結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって

あとさん♪

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6.嵐の前の、静けさならぬ不穏①

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 その晩、王家主催の舞踏会が王宮で行われていた。
 この日の舞踏会の主目的はリラジェンマ王太子妃殿下の存在を国内の貴族たちへ知らしめること。
 ルチアのあるじベネディクト第二王子夫妻も出席しているが、隣国から来てくれた姫君に対し、ヌエベ王家は諸手を挙げて歓迎していることを周知させるのだと言って、なんだかノリノリで出かけていった。

 深夜。
 ルチアはあるじ夫妻がそろそろ帰宮する頃合いかと、玄関ホールわきの控室で待機していたのだが。

 ぷつん、と。

 なにかがぎって行ったのに気がついた。
 かは分からない。けれど、確かになにかに触れられたのを感じた。
 そう思ったのはルチアだけではなかったらしい。
 同じ部屋に待機していた侍女頭もなにかに気がつき怪訝な顔をして、ルチアと視線を合わせた。
 ふたりで『なにがあったのか』と口を開こうとした矢先に、宮の奥の方から赤子の泣き声が響いた。

「ルイ殿下……?」

 夜泣きにしては、玄関さきの控室にまで響く泣き声なんて珍しい。いったいどうしたことなのか。

「殿下の夜泣きにしては……怖い思いをしたような泣き声ですわね……」

 侍女頭が怪訝そうな声で言った。
 彼女は経産婦ですでに成人した子どももいる。子育ての経験値がそれなりの彼女は、赤子の泣き声でその気持ちを推し量っている。

「そう、ですね。なんか……いつもの甘えた泣き声とは違う、ような……」

 ルチアはルイ殿下の専属ではない。
 けれど毎日の生活の中で、殿下の遊び相手をしたり、彼がひとりになったりしないよう遠くからそれとなく見守ったりするのは、この宮に勤めている全員がしていることだ。いつもの泣き声と違うことはすぐにわかった。夜泣きのときの泣き声は、もう少し甘えたような雰囲気というか……。
 ルチアは静寂の中聞こえる赤子の泣き声に不安になり立ち上がった。
 とはいえ、殿下の周りには専属の乳母やメイドが控えている。ほどなくしてルイ殿下の泣き声は止んだ。

「殿下が泣く前に、なにか不穏な気配も感じませんでしたか?」

 ルチアの問いに、侍女頭は眉根を寄せた。

「……そういえば。ルチアもあのなんとも言えない嫌な気配を感じましたか」

「はい。殿下もあの妙な気配に気がついて泣かれたのでは……」

「精霊の知らせ、かもしれませんね。なにごとも無ければよいのですが」

『精霊の知らせ』とは、精霊たちが生きている人間に未来で起こるよくない出来事を知らせる事象だと、古くから言われている。
 実際、なにがあって殿下が突然泣き出したのかは分からなかった。
 けれど、この日の不穏な気配は宮にいるだれもが感じたことだった。


 ◇


 いつもの舞踏会よりも遅い時間になってから、ベネディクト王子夫妻は帰宮した。舞踏会終了間際になにやらアクシデントが発生したらしい。

「アクシデント、ですか」

 ルチアが敬愛するセレーネ妃のお着替えを手伝いながら問えば、彼女は申し訳なさそうに答えた。

「そうなの。そのせいでグスタフは舞踏会の会場に残っているわ。近衛騎士団はいま大騒ぎになっていて、大変そうだったわ」

 セレーネ妃は眉尻を下げた。

「グスタフは近衛全体を再編成するメンバーなっているから……また、ルチアから旦那さまグスタフを遠ざけてしまったわね」

「いえ、セレーネさまがお気になさることではありません!」

 敬愛するあるじにルチアのプライベートごときで気を揉ませるなんて、侍女として失格ではないか!
 それ以前に、彼女が自分の悩みを知っているなんて恥ずかしい。

「それより、近衛が大騒ぎとは……不審人物の侵入でもありましたか」

 ルチアから話題を避けるために口にした問いは、セレーネ妃を少し戸惑わせた。
 小首を傾げ、溜息をつきながらセレーネは言う。

「どうやら、不審人物が王宮の庭園に迷い込んだらしくて……」
「逮捕されましたか?」

 不審人物が庭園に隠れ潜むなど由々しき事態である。
 そんな不届き者はちゃんと捕まっているのかと再度問えば、セレーネ妃はなんとも歯切れの悪い返答をした。

「逮捕……されたらしいんだけど……保護? と言ったほうがいいのかしら」
「保護? ……子どもが迷い込んでいたのですか?」

 子ども、あるいは森の獣でも迷い込んだのだろうか。そう思いながらルチアが問えば、セレーネ妃も戸惑いながら返答してくれた。

「隣国ウナグロッサの第二王女殿下だったらしくて」
「――は?」
  
 隣国の、王女殿下?
 それも第二王女?
 それはつまり、リラジェンマ妃殿下の妹姫ということではないか?
 それが我が国の王宮の庭園に隠れ潜んでいたと?

「どうも、だいぶ型破りなお姫さまらしくて」
「――」

 他国の王女殿下が訪問されているという情報はなかったが、来ているとしたら滞在場所は迎賓館になるだろう。迎賓館の裏から広がる庭園はかなりの規模だ。あそこの庭はちょっとした森と言っても過言ではなく、夜はたいそう怖い場所になると思うのだが……。
 そう思ってルチアは二の句が継げぬ状態になってしまった。

「招待してもいないのに押しかけて来たらしくて」
「はぁぁぁぁ?」




┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
※こぼれ話
今回出てきた『精霊の知らせ』ですが、拙作『異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。』の44話で王太子がかけた術のせいです。
第二王子宮は王城内にある建物のため、術の有効範囲内でした。
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