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20 結局僕は…。
セミの鳴き声が響き始める季節になった。
僕は茜に連れられ、花火大会に来ていた。
遠くから見たことはあったけど、こうやってわざわざ花火を見に来たのは初めてだった。
本当に僕は何も知らないな…。
茜とのデートは楽しかった。僕が行ったことのない場所にも茜は色々と連れて行ってくれた。
手を繋ぎ、茜と話ながら花火が打ち上がるのを待った。
しばらくすると花火が打ち上がった。
…。
僕は…驚いた…。
近くで見る花火がこんなに迫力があっただなんて…。
近くで見る花火の音が、こんなにも胸に響くだなんて…。
僕はそれに感動した。
胸に響くその力強い音が、僕を興奮させた。
思わず隣にいる茜の腕を引き、花火を見ながら茜を後ろから抱きしめた。茜はそんな僕の腕をぎゅっと掴んでくれた。
花火が終わると寂しい気持ちになった。でも高揚感もあった。だから僕はまだ腕の中にいる茜のをぎゅっとした。
それから人混みの中を歩き駅へと向かった。茜とはぐれないようにしっかりと手を握って。
少し道をそれて、今度は向き合う形でまた茜を抱きしめた。少し離れて茜の顔を見る。茜は僕の顔にそっと手を触れた。
「斗羽くん…泣きそうな顔してる。」
「感動したんだ。こんなに花火を近くで見たのは初めてだったから。」
「そっか。綺麗だったね。」
「うん。すごく綺麗だった。」
僕はそっと茜にキスをし、それからまた抱きしめた。
「ありがとうね。」
「ううん。私が斗羽くんと一緒に花火を見たかっただけ。」
茜はいつもそう言ってくれる。
“私が斗羽くんと一緒にいたいだけ。”
“私が斗羽くんと一緒に食べたかっただけ。”
“私が斗羽くんと一緒に行きたかっただけ。”
“私が斗羽くんと一緒に見たかっただけ。”
そうやっていつも僕のそばにいてくれて、ご飯を食べに連れて行ってくれたり、デートに連れて行ってくれたり…
僕は色々と欠けているのに、いつもこうやって…
「好きだよ茜。いつもありがとう。」
「私も好きだよ。」
茜は優しく笑い、優しい声でそう言ってくれた。
今でもはもうすっかりと、茜のそんな笑顔や声が愛おしく思える自分になっていた。
心地いい…温かい…。
僕たちは家に帰るとすぐにシャワーを浴び、そのままベッドへと向かった。僕はまだ花火の余韻が抜けず興奮していた。茜を何度も抱いた。ゆっくりと優しく。自分勝手な抱き方にならないように気をつけながら…。
僕で感じている茜の姿をじっくりと眺めながら、そうやって優しく抱いた。
久しぶりに今日は職場の先輩と飲みに来ていた。
「なんか最近白石くん雰囲気変わったよね。」
「そうですか?」
「うん。なんか…影がなくなった感じ。」
「影…?」
「そう。前まではなくとなく、にこにこしててもどことなく苦しそうにしているように見えたから。」
僕、そんなふうに見えてたんだ。
僕の“にこにこ”は小さい頃に身についたものだ。最初はなんで家族が僕にだけ冷たいのかよくわかっていなかったから、にこにことして好かれるように頑張っていた。子どもだったからそれぐらいのことしかできなかった。それが癖になり、大人になった今でも僕はそうしている。その“にこにこ”はいつしか僕の寂しい気持ちを隠すものになっていた。
「なにかいいことでもあった?」
「…好きな人ができました。」
「お。いいね。もう付き合ってるの?それとも片思い?」
「付き合ってます。」
先輩は「よかったね。」と笑顔でそう言ってくれた。それから少しだけ茜の話をした後、今度は先輩の話になった。どうやらあれから別れることにはならずに、また一緒に彼女と住んでいるようだった。たまにケンカもするけど順調だと言っていた。
飲み終わり解散すると、僕は自分の家の一つ手前の駅で降り、そこから散歩しながら帰ることにした。歩きながらこの前の花火のことを思い出していた。
綺麗だったな…。
花火があんなにも迫力があるものだと思わなかった。あんなに力強いものだと知らなかった。
また…茜と一緒に見に行きたいな…。来年もまた一緒に行こう。そうしよう。
それから色々な茜の姿が頭の中に浮かんできた。
僕の頭の中に浮かんでくる茜は優しい笑顔ばかりだった。
僕が…こんなふうになるだなんて…。
葵以外で…。
葵…。
君は今も幸せ?
僕ね、もう心が寒くないんだ。温かいんだ。すごいでしょ?
でもその時ふと思った。
今目の前に、悲しそうな葵がいたら僕はどうするんだろう。駆け寄って抱きしめる?僕の家に連れて帰る?僕には茜がいるのに…。
もしそんなことがあったら僕はどうする?
僕はお酒が入っていたからか、そんなわけのわからないことを妄想しはじめた。
結局答えは出なかった。
それでも僕は今、前に進んでる。
進んでるんだ。
その夜夢を見た。
葵と…茜の…
僕の目の前には悲しそうな顔をした2人の姿。
なんで…
どうして2人ともそんなに悲しそうな顔をしてるの…?
僕は心の中で茜に“ごめん”と呟き葵のもとへと駆け寄り抱きしめた。
「僕がいるから大丈夫だよ。」
そう言いながら。
茜は悲しそうな顔のまま後ろを向きその場を立ち去った。
そこで目が覚めた。
…。
僕は最低だ…。
昨日妄想していたことの答えが出た。
僕はきっと葵を選んでしまう。
結局僕は……。
最低だ…。
僕はリオちゃんに会い、この夢の話をした。
「ただの夢だよ。大丈夫。斗羽くんはちゃんと茜ちゃんのことが好きだから。」
「…なんでそう言い切れるの?」
「思い出ってね、美化されていくものなの。」
「…。」
「あんだけ葵ちゃんのことが好きだったんだもん。茜ちゃんを好きになったからって、そんなにすぐに忘れることなんてできないよ。少しずつでいいの。自分を責めたらだめだよ。」
「目の前の茜ちゃんを大事にし続けていれば、きっといつか、斗羽くんはまた同じ夢を見たとしても茜ちゃんを選ぶ日がくるから。」
…やっぱりリオちゃんはいつでも僕に寄り添ってくれる…。慰めて、背中を押してくれる。
「ありがとう…。そうなりたい。」
「大丈夫だから。斗羽くんはちゃんと人を愛せる人だから。」
リオちゃんはそう言うと柔らかく笑っていた。
「リオちゃんはどう?」
「うん…。まだ…好きではないかな。でも大事にしたいとは思う。まだよくわからないんだ。」
リオちゃんの表情は前と同じだった。でも少しだけ…温かくも見えた。きっとアキトくんは変わらずにリオちゃんに優しいんだ。そう思った。
「ねぇ…僕アキトくんに会ってみたい。2人で。」
「え…?」
「だめかな?」
「…。」
「リオちゃん?」
「…なに…話すの…?」
「僕のこと。」
「斗羽くんのこと…?」
「そう。僕のこと。話したいんだ。」
「…ちょっと…考えさせて。」
僕は少しでもリオちゃんの力になれればと思いそんなことを提案した。
その後、リオちゃんはアキトくんと僕を繋げてくれ2人で会うことになった。
僕は個室の居酒屋を予約し、そこへ向かう。
少しした後にアキトくんが来た。
軽く挨拶をすると、僕は僕のことを話した。それから茜のこと。
「リオちゃんと白石くんは似た状況だったんだね。」
「うん。僕ね、前に好きだった人のことをどうしても忘れられなかったんだ。忘れたくないとも思ってた。でも…今の彼女が根気よく僕のそばにいてくれてね、気がついたら僕はその子のことを好きになってたんだ。」
「その子が羨ましいな。」
「だからね、無責任なことを言うようだけど、もう少しリオちゃんのそばにいてあげて欲しい。」
「うん。そのつもりだよ。」
「よかった…。他の人を想っている人のそばにいるのって、辛いだろうから…。」
「白石くんは優しいんだね。」
「そんなんじゃない。」
「優しいよ。俺がリオちゃんから離れないようにって、そう思ったから俺に会いたかったんでしょ?」
「うん。そう。リオちゃんが君のことを大事にしたいって言ってたから。」
「…本当?そんなふうに言ってたの?」
「言ってたよ。」
目の前のアキトくんは嬉しそうにしていた。
やっぱりアキトくんはいい人そうだった。
「少しだけ、希望の光が見えたよ。」
「本当?」
「うん。まだまだリオちゃんとは一緒にいるつもりだった。でも…リオちゃん時々苦しそうな顔をするんだ。それは俺のせいなのかなって…罪悪感を感じてるんじゃないかって…俺と一緒にいることに対して。」
そこまでわかってるんだ…。
僕は正直に話した。僕が茜に罪悪感を持っていたことを。
「そっか…。やっぱりリオちゃんもそうなのかな。」
リオちゃんも前にそう言っていたけど、僕はそれを言わなかった。
「でもね、それでも今の彼女は僕のそばにいてくれたんだ。」
「俺もそうしたい。今の彼女を好きだって気がついたのはどんな瞬間だったの?」
僕は茜が男に絡まれた時の話をした。
それから少し遡って、茜が熱を出した時のことも話した。
「そっか。そういうきっかけがあったんだね。」
…きっかけ…。
確かにそうだ。あれがなかったら僕はまだ自分の気持ちに気がついていなかったかもしれない。
リオちゃんたちにも何かそういう“きっかけ”があればいいな。
それからも色々と話し、僕たちは仲良くなった。
また今度一緒に飲もうという話になり、僕たちは解散した。
どうか…どうか2人が上手くいきますように…。
元気なリオちゃんの姿が見れますように…。
夕方になるとひぐらしが鳴くようになった。
もうすぐ夏も終わる。そうなると僕の苦手な季節がくる。秋は好きだ。でも冬は寒いから嫌い。
少しずつ…冬に向けて季節は巡っていく。
また…茜の手を温めないと…。
そう思いながら茜の手を握り、僕の家へと向かった。
「斗羽くん…。」
「なぁに?」
「まだ先のことなんだけどさ、年末年始、私の実家に来ない?」
「え…?」
「私親戚が多くて、年末年始になるとみんなうちに集まるの。未だに親戚なのか、親戚の近所に住んでる人かわからないような人もいてさ、すごく賑やかなんだ。」
「…僕も行っていいの?」
「うん。そんな感じだから全然緊張せずに楽しめると思うんだ。今言ったように親戚以外も集まるから。子どももたくさん来るし。うるさいのが嫌でなければ。」
「行ってみたいかも。」
僕はひとりぼっちが寂しかったから、素直に行ってみたいと思った。
「じゃあ時期が近づいたら私の親に話しておくね。そんなにかしこまらなくていいから。うちの親、お祭り騒ぎが大好きな人たちで、とにかく賑やかに過ごしたい人たちなの。」
「ふふっ。そうなんだ。なんだか楽しみだな。」
僕は少しワクワクとした。
家族か…。
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