彼女は父の後妻、

あとさん♪

文字の大きさ
33 / 45
第六章

31.初めから知っていたはずなのに 

しおりを挟む
 

 日はずいぶんとまえに沈み、すでに真夜中になっている。
 昼間働くものたちが寝静まった夜の街を、ひとりルーカスは城へ向かって歩いていた。

(あーあ。今日はフォルトゥーナさまと夕餉、ご一緒できなかったなぁ)

 騎士団の訓練所で魔導具の性能実験をした日。
 たくさんの魔導騎士たちの目の前で披露した新しい魔導具は、彼らの好奇心を著しく刺激したらしい。ルーカスは彼らに拉致される勢いで鍛冶職人の工房へ連れていかれた。そこで新しい剣や甲冑などなどを数点用意し、次に連れていかれたのは魔法騎士たちが使う実験場だった。
 ここでは魔法に長けた騎士たちが、新しい魔法を修得したり実験したりしている。

 今まで魔導具といえば、防御結界を張るために魔石を研磨しそこに光の魔法を封じた物だったり、魔石に火の魔法を封じそのまま燃料にしたり、水の魔法を封じ水の移送に使う物を指した。
 魔石以外の物に魔法を封じることが出来なかったからだ。
 だがルーカスが彼らの前であっさりやってみせたのは魔石以外にも魔法を封じる方法だったから、彼らの熱狂ぶりもいたしかたない。だが発案者であるルーカスは彼らの狂喜乱舞モードにたじろいでしまった。
 どうして⁈ どうやって⁈ と詰め寄る騎士たちに、ルーカスは彼なりに説明したのだがどうにもうまく伝わらず、ならば実践して! 目の前で見せて! と強請ねだる彼らに何度か目の前で魔法の付与を披露した。

 人間は精霊を召喚するとき、ことばに魔力を乗せている。ルーカスとしてはそれと同じように、文字に魔力を含ませ書いただけなのだ。
 魔法騎士たちがそれぞれの精霊を召喚させ、彼らにつきっきりになってもらい、一文字一文字声にだしながら剣に文字列(魔法詠唱のことば)を記入していく。ただのインクよりは魔石を粉にしたものを含ませたほうが効率が良かったことも伝えた。

「これは、インクから開発しなおしたほうが……」

「フォルトゥーナさまのイヤーカフはミスリル合金だとおっしゃってましたよね? 金とミスリルの比率を教えてください」

「ペンにも秘密が⁈」

「サンドスパイダーの糸で作った布は魔法と相性がいいぞ!」

「そうか、魔物素材をいろいろ試してみよう!」

「インクで書くのではなく、彫り込むというのはどうだ?」

「あ。そういえば、イヤーカフには彫り込んだ上にインクを流し込んだ」

「「「それを早く言ってくださいっ‼」」」

 魔法使いたちの探求心と熱意はすさまじく、食事も忘れて没頭していた。心配してようすを見にきたシエラ副団長がいなかったら、ルーカスは今も彼らの開発・実験に付き合わされていただろう。

(シエラのお陰で解放されたし……シエラの持ってきたご飯さしいれもみんなと一緒に食べたし……疲れちゃったけど、おおむね良い日だった、かな)

 フォルトゥーナ嬢はあのイヤーカフを着け続けているだろうか。
 あの金剛石ダイヤモンドのネックレスも、あのまま着けているのだろうか。

 フォルトゥーナ嬢へ『風の便り』を使いルーカスのメッセージを届けたから、今でもあれを着けているだろう。そう信じたいところである。

 ルーカスの魔力を込めた金剛石ダイヤモンドは、なぜか色が付いてしまった。ルーカスの瞳のような紅玉ルビーに見えるそれは、まるで自分の執着心のようで気恥ずかしい。
 自分を構成する色を好きな相手への宝飾品として渡すなんて、まるで嫉妬深い男のようだし、そもそも愛の告白のようでもあるし。
 とはいえ、フォルトゥーナ嬢はルーカスを恋愛対象にはしないだろう。よくてかわいい弟だと認識しているにちがいない。
 それに、偶然だがフォルトゥーナ嬢のあの艶やかな髪も同じような赤なので、あれを着けていても違和感はなかった。金色のイヤーカフも彼女によく似あっていた。
 きっと彼女の髪に合わせて用意したものだと認識して、ルーカスの恋心など伝わってはいないだろう。

(あれを使い続けている限り、彼女はほぼ不死身状態だから安心だな)

 あの魔導具を身に着けていれば、外的要因でフォルトゥーナ嬢が傷つくことはない。
 ルーカスがいないところで不測の事態に見舞われても――たとえば階段から落ちたとしても――だいじょうぶ。
 ルーカスはすべての事象から彼女を守りたいのだ。だから魔導具を作成した。

(病気や心理的ダメージからは守れないけど……)

 けれどルーカスは万能ではない。
 そのことに少しだけ気落ちしつつ、物理衝撃からだけでも彼女を守れるのならそれにこしたことはないと自分自身を納得させた。


 帰城は遅くなると連絡済だったので、城の門番はルーカスを見るとすぐに出入り門を開けてくれた。
 本当は門など開けてもらわずとも、城壁を越えて出入りすることなど簡単だ。だがそれは不審者のようだから止めるようにと父からも老執事からも言われている。
 たしかに夜陰に乗じて城壁を越える姿は不審者のそれだ。万が一、人に見られたら大騒ぎになるだろう。
 できることでも、やってはいけないことは存在するのだとルーカスは学んでいる。

 使用人も大部分は寝てしまったからか、城内はとても静かだった。
 西翼棟に入り階段を上る。音も無く軽快に進んでいたら、三階で人の気配があるのに気がついた。
 よく知る人物の声がしたのだ。

「本当に送らなくてもいいのか?」

 父の、声だ。

「閣下に送っていただくなんて恐れ多いですわ。それにだいじょうぶです。この城の中でわたくしに不埒なまねをするような輩はおりませんでしょ?」

 フォルトゥーナ嬢の、とても気さくな、声だった。

 心臓が凍りついてしまったような錯覚。

 違いないと返す父の声も、どこか、やさしくて。
 ふたりはおやすみなさいと夜の挨拶をして。

 フォルトゥーナ嬢は階段の方へ、呆然と立ち竦むルーカスの方へ足を向けた。
 とっさに『陽炎かげろう』を自分にかけたルーカスは息を潜める。
 この魔法はひとに見破られたことがない。
 案の定、フォルトゥーナ嬢も気がついていない。ルーカスが自分の目の前にいることに。

「階段は手摺りをちゃんと握って下りるのだぞ」

 父の声が、たぶん私室の前から投げられた。
 その声を聞いたフォルトゥーナ嬢は、振り返るとはにかんだように笑い。
 会釈をして。
 階段の手摺りをしっかりと掴んだ。
 どこか楽しそうな笑顔。
 ……ルーカスの目の前で。

(ちちうえと、話をしてたの? こんな夜遅くに、ちちうえの私室で)

 彼女は一度立ち止まると階段の上の階を見上げ。
 不思議そうに首を傾げ。
 苦笑して。
 ゆっくりと階段を下りていった。

 南棟にある彼女の私室へ帰るために、いったん二階に下りなければならない。三階は直接繋がっていないからだ。
 二階ならば、西翼棟と南棟は回廊でつながっている。

 階段を下りきったであろう彼女の足音がやがて聞こえなくなったころ、ルーカスは『陽炎かげろう』を解いた。

(そうか……フォルトゥーナさまは、決めちゃったのか)

 階段を上り、四階にあるルーカスの自室を目指すつもりなのだが、やけに足が重い。
 急に一段の高さが変わったような気がする。
 やけに自室が遠い。

(ちちうえも……だめでしょ。こんな夜遅くに女の子をひとりで歩かせちゃあ……そりゃあ、城の中は安全だけどさ)

 思い出すのは、フォルトゥーナ嬢を気遣う父のやさしい声。
 それに応える令嬢のはにかんだような笑顔。
 ふたりの醸し出した親し気で気安い空気。

(どうしよう……吐き気がする……)

 なんとかやっとの思いで自室に辿り着くと、寝台ベッドに倒れ込んだ。

(……寝よう……)

 胸の奥底に渦巻く、どす黒い思いが辛い。
 息苦しくて堪らない。

 知っていた。
 初めから知っていたはずだ。
 ラミレス公爵令嬢フォルトゥーナ・クルスさまは、クエレブレ辺境伯の後妻になるために来たのだということを。

(覚悟、足りなかったかな……)

 たまたま、彼女の具合が悪くて延期になっていただけだということを。
 いまはもう回復し、おとなの女性として、完璧な淑女として振る舞っている。だからもう、最初の予定どおり父は彼女を娶るのだろう。

 さいきんのフォルトゥーナ嬢が、なにかに悩んでいたことをルーカスは察していた。
 それはシエラに結婚式の話題を出されてからだった。
 やりたいことややるべきことを模索しているフォルトゥーナ嬢だから、きっと結婚してからのことを思案していたのだろうとルーカスは思っていた。

 たぶん、結論が出たのだ。

 結論が出たから、彼女と父は親睦を図っていたのだろう。
 とてもとても、親密なようすだった。

 たぶん、もう。彼女は決めてしまったのだ。父と結婚して辺境伯夫人になることを。

 フォルトゥーナ嬢は若くうつくしく、さらに聡明で博識で勉強熱心である。
 クエレブレのこともよく知ろうとしてくれて、城のみんなともすぐ仲良くなった。
 辺境伯夫人として、すぐに活躍するだろう。
 居住場所も、南棟からすぐにこの西翼棟へ移されるに違いない。

 けれど。

(母上、だなんて……ぜったい呼べないよ……)

 大好きな女性が。

 大好きな父に嫁ぐ。

 灼熱の鉄の塊を飲みこんだとしても、こんなに苦しくならないだろうとルーカスは思った。
 なぜこんなにも裏切られたような心地になるのだろう。こうなることは分かっていたはずなのに。覚悟していたはずなのに。
 きっと祝福できない。おめでとうなんて言えない。

(あぁでも無理だ。ぜったい、むり……)

 大好きな人同士が結婚して自分と家族になる。
 それだけをみればそこにあるのは幸せな情景のはずなのに、自分はそれを望まない。
 なんて自分は心の狭い男なんだと絶望が深くなる。

 大好きな父を憎んでしまいそうで。

 大好きな女性を恨んでしまいそうで。

 そんな自分自身を嫌いになりそうで。







 夜明け前、ルーカスは出奔した。
 一睡もせず。
 衝動的に。



しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?

魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。 彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。 国外追放の系に処された。 そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。 新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。 しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。 夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。 ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。 そして学校を卒業したら大陸中を巡る! そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、 鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……? 「君を愛している」 一体なにがどうなってるの!?

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

私の手からこぼれ落ちるもの

アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。 優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。 でもそれは偽りだった。 お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。 お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。 心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。 私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。 こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 作者独自の設定です。 ❈ ざまぁはありません。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...