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40 失恋

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 グレンノルトの部屋に行くまでで彼に追い付ければ良いと思っていたが、結局それは叶わず、誰とも会わないまま彼の部屋へとたどり着いた。どうやら部屋の中にはいるようで、良かったと思いながらノックしようとしたとき、ふと部屋の中から話し声が聞こえた。

「転移者の方はどうなってる」

 その声は、王の声だった。しかも話している内容は、転移者である俺のこと……? 正直、俺は王のことを良く知らない。そんな王が態々騎士団長の部屋まで訪ねて、俺に関してどんな話をしているんだろう。盗み聞きなんて良くないと思っていながらも、俺の足はその場から動かなかった。
 
「そうか、計画通りにいっているのか。『環境づくり』が効いたようだな」

 どうやら、部屋の奥にグレンノルトがいるらしく、彼の言葉ははっきりとは聞き取れない。しかし、王が発した「計画」や「環境づくり」という言葉がどうしても気になった。さっきとは違う意味で心臓がバクバクとなる。なぜか緊張で指先が震えた。

「なんとしても転移者を手なずけ、縛り付けろ。間違っても転移者が、国の外に出ようとなんて思わせるな。この国以外の居場所を与えるな!」

 扉の奥から、王の言葉に「……はい」と返事する聞きなれた声が聞こえた。その瞬間、俺は体中から一気に体温がなくなったような感じがした。話の内容を理解してはいけないと分かっているのに、「計画」「縛り付ける」「居場所」といった言葉が、まるでパズルのピースが埋まっていくみたいにきれいに繋がっていく。まだ部屋の中では何か話していたが、もう彼らの声を聞きたくなかった。俺は震える足を動かして、その場から逃げ出した。どんな風に部屋に戻ったかは覚えていない。ただ、心臓が締め付けられて痛かった。

(全部、全部嘘だったんだ!!)

 部屋に戻った俺は、その場に座り込み顔を手で覆った。王の言葉が耳から離れない。「計画」とはどこからどこまでかなんて正確には分からない。けれども、俺に優しくしてくれたグレンノルトやアリシアとか、俺が信じていたことが崩れていくことの理由には十分だった。

(「環境づくり」……そうだ、「環境づくり」ってなんだろう)

 俺はのろのろと顔を上げた。そして、。そして、今まるで自分の逃げ場所はここしかないと逃げ込んだ、この部屋こそ王から与えられた部屋だったと思い出した。どんなに話しかけてもよそよそしい城の人たち。次第に俺の居場所は、きれいで美しい、箱庭みたいなこの部屋のみになっていった。親しい人もできず、与えられた部屋で無為に過ごし、そしてそんな中、俺を城から連れ出して広い世界を見せてくれたグレンノルトに簡単に恋に落ちてしまった。そのすべてが、王の話す「計画」だとしたら。
 
「茶番じゃないか、そんなの……」

 広い部屋の中で、俺の言葉が痛々しく響いた。
 
 *

 翌朝、俺はいつものように目を覚ました。一晩経って気持ちが落ち着いたのか、どこかすっきりとした感じがした。今日、することは決まっている。俺を騙して利用しようとしたあの最低男を、こっぴどく振ってやるのだ。

「人がいる前で、全部ぶちまけてやる!」

 俺はそう意気込み、早速部屋を出た。今の時間なら、どこにいる可能性が高いかな。俺は、なんとなく、彼がいそうな場所を考えながら歩く。自然のその足は、中庭へと向かった。

(そう言えば、グレンとまともに話したのは、部屋を掃除したときが一番初めか)

 それこそ、この世界に来た瞬間からグレンノルトは俺の傍にいたが、ちゃんと話したのは彼から部屋の掃除を頼まれたときが初めてか。今にして思えば、あんな風に知り合ったばかりの人間に手伝いを頼むのは可笑しい。俺としては頼られたのは嬉しいことだったけど、きっと、それがねらいで、そうやって俺と仲良くなる作戦だったのだろう。

「……気持ち切り変えなきゃね! 早く、あいつを見つけて振ってやるんだ!」

 俺は人のいない朝の城を歩いた。一度は整理し、落ち着いたはずの気持ちが、どんどんと荒れて行った。例えば、彼の提案で行われた勉強会。いろんな本を読んでこの世界の勉強をし、いつか自分の目で確かめに行きたいという夢を持って、俺はいろいろな勉強をしたが、昨日の話から考えて、グレンノルトは俺をこの国から出すつもりはなかったはずだ。国の外に行くと叶わない夢を話し、勉強をする俺を、彼は内心どれだけ馬鹿にしていたんだろう。町に出掛けようと誘ってきたときは、どんなことを考えていたんだろうか。俺は、着ていく服にも悩んで、町に行ったときは子どもみたいにはしゃいで、さぞ恥ずかしいやつだったんだろうな。

「あ! いたいた、トウセイ様!」

 その時、前の方からアリシアが小走りで走って来た。俺は慌てて、目を手で拭ってから彼女に挨拶する。

「おはようございます! お部屋にいなかったから、驚きました」
「……すみません。朝の散歩がしたくなって」

 俺がそう話すと、アリシアは「そうだったんですね」と言って明るく笑った。王たちの話す「計画」を、彼女はどれだけ知っていたのだろう。もしかしたら、すべて知っている上で俺に親しくしていたのかもしれない。そう思うと、いつものように彼女にちゃんと笑顔を返せているか不安だった。

「私、変に心配しちゃってトウセイ様のこと探してしまいました。いろんな人にトウセイ様を見てないか、聞いて歩いて……そうだ、あなたの『恋人』も心配して探すの手伝ってくれてるんですよ」

 そして、アリシアは「ほら、うわさをすれば」と言って俺の後ろを指さした。俺は彼女の言葉に、反射的に振り返った。

「おはようございます、トウセイ」

 昨日、ベッドの中で声を殺して泣いて、明日全部ぶちまけて振ってやるんだと心に決めた。この男は簡単に人を騙すような人間で、騎士の皮を被った最低な男なんだと、そのきれいな顔を指さして大声で言ってやるつもりだった。きっと、今がそのタイミングなんだろう。今こそ、彼を盛大に振って、それで___

「俺を……、俺を騙して楽しかったですか?」

 結局、口から出たのはそんな言葉だった。俺の名前を好きだと言ったのも、恋人になってくれと言ったのも、結局は俺を騙すための便利な言葉だったんだ。そして、何よりも、いつも俺の目を見て優しく微笑んでいた彼が、心の中では簡単に彼に惚れた俺を面白がったり、気持ち悪がったりしていたかもしれないと思うと、悔しさで胸がいっぱいになった。
 
「トウセイ、」
「あなたなんか信用できない! もう俺に話しかけるな!」

 俺はそう言い捨てると、俺の名前を呼ぶ声を無視し、その場から逃げ出した。
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