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23.平常心と自制心と結婚記念日①
しおりを挟むホテルの支配人の案内で通された部屋は広い主寝室と居間と応接室とバスルーム、それに使用人の泊まる部屋まで兼ね揃えた立派なお部屋だった。
一泊にかかる金額も分からない豪華なお部屋に自分がいることがまず信じられない。
粗忽者の自分をよく知っているルチアには、とても落ち着くことができない部屋である。
汚したらどうしよう? とか、備品を壊してしまったらどうしよう? とか。心配ごとが尽きない。
(意識を変えよう……セレーネさまのお供、いやお使いで来たと思って……ここの内装とか調度品をよく覚えてセンスを磨くのよ。勉強するために来たのよ。うん、そういうことにする! いまはせっかくの機会なんだから堪能しよう!)
深呼吸を一度。
そして改めて、すべてのお部屋探検へと意識を切り替えた。
どのお部屋も豪奢な内装で彩られながらも品があり、もちろん埃ひとつ落ちていない。
そこここに花がうつくしく活けられ、居間のテーブルにはウェルカムドリンクと軽食が揃えられてと、おもてなしにも隙がない。
ついついあちこち見て回りながら『ここの使用人、できるわ!』とルチアの職業意識が高まった。
使用人用の部屋に至ってはミニキッチン(こまごまとした備品付き)まで設置されており『ここならわたし、仕事しやすいんじゃ?』とまで考えてしまったルチアであったが。
「おいで」
ルチアがあちこちの部屋を探検して回った後ろをくすくすと忍び笑いしながら追っていたグスタフ。
彼に手を引かれ足を踏み入れたのは寝室。その広いベッドの上にはピンクの薔薇の花が捲かれており、なんともムード満点で逆にルチアは緊張してしまった。
(へ、平常心、へいじょうしん……)
グスタフはあれこれ煩悶するルチアの手を引いたまま寝室の中を横切り、バルコニーへ出られる大きな窓を開けた。
そしてそのままバルコニーに出る。
(あれ……? えーと? ベッドへ直行ってわけじゃないのね)
ホッとしたというか、ちょっとだけ肩透かしというか。
外へ出れば王都の街並みが一望できた。
遠くには王城の灯りが見える。
空は群青色の夕闇に押しつぶされ、星が瞬き始めていた。
「寒くはないか」
バルコニーの欄干に手を置いたグスタフが、ルチアに声をかける。
ルチアはデル・テスタ家で着させられた白いドレス姿のままだ。半袖だし、ルチアの華奢な首元が晒されるデザインのドレスなので、このまま夜空の下に居続けたら寒くなるかもしれない。
とはいえ、いまはさほど寒さを感じない。
「だいじょうぶ。平気……」
なにも考えずにそう答えたあと、ルチアは己の迂闊さに気がついた。
(しまった! ここは『すこし寒いかな』とか言って密着するチャンスじゃん! みすみすそのチャンスを捨てるなんてわたしのバカ馬鹿ばかっ!)
だいじょうぶと答えてしまったら、グスタフの素敵筋肉(筋肉は温かい)に温めてもらう機会がなくなるではないか!
ここ最近、顔を見ることさえ稀だったグスタフとやっと一緒にいられるのに!
自分で自分へのご褒美タイムを逃すなんて、迂闊にもほどがある!
「そうか……でも、寒そうに見えるから……これ……」
ルチアの動揺に気がついているのか分からないが、グスタフは自分の近衛の制服を脱ぎ、彼女の肩にかけてくれた。
肩にずしりと乗った制服に残っていた彼の体温とフレグランスが、ルチアの身体を包み込む。
(わたしの儚げに見える外見、今だけはよくやった! ナイスリカバリー!)
ルチアにとって近衛隊の制服は物理的に重いし大きい。もともと頑丈な布地で作られているうえに、モールやら金ボタンやらあちこちに飾りが付いていたりするから。
袖なんて、ルチアが腕をとおしても指の先しか出ないくらいだ。
グスタフとの腕の長さの違いにドキドキする。そしてその温かさに、違う意味でドキドキする。
思い起こせばいつもいつも、ルチアはグスタフのやさしさに包まれている。
枕元に飾られたピンクのガーベラ。
さりげなく奪われるルチアの荷物。
肩にかけられた制服。
(あぁ、そうだ。ちゃんとお礼言わないと)
グスタフはいつもルチアを気遣ってくれていた。
ルチアはそのやさしさに甘えてばかり。
それではだめだ。
ルチアは決心したではないか。
もっと夫を労わり彼を癒せるような、そんな妻にならなければいけないと。
彼から貰ったやさしさや温かさをお返ししなければ!
「グスタフ」「ルチア」
お互い同時に呼びかけてしまい、驚いて顔を見合わせる。
グスタフの瞳が一瞬見開かれた。
その瞳はルチアと視線を合わせたまま、とろんと柔らかな微笑みに変化した。
(あぁ、好きだなぁ)
「こんなこと、前にもあったな」
やさしく笑うグスタフが好き。ルチアは素直にそう思った。
「タイミングが合っちゃうんだね」
もっと近づきたい。触れたい。
一歩。あと一歩だけ。
「ルチア。先に謝らせてくれ」
ルチアの目の前でグスタフは頭を下げた。
「すまなかった。俺のせいでルチアが要らぬ苦労をした」
要らぬ苦労とはなんだろう?
ルチアには覚えがなくて首を傾げるしかない。
「お義父上たちには昼間謝罪したが……俺が、その……どうにも臆病で……悲観的で……そのせいで、本当にすまない」
「罠にかけたっていう、あれのこと?」
グスタフは首肯く。
「俺は、どうしても物事を最悪なほうへと、考えてしまう癖があって……職業柄もそうだが、そもそも後ろ向きな性格だから。だからこそ、いつも前向きなルチアが眩しいし好ましい」
グスタフはいつの間にかルチアの前に跪いている。
「いつも最悪を想定し……最悪の事態にならないためにどうすればいいか。最悪の事態に陥ったらどう対処すべきか。そんなことばかり考えていた」
グスタフは語る。
運よく武門の誉れである伯爵家に引き取られたが、ここを捨てられたらどうしたらいいのだろう。
武芸の才を認められたが、怪我でもして動けなくなったらどうしたらいいだろう。
いつもいつも考えは後ろ向き。
捨てられないために武芸に励んだ。
怪我をしないためにも、よりいっそう身体を鍛えた。
ひとに嫌われないよう、マナーを覚え勉学に励んだ。周囲の期待に応えるよう行動してきた。
自分に課せられた義務をまっとうすることばかり考えていた。
だから将来に明るい展望を抱いたことなどなかった。
だがルチアは違う。
臆病な自分とは、違う。
ルチアは自分の目標のために勉強する。
大好きな妃殿下のそばにいたいから、全力でマナー講習に臨む。
行動の原動力が、そもそも違うのだ。
眩しいと思った。
そして次に欲しいと思った。
ルチアがそばにいれば、自分も前向きに行動しようと思えるようになった。
「だからルチア。だまし討ちみたいに結婚してしまったが……俺は、結婚したことには……我ながら上手くやったなと思ってた。後悔してない。後悔してるとすれば、ちゃんとした手順を踏んで結婚して、みんなに周知させる結婚披露をしなかったこと、だ。ほんとうに、すまなかった」
「グスタフ、もういいよ。何度も謝らないで。それに、披露パーティーは今日やったからいいじゃん」
「あぁ。デル・テスタ夫人のお陰だ」
「もうお義母さんって呼んでいいんだよ?」
そう提案すれば、グスタフはやっと愁眉を開いてくれた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
次話 ラスト!
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