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1話
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王都ノルディアンにある食堂ルミエールは連日大繁盛している。
オーナー兼調理人である人物の料理が美味しいのと、さらには看板娘であるルーチェが人好きをする大変愛らしい少女だからだ。
先日十九歳の誕生日を迎えたばかりの彼女は、食堂を訪れる幅広い年齢層の男性陣の支持を集めるアイドルでもある。
今日も今日とて彼女はあくせくと働きながら、癒しを求めて食堂を訪れる人たちに笑顔を振りまいていた。
いくつもの丸テーブルが並ぶ食堂の中をちょこまかとルーチェは掃除のために動いていた。
客が帰った後に残された食器などを手際よく片付けていく。
まだ食べている客もいるので、極力音を立てないように注意しながら。
ふいに扉につけられた鈴が涼やかな音を立てた。
来客を知らせる合図に、彼女はぱっと表情を輝かせて振り返る。
赤いリボンで一つに結い上げた金の髪が彼女の動きに追随するように華やかに揺れる。
アメジストの瞳を輝かせて、満面の笑顔で出迎えたのは見慣れた常連客だ。
「やあ、ルーチェ。久しぶり」
「お久しぶりです! オスクロさん!」
昼のピークが終わった食堂に入った新たな客は、ここ一年ほど週に一度の頻度で食堂に通ってくれている常連のオスクロだった。
黒檀のような艶やかな黒髪を綺麗に切りそろえて、空を切り取ったような青い瞳の彼は、纏う服装こそ商人のものであるが、どこから見ても大衆食堂に相応しくない気品を持った貴族である。
だが、オスクロ自身が身分を隠して周囲に溶け込もうと努力をしていること、なにより身分の違う者を見下す貴族特有の発言が皆無であることから、食堂のオーナーや店員のルーチェを始め、常連たちは彼を温かく迎え入れている。
「いつもの席、空いてますよ!」
「ありがとう」
にこりと微笑まれる。普通の女の子なら顔を真っ赤にして一目で虜になるだろう蠱惑的な笑み。
けれど、ルーチェには心に決めた人がいるから変な意味にとらえることはない。
オスクロの指定席は食堂の角の一番端だった。
先に客が座っていれば、別の席でも文句は言わないが、そこが空いているのならいつも座りに行く。
目立ちたくない、という彼の心情を慮って、空席のときは常に案内するようにしていた。
「今日はなにになさいますか?」
「うーん、ルーチェのおススメを聞きたいな」
にこりと微笑んで問いかけられる。
いつものことなのでルーチェはあらかじめ決めておいた一つを提案した。
「クラブサンドのセットがおススメです! 美味しいパンが入ったんですよ! なんと白いパンなんです! あ、でも今オーナーが買い物に行っているので、少し待ってもらってもいいですか?」
恐らく貴族であるオスクロにとって、白いパンは珍しいものではないだろう。
だが、民衆にとってまざりもののない白いパンはご馳走だ。
そのパンを贅沢に使って作ったクラブサンドは今日は飛ぶように売れている。
案の定、オスクロはピンときていないようだ。
きょとんと瞬きをしたけれど、ルーチェの言葉を否定することなく柔らかく微笑んだ。
「待つのは大丈夫だよ。じゃあ、それを頂こう」
「はい!」
にこりとルーチェが微笑むとオスクロも目元を和らげる。
ほのぼのとした二人の雰囲気を変えたのは、げらげらと笑う下品な声だった。
「いただこう、だってよ!」
「お貴族サマかよ!!」
「お高くとまってんな~!」
別のテーブルに座っていた男が三人、手にしてた酒の入った樽ジョッキをドンとテーブルに叩きつける。
酔っているのだ。
彼らは本来、夜営業以外では酒を提供しないオーナーの方針にケチをつけ、無理やり酒を出させたのである。
さっとルーチェはオスクロの前に立った。彼が貴族であるならば、下手に傷つけられれば食堂が潰れてしまう。
そうではなくとも、常連を諍いから遠ざけるのは店員であるルーチェの役目だ。
「おうおう、庇われてやんの」
「さっすがお貴族サマだわ」
「情けなくないでちゅか~! 女に守られるなんてなぁ!」
ガンを飛ばしてきた男たちが三人のっそりと椅子から立ち上がる。
他の常連たちは帰った後だ。その上、オーナーもまた夜の営業に向けて食材を買い足しに行ったばかり。
酒を出した客を置いて買い出しに行くことにオーナーは不安を抱いていた。
大丈夫だとルーチェが伝えたのだが、不安は的中してしまったらしい。
昼のピークをすぎた食堂には男たちとルーチェとオスクロしかいない。
もしかしたら店の外にはオスクロの護衛がいるのかもしれないが、店内のいざこざに頼りにはできなかった。
「ルーチェ、大丈夫だ」
「いいえ。ダメです」
彼女を気遣うオスクロの言葉に首を左右に振る。
ルーチェは彼の正しい身分を知らないが、たまに街で見かける貴族たちより何倍も偉いのだろうことは察していた。
貴族の階級に詳しいわけではないが、傷つけられては駄目な人なのだ。
「一丁前に、生意気なんだよ!」
泥酔しているのか酒でふらついた足で近づいてきた男の一人が拳を振り上げる。
痛みを覚悟して目を瞑ったルーチェは咄嗟に背後に引っ張られた。
庇われるように抱きしめられる。
慌てて瞼を拓けば、オスクロが彼女を庇うように抱きしめていた。
「オスクロさん!!」
彼が殴られるところなど、見たくない。細い外見の彼が大男に殴られれば吹っ飛んでしまう。
食堂の客だとか常連だとか貴族だとか抜きにして、嫌だ。
慌てた声を出した彼女の前で、男がにやりと口角をあげる。
勝ち誇った笑みで振り上げられた拳がスローモーションで網膜に焼き付く。
その時。
「何してるんだ!!」
荒げた声が響き渡り、男が吹っ飛ぶ。
ぱちん、と瞬きをしたルーチェは駆け付けて拳を振りぬいた姿勢の茶髪の青年の姿に歓喜の声をあげた。
「サンドル!!」
「大丈夫か、ルーチェ!!」
そこには彼女が想いを寄せる愛しい人――幼馴染のサンドル・コルネが佇んでいた。
サンドルが助けに来てくれた、そう確信を抱き喜ぶ彼女は二人をじっと見つめる汚泥のように濁った眼差しに気づかなかった。
▽▲▽▲▽▲▽▲▽
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オーナー兼調理人である人物の料理が美味しいのと、さらには看板娘であるルーチェが人好きをする大変愛らしい少女だからだ。
先日十九歳の誕生日を迎えたばかりの彼女は、食堂を訪れる幅広い年齢層の男性陣の支持を集めるアイドルでもある。
今日も今日とて彼女はあくせくと働きながら、癒しを求めて食堂を訪れる人たちに笑顔を振りまいていた。
いくつもの丸テーブルが並ぶ食堂の中をちょこまかとルーチェは掃除のために動いていた。
客が帰った後に残された食器などを手際よく片付けていく。
まだ食べている客もいるので、極力音を立てないように注意しながら。
ふいに扉につけられた鈴が涼やかな音を立てた。
来客を知らせる合図に、彼女はぱっと表情を輝かせて振り返る。
赤いリボンで一つに結い上げた金の髪が彼女の動きに追随するように華やかに揺れる。
アメジストの瞳を輝かせて、満面の笑顔で出迎えたのは見慣れた常連客だ。
「やあ、ルーチェ。久しぶり」
「お久しぶりです! オスクロさん!」
昼のピークが終わった食堂に入った新たな客は、ここ一年ほど週に一度の頻度で食堂に通ってくれている常連のオスクロだった。
黒檀のような艶やかな黒髪を綺麗に切りそろえて、空を切り取ったような青い瞳の彼は、纏う服装こそ商人のものであるが、どこから見ても大衆食堂に相応しくない気品を持った貴族である。
だが、オスクロ自身が身分を隠して周囲に溶け込もうと努力をしていること、なにより身分の違う者を見下す貴族特有の発言が皆無であることから、食堂のオーナーや店員のルーチェを始め、常連たちは彼を温かく迎え入れている。
「いつもの席、空いてますよ!」
「ありがとう」
にこりと微笑まれる。普通の女の子なら顔を真っ赤にして一目で虜になるだろう蠱惑的な笑み。
けれど、ルーチェには心に決めた人がいるから変な意味にとらえることはない。
オスクロの指定席は食堂の角の一番端だった。
先に客が座っていれば、別の席でも文句は言わないが、そこが空いているのならいつも座りに行く。
目立ちたくない、という彼の心情を慮って、空席のときは常に案内するようにしていた。
「今日はなにになさいますか?」
「うーん、ルーチェのおススメを聞きたいな」
にこりと微笑んで問いかけられる。
いつものことなのでルーチェはあらかじめ決めておいた一つを提案した。
「クラブサンドのセットがおススメです! 美味しいパンが入ったんですよ! なんと白いパンなんです! あ、でも今オーナーが買い物に行っているので、少し待ってもらってもいいですか?」
恐らく貴族であるオスクロにとって、白いパンは珍しいものではないだろう。
だが、民衆にとってまざりもののない白いパンはご馳走だ。
そのパンを贅沢に使って作ったクラブサンドは今日は飛ぶように売れている。
案の定、オスクロはピンときていないようだ。
きょとんと瞬きをしたけれど、ルーチェの言葉を否定することなく柔らかく微笑んだ。
「待つのは大丈夫だよ。じゃあ、それを頂こう」
「はい!」
にこりとルーチェが微笑むとオスクロも目元を和らげる。
ほのぼのとした二人の雰囲気を変えたのは、げらげらと笑う下品な声だった。
「いただこう、だってよ!」
「お貴族サマかよ!!」
「お高くとまってんな~!」
別のテーブルに座っていた男が三人、手にしてた酒の入った樽ジョッキをドンとテーブルに叩きつける。
酔っているのだ。
彼らは本来、夜営業以外では酒を提供しないオーナーの方針にケチをつけ、無理やり酒を出させたのである。
さっとルーチェはオスクロの前に立った。彼が貴族であるならば、下手に傷つけられれば食堂が潰れてしまう。
そうではなくとも、常連を諍いから遠ざけるのは店員であるルーチェの役目だ。
「おうおう、庇われてやんの」
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ガンを飛ばしてきた男たちが三人のっそりと椅子から立ち上がる。
他の常連たちは帰った後だ。その上、オーナーもまた夜の営業に向けて食材を買い足しに行ったばかり。
酒を出した客を置いて買い出しに行くことにオーナーは不安を抱いていた。
大丈夫だとルーチェが伝えたのだが、不安は的中してしまったらしい。
昼のピークをすぎた食堂には男たちとルーチェとオスクロしかいない。
もしかしたら店の外にはオスクロの護衛がいるのかもしれないが、店内のいざこざに頼りにはできなかった。
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痛みを覚悟して目を瞑ったルーチェは咄嗟に背後に引っ張られた。
庇われるように抱きしめられる。
慌てて瞼を拓けば、オスクロが彼女を庇うように抱きしめていた。
「オスクロさん!!」
彼が殴られるところなど、見たくない。細い外見の彼が大男に殴られれば吹っ飛んでしまう。
食堂の客だとか常連だとか貴族だとか抜きにして、嫌だ。
慌てた声を出した彼女の前で、男がにやりと口角をあげる。
勝ち誇った笑みで振り上げられた拳がスローモーションで網膜に焼き付く。
その時。
「何してるんだ!!」
荒げた声が響き渡り、男が吹っ飛ぶ。
ぱちん、と瞬きをしたルーチェは駆け付けて拳を振りぬいた姿勢の茶髪の青年の姿に歓喜の声をあげた。
「サンドル!!」
「大丈夫か、ルーチェ!!」
そこには彼女が想いを寄せる愛しい人――幼馴染のサンドル・コルネが佇んでいた。
サンドルが助けに来てくれた、そう確信を抱き喜ぶ彼女は二人をじっと見つめる汚泥のように濁った眼差しに気づかなかった。
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