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咲野花梨には幼馴染が二人いる。
東雲奏と日向翔太という名の二人だ。
三人は花梨が真ん中、奏が左側、翔太が右側で家が連なっていて、生まれた頃からの幼馴染だった。
翔太が一歳年上で、奏と花梨が同い年。
『ずっとずっと、いっしょにいようね』
そんな風に幼い約束をするくらい、三人は仲が良かった。
だが、いつまでも仲良しこよしというわけにはいかなかった。
最初に奏がいなくなった。花梨が小学三年生のときに、奏の父親が出世し役職が上がって、ごく普通の住宅街から高級住宅街に引っ越したのだ。
学区も変わって、三人が一緒に遊べることはなくなった。
花梨と翔太は二人で遊ぶことが増えたが、次に環境が変わったのは花梨だった。
奏が引っ越した一年後、花梨の父親が事業に失敗して借金を作ったうえ、浮気をした末に蒸発した。
一軒家は売りに出され、彼女は母親に手を引かれてボロアパートに引っ越すことになったのだ。
学区は変わらなかったけれど、花梨は学校で後ろ指をさされるようになって自然と翔太から離れてしまった。
小学校、中学校、高校と花梨に友達は出来なかった。
元々引っ込み思案だった影響もあったのだろう、奏と翔太が上手く周囲と花梨の橋渡しをしてくれていたのだが、その二人が傍からいなくなって花梨はひとりぼっちになってしまったのだ。
母親の酒癖の悪さが花梨の孤立に拍車をかけた。
夫に裏切られて荒れに荒れた母親は、家事の一切を花梨に押し付けた。
最初こそ、夫が残した借金を返そうと奮闘していたが、普通の仕事のパートでは首が回らなくなって水商売に手を出した。
その結果、朝まで飲んで帰宅しては夫の浮気を花梨に八つ当たりする、という悪循環が出来上がったのだ。
本当は高校を卒業したら花梨は働くつもりだった。母親にもそう命じられていた。
だが、高校の時の担任が勤勉な花梨の将来を憂いてくれて、奨学金で大学に行けるように取り計らってくれたのだ。
花梨には厳しい母親だが、一目はそれなりに気にするらしく担任がボロアパートの一室までやってきて花梨の将来を説くと「娘がそんなに頑張っているのなら」とまんざらでもない様子で進学を許可してくれた。
とはいえ、お金がないことに変わりはない。これ以上の借金をするわけにもいかなくて、花梨は大学に通いながら懸命にアルバイトをした。
三つのアルバイトを掛け持ちして、勉強以外の時間は全て働くことに費やした。それでもお金が足りないと感じるのは、年々飲酒量が増えている母親にバイト代をせびられるからだ。
しかし、大学に入っていいこともあった。それは奏と翔太と再会できたことだ。
久々に会う奏は爽やかな青年に成長していて、時折様子を見に来てくれていた一学年上の翔太はいかにもモテそうな雰囲気を纏っていた。
幼い頃の面影を残しつつも印象の変わった二人に少し驚いてしまったけれど、二人が昔のように花梨にかまってくれるようになって嬉しかった。
忙しいけれど充実した大学生活を過ごすこと三年目、花梨は大学ではちょっとした有名人になっていた。
夜遅くまで働いた次の日の一コマ目はきついものがある。
しぱしぱする目元と油断すれば口から零れ落ちそうな欠伸を噛みしめながら、大学構内を歩いていた。
ぽんと後ろから肩を叩かれて、さらさらの黒髪を靡かせて振り返る。
「花梨! おはよう!」
「おはよう、奏くん」
「おっはよ~、花梨ちゃん」
「おはよう、翔太くん」
奏は爽やかな笑みを、翔太は明るい笑みを浮かべて花梨を挟んで両隣に並ぶ。
大学に入学してからすっかり慣れた光景に花梨の胸の奥がじんわりと温かくなる。
奏は黒髪を短く整えたスポーツマン然とした青年で雰囲気から伝わる通り、まじめすぎるほどに真面目な性格だ。
翔太は男性にしては眺めに伸ばした髪を茶色に染めて、ピアスをつけていていかにも遊び人と言った雰囲気だ。
とはいえ、翔太が見かけ通り女性で遊んでいるかと言えば、そんなことはない。奏と同じかそれ以上に誠実な翔太を知っているからこそ、花梨は二人の傍が心地いい。
「目元のクマが酷いけど、ちゃんと寝た?」
「寝たよ。昨日は少し遅かったけど」
「ちゃんと寝ないとダメだろ」
翔太の問いに花梨がはにかみながら答えると、奏が心配そうにのぞき込んでくる。
至近距離に迫った整った顔にどきんと胸が高鳴ってしまう。不自然に跳ねた心臓を悟られないように笑みを浮かべた。
「ごめんね。アルバイトが残業になっちゃったの」
「ふーん」
翔太が目を細める。到底納得していない雰囲気だったが、それ以上突っ込まれることもなかった。
花梨の頭上の上で交わされた視線に気づかないまま、彼女は一コマ目の講義が行われる講堂に足を踏みいれた。
行動に入る花梨を見送って、二人は別々の講義を受けに行く。
示し合わせて入学したわけではないので、講義はバラバラなのだ。特に一学年上の翔太とは一切の講義が被っていない。
空いていた前方の席に腰を下ろし、バッグから講義に使う諸々を取り出す。
大学入学にあたって必要だからと購入したタブレットのスイッチを入れる。
バックから水筒を取り出して一口口に含み口内を潤して、背を伸ばして待っていると教授が講堂に入ってきた。
講義の開始を知らせるチャイムを聞いて、花梨は目の前のスライドに真剣な眼差しを注いだ。
そんな彼女の後姿を忌々しげに見つめる三対の視線に気づかないまま。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
読んでいただき、ありがとうございます。
本作は第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
面白い、続きが読みたい、と思っていただけましたら『お気に入り』や『作者フォロー』をして続きをお待ちください。
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東雲奏と日向翔太という名の二人だ。
三人は花梨が真ん中、奏が左側、翔太が右側で家が連なっていて、生まれた頃からの幼馴染だった。
翔太が一歳年上で、奏と花梨が同い年。
『ずっとずっと、いっしょにいようね』
そんな風に幼い約束をするくらい、三人は仲が良かった。
だが、いつまでも仲良しこよしというわけにはいかなかった。
最初に奏がいなくなった。花梨が小学三年生のときに、奏の父親が出世し役職が上がって、ごく普通の住宅街から高級住宅街に引っ越したのだ。
学区も変わって、三人が一緒に遊べることはなくなった。
花梨と翔太は二人で遊ぶことが増えたが、次に環境が変わったのは花梨だった。
奏が引っ越した一年後、花梨の父親が事業に失敗して借金を作ったうえ、浮気をした末に蒸発した。
一軒家は売りに出され、彼女は母親に手を引かれてボロアパートに引っ越すことになったのだ。
学区は変わらなかったけれど、花梨は学校で後ろ指をさされるようになって自然と翔太から離れてしまった。
小学校、中学校、高校と花梨に友達は出来なかった。
元々引っ込み思案だった影響もあったのだろう、奏と翔太が上手く周囲と花梨の橋渡しをしてくれていたのだが、その二人が傍からいなくなって花梨はひとりぼっちになってしまったのだ。
母親の酒癖の悪さが花梨の孤立に拍車をかけた。
夫に裏切られて荒れに荒れた母親は、家事の一切を花梨に押し付けた。
最初こそ、夫が残した借金を返そうと奮闘していたが、普通の仕事のパートでは首が回らなくなって水商売に手を出した。
その結果、朝まで飲んで帰宅しては夫の浮気を花梨に八つ当たりする、という悪循環が出来上がったのだ。
本当は高校を卒業したら花梨は働くつもりだった。母親にもそう命じられていた。
だが、高校の時の担任が勤勉な花梨の将来を憂いてくれて、奨学金で大学に行けるように取り計らってくれたのだ。
花梨には厳しい母親だが、一目はそれなりに気にするらしく担任がボロアパートの一室までやってきて花梨の将来を説くと「娘がそんなに頑張っているのなら」とまんざらでもない様子で進学を許可してくれた。
とはいえ、お金がないことに変わりはない。これ以上の借金をするわけにもいかなくて、花梨は大学に通いながら懸命にアルバイトをした。
三つのアルバイトを掛け持ちして、勉強以外の時間は全て働くことに費やした。それでもお金が足りないと感じるのは、年々飲酒量が増えている母親にバイト代をせびられるからだ。
しかし、大学に入っていいこともあった。それは奏と翔太と再会できたことだ。
久々に会う奏は爽やかな青年に成長していて、時折様子を見に来てくれていた一学年上の翔太はいかにもモテそうな雰囲気を纏っていた。
幼い頃の面影を残しつつも印象の変わった二人に少し驚いてしまったけれど、二人が昔のように花梨にかまってくれるようになって嬉しかった。
忙しいけれど充実した大学生活を過ごすこと三年目、花梨は大学ではちょっとした有名人になっていた。
夜遅くまで働いた次の日の一コマ目はきついものがある。
しぱしぱする目元と油断すれば口から零れ落ちそうな欠伸を噛みしめながら、大学構内を歩いていた。
ぽんと後ろから肩を叩かれて、さらさらの黒髪を靡かせて振り返る。
「花梨! おはよう!」
「おはよう、奏くん」
「おっはよ~、花梨ちゃん」
「おはよう、翔太くん」
奏は爽やかな笑みを、翔太は明るい笑みを浮かべて花梨を挟んで両隣に並ぶ。
大学に入学してからすっかり慣れた光景に花梨の胸の奥がじんわりと温かくなる。
奏は黒髪を短く整えたスポーツマン然とした青年で雰囲気から伝わる通り、まじめすぎるほどに真面目な性格だ。
翔太は男性にしては眺めに伸ばした髪を茶色に染めて、ピアスをつけていていかにも遊び人と言った雰囲気だ。
とはいえ、翔太が見かけ通り女性で遊んでいるかと言えば、そんなことはない。奏と同じかそれ以上に誠実な翔太を知っているからこそ、花梨は二人の傍が心地いい。
「目元のクマが酷いけど、ちゃんと寝た?」
「寝たよ。昨日は少し遅かったけど」
「ちゃんと寝ないとダメだろ」
翔太の問いに花梨がはにかみながら答えると、奏が心配そうにのぞき込んでくる。
至近距離に迫った整った顔にどきんと胸が高鳴ってしまう。不自然に跳ねた心臓を悟られないように笑みを浮かべた。
「ごめんね。アルバイトが残業になっちゃったの」
「ふーん」
翔太が目を細める。到底納得していない雰囲気だったが、それ以上突っ込まれることもなかった。
花梨の頭上の上で交わされた視線に気づかないまま、彼女は一コマ目の講義が行われる講堂に足を踏みいれた。
行動に入る花梨を見送って、二人は別々の講義を受けに行く。
示し合わせて入学したわけではないので、講義はバラバラなのだ。特に一学年上の翔太とは一切の講義が被っていない。
空いていた前方の席に腰を下ろし、バッグから講義に使う諸々を取り出す。
大学入学にあたって必要だからと購入したタブレットのスイッチを入れる。
バックから水筒を取り出して一口口に含み口内を潤して、背を伸ばして待っていると教授が講堂に入ってきた。
講義の開始を知らせるチャイムを聞いて、花梨は目の前のスライドに真剣な眼差しを注いだ。
そんな彼女の後姿を忌々しげに見つめる三対の視線に気づかないまま。
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