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47.「リラ、君が謝る必要はない」……。
しおりを挟む自分の存在をあのように喜んでもらえるなんて思ってもいなかったせいで、逆に狼狽えてしまったのだ。ウィルフレードを落胆させたかったわけではない。
……ただ、動揺を見られたくなかっただけで。
「女は寝起きの顔を見られるのを良しとしませんわ。お察しくださいませ」
なんとか澄ましてそう応えると、リラジェンマのすぐ傍の席に着きじっと彼女を見つめ続けるウィルフレードは不満顔のまま物騒なことを言い出す。
「早くリラジェンマの寝起きを毎朝見たい」
「……っぐっ!」
飲み込みかけたサラダが喉に詰まった。給仕のために控えていたメイドの動きがピタリと止まったのが目の端に映る。
「毎朝毎晩見て、髪を撫でて、頬を撫でて」
「~~~っ」
慌ててコップの水を喉に流し込んだが、やっぱり喉に詰まる。羞恥で爆発しそうだ。
「抱きしめて眠って、朝一番に顔を見て『おはよう』って言って」
もはや食事など続けられない。ウィルフレードはなぜこれを真顔で言えるのか、リラジェンマには心底不思議である。彼は羞恥心を持っていないのでは、とさえ思う。
「君の髪に絡まって起きたい」
(なによそれは⁇⁈)
「莫迦ですか。戯言も大概になさいませっ」
「心の底から本気だっ! 君には解かるだろうっ?」
「解かるから言ってます! 莫迦ですね⁈ なんですか、その『髪に絡まって起きたい』って!」
「だってリラは髪の先まで清浄で触っているだけで気分がいいし気持ちいいし嬉しいし」
「あー! あー! もう! その辺で勘弁してくださいっ! みなが聞いてますっ!」
「聞かせている!」
「悪趣味っ!」
「悪くないっ。出来れば君を手の平サイズの小さなお人形にして持ち歩きたいくらいだというのにっ」
「今度は猟奇的っ!」
「え? どこがっ?」
「おふたかた。バスコ・バラデス卿がご報告申し上げたいと扉前で待機しております。お通ししてもよろしゅうございますか?」
ハンナの横槍が入らなければ、メイドたちに生温かく見守られながら延々と、どうしようもない会話を続けていただろう。
(助かったわ、ハンナ)
もっとも、その横槍を入れたハンナは彼らを温かく見守る筆頭でもあるのだが。
取り敢えず、リラジェンマは食事を終えた。
ウィルフレードは朝食を取りながら報告を聞くと言い、バラデスの入室を許可した。
「おはようございます。両殿下、ご体調が戻ったと聞き安堵いたしました」
現れたバスコ・バラデスは一目見てその不機嫌が分かった。
いや、笑顔ではある。
髪も衣服もきちんと整えうつくしく丁寧にお辞儀をするさまは、一級の官吏に相応しいそれである。
だが、視れば視るほど彼が不機嫌であるのが伝わってくる。
(今までこんなに感情を剥き出しにする人だったかしら)
「昨日一日、寝込んで悪かった」
ウィルフレードがマフィンを口に入れながら告げ、彼が不在だった昨日の出来事を報告させた。
バスコ・バラデスはこめかみに青筋を立てたままの良い笑顔で語った。
ウナグロッサ王国第二王女ベリンダ・ウーナの昨日一日の様子を。
「王妃殿下にもご協力をいただきまして、第二王女のための衣装を数々取り揃えさせて頂きまして、それをご本人にお選び頂きまして、数時間かけてお衣装選びに興じていらっしゃいまして」
王妃殿下にご協力? とギョッとしたリラジェンマであった。
そういえば彼女は服飾専門の商会のパトロンであり、自身もデザイナーとして名を連ねている。だが王妃殿下の扱うものはすべて一流、金額もそれに見合ったものになる。
(あの子ってば、他国で浪費する気なのかしら。まさか、その費用はわたくし持ちになるとか考えていないでしょうね? いいえ、考えていそうだわ)
招待客ならともかく、自分から押しかけて来ているのだ。かかった費用はすべてウナグロッサの父に請求しようと思いつつ、バラデスの話を聞く。
「王太子夫妻は外せないご公務がありますので、申し訳ないが本日のご面会は叶いませんとお伝えしたところ、その、なんと申しましょうか、えぇと……淑女が使うとはとても思えない単語で罵られまして……あぁ、妃殿下。そのようなお顔をなさらずともようございます。不条理な物言いを受けるのは官吏の常でございますれば」
(うん、こめかみに見える青筋は気のせいじゃなかったわ)
「それで?」
食後のお茶を飲みながらウィルフレードが先を促す。
「午後はベネディクト王子夫妻がお茶会に招いて下さいまして、第二王子宮へ赴かれました。……そしてあの方は、どうしたいのでしょうな!
王太子殿下の本当の花嫁は自分だと乗り込んできたくせに、よりにもよって、その弟であるベネディクト殿下に対し奉り、傍目には口説き落とすような雰囲気で話しかけておりまして。
なんと申しましょうか、えぇ、この際言わせていただきますが、側に控えながらも非常に不愉快になりまして。勿論、ベネディクト殿下もセレーネ妃殿下も満遍なく不愉快におなりのようでした」
(頭が痛い……)
先ほどからずっと感じていたバラデスの不機嫌さの理由はこれかと思うと頭痛とともに申し訳なさに苛まれる。異母妹の所業を聞けば聞くほど情けなさに泣きそうであった。
「とはいえ、一昨日の近衛騎士団詰め所でのあの方のご様子は既にお伝えしておりましたので、ベネディクト殿下にも不問にするというお言葉を頂いております。
夜には迎賓館にお戻り頂き、その後は館から出していません」
言葉の端々に、いかにベリンダが我が儘放題に振舞っていたのか伝わってきたので、身の回りの世話をした者たちもバラデスと同じように不愉快さを味わったに違いない。
「バラデス。あなたにも、迎賓館担当の者たちにも迷惑をかけましたね。ウナグロッサの者として代わりに詫びます」
異母妹が想定外に下品な行動をとっていたのだとこめかみを抑えつつ謝罪の言葉を述べると、バラデスも慌てたように畏まった。
「妃殿下、それは」
「リラ。君が謝る必要はない。第二王女の入国を許可した僕の責任だから」
バラデスの言葉の途中から被せるように、ウィルフレードが声を出した。
テーブルナプキンで口元を優雅に拭いながら。
「うん、今日の午後。会おう。会ってちゃんと話して帰国させよう」
持っていたテーブルナプキンをくしゃりと丸めると、どこか覚悟を決めた風情でウィルフレードが言った。
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(こぼれ話)
作中、バスコ・バラデスが“あの方は、どうしたいのでしょうな!”と憤慨したベリンダ王女の詳細を、別視点から語られる話があります。
拙作『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』
ベネディクト第二王子宮の侍女の目から見た隣国王女のようす。
併せてお楽しみ頂ければ幸いです。
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