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Ⅰ
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しおりを挟む「ここが羽黒町」
僕は正面に広がる景色から目を離さないで、翔に言った。
「電車で来たことがあるけれど、見下ろすと全然知らない町みたいだ」
「僕もそう思う」
僕は頷いた。
「見る場所が変わると、見えなかったものが見えたり、新しい角度から物を見ることができる」
翔が興味があるというふうな相槌を打ってくれる。思考がふわふわしていることも相まって、なんだかすらすら言葉が出てきて歯止めが効かなくなりそうだった。
「例えば、あそこ」
僕は漠然と市街地を指差して言う。翔が指差したほうを見る。
「あそこが羽黒駅。あそこから、ずっと市街地が広がってる。西寄りなんだね。東は山が多いから、もしかしたら夕方は西日が酷いかもしれない。ビルの照り返しで、近くの住人は散々な目にあってるかも。でね、こっちに海があるから、海抜が……」
僕はなにかの視線に気づいて言葉を留めた。顔を向けると、いつの間にか翔が僕のほうを見ていた。
「楽しそう」
僕は思わず自分の口を手を覆う。丁度いい具合に冷えていた頬が、また熱くなる。
「……ごめん」
「いいよ、続けて」
翔が笑った。黒縁眼鏡越しの瞳は、レンズに遮られているのに酷いくらい僕を射抜いていた。あんまり見ないで欲しい。背中がかゆくなる。
「地理が好きなの?」
なかなか次の言葉を言わない僕に、翔が助け舟を出すかのように言葉を投げかけてくれる。首を傾げ、僕の顔を覗き込むように見てくる。僕は困ったように眉をひそめて目を逸らした。
「……専攻が文化人類学系だからね、土地とか、風土とか、文化とか自然とか……そういうものが好きなんだ、好きというか……なんだろう、気になるんだ」
それが分かれば、僕はどうこの世界で生きていけばいいのか、わかる気がしたから……今でもよく、分かってないんだけど……でも惹かれたんだ。
翔が思わぬことを聞いた、というようにほんの少しだけ目を見開く。
「……大学の?」
「うん、そう」
「何年生なの?」
「今年の春で3年だよ」
「そうなんだ、大学は楽しい?」
楽しい、とはすぐには言えなかった。
勉強に限って言えば、楽しい。僕が当たり前だと思っていたものが、なぜ存在しているのかがなんとなく見えてきたり、知らないことを知ると、知らないことが増えていったりするのが、楽しい。
問題はそれ以外のこと。サークルや、人間関係のこと。考え出すと、ため息が出そうになってしまうから、僕はそれを一旦忘れることにした。
色々総合すれば、普通、に落ち着くかもしれない。
なんとも答え難かったので、笑ってごまかすことしかできなかった。
反対に、僕は翔に、同じことを聞いてみたかった。でも翔のように自然な会話の中でそれを聞くタイミングを掴めない。時間が経てば経つほど聞きづらくなっていくし、教えたくない、と拒否されたらどうしよう、と思うと、結局なんの行動も起こすことができない。
僕にもう少し勇気と、思い切りと意気地があればいいのにな。
どうして僕ってこんなんなんだろ。
「あそこの煙突、見える?」
自分に溜め息をつきながら、目を逸らして、ふもとのほうを指差す。話題を変えよう。
「見える」
翔は自然に僕の話を聞いてくれる。
「あそこが『秋のお菓子屋』。僕の行きたかった場所」
真横の少し狭い舗装された道を指差す。
「ここを、ずっと下っていくんだ」
「ゆるい螺旋になってる」
翔が僕の向こう側にある下りの道を、体を傾けて見ていた。彼が抱くノエルの、汗でちょっと湿った髪がはらりと揺れた。
「結構骨が折れるけど、下るのも楽しいよ」
僕は笑った。
翔もそれを見て笑ったみたいだった。すごく懐かしい気分になる。
「ノエルくん、ずっと抱いてて平気……?」
坂を下り始める前に、恐る恐る尋ねた。重くないわけないと思うんだけど。疲れてないのかな。翔は平気そうに頷くと、身じろぎするノエルの顔を覗き込む。
「起きたみたい」
よく見るとノエルはうっすらと目を開けていた。少し汗をかいたみたいで、額に彼の細い髪がいくつかの束になって張り付いていた。
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