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番外(辺境伯と愛妻の他愛ない日々)
小話・狼殲滅の話
しおりを挟む「つまり、俺への愛が原動力、と」
「あぁぁぁぁぁぁ、もぉ言わないで~~~っ」
ニヤニヤしながら夫が言えば、妻は顔を隠して丸くなった。
丸くなってベッドの上を転げまわる愛しい妻を捕まえたウェンリーは、よしよしと彼女の頭を撫でる。
「で? 大変だったんじゃないのか? 狼は頭がいいだろう?」
ウェンリーが水を向ければ、パトリシアはガバリと音がしそうな勢いで顔をあげた。
「たいへんだったよ! 特に狼王が! 彼のせいで、他の奴も並みの罠には引っかからないんだ! 罠の上にう〇こまでして、とんでもなくこっちを馬鹿にしやがるんだよっ。腹立つなんてもんじゃなかったね!」
興奮して話し始めた妻は、夫の膝の上に乗り上げている自覚があるのかどうか。
どちらにしても、生き生きと話し始めた妻の顔を、にこにこと見詰める夫は幸せそうである。
「それでね、やつらの行動パターンを分析してね……」
狼は集団で行動する。
狼王と名付けた群れのリーダーが利口過ぎて、人間の仕掛ける罠など簡単に突破してしまう奴らだったが、復讐に燃えるパトリシアは諦めなかった。群れの足跡を丹念に追い、生態を事細かに調べ尽くした。彼女のその姿勢は、次第に周囲の大人たちをも巻き込み、周辺の村々上げての一大事業になった。
もともと牧羊を主にした地域だったので、狼被害は他人事ではなかったのも大きい。
パトリシアの調査により、狼王の群れの中で、彼より前に出ても許されている存在を見つけた。狼王の番の白い雌狼だった。ブランと名付けた雌を捕えることを優先し、それに一年以上費やした。
念願叶いブランを捕まえ、彼女をエサに狼王を打ち取った時、パトリシアは達成感と共に奇妙な喪失感も覚えた。
罠を張り、それを突破される生活を続け、勝手にも狼王に対して戦友じみた想いを抱いていたのだ。
目標が達成されたことは嬉しかったが、それと同時にもう狼王に出会えないと虚しくなった。群れのリーダーを失った残りの狼たちを討伐するのは、思ったより簡単だった。
「狼王の巣穴には仔狼が居たんだ。彼らを保護して犬の乳母に預けた。狼と犬を交配させて、より強く従順な仔を繁殖してる、はずなんだ……」
辺境から王都へ赴くより余程近い距離にあるが、もう帰ることはないと決めたオグロ侯爵の領地。
幼きパトリシアを育んだ彼の地は、自然が豊かで、人が温かく、なによりもウェンリーと出会った地であった。
「オグロ領に手紙を出して、交配した狼王の仔を、いまなら孫の代になっているかな? 引き取るか?」
黙ってしまったパトリシアの頬を撫でながら、ウェンリーは提案する。
「狼の仔なら力も強い。ソリを引ける」
「犬ゾリ、ってこと?」
「馬より寒さに強い。役に立つ」
辺境の地デナーダの冬は雪に閉ざされる。冬場は馬車よりも犬ゾリの方が主流である。力の強い犬は重宝される。
「手紙、出してもいいのかな」
「俺との連名で出せば、問題あるまい?」
辺境伯の為すべき仕事は数々あるが、その優先順位上位に『妻の憂いを払う』という項目があるのは公然の秘密である。
知らぬは妻ばかりである。
「賢い狼王でさえ、伴侶を質にされたら冷静な判断が出来ず狂うのだな。俺にとってのブランはお前だ。絶対、俺以外の手に落ちるなよ?」
「ふふっ、分かってるよ」
軽口を、とパトリシアは笑うが、ウェンリーとしては本音だ。
そして妻が笑うことが、夫としての至上命題だと思っていることも。
※参考文献『シートン動物記“狼王ロボ”』
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