異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。

あとさん♪

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39.『些細な揉め事など迅速に治めなさい。王太子妃ならば』

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 ウィルフレードとのダンスを終えたリラジェンマは、多くの男性から囲まれ次のダンスをと申し込まれかけた。
 だが、彼女の背後に立ったウィルフレードが無言ですべて追い払った。どんな表情をしていたのかリラジェンマからは見えなかったが、剣呑な雰囲気なのは理解できた。なにより、撤退する男たちの恐怖に引き攣った顔が雄弁に物語っていた。

 笑いをこらえながらベネディクト王子がダンスを申し込めば、ウィルフレードはその手を叩き落としていた。

「兄上。悋気もほどほどになさいませんと。王太子妃ともあろうお方が社交ダンスをしないなんて許されませんよ?」

「ダメ。いまはまだ私が許さない」

「いつならお許しが?」

「……こどもが生まれたあとなら」

「おぉ! 早くても1年後! んーでも産後の肥立ちやらなにやらで、やはり2年は先の話ですね! ……僕と一緒だ」

 ニヤリと悪だくみを企んでいそうな笑みを見せる弟と、渋面で彼を見遣る兄。このふたりはとても仲が良い。

 彼らふたりのそんな様子に、リラジェンマに近寄ろうとする男たちは激減した。
 貴婦人たちとのお喋りは黙認されたので、リラジェンマはセレーネ妃とともに女性同士の歓談を楽しんだ。


 ◇


 リラジェンマは今、王族控え室でヴィルヘルミーナ王妃とともに休憩中だ。冷たい果実水で喉を潤せば、仄かな甘味が手や足の先まで染み渡るようだ。
 国王陛下は会場の国王席で重鎮たちとの密談中。
 セレーネ妃はベネディクト王子とダンスを楽しんでいる。
 ウィルフレードは先ほど側近のバラデスになにやら囁かれて席を外した。

「ひと悶着あっても余興になったのに。残念だわ」

 なかなか物騒なことを呟く王妃殿下に、リラジェンマは苦笑する。

「グランデヌエベの社交界の皆さまがたは、身の処し方をよくご存じ……ということですわね」

 ヴィルヘルミーナ王妃はリラジェンマの言葉を聞くと、そのうす紫の瞳を妖艶に輝かせて応えた。

「まぁ、そうね。ここ25年くらいでちゃんと躾けたから」

(えーと? それはつまり、おかあさまが、躾をしたと? 25年まえはひと悶着あったと?)

 そういえばヴィルヘルミーナ王妃は他国出身者だ。まだ若かりし頃この国に留学生として訪れ、国王ビクトール(当時は王太子)に見初められて結婚したのだと聞いた。
 貴族令嬢であったとはいえ、他国から嫁いだのだ。それなりの葛藤や摩擦、不安、軋轢、言葉の違いによる意思疎通の阻害。大変な道を歩んできたのだろう。

(だからこそ、おかあさまはわたくしに気を遣ってくださるのね。頼もしい姑さまだわ)


 舞踏会もそろそろ閉会かと思われた頃。
 王族控室に近衛騎士がウィルフレードを探して現れた。

「慌ただしいわね。どうしたの?」

「それが……殿下に『例の方』がいらしたが、行方不明になっているとお伝えしたいのですが」

「例の方?」

 訝し気な声をだす王妃。
 リラジェンマには心当たりがあった。

(まさか! ベリンダ?)

「例の方、とはウナグロッサからきた第二王女のこと?」

 勢い込んで尋ねたリラジェンマに、近衛騎士は表情を引き締めた。

「あ……はい! 迎賓館の客室にお通ししたのですが、いつのまにかお姿が見当たらず……抜け出したようです。殿下にご報告せねばと。王太子殿下はこちらにはいらっしゃらないので?」

「ウィルフレード殿下は今席を外してます」

 少し前に側近のバラデスとともに席を外して以降、まだ戻っていない。

(あれは……ベリンダがこの王宮に到着した旨を伝えにきていたのかも)

 そしてその『客人』が消えたと?

「バラデスは? バスコ・バラデスは第二王女の行方不明を知っていますか?」

「いいえ。彼も不在のため、指示を頂きたく……」

 そう言いながら、騎士の視線はリラジェンマとヴィルヘルミーナ王妃を交互に行き来する。
 どちらに指示を仰ぐべきか、計りかねているのだ。

「リラ。あなたが指揮を」

 そう言って微笑んだうす紫の瞳は言外に語った。

 王妃である自分の元にまで届けば大事おおごとになってしまう案件のように感じましたよ、と。

 確かに、察しの良い人間ならば零れ落ちた単語だけである程度理解してしまう。突然訪れたとはいえ、一国の姫を城内で行方不明にさせたなんて醜聞だ。
 それが国王クラスの人間の耳にまで入れば間違いなく大問題で国際問題となってしまう。事件と認定されるより前に解決させたい。

 王妃の表情と彼女の背後に視える八つの宝石が光る女神像がなかなかの迫力をもってリラジェンマに申し付ける。

『些細な揉め事など迅速に治めなさい。王太子妃ならば』

「では、御前ごぜん僭越せんえつながら。――警備責任者は騎士団長だったわよね。彼の元へわたくしを案内しなさい」

「はっ」

 リラジェンマの迷いのない指示に近衛騎士はホッとした様に低頭した。

(おかあさまはウナグロッサ出身であるわたくしのことも考えてこうしてくださったのだろうけど……キツネの総元締めからの愛の鞭ってやつかしら)

 甘やかすばかりの人ではないらしい。だがそれが王妃という立場の人間のあるべき姿だ。あのウィルフレードの実母だ。

「じゃあ、わたくしはそろそろ陛下と一緒に招待客たちをお見送りしないとね」

 そう言って笑顔で控室を退出した王妃の背中を見送り、リラジェンマは騎士の案内で警備責任者である騎士団長のもとへ急いで向かった。


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