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11 愛おしく思える日がくるのか。
僕はまた、桃井さんと飲みに来ていた。
今日は飲み終わった後、少し公園を散歩してから帰ることにした。
ベンチに座り夜風に当たりながら他愛もない話をする。
すると、話が途切れ静かな時間が流れた。
しばらくすると桃井さんが口を開いた。
「白石くん。」
「ん?」
僕は白石さんの方に顔を向けた。
「白石くん。私白石くんのことが好き。」
桃井さんは僕の目をしっかりと見てそう言った。
僕はそれを聞いて複雑な気持ちになった。
これを断れば、もう桃井さんとはこんなふうに会えなくなる。だからと言って、僕は桃井さんのことが好きなのか、それとも桃井さんと一緒にいると葵を感じるから好きなのかがわからなかった。
たぶん…後者…
「ごめん。僕、忘れられない人がいるんだ。」
僕は正直に言った。
「わかってる。なんとなく好きな人がいるのかなって思ってたから。」
…。
「…なんでわかったの?なんでそう思ってたのに僕に好きって言ってくれたの?」
桃井さんは僕から目を逸らさずに、またはっきりとこう言った。
「白石くん…たまに寂しそうな顔をしていたから。辛そうに、苦しそうに…。
そう言う顔で私を見ることがあったから。
それに1番初めに白石くんと会った時、私のことを“アオイ”って、そう呼んでたから。」
「…。」
「でも、私白石くんのこと好きになっちゃったから、ちゃんと気持ちを伝えたいって思ったの。フラれるってわかってた。」
「…伝えてくれて…ありがとう…。」
そう言いつつも、やっぱりもう会えないんだと思うと寂しい気持ちになった。
「忘れられない人はアオイさんて言うの?」
「…そう…。」
「その人とは…会ってるの?それとも遠くにいてなかなか会えないとか?」
「会ってない。」
「白石くんの気持ちは伝えないの?」
「…違うんだ。そういうんじゃない。ただ本当に忘れられないだけ。僕のこの想いが実ることは決してない。」
僕はそう言った。
でも…
口に出してはっきりとそう言うと苦しくなった。
いつもは心の中で思ってるだけだったから。
僕にとってはあまりにも残酷な言葉だった。
桃井さんは何か考え込んでいるようだった。
「…白石くん…私本当は気持ちを伝えたら、それで諦めようと思ってた。でも…気が変わった。」
「…どういうこと…?」
「白石くんは私と一緒にいて楽しい?」
「…楽しいよ。」
「私のこと、友達以上には絶対に見られない?」
「それが…わからないんだ…。」
「試しに私と付き合ってみない?」
「そんなことできないよ。それは君を傷つけることになるかもしれない。」
「大丈夫だよ。」
「大丈夫じゃないよ。他の人のことを想ってる人となんか付き合っちゃだめ。僕は桃井さんを傷つけたくない。」
そうだよ。そんなのは絶対にだめだ。
桃井さんが辛い思いをする。
「いいよ。それでもいいから。」
「だめだってっ。」
「…放っておけない…。そんな顔をする白石くんのことを。もしその人と可能性があるならきっぱり諦める。でもそうじゃないなら、私が白石くんの寂しい気持ちや苦しい気持ちを受け止めるよ。」
なんで…
そんな…
「だめ。それはだめ。」
「“試しに”だから。白石くんがやっぱり私を好きになれなかったら、その時はちゃんと別れるから。」
「そんなの君が辛いよ。」
「私も辛くなったらちゃんとそう言って別れるから。」
僕はそんな桃井さんに対して“甘えてしまいたい…”と、少しだけそう思ってしまった。
「少し…考えてもいい?」
「いいよ。」
桃井さんがあまりにも真っ直ぐにそう言ってくれたから、僕は一旦冷静になって考えてみたくなった。
本当にそんな感じで付き合ってもいいのか…。
でも…前に進みたい…。
いや…進みたくない。
本当に僕はこの繰り返しだ。
忘れたい。忘れたくない。
僕の頭の中から出て行って欲しい。出ていかないで欲しい。
葵を好きなことをやめたい。やめたくない。このまま好きでいたい。
僕は…
僕は一体どうしたら…。
桃井さんと解散した後も僕はずっと考えていた。
でも…答えはでなかった。
次の日の夜、僕はリオちゃんの家に行った。
それで昨日の話を聞いてもらった。
「斗羽くんはその子のことを好きになる可能性はあるかもしれないってことだよね?」
「…たぶん。でもわからない。あの子に葵を重ねて見てるから。」
「そこまで言ってくれてるんだから、素直に甘えてみるのもいいんじゃない?」
「でも…傷つける結果になるかもしれない。」
「それを承知でその子は斗羽くんにそう言ったんだよ?ちゃんとそんなことは覚悟の上だよ。」
「それでも…僕はあの子を傷つけたくない。」
「…そんなの…わからないじゃん。
斗羽くんが本当にその子のことを好きになるかもしれないし。」
…どうしたら…
「怖いんだ。あの子を傷つけたらって考えると…あの子の悲しい顔とか、そんなの見たくない。」
僕は葵の悲しそうな顔を思い出した。
見て見ぬふりをしていた、あの葵の悲しい顔を…
「斗羽くん…。」
リオちゃんはそう言うと優しく抱きしめてくれた。それから少しだけ離れると、僕の目をじっと見た。
「私には…斗羽くんの話を聞いて、こうやって抱きしめることしかできない。
でもその子は斗羽くんのここにスッと入り込んでちゃんと寄り添ってくれるかもしれないよ?」
リオちゃんは僕の胸に手を当てながらそう言った。
「斗羽くん…前に心が寒いって言ってたでしょ?温めてくれるかもしれないよ?」
僕はリオちゃんを抱きしめた。
本音を言うと…
僕はこの期に及んでも、まだ葵のことを好きでいたいと思っていた。
なんでそう思うのかはわからない…。
ずっと前に…僕の嫌いな人に言われたことがあった。
ー「なんでそんなに葵に執着するんだ?」ー
執着…
僕はただ葵に執着しているだけなのだろうか…。
違う…。
ただ…本当に好きなだけなんだ…。
愛してるんだ。
葵にとっては違かったけど、僕にとっては運命の相手だったんだ。
それほど…葵に対して心が震えたんだ…。
…。
思い出した…。
僕はあの子にも…桃井さんにも少しだけ心が震えたことがあった。
それは桃井さんになのか、桃井さんに葵を見ていたのか…。
それはわからない。
…。
僕は決めた。
明日、桃井さんに会って僕の気持ちを伝えよう。
仕事が終わり、僕は待ち合わせ場所に指定していた大きめな公園のベンチに腰を下ろして桃井さんを待っていた。
「白石くん?」
僕は下を向いていたから、桃井さんは疑問系で声を掛けてきたのだろう。
「来てくれてありがとう。」
顔を上げ僕はそう言った。
「座って。」
桃井さんは僕の隣に座った。
「あのね、僕ちゃんと考えた。」
「…うん。」
「僕は君を傷つけるようなことはしたくない。」
「…そっか…。」
「…。」
「…今まで楽しーー」
「でも……」
「…。」
「…君に…桃井さんに甘えてみてもいいかな…?」
「白石くん…。」
「辛くなったら、すぐに僕から離れて。」
「うん。」
「僕と…付き合ってください。」
「…はい…。」
僕は桃井さんの優しさに甘えて、付き合うことにした。
まだ葵のことが好きだけど…
桃井さんに葵を重ねてしまうけど…
リオちゃんが背中を押してくれたし、僕はまだ桃井さんともこうやって会いたいと思っていた。
だから…
傷つけるかもしれないと不安を抱えながらも、そう答えを出した。
「白石くん。抱きしめてもいい?」
「…うん…。」
桃井さんは優しく抱きしめてくれた。
まるで“大丈夫だよ”と言われているように感じた。
僕は…ずっとそうやって誰かに抱きしめてもらいたかった。
鼻の奥がツンとして、思わず泣いてしまいそうになった。
リオちゃんが抱きしめてくれた時とは、また違った感じ…。
リオちゃんは、まるで同士を慰めるような感じで、桃井さんは僕を包み込むような感じがした。
僕も桃井さんに腕を回し、ぎゅっと抱きしめ返した。
初めて感じる桃井さんの温もり…匂い…
僕はこの温もりを…この匂いを…いつか愛おしく思える日が来るのだろうか…。
桃井さんとランチに来ていた。
2人ともなんてことない話をしては笑い合った。
でも…
だめだ…。
どうしても葵を重ねてしまう…。
それでもいつか、桃井さんをちゃんと見る日が来るのだろうか。葵を重ねずに桃井さんだけを。
前に進みたい。
少しずつでいいから…ゆっくりでいいから前に進みたい。
桃井さんと付き合ってから1ヶ月が経った。
といっても、今までとなにも変わらなかった。
2人でランチをする頻度が増え、夜も時間が合えばご飯に行く感じ。
休みの日には買い物に行ったり、ネットで見つけた美味しそうなお店に行ったりしていた。
今も桃井さんとランチをしている。
「今度、白石くんの家に遊びに行ってもいい?」
「いいよ。」
「明日はどう?」
「いつでもいいよ。」
僕がそう言うと、桃井さんは何か考えるような表情になった。
どうしたんだろう…。
「…今日は…?」
「別にいいよ。」
「それじゃあお邪魔します。」
「うん。」
仕事が終わると僕の家に桃井さんと一緒に帰ってきた。
「わぁ…。白石くん家ってこんな感じなんだぁ。結構さっぱりしてるね。」
「そう?」
「うん。私結構小物とかついつい置いちゃうから憧れちゃうな、シンプルな部屋って。」
「今度桃井さん家にも行ってみていい?」
「いいよ。今度おいで。」
この夜はこんな感じでおしゃべりを楽しんだ。
それから2人で動画を見たりしていた。
その後は2人でベッドに入り、手を繋ぎながら眠りについた。
ー「…斗羽くん…大丈夫だよ…。」ー
うん。僕は大丈夫。
ちゃんと前に進める。
葵が大丈夫って言ってくれたから、僕は大丈夫。
桃井さんのこの手の温もりをいつか愛おしく思う日がきますように。
桃井さんが僕のそばにいてくれるうちに、僕がちゃんと桃井さんのことを好きになりますように。
もう僕はひとりぼっちになりたくない。
寒くなりたくない。
思わず僕は桃井さんの手を握る手に、ぎゅっと力を込めた。すると桃井さんも握り返してくれた。
「…起きてたの?」
「うん。」
「もしかして眠れない?」
「ううん。もう眠くなってきたよ。」
「よかった。おやすみ。」
「おやすみ。」
僕の隣には桃井さんがいる。
大丈夫。僕は1人じゃない。
大丈夫。
大丈夫…。
僕は桃井さんが隣にいながら思い出していた。
葵と、僕が嫌いな男との2人の会話だ。
あれはまだ前の職場にいた時のお昼休みのこと。
僕は2人がお弁当を休憩室で食べているのを見かけ、そっとその近くの席に座ると2人の会話を盗み聞きした。こうしたのはその時が初めてではない。
「今日は寒いから湯船に浸かりたいな。」
「そうだな。帰ったらすぐに準備するか。」
「うんっ。温まりながらゆっくりおしゃべりしよう?」
「いいよ。」
「それでねお風呂から出たら、今度は“琉佳(るか)くん”で暖をとるね。」
「ははっ。前にも言ってたな。俺は湯たんぽか何かか?」
「そうだよ?だって琉佳くんあったかいんだもん。」
葵は優しい声でコロコロと楽しそうに話していた。
「はははっ。いいよ。葵をあっためてあげる。」
「わぁい。そしたらさ、見たい映画があるから一緒に見よう?」
「あのちょっと怖いって言われてたやつ?」
「そうそう。」
「でも葵そんなの見られるの?」
「琉佳くんが後ろからぎゅってしてれくれれば大丈夫だから。」
「あー、また俺の脚の間に座って見るのか。」
「うん。それならあったかいし怖くないから。」
「そうだな。いいよ。そうしようか。」
「うんっ。」
…葵…
甘えん坊なんだな…。
いいな。僕も葵から甘えられたい。
そんなことを思いながら、2人の会話を当時聞いていた。
僕が…葵を温めたかった…。
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