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27 花言葉。
もし…
もしも悲しそうな葵にばったりと会うことがあれば、やっぱり僕はそんな葵に駆け寄ってしまうと思う。
でも…
そんな葵を連れ去ろうとはもう思わない。
抱きしめることはしてしまうかもしれない。
でもそれは「大丈夫だよ」と声を掛け、葵を慰め励ますためだ。
茜のことが好きでも、やっぱり葵のそんな顔を見るのは嫌だから…だから僕はそうしてしまうと思う。
このまま時間を重ねていけば、また考えは変わるかもしれない。でも、もしかしたらこのままかもしれない。
それでも僕はまた前に進んだんだ。
葵を連れ去ろうと思わないのは、僕の心は茜を選んでいるからだ。
いつか見たあの夢。
悲しそうな葵と、茜が2人いるあの夢。
あの時の僕は葵を選んだ。
今もう一度あの夢を見たとしたら、きっと僕は茜を選ぶだろう。
そう確信している。
僕と茜は一緒に住みはじめて2ヶ月が経った。
ケンカをすることもなく、とても穏やかで温かい日々だった。
「斗羽くんっ見て見てっ。」
「なぁに?」
「今度はグラス買って来ちゃったっ。」
茜の手には2つのグラスがあった。
「斗羽くんが食器とかキッチン雑貨が好きだから、私もそういうのに目が行くようになっちゃってさ、つい買っちゃったんだ。」
茜はかわいい顔をしてそう言っていた。
「マグカップのお返しだよ。」
「ふふっ。嬉しい。ありがとうね。これでアイスミルクティーでも飲もうか。」
「飲みたい。私斗羽くんが作るミルクティー美味しくて大好き。」
茜はまたにこっとかわいい顔をして笑っていた。
次の日、僕は茜からプレゼントしてもらったグラスを手に取ると、太陽の光にかざして見た。
キラキラとしていてとてもきれいだった。
「それ何してるの?」
「んー?茜も見てみて?」
茜は僕がそうしていたように、グラスを太陽の光にかざして見た。
「きれい…。」
「でしょ?」
「うん。」
そう言う茜の顔はとても穏やかで綺麗だった。
「茜、好きだよ。」
「私も斗羽くんのこと好きだよ。」
…。
「…同じだね。」
僕は葵の真似をしてそう言った。
葵が決して僕には言うことのなかった言葉。
だけど僕はその言葉をとても気に入ってしまったんだ。その言葉は僕にとって、とても安心ができて温かく感じたから。
今までにも葵の真似をしたことがあった。
さっきの太陽の光にかざして何かを見るのもそう。
茜が熱を出せば温かく濡らしたタオルで体を拭き、葵が作ってくれた雑炊を真似て作るのもそう。
茜が大好きなグラタンのレシピも葵から教わったもの。ハンバーグもチキンステーキも肉じゃがも、チャーハンも野菜炒めも全部葵のレシピだ。
タコさんウインナーもそう。
カニカマの飾り切りもそう。
僕の日常に葵を感じていたくて僕はそうしていた。こんな僕のことを知ったら茜はきっと傷つくし、僕を嫌いになるだろう。
だからこのことは絶対に言わない。
茜のことは大好きだけど、やっぱり葵を全て僕から切り離すことはどうしてもできないんだ。
僕は一度…なんでこんなに葵のことが忘れられないのか深く考えてみたことがあった。
僕が辿り着いた答えは“僕の生い立ち”だった。
僕は子どもの頃からずっと心が寒かった。
寒くて寒くて仕方がなかった。
誰かに愛されたかった。
大人になってもそれは変わらなかった。
そんな時に葵と出会ったんだ。
葵の声と笑顔はとても優しくて、僕の寒かった心をふわっと優しく包み込んでくれた。
本当にあんな感覚は初めてだった。
それがとても心地がよくて…。
その時の感覚が今でも忘れられないんだ…。
初めて心が温かくなったんだ。
初めて心が寒くなくなったんだ。
初めて…心が震えたんだ…。
葵と一緒に過ごした時間は、僕にとっては本当に幸せだった。
無理矢理手に入れた葵が悲しそうにしていたのもちゃんとわかってた。それでも僕の心は温かかったんだ。
葵を抱き、葵の体温と匂いを感じ、葵の声を聞く。隣で眠る葵を抱き寄せまた葵の体温を感じ、外に出れば葵の手を握りまた葵の体温を感じる。
それが幸せだった。
今までも彼女がいたことはあったけど、寂しさが紛れるだけで、こんなにも心が温かく感じたことはなかった。
初めてだった。
僕にとって初めてだったんだ。
今までこんなに心が温かくなることはなかった。
それほど僕にとって葵は特別だったんだ。
葵がそばにいてくれればなんでもできる気がした。葵がいてくれれば僕はそれでよかった。それ以外何も欲しいものはなかった。
葵だけ…
葵さえいてくれれば…
その時の僕はそう思っていた。
葵が運命の相手だと…そう…本気で思っていた。
正直なところ、今でもそう思っている。
でも…
僕が…
僕が欠けていたから…
僕の心が子どものままだったから…
だから葵を手に入れられなかった。
僕はやっぱりそう思ってしまう。
それは…葵が一度だけ僕に手を差し伸べてくれたから…
あの時心配そうに僕の左頬にそっと指先を触れたから…
だから…
だからどうしてもそう思ってしまうんだ。
葵のことは吹っ切れた。
でも…
やっぱり後悔は残ってしまう。
もしかしたら僕たちの運命が交じり合う未来があったんじゃないかって…。
僕は目を瞑り、またあの葵の姿を思い出す。
淡いピンク色の桜を背景にしたウェディングドレス姿の葵を。
あぁ…
本当に美しかった…。
愛に満ちあふれた葵の姿…。
葵。
あおい…。
それでもね、今は茜のことが大好きだよ。
茜も僕を温めてくれるから。それに茜が寒くならないように僕も茜を温めたいから。
ちゃんとそう思ってるから。
茜はいつでも僕のそばにいてくれて、ずっと僕の心を温め続けてくれた。
僕から離れずにずっと一緒に…。
無理をしてでも僕と一緒にいてくれた。
そんな茜のことを愛おしく思う。
まだ愛してるとまでは思わない。
でも今の僕は確かに茜に夢中だ。
茜から目が離せない。茜のことが大好きだ。
茜の表情。茜の声。茜の匂い。茜の僕への想い…。
そういうもの全てを愛おしく思う。
茜を手放したくない。
ずっと一緒にいたい。
それはひとりぼっちになりたくないからではない。
僕の心がちゃんと茜を選んでいるから。
「茜、デートしよう?」
「どこに?」
「ガラスの美術館。」
「わぁ、嬉しい。」
「茜ガラス好きでしょ?」
「うんっ。」
後日茜とデートをした。
その土地を観光したり、ガラスの美術館に行ったり、2人でガラスの小物が作れるワークショップに行ったり。
茜はずっと楽しそうにしていた。
僕はそんな茜から目が離せずずっと見ていた。
それからもデートを重ね、家でも一緒にキッチンに立って料理を作ったり、のんびりしたりと2人の生活を楽しんでいた。
今は茜を抱いている。
僕は茜の中に入ったまま話しだした。
「茜…大好きだよ。」
「私も大好き。」
「もう無理してない?無理して僕と一緒にいるんじゃない?」
「無理してないよ。斗羽くんが…ちゃんと私のことを見てくれてるって、そう感じてるから…」
「うん。僕ちゃんと茜のこと見てるよ。」
「うん…だから幸せだよ。」
「僕もだよ。…同じだね。」
僕はそう言うとゆっくりと動きだした。
それからも僕たちはなんの問題もなく、仲良く暮らしていた。
そんな毎日が楽しくて温かくて、僕は嬉しかった。
望んでいた日々をやっと手に入れられた。
「斗羽くん見て見てっ。」
「何これ?」
「ふふん。ちょっと電気消すね。」
茜はそう言うと電気を消した。
何が始まるんだろう。
茜が楽しそうにしていたから僕もわくわくとしていた。
すると…
パッと部屋が明るくなった。
それは部屋の電気がついたからではない。
部屋の壁や天井には花火が映し出された。
「きれい…。」
僕はそう呟いた。
感動した…。
「本当だね。すごくキレイ。」
茜も優しい声でそう言った。
「斗羽くんキラキラしたもの好きでしょ?だからこういうのも好きかと思って。」
「うん…好き…。」
「他にもね、星空とか海の生き物とかもあるんだよ。」
「見たい…他のも見てみたい。」
茜はフィルムを取り替えた。
次は部屋いっぱいに星空が広がった。
何これ…すごくキレイ…。
しばらくすると茜はまたフィルムを取り替えた。
次はクジラやクラゲなどの海の生き物が映し出された。
すごい…。
「ありがとう茜。こんなのあるんだね。僕すごく嬉しいよ。」
「私も知らなかったんだ。SNSをなんとなく見てたら見つけたの。絶対に斗羽くん好きだなって思って買ったんだ。」
「嬉しい。ねぇ、また最初の花火にして?」
「わかった。」
茜はまたフィルムを取り替えた。
僕はその花火を見て茜に連れて行ってもらった花火大会のことを思い出した。
胸がきゅっとして熱くなった。
思わず茜を抱きよせる。
「茜…本当にありがとう。」
「ふふっ。喜んでもらえてよかった。」
「花火大会のこと思い出すよ。」
「私も。」
「同じだね。」
僕は本当に感動した。
鼻の奥がツンとするほどに。
茜からは色々ともらっている。
物だけじゃない。
家族の温かさを教えてもらった。
遊園地の楽しさを教えてもらった。
打ち上げ花火の迫力を教えてもらった。
その他にもたくさん…たくさん色々ともらった。
こんな僕のために…
それに、いつも僕のそばにいてくれた。
ー「私がそうしたかったら。」ー
そう言っていつも僕の隣にいてくれた。
大切にしたい…茜のことを…。
僕とずっと一緒にいて欲しい。
温かい。心が温かい。
熱く感じるほどに僕の心は温かかった。
…。
僕は感じた。
僕の心が移りゆく。
葵色から茜色へと…
そうやって色が移りゆくのをはっきりと感じた。
葵への想いは変わらない。
でも…
僕は感じたんだ。
茜のことを愛していると。
僕の心がそう言っていた。
僕は茜の両頬を両手で包み込んだ。
「茜…愛してるよ。」
「…。」
「愛してる。」
茜の目には見る見るうちに涙が溜まっていた。
「嬉しい…。」
「いつもありがとうね。」
「ううん。私がそうしたいからしてるだけ。」
「僕ずっと心が温かいんだ。茜のおかげだよ。」
「…よかった…。私も愛してるよ、斗羽くん。」
茜は優しい声でそう言ってくれた。
その声が僕の心をふわっと包み込んだ。
僕は…
ずっとそう言われたかった。
誰かに愛して欲しかった。
愛されたかった。
愛が…
欲しかった。
思わず涙が出てきてしまった。
本当に…僕はこんなに泣き虫じゃなかったのに。
ここ数年でよく泣くようになってしまった。
でもこの涙は悲しいからじゃない。苦しいからじゃない。
とても…幸せで温かい涙だ…。
僕はぎゅっと茜を抱きしめ、それからキスをした。
「愛してるよ。」
もう一度僕はそう言った。
季節は巡りもうすぐ春が来ようとしていた。
僕は茜にちなんで桃の花を贈りたくなった。
ネットで色々と調べていると、茜にピッタリな桃の花を使ったフラワーアレンジメントを見つけた。桃の花以外にも色々な種類の花が綺麗にアレンジされている。
これ…茜っぽい…。
僕は早速注文した。
そのお花が届く日。茜は友達と遊びに行ってるから家にはいない。今日は夜ご飯までには帰ってくると言っていた。
僕は時間指定にしていたフラワーアレンジメントを受け取るとすぐに中身を確認した。
やっぱり茜っぽい。
喜んでくれるかな…。
僕は茜が帰ってくる時間に合わせて、茜の好きな料理を作って待っていた。
玄関でガチャガチャと鍵の開く音がする。
帰ってきた…。
「ただいまぁ。」
「おかえりっ。」
僕は帰って来た茜をすぐに抱きしめた。
それからすぐに茜の手を引きリビングへと向かう。
「どうしたのこれ…。」
テーブルに並べられた料理を目にした茜がそう言った。
「驚いた?」
「うん…。今日何かの日だっけ?」
「なんでもない日だよ。」
「なのにどうして?」
「僕がそうしたかったんだ。」
それから僕は早速お花を茜にプレゼントした。
「わぁ。綺麗…かわいい。」
「ここに桃の花があるんだよ。茜の苗字にちなんでこれを選んだんだ。」
「嬉しい…ありがとう。」
茜は優しい笑顔と声でそう言った。
「ふふっ。喜んでもらえてよかった。」
「うん。すごく嬉しい。」
「茜、大好きだよ。」
「私も大好きだよ。」
「同じだね。」
茜は優しい顔でそのお花を眺めていた。
「ねぇ茜、桃の花の花言葉って知ってる?」
「ううん。知らない。」
「“チャーミング”って意味があるらしいよ。茜にぴったりだね。」
僕がそう言うと茜は少し照れていた。
かわいい…。
「それから他にもこんな花言葉があるんだ。」
「なに?」
僕は茜の両頬を手のひらで包み込んで、じっと目を見た。
「“私はあなたのとりこ”…。」
~fin~
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