異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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33.「ほんとうに、大好きだよ……リラ」……‼

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「……リラ。ここで目を閉じたら、僕の思う壺だよ?」

 そう囁かれて、慌てて目を見開いた。
 目の前には苦笑するウィルフレード。黄水晶シトリンの瞳がいたずら小僧のように楽し気にきらめいた。

「奪って欲しかった?」

 何を、だなんて。
 その手の知識に乏しいリラジェンマにだって流石さすがに解る。
 この体勢は、仲睦まじく愛を語り合う男女の距離だということくらい。そして頬に手を添えられて目を閉じたら、くちづけを強請ねだることと同義なのだということくらい。

「……ウィルは奪いたいと、思ったの?」

 この胸の鼓動が聞こえるのではないかと思いながら、声を潜めて囁けば。

「質問に質問で返すなんて、リラは悪い子だな」

 ウィルフレードも同じ大きさの声で囁いてくれる。彼の指はゆっくりとリラジェンマの下唇をなぞった。

「……悪い子のリラは……きらい?」

 さらに声を潜めその瞳を覗き込み、重ねて問う。声が小さ過ぎて、聞こえなかったかもしれない。だが、その懸念は懸念のままだった。

「……大好きだ」

 リラジェンマと同じ音量で囁かれた言葉が彼女の耳をくすぐった。

 ウィルフレードの黄水晶シトリンの瞳が濡れたように輝いた。
 この瞳を見るたびに、どうしたらいいのかわからなくなる。
 胸の奥で小さなリラジェンマがジタバタと足掻いて騒いで右往左往しているのだ。
 苦しくて苦しくて。
 でも嬉しくて嬉しくて。
 二つの相反する気持ちを抱えてうずくまってしまいたいような、逆に大声をあげて走り出してしまいたいような。

「ほんとうに、大好きだよ……リラ」

 ゆっくり静かに。
 ウィルフレードの長い腕に抱き締められた。ウィルフレードの胸は広くて温かくて。
 温かいと思うのに、少し怖くて身体が震える。
 小さな溜息を溢したリラジェンマは身体の力を抜いてウィルフレードに寄り掛かった。
 ウィルフレードから感じる気配がキケンなもののようで逃げ出したくなる。
 でもこのまま、もっと近くに寄っていたい。この温かい腕の中にいたい。相反するふたつの気持ちに翻弄されながら、リラジェンマは彼の温かい胸に頬を寄せた。

(でも……“わたくしも”とは……言えないのはなぜなのかしら)

 リラジェンマの頭のすぐそばで、ウィルフレードが大きく深呼吸したようだった。

「……リラジェンマ王女殿下。さすがの僕も、理性が焼き付きそうデス」

 どこか棒読みのウィルフレードの声に、リラジェンマは小さく笑った。

「それは大変デスネ、ウィルフレード王子殿下。お水が必要かしら」

 あー、なるほどベニィ。君はよく耐えた尊敬する。そんな独り言を溢すウィルフレードに、リラジェンマは小首を傾げる。

 (ベニィって、誰だったかしら)

「あー可愛い……離したくない……でも神殿に行くって言ったし……」

 リラジェンマの髪に頬ずりをしつつウィルフレードが告げた。

「あ! 言ってましたね。神殿だともっとはっきりが視えるって」

 夢から醒めたようにきっぱりと身体を離すリラジェンマに、ウィルフレードは苦笑する。

「そりゃあ、嫌がられたらすぐ離れられるよう力は抜いていたけど……」

 そう言いながらウィルフレードはソファから立ち上がった。

「次からは……手加減いらないかな?」

 その瞳を甘く輝かせながら物騒なことを口走るウィルフレードは、やはり自分と器が違うのだなとリラジェンマは思う。
 すべてが活動限界ギリギリの彼女とは違うのだ。
 いつも余裕があり、先を見据えて動いている。

(“理性が焼き付きそう”なんて言っていたけど、ちゃんと制御できてるし)

 今もリラジェンマをエスコートするためにその手を差し伸べている彼は、先程まで見せていた何とも言えないキケンな雰囲気をすっかり消してしまっていた。

(これが年上の余裕って奴かしらね。それとも王族としてのプライド?)

 そう思いながら立ち上がろうとして……リラジェンマは動きを止めた。
 しまった。
 城内を歩き回って疲れた足を休ませたくて、靴を脱いでいたのだ。
 長いスカートの影に隠れて脱いだ靴がどこにあるのかわからない。

(こんな、子どもみたいなことをして! わたくしったら!)

 手を差し伸べているウィルフレードが怪訝な顔をし始めた。当然だ。彼の手を取れないで目を逸らすリラジェンマなど不審以外何物でもないだろう。

(察しの良いウィルにバレるのは時間の問題かも……)

「リラ? どうした?」

 察して貰うのはなかなかに恥ずかしい。子どものような真似をしていたなど。しかも問題解決には長いスカートを捲らなければならない。
 いっそこちらから暴露してしまう方がマシだとリラジェンマは覚悟を決めた。

「ウィル。ちょっと……靴が行方不明なの。後ろを向いて貰える?」

(結婚前の淑女が殿方に足を見られるわけにはいきませんからね!)

 例えその殿方が書類上では夫であっても、まだ世間一般でいうところの結婚式を終えていないのだ。国王陛下からも王妃殿下からも王太子妃として扱って貰ってはいるが、未だ同衾もしていないし!

 リラジェンマの葛藤に気がついたウィルフレードは、「あぁ……」と言いつつすぐさま彼女に背を向けてくれた。ちょっと笑われた気がしたがそれは無視する。
 その隙に長いスカートを少し持ち上げて、脱いだ靴の行方を捜す。同時に自分の爪先と踵を見てギョッとした。

 白い絹の靴下が赤い血で染まっていたのだ。両足とも。

(あー。慣れない靴で歩き回ったからマメが出来て潰れちゃったのかも。爪先は爪で隣の指を切った感じかしら……道理で痛かったわけね)

「リーラー。もう振り向いてもいい?」

「あ、はい……いえ、待って……」

 是でも否でもない、煮え切らない返事をうっかりしてしまったリラジェンマは、その後の騒ぎに後悔することとなった。

 くすくすと笑いながら振り返ったウィルフレードは、血が付いたリラジェンマの爪先を見て硬直した。そして血相を変えると同時にもの凄い大声をあげてバラデスを呼び、救急箱とハンナを所望した。

 聡い彼でなくとも理解できたリラジェンマの現状に、その後の執務室は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

 王太子の大声に反応して何事かと入室した騎士がスカートを捲り上げているリラジェンマに狼狽うろたえたが、その赤い爪先に気がつき、我先に医者だ、いや侍女頭のハンナさまを呼べと慌てふためき。

 リラジェンマを長い時間連れ回し歩き続けさせたせいだ、自分のせいだと文字通り這いつくばって謝罪するバスコ・バラデスと、取り敢えずスカートは戻そうとあたふたするウィルフレードと。

 騒ぎを聞きつけ到着したハンナたち侍女は、すぐさま男どもを部屋から追い出すとリラジェンマの靴下を脱がせ(おいたわしいと慄きつつ)、彼女の怪我の具合を確認し(両足ともっ⁈ と悲鳴をあげつつ)応急処置を施し医者の到着を待ちながら、『私がお爪の手入れを誤ったばかりにっ』と目に涙を浮かべて平伏し謝罪する侍女を、長く歩くことを想定した靴ではなかったせいだから、あなたのせいではありませんよと宥めつつ。

 その間、扉の外から大丈夫かというウィルフレードの呼び声と申し訳ありませんというバラデスの泣き声謝罪とが輪唱状態になり。

(……これぞまさしく、混沌カオスね)

 リラジェンマが自分の足の行状に気がついた時点で、冷静にハンナを呼べばここまでの大騒ぎにはならなかっただろうと推測できるだけに悔やまれた。

 到着した医者の「やかましいっ」という一喝が聞こえるまで、扉前の騒動と室内の侍女のすすり泣きは延々と続いたのだった。




-----------------------------
(こぼれ話)

護衛のヘルマン・ゴンサーレスは人払いされたあとに執務室に到着。扉前で待機していましたが、口下手なので騒ぎに参加できませんでした。でも幼馴染みふたり(ウィルとバラデス)を落ち着かせようとオロオロしていたところでお医者さんに一喝されました。

一番静かにしていたのに、一緒に怒られた可哀想な人です。
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