12 / 19
12話
王太子であるオスクロ・シャンタルには幼少期より婚約者がいる。
婚約者の名はベアトリス・モンクティエ。オスクロより三歳年上の彼女は、由緒正しいモンクティエ公爵家の一人娘だ。
幼い頃、オスクロと婚約が決まったばかりのときベアトリスは正直外れを引いたと思った。
オスクロが側室の子だったからだ。それも、国王が気に入って手籠めにした踊り子の娘が生んだ子供。
つまり、半分は下賤な庶民の血が流れているのである。
青き血を大切にするように厳しい教育を受けてきたベアトリスは、なぜ自分が下賤な血を引いている側室の子の婚約者にされたのか理解できなかった。将来、その男の子を孕むのだと考えるとぞっとした。
幼い彼女に両親は「いずれわかる日が来る」といって頭を撫でるだけで、疑問には答えてくれなかった。
それが、悪い方向に作用した。
ベアトリスはオスクロを蔑んだのだ。その身に流れる血も、出自も、尊きものではないと見下した。
何分、モンクティエ公爵家が数代過去にさかのぼると王家から降嫁した王女を迎え入れているだけあって、彼女のプライドは高かった。
正妃が子供を生めない身体だと理解して、次期王太子の座がオスクロに確約されているのだと理解したときには――全てが手遅れだった。
オスクロはベアトリスに対して固く心を閉ざした後で、彼女がどんなに機嫌を取ろうとしても眉ひとつ動かさない。
正妃によってベアトリスの何倍も厳しい勉強と修練を言いつけられていているオスクロに会える機会はそもそも少なく、ベアトリスの認識ではすれ違ったまま成長してしまった。
とはいえ、出自故に地盤が盤石ではないオスクロは由緒正しい公爵家の血が必要だ。内心でどう思っていても、ベアトリスを迎え入れるしかない。そう高を括っていた。
だと、いうのに。
『ベアトリス・モンクティエ。君との婚約を破棄する』
書面に綴られた温度のない文字列に、顔から血の気が引いていくのが分かった。
そこには婚約破棄の理由として『庶民を見下す君の言動には辟易としている。
守るべき民を下賤な者などと口にする者を王妃には迎えられない』と綴られていた。
(なによなによなによ!! 本当のことじゃない!!)
栗色の長い髪を靡かせて、かつかつとヒールの音を響かせながらベアトリスは王宮を闊歩する。
明らかに機嫌の悪い彼女の様子に、王宮仕えのメイドたちが怯えた様子で逃げていく。
「殿下はどちらに?!」
執務室にも私室にも姿が見えない。
キレた彼女が貴族令嬢らしからぬ大声をあげると、近くの部屋の警備をしていた騎士がびくりと肩を揺らした。
「そこの貴方! 殿下の居場所はご存知なくて?!」
「は、え、あの」
「その様子は心当たりがあるのですね!」
ずいっと近づいたベアトリスに、騎士の目が泳ぐ。
彼は迷ったように視線を左右に移動させた後、小さな声で呟いた。
「街娘の元かと……」
「なんですって?」
「一か月ほど前に、王太子殿下が連れてこられたのです。毎日その娘の元に通っているようです」
「なんですって……っ!」
ベアトリスという婚約者がいながら、他に女を囲っているというのか。
彼女の元には一度だって訪れたことがないくせに。
今まで自身がオスクロに対して口にした散々な言動を棚上げして、ギリギリと歯ぎしりをする彼女の前で騎士が小さくなっている。
「案内しなさい! その娘はどこです!!」
「お、王太子殿下より、近づくなと厳命されております……!」
「関係ありませんわ! わたくしを誰だと思っているのです!!」
高慢な言葉を口にして、ベアトリスは逆らうこともできない哀れな騎士に道案内をさせる。
苛立ちのままに眦を吊り上げて、彼女は騎士に様々な質問をした。
その結果、件の娘が少し前からオスクロが入れあげていた街娘だと判明し、奥歯を噛みしめる。
(血は逆らえないということね。悪癖ばかり陛下に似て!)
踊り子を囲って子を成した現国王を悪しざまに心の中で罵る。
さすがに口に出さない程度の常識はあった。
(外見はそこそこ整っているのだから、お飾りの国王になるのであれば黙っていたものを……!)
下民の血を引くオスクロは王として相応しくない。そんな彼を支えるためのベアトリスだ。
だから、王位についたらお飾りの国王として全ての権力を取り上げ、公爵家が裏から国を支配する予定だった。
(街娘を囲う程度ならまだしも、わたくしとの婚約を破棄するということは『そういうこと』ではありませんか! そんなことは許されませんわ!!)
これ以上、王家に下民の血を混ぜるわけにはいかない。
一度は穢れた血統とは言え、徐々に王家の血の濃さを戻していかなければならないというのに。
「……ああ、いいことを思いつきましたわ」
下民の女にお似合いの末路を脳裏で描いて、にぃやりと笑う。最低のシナリオを思いつき、人の悪い笑みを浮かべた彼女を止める者は、誰もいない。
婚約者の名はベアトリス・モンクティエ。オスクロより三歳年上の彼女は、由緒正しいモンクティエ公爵家の一人娘だ。
幼い頃、オスクロと婚約が決まったばかりのときベアトリスは正直外れを引いたと思った。
オスクロが側室の子だったからだ。それも、国王が気に入って手籠めにした踊り子の娘が生んだ子供。
つまり、半分は下賤な庶民の血が流れているのである。
青き血を大切にするように厳しい教育を受けてきたベアトリスは、なぜ自分が下賤な血を引いている側室の子の婚約者にされたのか理解できなかった。将来、その男の子を孕むのだと考えるとぞっとした。
幼い彼女に両親は「いずれわかる日が来る」といって頭を撫でるだけで、疑問には答えてくれなかった。
それが、悪い方向に作用した。
ベアトリスはオスクロを蔑んだのだ。その身に流れる血も、出自も、尊きものではないと見下した。
何分、モンクティエ公爵家が数代過去にさかのぼると王家から降嫁した王女を迎え入れているだけあって、彼女のプライドは高かった。
正妃が子供を生めない身体だと理解して、次期王太子の座がオスクロに確約されているのだと理解したときには――全てが手遅れだった。
オスクロはベアトリスに対して固く心を閉ざした後で、彼女がどんなに機嫌を取ろうとしても眉ひとつ動かさない。
正妃によってベアトリスの何倍も厳しい勉強と修練を言いつけられていているオスクロに会える機会はそもそも少なく、ベアトリスの認識ではすれ違ったまま成長してしまった。
とはいえ、出自故に地盤が盤石ではないオスクロは由緒正しい公爵家の血が必要だ。内心でどう思っていても、ベアトリスを迎え入れるしかない。そう高を括っていた。
だと、いうのに。
『ベアトリス・モンクティエ。君との婚約を破棄する』
書面に綴られた温度のない文字列に、顔から血の気が引いていくのが分かった。
そこには婚約破棄の理由として『庶民を見下す君の言動には辟易としている。
守るべき民を下賤な者などと口にする者を王妃には迎えられない』と綴られていた。
(なによなによなによ!! 本当のことじゃない!!)
栗色の長い髪を靡かせて、かつかつとヒールの音を響かせながらベアトリスは王宮を闊歩する。
明らかに機嫌の悪い彼女の様子に、王宮仕えのメイドたちが怯えた様子で逃げていく。
「殿下はどちらに?!」
執務室にも私室にも姿が見えない。
キレた彼女が貴族令嬢らしからぬ大声をあげると、近くの部屋の警備をしていた騎士がびくりと肩を揺らした。
「そこの貴方! 殿下の居場所はご存知なくて?!」
「は、え、あの」
「その様子は心当たりがあるのですね!」
ずいっと近づいたベアトリスに、騎士の目が泳ぐ。
彼は迷ったように視線を左右に移動させた後、小さな声で呟いた。
「街娘の元かと……」
「なんですって?」
「一か月ほど前に、王太子殿下が連れてこられたのです。毎日その娘の元に通っているようです」
「なんですって……っ!」
ベアトリスという婚約者がいながら、他に女を囲っているというのか。
彼女の元には一度だって訪れたことがないくせに。
今まで自身がオスクロに対して口にした散々な言動を棚上げして、ギリギリと歯ぎしりをする彼女の前で騎士が小さくなっている。
「案内しなさい! その娘はどこです!!」
「お、王太子殿下より、近づくなと厳命されております……!」
「関係ありませんわ! わたくしを誰だと思っているのです!!」
高慢な言葉を口にして、ベアトリスは逆らうこともできない哀れな騎士に道案内をさせる。
苛立ちのままに眦を吊り上げて、彼女は騎士に様々な質問をした。
その結果、件の娘が少し前からオスクロが入れあげていた街娘だと判明し、奥歯を噛みしめる。
(血は逆らえないということね。悪癖ばかり陛下に似て!)
踊り子を囲って子を成した現国王を悪しざまに心の中で罵る。
さすがに口に出さない程度の常識はあった。
(外見はそこそこ整っているのだから、お飾りの国王になるのであれば黙っていたものを……!)
下民の血を引くオスクロは王として相応しくない。そんな彼を支えるためのベアトリスだ。
だから、王位についたらお飾りの国王として全ての権力を取り上げ、公爵家が裏から国を支配する予定だった。
(街娘を囲う程度ならまだしも、わたくしとの婚約を破棄するということは『そういうこと』ではありませんか! そんなことは許されませんわ!!)
これ以上、王家に下民の血を混ぜるわけにはいかない。
一度は穢れた血統とは言え、徐々に王家の血の濃さを戻していかなければならないというのに。
「……ああ、いいことを思いつきましたわ」
下民の女にお似合いの末路を脳裏で描いて、にぃやりと笑う。最低のシナリオを思いつき、人の悪い笑みを浮かべた彼女を止める者は、誰もいない。
あなたにおすすめの小説
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
拾ってないのに、最上位が毎日“帰る”んですがーー飼い主じゃありません!ただの受付係です!
星乃和花
恋愛
王都ギルド受付係リナは、今日も平和に働く予定だった。
……のに。
「お腹すいた」
そう言って現れたのは、最上位の英雄レオン。
強いのに生活力ゼロ、距離感ゼロ、甘え方だけは一流。
手当てすれば「危ない」と囲い込み、
看病すれば抱きしめて離さず、
ついには――
「君が、俺の帰る場所」
拾ってない。飼ってない。
ただ世話を焼いただけなのに、英雄が毎日“帰ってくる”ようになりました。
無自覚世話焼き受付嬢 × 甘えた天然英雄の
距離感バグ甘々ラブコメ、開幕!
⭐︎火木土21:20更新ー本編8話+後日談9話⭐︎
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
こんにちは、最強騎士にお持ち帰りされたダメエルフです~もう逃げられません~
西野和歌
恋愛
おちこぼれエルフのシャーリーは、居場所を求めて人の国にて冒険者として活躍する事を夢見ていた。
だが、魔法も使えず戦闘ランクも最低のお荷物エルフは、すぐにパーティーを解雇される日々。
そして、また新たに解雇され一人になったシャーリーが、宿の食堂でやけ酒をしていると、近づく美貌の男がいた。
誰もが見惚れるその男の名はウェダー。
軽い調子でシャーリーを慰めるついでに酒を追加し、そのまま自分のベッドにお持ち帰りした。
初めてを奪われたエルフは、ひたすらハイスペックエリートの騎士に執着されるうちに、事件に巻き込まれてしまう。
これは、天然ドジな自尊心の低いシャーリーと、自らに流れる獣の血を憎みつつ、番のシャーリーを溺愛するウェダーの物語です。
(長文です20万文字近くありますが、完結しています)
※成人シーンには☆を入れています。投稿は毎日予定です。※他サイトにも掲載しています。