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15話
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ステファニアの元から戻ってきたヴェルディグリスに、ケイティが用意していた軽食を届けた。
胃が満たされたからか執務室のイスに座ってうつらうつらとし始めた、彼を気遣い静かに執務室を出ると、ちょうどこちらに向かってきたらしい母と鉢合わせる。
「ノクティス、坊ちゃんの様子はどうですか?」
「昼寝をしておられる。……性欲は持て余していらっしゃるようだ」
母、ケイティの問いかけに答えたノクティスの答えに、彼女は憂うようにため息を吐きだした。
竜族としては珍しく純潔の一族である彼女は、息子であるノクティスを孕むまでの苦労を時折口にする。
運よくヴェルディグリスより五年早く生まれ落ちたノクティスだが、竜族としてはまだまだ若造だ。
自身の三倍は生きるケイティには頭が上がらない。
「坊ちゃんのお気持ちもわかるし、人間の花嫁は脆いから無理をさせられないのも理解できるのだけれど……じれったいわねぇ」
頬に手を当ててふうと息を吐き出したケイティの言葉には全面的に同意だ。
むしろ、ただの同意を通り越して、無理をさせてでもいいから抱け、とも思ってしまう。
竜族は伴侶を何よりも大切にする。竜神であるヴェルディグリスだけではなく、竜族の男は自身の子を孕んでくれる女性を、何より尊ぶ。時には自身の命より重きを置くのだ。
とはいえ、竜族は嘘と裏切りを許さない。
ヴェルディグリスに背を向け逃げ出したステファニアが尊重されないのは、そういう理由もあった。
竜族が単独での繁栄を諦め、人間と交わるようになって気が遠くなるような年月が経つ。
定期的に『花嫁』という名目で伴侶を迎えるのは竜神だけだが、他の竜族たちもたまに人間界に降りて、目に叶った伴侶を迎えることがある。
だが、ノクティスはいままで子を孕んだ女性を見たことがない。
竜族の女性も、竜族を夫に持つ女性も同様に。それだけ、竜族の血を残すことは難しい。
「気づかうな、という気はないのですが……あまり大切にされすぎても花嫁の意味がありません」
「そうねぇ……でも、奥様をみていると坊ちゃんの気持ちもわかるの。愛らしい方だもの」
今まで、歴代の花嫁にはそれぞれ別の竜族のメイドがついた。
メイド長であるカラミティが直々に世話をした花嫁な存在しない。それだけにヴェルディグリスの溺愛ぶりがわかるというものだ。
――彼女を害そうとした竜族の男たちは、一族郎党で罰を受けた。
希少な竜族の数を減らすことへの反発より、自身の怒りを押し通したヴェルディグリスの在り方は竜神としては少々危うく、ここ最近ノクティスは彼の心の動きを心配している。
「一度は逃げた方だ」
きっぱりと言い切ったのは事実である。
ノクティスの頑なな態度に、ケイティが浅く息を吐く。
「貴方も坊ちゃんも、誤解しているのよ。きちんと奥様の話を聞いてあげてほしいわ」
「言い訳は竜族の嫌うところです」
「あのねぇ」
ケイティが少し困ったように眉を寄せる。
ノクティスは敬愛する母があまりにステファニアに入れ込んでいる様子に内心で困惑した。
いつだって凛として時にはヴェルディグリスを諫めるケイティが誰かに傾倒する姿はいままでに見たことがない。
「……アレを用意します」
「あら、もう我慢の限界を迎えたの?」
「見ていられない」
眼鏡に手を当てて表情を隠す。ヴェルディグリスが辛そうにしている姿は、見ていて気持ちのいいものではない。
一度は竜神から逃げた人間の花嫁の一人や二人、壊れても構わない。
ノクティスの言葉にケイティは浅く息を吐くだけだ。
咎める言葉は出てこない。だからこそ、心の奥底では母もまた自身と同じ気持ちなのだと許された気がした。
「明日、届けさせます」
「いつもと同じ手段かしら」
「ええ」
こくんと頷いたノクティスに、カラミティは「では、その時間は人を遠ざけておきましょう」と告げる。
共犯になってくれるという宣言に、彼は唇を吊り上げる。
「良いのですか。ずいぶんと肩入れしていたようですが」
「今のままでは奥様だってお辛いわ。大丈夫よ、奥様はそのくらいで壊れたりしないわ」
にこりと微笑みながら口にされた言葉に、僅かに眉間に皺を寄せる。
そこまでの信頼を置くほどのものが彼女にあるとは、到底ノクティスには思えない。
(……しかし、母上が仰るなら……)
人を見る目に関して、ケイティは頭一つ抜けている。
ヴェルディグリスの右腕として、母が不要だと判断した花嫁たちの末路を誰よりよく理解するからこそ、ノクティスは息を深く吐きだした。
「……乗り越えられるのであれば、評価を改めましょう」
「その時は盛大にお祝いをしなくちゃね」
今から『お祝い』を想像しているのか、嬉しそうに笑うケイティの姿にノクティスも目じりを緩めた。
確かに『お祝い』をする結果になるに越したことはない。
ヴェルディグリスはノクティスにとって生まれた時から傍にいる弟分で幼馴染で、誰より大切な主であるから。
彼の初恋が実ることを、祈ってやまないのだ。
胃が満たされたからか執務室のイスに座ってうつらうつらとし始めた、彼を気遣い静かに執務室を出ると、ちょうどこちらに向かってきたらしい母と鉢合わせる。
「ノクティス、坊ちゃんの様子はどうですか?」
「昼寝をしておられる。……性欲は持て余していらっしゃるようだ」
母、ケイティの問いかけに答えたノクティスの答えに、彼女は憂うようにため息を吐きだした。
竜族としては珍しく純潔の一族である彼女は、息子であるノクティスを孕むまでの苦労を時折口にする。
運よくヴェルディグリスより五年早く生まれ落ちたノクティスだが、竜族としてはまだまだ若造だ。
自身の三倍は生きるケイティには頭が上がらない。
「坊ちゃんのお気持ちもわかるし、人間の花嫁は脆いから無理をさせられないのも理解できるのだけれど……じれったいわねぇ」
頬に手を当ててふうと息を吐き出したケイティの言葉には全面的に同意だ。
むしろ、ただの同意を通り越して、無理をさせてでもいいから抱け、とも思ってしまう。
竜族は伴侶を何よりも大切にする。竜神であるヴェルディグリスだけではなく、竜族の男は自身の子を孕んでくれる女性を、何より尊ぶ。時には自身の命より重きを置くのだ。
とはいえ、竜族は嘘と裏切りを許さない。
ヴェルディグリスに背を向け逃げ出したステファニアが尊重されないのは、そういう理由もあった。
竜族が単独での繁栄を諦め、人間と交わるようになって気が遠くなるような年月が経つ。
定期的に『花嫁』という名目で伴侶を迎えるのは竜神だけだが、他の竜族たちもたまに人間界に降りて、目に叶った伴侶を迎えることがある。
だが、ノクティスはいままで子を孕んだ女性を見たことがない。
竜族の女性も、竜族を夫に持つ女性も同様に。それだけ、竜族の血を残すことは難しい。
「気づかうな、という気はないのですが……あまり大切にされすぎても花嫁の意味がありません」
「そうねぇ……でも、奥様をみていると坊ちゃんの気持ちもわかるの。愛らしい方だもの」
今まで、歴代の花嫁にはそれぞれ別の竜族のメイドがついた。
メイド長であるカラミティが直々に世話をした花嫁な存在しない。それだけにヴェルディグリスの溺愛ぶりがわかるというものだ。
――彼女を害そうとした竜族の男たちは、一族郎党で罰を受けた。
希少な竜族の数を減らすことへの反発より、自身の怒りを押し通したヴェルディグリスの在り方は竜神としては少々危うく、ここ最近ノクティスは彼の心の動きを心配している。
「一度は逃げた方だ」
きっぱりと言い切ったのは事実である。
ノクティスの頑なな態度に、ケイティが浅く息を吐く。
「貴方も坊ちゃんも、誤解しているのよ。きちんと奥様の話を聞いてあげてほしいわ」
「言い訳は竜族の嫌うところです」
「あのねぇ」
ケイティが少し困ったように眉を寄せる。
ノクティスは敬愛する母があまりにステファニアに入れ込んでいる様子に内心で困惑した。
いつだって凛として時にはヴェルディグリスを諫めるケイティが誰かに傾倒する姿はいままでに見たことがない。
「……アレを用意します」
「あら、もう我慢の限界を迎えたの?」
「見ていられない」
眼鏡に手を当てて表情を隠す。ヴェルディグリスが辛そうにしている姿は、見ていて気持ちのいいものではない。
一度は竜神から逃げた人間の花嫁の一人や二人、壊れても構わない。
ノクティスの言葉にケイティは浅く息を吐くだけだ。
咎める言葉は出てこない。だからこそ、心の奥底では母もまた自身と同じ気持ちなのだと許された気がした。
「明日、届けさせます」
「いつもと同じ手段かしら」
「ええ」
こくんと頷いたノクティスに、カラミティは「では、その時間は人を遠ざけておきましょう」と告げる。
共犯になってくれるという宣言に、彼は唇を吊り上げる。
「良いのですか。ずいぶんと肩入れしていたようですが」
「今のままでは奥様だってお辛いわ。大丈夫よ、奥様はそのくらいで壊れたりしないわ」
にこりと微笑みながら口にされた言葉に、僅かに眉間に皺を寄せる。
そこまでの信頼を置くほどのものが彼女にあるとは、到底ノクティスには思えない。
(……しかし、母上が仰るなら……)
人を見る目に関して、ケイティは頭一つ抜けている。
ヴェルディグリスの右腕として、母が不要だと判断した花嫁たちの末路を誰よりよく理解するからこそ、ノクティスは息を深く吐きだした。
「……乗り越えられるのであれば、評価を改めましょう」
「その時は盛大にお祝いをしなくちゃね」
今から『お祝い』を想像しているのか、嬉しそうに笑うケイティの姿にノクティスも目じりを緩めた。
確かに『お祝い』をする結果になるに越したことはない。
ヴェルディグリスはノクティスにとって生まれた時から傍にいる弟分で幼馴染で、誰より大切な主であるから。
彼の初恋が実ることを、祈ってやまないのだ。
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