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11.その後のわたしたち
しおりを挟む“はじめまして”って言うでしょ、ふつーは! 新規事業を興そうかと思っている相手なんだから! 当たり前のことばでしょ!
あぁ、でも、うん、ごめん。覚えてなかったわ……。
あのときのショールのことは、とってもよく覚えてる。うつくしい文様を描く素晴らしい出来映えで、商品というより作品と言いたいくらいで。
職人さんのことは、うっすらとしか……。
おおきな手が金色の細い編み針を持って、スイスイとレースを編み出してたわね。魔法かと思ったのよ。
あら。手元しか覚えてないわたしは薄情者なのかしら……。
「ずっとアプローチしてたつもりだけどねー、なんとゆーか、ジュディは恋愛を避けている風だったじゃん。俺の想いは募る一方だけどさぁ、好きだからってそれを押し付けるのも違うじゃん?」
酔ってる?
ラウロったら、さっきから酔ってるんじゃないの? だから妙なこと言いだしたんじゃあないの?!
ひ、一目惚れだとか、は、初恋だとか、好きだとか。
え?
なんでわたしうろたえているの?
「あー。かーわいぃ……真っ赤になっちゃってぇ……」
ラウロこそ顔が赤いわよ!
それにさっきから呂律が回ってないわよ!
あなた絶対に酔ってるわ! 自分がなにを言っているのか理解していないのよ!
「ねえ? 俺のこと、ビジネスパートナーとして信用してくれてるのは知ってるけど、異性としても信頼してほしいな」
「へ」
「俺、お買い得だと思うよ? いままでずーーーーーっと、ジュディのこと好きなの。きみ以外、いらないんだ俺。きみじゃなきゃ嫌だから、うっかり魔法使いになりそう」
「??? わたしのことが好きだと、魔法使いになる、の?」
どういう意味?
「そうなのよ。だって俺、どーてーなんだもん」
「???」
どーてーって、童貞のこと?
それと魔法使いの因果関係がさっぱり分からないわ!
「俺はねー、ぜったいきみを裏切ったりしないよぉ。だって俺も、もし彼女持ちってゆーか結婚していたらさぁ、ほかの誰かとどーにかなるって気持ち悪って思うもんっ」
“気持ち悪っ”に合わせて身震いまでして。
ちょっと動きがかわいい……かも。
「ハーレム願望なんて、微塵もないしぃ」
腕組みして考え込んで。
と思ったら、ひらめいた! とでも言いたげな顔になった。
「あ! でもジュディがいっぱいいたら嬉しいなぁ!」
は?
「かわいいジュディとぉ、ちょっと妖艶に俺を誘うジュディとかぁ、仕事中のキリッとしたジュディもカッコいいよね! ご飯食べてニコニコしてるときも愛らしいし! ジュディハーレムなら大歓迎だよ!」
なに言ってんのこいつ。もはや意味不明だわ。
「ラウロ。しっかりして」
「んー、だからね。結婚してほしいけど、それがきみの負担になるなら俺は嫌なわけ」
「え」
「俺がいっつも思っているのはね、ジュディがなんの憂いもなく笑顔でいてくれますようにってことなのね」
ラウロの瞳がとてもやさしくて……。なんだか泣きそうな気持ちになっちゃうじゃない。
「泣いていたら嫌だな。できればきみの笑顔を見ていたい。それが俺の隣ならサイコー! って思うけど、だからといって……結婚しなくても、いいんだ」
声までやさしい。
「ラウロは意気地なしなのね」
わたしが憎まれ口を叩くと、彼はニヤリと笑った。これ、商談のときの顔だわ。
「そうよぉ。片思い歴も長いからね。魔法使いの弟子状態だしね」
相変わらず“魔法使い”の意味合いは分からないけど、彼がわざと戯けているのは分かる。
「だからねジュディ。いっぱい話したい。きみのプライベートな話がしたい。なにが好きなのか嫌いなのか。きみの価値観を知りたいんだ」
「ラウロ……」
やさしい、人。
恋愛に怯えうずくまるわたしの隣で、一緒にうずくまってくれるような人。
「俺を、ちょっとだけ異性として意識してください。それと、プライベートの話をしてくれたら……嬉しい、です」
ラウロの真っ赤な頬と真剣な瞳。ちょっと緊張した表情。
ふと前夫からプロポーズされたときを思い出してしまった。
彼、言ったのよね。“きみのこと幸せにするから、結婚しよう”って。
あのときは感激してしまったけど、今思うとちゃんちゃら可笑しいわよね。なによ“幸せにする”って。
一方的な思慮で幸せになんてなれない。与えられるだけのものに意味なんてない。
比べて悪いけど、ラウロったら。ふふ。
結婚しなくていいけど、隣にいたいなんて……。お願いが控えめすぎるんじゃないの? いつもの商談のときのあなたはどこにいったの?
まったくもう。
こんなふうにお願いされたら、ほだされちゃうじゃない。
そうね。
ラウロの言うとおり彼を意識してみようかな。『ちょっとだけ』だけど。
「わたし、もう男に現を抜かしたりしないって誓ってるの」
「たいせつなことだ。いつでも自分をしっかり見据えるのは」
「なんにも相談してくれなくて、勝手に決められるのは嫌なの」
「親や教師じゃあるまいし、成人したおとななら対等にありたいのは普通の感覚だよね」
「記念日を、忘れてもいいから……そのときは素直に謝ってくれなきゃ納得できないわ」
「そりゃあ、そう……だ、ね……」
テーブルの上に置かれていたラウロの手に、そっとわたしの手を乗せてみた。
もうこの手は編み針を持たないのかしら。
指も爪も、わたしより一回りもおおきいのに繊細な作品を生み出していたのよね。不思議。
「ラウロとは、とても話しやすいし価値観も近い気がする」
「……うん」
さっきからラウロの目はわたしに触られている自分の手に釘付けね。
いつも饒舌なあなたは、どこに行ったの?
「もうレース編みはしないの?」
「え、や、たまに……考えごとし、ながら」
「わたしに似合いそうなストール、編める?」
「!」
あ。嬉しい。弾かれたようにわたしを見たわ。
彼の目が訴えている。
これはもしかして……期待してもいいの? って。
ふふっ。かわいいひと。
「世界に一つしかないのがいいな」
わたしは冷たくなってしまった彼の手をゆっくりと擦った。おおきな手。爪の先を丁寧に。
「編める。世界にひとつだけの特別な、ストール。作ったら、そのときは……」
彼の手をぎゅっと握る。
私の手はちいさいから、両手で。
そのままそっと持ち上げて、頬に押し当てた。
彼の目を見据えたまま。
「……ジュ、ディ……が、色っぽい……」
そんなに赤い顔して……震えているのはなぁぜ?
涙目のラウロなんて、はじめて見ちゃったわ。
うふふ。
※次話エイダ(愛人視点)
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