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8話
アルベールに教えられた事実に対し、心当たりが全くない。
一体どういうことなのかと内心で首を傾げるエルミールの長いはしばみ色の髪を指先に巻き付けて、アルベールが穏やかに微笑みながら口を開く。
「アベジェール伯爵夫人が開かれた子供が参加できる茶会があっただろう?」
「え? あっ、はい!」
突然母の名が出されて、エルミールの声音が少しだけ裏返った。
エルミールの母は無類の子供好きである。
本当は実子も五人は欲しかったのだと語っていたことがある。
しかし、身体があまり丈夫ではなかったため、エルミールのあとに後継足りうる男児の弟を生んで以降、子供は望まなかった。
母を愛する父が止めたのだと聞いた。
その反動なのだろう、エルミールや弟のロイクの婚約者を探すという名目で貴族の令嬢や令息を呼んで、たくさんのお茶会を開いた。
はじめのころは家格的に釣り合いの取れた家の子供たちを呼んだ小さなものだったと記憶しているが、婚約者探しにちょうどいいと噂になり、年頃の子供を持つ家々が下は男爵から上は侯爵まで参加していた。
当時、公爵家の子供が参加していた記憶はないが、エルミールの記憶違いだろうか。
小さく唸った彼女の様子に、アルベールが笑みを漏らす。その口元はらしくなく皮肉気に吊り上がっていた。
初めて見るアルベールの表情に驚くエルミールの前で、彼は再び口を開く。
「当時、フランシスは公爵家の人間だと認められていなかった。俺の父である当主が認めなかったからだ。だが、哀れに思った俺の母が、せめて交友関係を作ってやろうとお茶会に連れて行ったそうだ」
「なるほど」
身分を隠して連れてこられたということだ。
それならエルミールの記憶と合致しないのも頷ける。
納得した彼女の髪を指先に巻き付けて遊びながら、アルベールは滔々と語る。
細められた眼差しは過去を思い出しているようだった。
「そこで君に出会ったという。屈託なく笑う君に手を引かれて遊んだのだといった。その話をどうしても俺にしたくて、叱責を承知で会いに来たといわれたとき、フランシスが生まれてから初めて可愛いと思えた。どんな経緯で生まれても、子供に罪はないのだとも。――俺たち父子は確かに君に救われたんだ」
なんだか壮大な話になってきた。
そしてやはりエルミールはなにも思い出せない。記憶に残っていないのだから、本当に大したことはしていないのだろう。
当時のエルミールにとって、母が開くお茶会はただの遊び場だった。
人懐こい彼女は様々な令嬢や令息に声をかけて、たくさんの遊びをしていた。
その中の一人だったといわれても、もはやいまいち思い出せない。
恐らくフランシスがエルミールと遊んだというとき、他の令嬢や令息もたくさんいたと思うのだが。
複雑な表情をしている彼女に気づいたらしく、アルベールが優しく微笑む。
「君にとっては思い出せないほど他愛のない出来事が、フランシスの心を救い、連鎖的に俺のことも救いあげたんだ」
指に巻き付けた髪先に口づけが落とされる。気障な仕草も様になっていて、心臓が早鐘を打った。
頬を赤く染めたエルミールに機嫌よく笑って、アルベールが言葉を続ける。
「俺たち父子の関係は緩やかに改善していった。切っ掛けの君へ、恩を返したいと考えていた頃、フランシスが君の婚約をことごとく邪魔しているのを知った」
「えっ!」
たしかにエルミールの縁談はアルベールから声がかかるまで悪評が立つレベルで全くまとまらなかったが、どうしてそこにフランシスが絡んでくるのか。
驚愕の声をあげた彼女に、困ったように眉を寄せる。
「一度執着したものは離さない性質なのだろう。遊んだ際、君はフランシスとおままごとをして母親役をやったらしい。母に愛されなかったアレは君こそが本当の自分の母親なのだから、婚約者は必要ないと極論に走ったんだ。放置すれば君と君の人生を壊す勢いでもあった。やっと公爵家の人間だと認められて、真っ先に手に入れた公爵家の力を使って婚姻を邪魔をしていると知ったときは、さすがに呆れたよ」
「えええ」
もはやどこから突っ込んでいいのか全く分からない。エルミールの内心は大混乱していた。
唖然とする彼女に、アルベールは肩をすくめる。仕草に反してどこか楽しげですらある。
「ならいっそ、君を妻にしようと思った。フランシスの感情も落ち着くし、ちょうどよく先妻は死んだあとだった。水面下で手を回しつつ、成人するまで待った。今のところフランシスが君に向ける感情は親愛のようだが、媚薬で前後不覚になれば襲うだろう」
本当にどこから突っ込んでいいのやら。
一つ理解できたのは、先妻であった人は心底邪魔者だったことだけだ。
「話しておくべきはこのくらいか。ああ、そうだ。一つ勘違いをしないでくれると嬉しいんだが」
「なんでしょうか?」
「一度執着したものを離さないのは――俺に似たんだろう」
「っ」
身をかがめたアルベールに耳元で囁かれ身体が跳ねる。驚いて見上げると、彼は人の悪い笑みで笑っている。
「つまり、俺が君を手放す日は永久にこない」
「それは、嬉しいことですね……?」
手離されても困る。エルミールはアルベールに離縁されては行く場所が無くなってしまう。
実家に出戻ることだけは何としても避けたい。
情けない顔をしたエルミールに彼は笑い声をあげた。心底楽しげな声で笑う。
「ははっ! 君のそういう豪胆なところを愛しているよ」
果たしてエルミールは豪胆に分類されるのか。疑問が脳裏をよぎり、反応に困って眉を寄せてしまう。
「そういえばだが」
天気の話でもするかのようにさらりと話題が変えられる。
「媚薬を盛った犯人はフランシスが捕まえて、指示をだした人間まで特定済みだ」
「どなただったのですか?」
「リンダ侯爵令嬢だ」
リンダは確かにエルミールを敵視しているようだったし、アルベールにも想いを寄せているのは知っていた。
動機としては十分だが、かといって極端に走っている。
「どうしましょう……」
リンダが狙ったのが公爵家当主であるアルベールなのも問題だが、公爵夫人であるエルミールを害した事実が重い。
それ相応の処罰が必要なのだが、過不足ない処分が難しい。
特に『侯爵令嬢』の肩書を持つリンダを罰することは、今は公爵夫人とは言え元は伯爵家の出であるエルミールには肩の荷が重いのだ。
被害者である彼女の意見は大きい。唸るエルミールにアルベールが肩をすくめた。らしくない軽薄な仕草である。
「フランシスに任せてしまえばいい。ずいぶんと憤っていた」
「やりすぎませんか……?」
アルベールの言葉通りであれば、エルミールのことを母親だと思い込んで執着しているのである。
その上、彼女に舞い込むはずの縁談を邪魔し続け、しっかり子供の位置に収まった強かな人間でもあるのだ。
彼に制裁を任せるとリンダが少しだけ心配になる。
エルミールが口にした不安に応えることなく、アルベールは彼女に覆いかぶさった。
驚いて目を見開く彼女の唇に柔らかい感触が触れる。
「あ、の!」
「先ほどの行為はカウントしない。君は媚薬で前後不覚だった。俺は同意のない行為は嫌いだ」
「ぁ……」
アルベールの心情を思えば当然だった。
彼は同意のない行為を強制された当人であるのだ。うっすらとエルミールの記憶に残っている情事の最中、ずっと彼が苦しそうにしていたのは己の過去を思い出していたからなのだろう。
目を見開いたエルミールにアルベールが穏やかに微笑む。そしてとんでもないことを言い出した。
「だから、口直しがしたい。もう一度抱く。夜は長いからな」
「む、無理です!!」
アルベールの心境は理解できるが、それはそれとしてエルミールの身体はもう限界だ。
悲鳴を上げた彼女が必死にそれを説得しても、彼は意に介した様子もなく手慣れた仕草で寝間着のネグリジェを脱がしていく。
抵抗空しく生まれたままの姿にされると、それ以上の反抗をする気も起きない。
流されるがまま、エルミールはその日何度目かの行為に耽ることになる。なぜなら――。
(容赦のない少し乱暴なアルベール様、ちょっと好きかも……!)
エルミールはエルミールでなにやらいけない扉を開いてしまったのだ。
そしてその日、実は絶倫に分類されるアルベールが彼女を思いやって無理やり一度で納めていたことを知り。
その日からエルミールはアルベールが満足するまで抱きつぶされるようになるのだった。
翌日は起き上がれなかったため、翌々日。
エルミールは全てを見透かしたようなフランシスの甘い表情を前に、令嬢スマイルが崩れる勢いで顔を真っ赤にしてしまったのだった。
一体どういうことなのかと内心で首を傾げるエルミールの長いはしばみ色の髪を指先に巻き付けて、アルベールが穏やかに微笑みながら口を開く。
「アベジェール伯爵夫人が開かれた子供が参加できる茶会があっただろう?」
「え? あっ、はい!」
突然母の名が出されて、エルミールの声音が少しだけ裏返った。
エルミールの母は無類の子供好きである。
本当は実子も五人は欲しかったのだと語っていたことがある。
しかし、身体があまり丈夫ではなかったため、エルミールのあとに後継足りうる男児の弟を生んで以降、子供は望まなかった。
母を愛する父が止めたのだと聞いた。
その反動なのだろう、エルミールや弟のロイクの婚約者を探すという名目で貴族の令嬢や令息を呼んで、たくさんのお茶会を開いた。
はじめのころは家格的に釣り合いの取れた家の子供たちを呼んだ小さなものだったと記憶しているが、婚約者探しにちょうどいいと噂になり、年頃の子供を持つ家々が下は男爵から上は侯爵まで参加していた。
当時、公爵家の子供が参加していた記憶はないが、エルミールの記憶違いだろうか。
小さく唸った彼女の様子に、アルベールが笑みを漏らす。その口元はらしくなく皮肉気に吊り上がっていた。
初めて見るアルベールの表情に驚くエルミールの前で、彼は再び口を開く。
「当時、フランシスは公爵家の人間だと認められていなかった。俺の父である当主が認めなかったからだ。だが、哀れに思った俺の母が、せめて交友関係を作ってやろうとお茶会に連れて行ったそうだ」
「なるほど」
身分を隠して連れてこられたということだ。
それならエルミールの記憶と合致しないのも頷ける。
納得した彼女の髪を指先に巻き付けて遊びながら、アルベールは滔々と語る。
細められた眼差しは過去を思い出しているようだった。
「そこで君に出会ったという。屈託なく笑う君に手を引かれて遊んだのだといった。その話をどうしても俺にしたくて、叱責を承知で会いに来たといわれたとき、フランシスが生まれてから初めて可愛いと思えた。どんな経緯で生まれても、子供に罪はないのだとも。――俺たち父子は確かに君に救われたんだ」
なんだか壮大な話になってきた。
そしてやはりエルミールはなにも思い出せない。記憶に残っていないのだから、本当に大したことはしていないのだろう。
当時のエルミールにとって、母が開くお茶会はただの遊び場だった。
人懐こい彼女は様々な令嬢や令息に声をかけて、たくさんの遊びをしていた。
その中の一人だったといわれても、もはやいまいち思い出せない。
恐らくフランシスがエルミールと遊んだというとき、他の令嬢や令息もたくさんいたと思うのだが。
複雑な表情をしている彼女に気づいたらしく、アルベールが優しく微笑む。
「君にとっては思い出せないほど他愛のない出来事が、フランシスの心を救い、連鎖的に俺のことも救いあげたんだ」
指に巻き付けた髪先に口づけが落とされる。気障な仕草も様になっていて、心臓が早鐘を打った。
頬を赤く染めたエルミールに機嫌よく笑って、アルベールが言葉を続ける。
「俺たち父子の関係は緩やかに改善していった。切っ掛けの君へ、恩を返したいと考えていた頃、フランシスが君の婚約をことごとく邪魔しているのを知った」
「えっ!」
たしかにエルミールの縁談はアルベールから声がかかるまで悪評が立つレベルで全くまとまらなかったが、どうしてそこにフランシスが絡んでくるのか。
驚愕の声をあげた彼女に、困ったように眉を寄せる。
「一度執着したものは離さない性質なのだろう。遊んだ際、君はフランシスとおままごとをして母親役をやったらしい。母に愛されなかったアレは君こそが本当の自分の母親なのだから、婚約者は必要ないと極論に走ったんだ。放置すれば君と君の人生を壊す勢いでもあった。やっと公爵家の人間だと認められて、真っ先に手に入れた公爵家の力を使って婚姻を邪魔をしていると知ったときは、さすがに呆れたよ」
「えええ」
もはやどこから突っ込んでいいのか全く分からない。エルミールの内心は大混乱していた。
唖然とする彼女に、アルベールは肩をすくめる。仕草に反してどこか楽しげですらある。
「ならいっそ、君を妻にしようと思った。フランシスの感情も落ち着くし、ちょうどよく先妻は死んだあとだった。水面下で手を回しつつ、成人するまで待った。今のところフランシスが君に向ける感情は親愛のようだが、媚薬で前後不覚になれば襲うだろう」
本当にどこから突っ込んでいいのやら。
一つ理解できたのは、先妻であった人は心底邪魔者だったことだけだ。
「話しておくべきはこのくらいか。ああ、そうだ。一つ勘違いをしないでくれると嬉しいんだが」
「なんでしょうか?」
「一度執着したものを離さないのは――俺に似たんだろう」
「っ」
身をかがめたアルベールに耳元で囁かれ身体が跳ねる。驚いて見上げると、彼は人の悪い笑みで笑っている。
「つまり、俺が君を手放す日は永久にこない」
「それは、嬉しいことですね……?」
手離されても困る。エルミールはアルベールに離縁されては行く場所が無くなってしまう。
実家に出戻ることだけは何としても避けたい。
情けない顔をしたエルミールに彼は笑い声をあげた。心底楽しげな声で笑う。
「ははっ! 君のそういう豪胆なところを愛しているよ」
果たしてエルミールは豪胆に分類されるのか。疑問が脳裏をよぎり、反応に困って眉を寄せてしまう。
「そういえばだが」
天気の話でもするかのようにさらりと話題が変えられる。
「媚薬を盛った犯人はフランシスが捕まえて、指示をだした人間まで特定済みだ」
「どなただったのですか?」
「リンダ侯爵令嬢だ」
リンダは確かにエルミールを敵視しているようだったし、アルベールにも想いを寄せているのは知っていた。
動機としては十分だが、かといって極端に走っている。
「どうしましょう……」
リンダが狙ったのが公爵家当主であるアルベールなのも問題だが、公爵夫人であるエルミールを害した事実が重い。
それ相応の処罰が必要なのだが、過不足ない処分が難しい。
特に『侯爵令嬢』の肩書を持つリンダを罰することは、今は公爵夫人とは言え元は伯爵家の出であるエルミールには肩の荷が重いのだ。
被害者である彼女の意見は大きい。唸るエルミールにアルベールが肩をすくめた。らしくない軽薄な仕草である。
「フランシスに任せてしまえばいい。ずいぶんと憤っていた」
「やりすぎませんか……?」
アルベールの言葉通りであれば、エルミールのことを母親だと思い込んで執着しているのである。
その上、彼女に舞い込むはずの縁談を邪魔し続け、しっかり子供の位置に収まった強かな人間でもあるのだ。
彼に制裁を任せるとリンダが少しだけ心配になる。
エルミールが口にした不安に応えることなく、アルベールは彼女に覆いかぶさった。
驚いて目を見開く彼女の唇に柔らかい感触が触れる。
「あ、の!」
「先ほどの行為はカウントしない。君は媚薬で前後不覚だった。俺は同意のない行為は嫌いだ」
「ぁ……」
アルベールの心情を思えば当然だった。
彼は同意のない行為を強制された当人であるのだ。うっすらとエルミールの記憶に残っている情事の最中、ずっと彼が苦しそうにしていたのは己の過去を思い出していたからなのだろう。
目を見開いたエルミールにアルベールが穏やかに微笑む。そしてとんでもないことを言い出した。
「だから、口直しがしたい。もう一度抱く。夜は長いからな」
「む、無理です!!」
アルベールの心境は理解できるが、それはそれとしてエルミールの身体はもう限界だ。
悲鳴を上げた彼女が必死にそれを説得しても、彼は意に介した様子もなく手慣れた仕草で寝間着のネグリジェを脱がしていく。
抵抗空しく生まれたままの姿にされると、それ以上の反抗をする気も起きない。
流されるがまま、エルミールはその日何度目かの行為に耽ることになる。なぜなら――。
(容赦のない少し乱暴なアルベール様、ちょっと好きかも……!)
エルミールはエルミールでなにやらいけない扉を開いてしまったのだ。
そしてその日、実は絶倫に分類されるアルベールが彼女を思いやって無理やり一度で納めていたことを知り。
その日からエルミールはアルベールが満足するまで抱きつぶされるようになるのだった。
翌日は起き上がれなかったため、翌々日。
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