偽りから真へ

優月ジュン(ゆづき じゅん)

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6 嫉妬。

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「あ、今週の土曜日ね大学の時の友達に会うことになってるから出かけてくるね。」
「わかった。」

…。

「何人?」
「え?」
「何人で会うの?」
「あ、私含めて3人だよ。」

3人…
その中に男はいるのだろうか…

「…男は?」
「ん?」
「男はいる?」
「いないよ?」

よかった…。

「楽しんでおいで。」
「ありがとう。」
「ちゃんと帰ってこいよ。」
「わかった。」




土曜日になると佐倉は大学の友達に会うために、夕方頃に出掛けて行った。
この時間からなら飲みに行くんだろう。

暇だな…

佐倉がいない部屋は、寂しく感じた。
前まではこれが普通だったのに…。

俺は今までどうやって1人で過ごしてたっけ…。

そんなことを考えていた。

とりあえず漫画でも読むか…

集中できなかった。
佐倉がそばにいる時は楽しく読めてたのに。
佐倉がいないことが落ち着かない。

…。

早く帰って来ないかな。
時計を見るとまだ1時間しかたっていなかった。

俺はたまらなくなって、佐倉の布団を敷いて突っ伏した。

佐倉…

佐倉…

佐倉…俺を好きになって…

少しだけ佐倉を感じることができた。
早く帰ってきて…。

気がついたら俺はそのまま1時間ほど寝てしまっていた。

とりあえずテレビで動画を流してグダグダと過ごしていた。

腹が減り夕飯を1人で食べる。
今日はコンビニ弁当だ。

美味しくない…

今まで美味いと思って食べていた。

でも今は…

佐倉の作ったご飯が食べたい…。
佐倉がいないとつまらない。

気がつけば夜の10時になっていた。
連絡はなし…。
別に付き合ってるわけじゃないから、こんなもんか…。

しばらくすると佐倉から電話があった。

『広瀬くん?』
「どうした?」
『今日ね、このまま友達の家に泊まろうと思って。』

嫌だ…。

「誰の家?」
『ミオって子のお家。今もうその子の家にいるの。』

嫌だ。
帰ってきて欲しい。

「そっか。わかった。」

その時、電話の少し遠くの方で男の声が聞こえた。

は?

『それじゃ、また明日連絡するね。』
「待って。」
『なに?』
「…男いるの?」
『あ、大学の時の友達。暇だからって途中から合流してきたの。』
「何人?」
『え?』
「男は何人?」
『2人だよ。』
「そいつらも泊まるの?」
『それはまだわからない…。』
「だめ。帰ってきて。」
『え…』

そんなの…嫌だ。
佐倉が他の男といるなんて。

「迎えに行くから。」
『え、でも…』
「帰ってきて。」
『…。』
「佐倉…頼む…。」
『…わかった。』

俺は佐倉からメッセージで住所を送ってもらうと、カーシェアの車で迎えに行った。

やってしまった…。
佐倉…俺のことどう思ったかな…。
彼氏でもないのに、干渉するようなこと…。
でもどうしても嫌だった。

佐倉は俺に好きな人や彼女ができることを気にしていたけど、そんなの佐倉だって同じだ。
白石のことばかり警戒していたから、他の男のことまで気が回っていなかった。

どうしよう…。
もしその2人の中に佐倉のことが好きな男がいたら…。

佐倉がその2人のうちどちらかを好きだったらどうしよう。

そもそも佐倉は好きな人とかいるのだろうか…。
なんで俺は今までそんな肝心なことを聞かなかったんだろう。
でも今更怖くてそんなことは聞けない…。

俺は色々と考えながら運転していた。

教えてもらった住所に着き、佐倉に電話をする。
佐倉はすぐに来た。

「悪いな。」
「…別にいいけど…何かあったの?」
「…。」

ただの嫉妬だ。

「広瀬くん?」
「ごめん。」
「…。」

もうだめだ。
佐倉を抱きたくて仕方がない。

俺だけの佐倉になって欲しい。

佐倉と一緒にいる時間が長くなればなるほど、俺はどんどんと欲張りになっていた。
でも、そんな感情はちゃんと抑え込んでいた。
それに最近は自分自身も心穏やかに過ごしていた。
この日常に満足していたのに…
それなのに…

俺以外の男と同じ空間にいて、同じ空気を吸っていると考えただけで、一気に抑え込んでいたその欲があふれ出てきてしまった。

家に着くとすぐに佐倉を抱き寄せキスをした。
舌をねじ込み佐倉の舌を捕まえる。

でも…

佐倉は嫌がった。

俺の胸を押し抵抗した。
俺はムキになってキスをし続けた。
それから首筋にもキスをすると、そのまま舌を滑らせた。

「やめて…。」

佐倉を見てみると泣いていた。

…。

佐倉は悲しそうに俺を見ていた。

「前にも言ったでしょ?
そういう関係になりたくないって。一度…私からお願いして抱いてもらっておきながら、こんなことを言うのは変かもしれないけど…。
でも…広瀬くんとは…

私…やっぱり他に部屋を探すよ。」

佐倉はそう言うと、俺から離れシャワーを浴びに行った。

…。

俺は…

なんてことを…

佐倉に嫌われた。

佐倉に合わす顔がなくて、俺は外に出た。
駅の近くまで歩いて行くと、ネットカフェに入り、今夜はそのままそこで過ごすことにした。

佐倉から電話がきた。
俺はその電話に出ることができなかった。
メッセージもすぐにきた。
それも怖くて見ることができなかった。

俺はずっと、自分を責めていた。

なんで…俺は…

佐倉が出て行ってしまう…。
せっかく一緒に住むことができたのに。

佐倉…
佐倉…

出ていかないで…

俺ちゃんと我慢するから。
佐倉の嫌がることもうしないから…。

だから…頼む…出ていかないでくれ…。


俺は次の日の朝、自分の家に帰った。
佐倉はソファーで毛布にくるまり寝ていた。

…。

俺を待ってたのか…?

そんな佐倉を抱きかかえるとベッドへと寝かせた。
すると目が開いた。
佐倉が起きた。

「…どこに…行ってたの。」

佐倉は少し怒ったように寝ぼけながらそう言った。
それから体を起こし、もう一度言った。

「どこに行ってたの。」
「駅前のネカフェ…。」
「心配したんだよ。」

少しではなかった。ちゃんと怒っていた。
それから俺にハグをした。

「ごめん…」
「もういいよ。無事でよかった。」

今度は優しい声をしていた。

「佐倉…もう佐倉が嫌がること絶対にしないから…だから出て行かないでくれ。」
「…。」
「頼む。あいつのこともまだ心配なんだ。」

俺はずるい。
あいつの…白石の話を持ち出した。
もちろんそれも心配していた。
でも…1番の理由は俺が佐倉と一緒にいたいからだ。

やっぱり…俺はずるい…

「…わかった…ありがとう。」

でも、佐倉はそう言ってくれた。


それから佐倉は昨日のことを引きずることなく今まで通り普通にしていた。

佐倉は大人だな…。
そんな佐倉のおかげで、俺もぐずぐずと悩むことなく今まで通りに過ごせた。

平日はお昼になれば佐倉が作ってくれたお弁当を2人で食べ、帰り道では手を繋ぐ。

今まで通りだ。

俺はもう次はないと思い、あの日から寝ている佐倉にキスをすることもやめていた。
万が一バレてしまったら、今度こそ出て行ってしまうと思ったから。

でもハグは許されていた。
佐倉の体温と匂いを感じられるだけで、今は満足していた。


ある日の通勤中、佐倉は口を開いた。

「あのね、今日ちょっと友達と寄り道するから、先に帰ってて?」
「…誰?」

俺は気になって聞いてしまった。
また…干渉するようなことを…。
どうして俺は…。

「この前の大学の友達。」
「女?男?」
「…男友達。」
「何するの?」

俺の口は止まらなかった。

「妹の誕生日が近いから、プレゼントを一緒に選んで欲しいって…。」

それって…佐倉に会う為の口実なんじゃ…
俺は胸がざわついた。

「わかった。遅くならないようにね。夜は危ないから。」
「うん。気をつけるよ。」

内心は沸々としていた。
イライラと不安が入り乱れて、複雑な感情になっていた。

仕事が終わり、佐倉は友達と待ち合わせをしている駅で降りて行った。

俺は…そんな佐倉の後をこっそりとつけた。
…白石と同じことしてんじゃねーか…俺…。
そう思っていても、後をつけるのをやめることはしなかった。

少し遠くから佐倉を見張る。
どうやら佐倉の方が早く着いたらしかった。
佐倉はスマホを見ながら友達を待っていた。
…佐倉に近づく男が1人いた。
あいつか…。
身長は俺と同じくらいか…
爽やかな印象の奴だった。
スーツ姿がよく似合っている。

そいつが佐倉に声を掛け、2人は歩きだした。

俺はその後をつけていく。

2人はそのままビルに入ると、コスメのフロアへと向かって行った。
佐倉が色々と手に取り、そいつに見せていた。
そのやり取りは楽しそうで、まるでカップルだ。
俺はまた嫉妬した。
それからも色々なブランドを見て回り、やっとそいつはプレゼントを決めたようだった。

また2人は駅の方へと向かって行った。

ここで解散か…と思って見ていたら、そいつは佐倉の腕を掴んだ。

…。

俺はそれを見て思わず飛び出しそうになった。
でもグッと堪えた。

そのまま見ていると佐倉は何か言っていて、そいつは少し寂しそうに手を離していた。
佐倉の表情は見えない。

それから佐倉はそいつに手を振ると、ホームへと向かって歩きだした。

俺も急いでホームへ向かうと、今にもドアが閉まりそうな電車に飛び乗った。

佐倉より早く家に着かないと…。

最寄駅に着き走って家まで帰ると、急いでシャワーを浴びて佐倉の帰りを待った。

「ただいま」
「おかえり」
「もうご飯食べたよね?」

食べてない。

「もしかしてまだ食べてないの?」
「…漫画読むのに夢中になってて食べるの忘れてた。」
「もう、ちゃんと食べないとだめだよ。」
「そうだな。」
「私もこれからだから一緒に食べよう?簡単なものだけどいい?」
「ありがとう。」

佐倉はチャーハンと中華スープを作ってくれ、それから冷凍の唐揚げを温め出してくれた。

美味しい…。
ホッとする…。

それからソファーに移動し、食後のデザートとしてプリンを2人で食べていた。

その間も俺の感情はまだぐちゃぐちゃとしていた。

あいつは佐倉の腕を掴んで、一体何を言ったんだ?
もし…佐倉が誰かと付き合ったら、佐倉はそいつと一緒に住むのか?
佐倉は身軽だ。
佐倉の荷物は洋服と、ドライヤーなどの小型家電、メイク用品やスキンケア用品などしかない。
出て行こうと思えばいつでも出て行ける。

また…こんなことがあるのだろうか…。
男友達と2人で会うようなことが…。

俺は急に不安で押し潰されそうになった。

「なんで…」
「ん?」
「なんで俺とは“そんな関係になりたくない”の?」

俺はついそんなことを聞いてしまった。
聞くつもりなかったのに…。

「…。」
「なんで?」
「…。」
「佐倉…」
「…だって…大切な存在だから…」
「え?」

大切…?

「…。」
「どういうこと?」
「広瀬くんは…私にとって大切な存在だから…
だから…体だけの関係とかにはなりたくない…。」

……。

“そんな関係”って…
そういうことか…
俺はてっきり“恋人”かと思ってた…

あの時の俺は我慢ができなくなって、自分の気持ちも言わずに佐倉を抱こうとした。

そりゃ…そんなふうに思うよな。
体だけって…

少しだけ…心が元気になった。

「そんなの望んでないよ。」
「え…?」
「そんなのはなから望んでない。」
「…。」
「体だけだなんて…そんなの望んでない。ちゃんと気持ちも欲しい。」
「…。」
「正式に…俺と付き合わないか?“フリ”じゃなくて…。」

…。

…なんで…言っちゃったんだろう…
言うつもりはなかった。

なのに…
ついそう言ってしまった…

佐倉は何も言わない。
もしかしたら本当にこれで出て行ってしまうかもしれない。なんで俺はいつもこう…感情的に動いてしまうんだろう…
こんな自分にうんざりする。

「ごめん。今の聞かなかったことにーーー」
「好き。」
「…。」
「好き。」
「…。」
「広瀬くんのことが好き…。」
「…。」

佐倉は俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。

…“好き“…

ハッキリとそう言った。

体の中から…腹の底の方から何かが込み上げてきて、胸が熱くなった。

「俺も好き…。佐倉のことが好き…。」
「……同じだね…。」

佐倉はそう言うと、俺を抱きしめてくれた。

あったかい…

佐倉…あったかいよ…
心が…あったかい…

この日…初めて佐倉からキスをしてくれた。




佐倉からの初めてのキスは、プリンの味だった…。



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