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47 騎士になることを望まれた男
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「立派な騎士になりなさい」
それが父の最期の言葉だった。
*
グレンノルトの家は、多く騎士を輩出してきた所謂名家とされるものだった。グレンノルトの祖父も、曾祖父も学校で剣の技術を磨き、騎士団に入隊して騎士団長にまで上り詰めた才人ばかりだ。グレンノルトの父だけが体の弱さから騎士を目指すことがなかったため、父の代わりにグレンノルトが早く騎士団長になることが望まれた。そして、グレンノルトも周囲の期待に応えようと可能な限りの努力をした。
そんな努力が実ったのだろう、グレンノルトは歴代最年少で騎士団の長に任命された。
「国のため、剣を振るうことを誓います」
「期待している。グレンノルト・シルヴェスター」
王から騎士団長の証である、銀の鎧が贈られた。グレンノルトは贈られた鎧とマントを身に纏う。若さが残るものの、その洗練された佇まいに彼を見た人間は、彼こそ最高の騎士と口々に話した。叶うなら、今の自分を父に見せたい。グレンノルトは、亡くなった父が騎士になれなかったことに引け目を感じていたのをなんとなく理解していた。今の自分の姿を見れば、父も少しは安心できるんじゃないか。そんな叶わない願いを胸に任命式が終わり、次は祝宴が開かれる。
「羨ましいですよ、本当に。俺たちは会場の警備で料理食べれないんですから」
「ならば、料理を残しておくよう頼もう。仕事が終わってから、みんなで食べてくれ」
グレンノルトがそう言うと、部下となった騎士団の団員ははしゃぐように喜んだ。お礼を言い、先ほどよりも元気な姿で警備の仕事に向かう部下を見送り、グレンノルトは息を吐く。
(料理だって、美味いと思ってもらえる人間に食べてもらった方がうれしいだろう)
グレンノルトは、このところ何を食べても同じ味しか感じなくなっていた。
*
騎士団長に任命され数年が経ったある日、グレンノルトは王に呼び出され謁見の間にいた。このところ、目立った争いもなく国民たちは平和な生活を送る日々だ。わざわざ自分が王に呼び出される理由はあっただろうか。少しの疑問を感じながらグレンノルトは王に跪いた。
「良く来た、王国騎士団団長グレンノルト・ジルヴェスター。今日お前を呼び出したのは他でもない。転移者に関するとある仕事を頼むためだ」
「転移者、ですか……」
グレンノルトは驚きのあまり顔を上げ、王の方を見た。転移者とは、異世界から召喚される人間のことだ。噂では森に住む魔女から予言を授かる能力があるとされているが、グレンノルトは転移者に関する詳しいことをあまり知らない。なぜなら、約10年ほど前に起きたとある事件をきっかけに、転移者の召喚は行われなくなっていたからだ。転移者に関する様々な情報も有耶無耶のままだったはず。予想もしなかったことに驚くグレンノルトを見て、王は「確かに」と話した。
「お前の驚きも分かる。10年経った今も我が妻の心は晴れず、屋敷でその心の傷をいやす日々だ。しかし、いつまでも過去を引きずるべきではないとも考える。次の世代に負の遺産を作りたくないのだ」
「……もっともなことです、王」
グレンノルトはそう言い、視線を下げた。転移者を召喚する術は、代々国の王に教え紡がれてきた。つまり転移者は、この国が保有する1つの武器と言ってもいい代物だ。それをこのまま闇に葬るのは、確かに惜しいことだとグレンノルトも理解していた。
「しかし、転移者に対して不安が残るのも事実。そこでだ。お前には、召喚した転移者の世話を頼みたい」
「世話、とは具体的には?」
異世界に召喚され慣れないことの多い転移者をサポートしろ、ということだけならわざわざ王は自分を呼び出したりなんてしないだろう。それが分かっているグレンノルトは王に尋ね、王もまたグレンノルトが聡い人間であることを理解していた。王は頷き、自身の計画を話した。その計画は、10年前の事件の原因にもなった「人を愛する心」を利用するものだった。召喚した転移者を城に住まわせ、意図的に冷遇し周囲から孤立させる。そんな中で俺だけが転移者と親しくし、恋人にでもなれば、きっと転移者は恋人から離れることなく、一生をこの国で過ごすだろう。つまりこの計画は、転移者が国から逃げ出さないために立てられた計画と言うことだった。
「できるか、お前に。偽の恋人を演じることは」
「もちろんです。それが、国のためになるなら」
転移者に関することは、一般には公にされないことも多い。だからこそ、騎士団長である自分が引き受けるべきなのだろうと、グレンノルトは察していた。転移者に対し、罪悪感はあるものの、これも国のため。精々良い恋人を演じてやろうと、グレンノルトは考える。最後に、前任の話は次に来る転移者に話さないことや、日常生活を考えメイド1人は転移者にまっとうに接させることなどを決め、グレンノルトは謁見の間を去った。
それが父の最期の言葉だった。
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グレンノルトの家は、多く騎士を輩出してきた所謂名家とされるものだった。グレンノルトの祖父も、曾祖父も学校で剣の技術を磨き、騎士団に入隊して騎士団長にまで上り詰めた才人ばかりだ。グレンノルトの父だけが体の弱さから騎士を目指すことがなかったため、父の代わりにグレンノルトが早く騎士団長になることが望まれた。そして、グレンノルトも周囲の期待に応えようと可能な限りの努力をした。
そんな努力が実ったのだろう、グレンノルトは歴代最年少で騎士団の長に任命された。
「国のため、剣を振るうことを誓います」
「期待している。グレンノルト・シルヴェスター」
王から騎士団長の証である、銀の鎧が贈られた。グレンノルトは贈られた鎧とマントを身に纏う。若さが残るものの、その洗練された佇まいに彼を見た人間は、彼こそ最高の騎士と口々に話した。叶うなら、今の自分を父に見せたい。グレンノルトは、亡くなった父が騎士になれなかったことに引け目を感じていたのをなんとなく理解していた。今の自分の姿を見れば、父も少しは安心できるんじゃないか。そんな叶わない願いを胸に任命式が終わり、次は祝宴が開かれる。
「羨ましいですよ、本当に。俺たちは会場の警備で料理食べれないんですから」
「ならば、料理を残しておくよう頼もう。仕事が終わってから、みんなで食べてくれ」
グレンノルトがそう言うと、部下となった騎士団の団員ははしゃぐように喜んだ。お礼を言い、先ほどよりも元気な姿で警備の仕事に向かう部下を見送り、グレンノルトは息を吐く。
(料理だって、美味いと思ってもらえる人間に食べてもらった方がうれしいだろう)
グレンノルトは、このところ何を食べても同じ味しか感じなくなっていた。
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騎士団長に任命され数年が経ったある日、グレンノルトは王に呼び出され謁見の間にいた。このところ、目立った争いもなく国民たちは平和な生活を送る日々だ。わざわざ自分が王に呼び出される理由はあっただろうか。少しの疑問を感じながらグレンノルトは王に跪いた。
「良く来た、王国騎士団団長グレンノルト・ジルヴェスター。今日お前を呼び出したのは他でもない。転移者に関するとある仕事を頼むためだ」
「転移者、ですか……」
グレンノルトは驚きのあまり顔を上げ、王の方を見た。転移者とは、異世界から召喚される人間のことだ。噂では森に住む魔女から予言を授かる能力があるとされているが、グレンノルトは転移者に関する詳しいことをあまり知らない。なぜなら、約10年ほど前に起きたとある事件をきっかけに、転移者の召喚は行われなくなっていたからだ。転移者に関する様々な情報も有耶無耶のままだったはず。予想もしなかったことに驚くグレンノルトを見て、王は「確かに」と話した。
「お前の驚きも分かる。10年経った今も我が妻の心は晴れず、屋敷でその心の傷をいやす日々だ。しかし、いつまでも過去を引きずるべきではないとも考える。次の世代に負の遺産を作りたくないのだ」
「……もっともなことです、王」
グレンノルトはそう言い、視線を下げた。転移者を召喚する術は、代々国の王に教え紡がれてきた。つまり転移者は、この国が保有する1つの武器と言ってもいい代物だ。それをこのまま闇に葬るのは、確かに惜しいことだとグレンノルトも理解していた。
「しかし、転移者に対して不安が残るのも事実。そこでだ。お前には、召喚した転移者の世話を頼みたい」
「世話、とは具体的には?」
異世界に召喚され慣れないことの多い転移者をサポートしろ、ということだけならわざわざ王は自分を呼び出したりなんてしないだろう。それが分かっているグレンノルトは王に尋ね、王もまたグレンノルトが聡い人間であることを理解していた。王は頷き、自身の計画を話した。その計画は、10年前の事件の原因にもなった「人を愛する心」を利用するものだった。召喚した転移者を城に住まわせ、意図的に冷遇し周囲から孤立させる。そんな中で俺だけが転移者と親しくし、恋人にでもなれば、きっと転移者は恋人から離れることなく、一生をこの国で過ごすだろう。つまりこの計画は、転移者が国から逃げ出さないために立てられた計画と言うことだった。
「できるか、お前に。偽の恋人を演じることは」
「もちろんです。それが、国のためになるなら」
転移者に関することは、一般には公にされないことも多い。だからこそ、騎士団長である自分が引き受けるべきなのだろうと、グレンノルトは察していた。転移者に対し、罪悪感はあるものの、これも国のため。精々良い恋人を演じてやろうと、グレンノルトは考える。最後に、前任の話は次に来る転移者に話さないことや、日常生活を考えメイド1人は転移者にまっとうに接させることなどを決め、グレンノルトは謁見の間を去った。
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