を信じたい気持ちもあった。
「その、異世界から来たって話、本当だって言ったらどう思いますか……?」
リディアは目を丸くして俺を見た。どうだろう、彼女はどんな反応をするだろう。さっきまでは楽しくてワクワクした花祭りの音楽が、今はどこか遠くに聞こえる。俺ははらはらしながら彼女の反応を待った。
「ふっ、ははっ、あははははっ」
「えっ、リディアさん?」
突然リディアはお腹を押さえて笑い始めた。そんな彼女を、今度は俺が驚いた気持ちで見る。この反応はどっちなんだ、信じてもらえた? それとも嘘だと思われた? 俺は笑っている彼女になんて話しかければいいのか分からなくなってしまった。当惑する俺に、リディアは「ご、ごめんなさい。馬鹿にしてるんじゃないんです」と笑いながら、そう言った。
「まさか、当たるとは思わなくて。てっきり、何言ってるんだみたいな反応されると思ってたんです……ふう。異世界から来たんですね、ツバメさん」
笑いすぎて涙まで出たのか、リディアは指で目を擦っていた。彼女の表情はどこか清々しい。俺は彼女をしっかりと見て、そうですと頷いた。
「でもびっくりしました。まさか、リディアさんにバレちゃうなんて……」
もしかして、ヴァントやマディナも俺のことを疑っているのかな。そうだとすると、ちょっと面倒だぞ。俺がそう思っていると、リディアは少し考えるそぶりをしてから、ふっと笑った。
「言ったじゃないですか。私のカンは当たるって」
あか抜けない、チャーミングな笑顔を浮かべる彼女は、どこか悪戯が成功した子どもみただった。
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