6 / 7
番外(辺境伯と愛妻の他愛ない日々)
小話・父の絵の話
しおりを挟む
「この絵……ウェンに似てる……」
「うん。俺の親父。会う前に死んじまったから、よく知らん」
パトリシアは傍らに立つ夫・ウェンリーを見上げた。絵の中で微笑む若い男性とよく似通った面差し。違うのは瞳の色くらいか。絵の中で微笑む男性の方が、今の夫よりもだいぶ若く、線も細いが。
その絵が飾られている部屋は、辺境伯の城の一室。
前辺境伯夫人が生前愛した彼女の息子の部屋だという。
「俺の親父って人は、メイドと恋仲になって駆け落ちした人なんだって」
なんでも、恋仲となったメイドは下町から出仕していた平民で、母親である夫人に結婚を反対された挙句の駆け落ちだったらしい。
ひとり息子の出奔に、前辺境伯は怒り狂ったが、すぐ冷静になり行方を追った。
方々探してやっと掴んだ手掛かりを頼りにオグロ領まで遥々訊ねた。
オグロ領のその地方は、メイドの親が元々住んでいた土地だったとか。
探し求めた息子はその時既に鬼籍。残されていたのは元メイドと、彼女が生んだ息子の忘れ形見。夜逃げ同然に引き取られたという。
「つまり、ウェンは、養子とはいえ、正統な嫡子ってことだよね」
「じいさまの養子になっただけだからな。公には辺境伯家の長男に息子がいたなんて記録はないし」
彼が辺境伯の孫だという決め手は、その似通った容姿と状況。
「だから、まぁ、おふくろが他の男と懇ろになって出来たのが俺って疑いもあったわけでな」
王都で嫌がらせの偽情報をバラまいていた件の男爵は、その線を捨て切れなかったらしい。生前の前辺境伯に可愛がられていたのは自分だから、自分が養子となり次の辺境伯位を継げるだろうと踏んでいた。ウェンリーを恨んでいるという証言があちこちから聞き取れた。
「やっぱりわかんない。自分が伯爵位を継ぎたかった、っていうのまでは分かる。だからって、王都で悪口言って何になるの? 悪い噂を王様に聞かせて、王様がなんとかしてくれるって思ったのかな」
「思ってたのかもな」
「馬鹿なんだね」
「だから、じいさまも奴を養子にしなかったんだよ」
「なるほど」
そのじいさまこと、前辺境伯は先の戦で受けた傷が元になり戦死した。夫を亡くし、未亡人となった夫人はウェンリーの教育に力をいれた。傍らにはウェンリーの母親がまるで腹心の如く付き従った。
「え? 結婚を反対されて駆け落ちしたんだよね? なのにおばあさまとおかあさまは、仲が良かったの?」
「悪かったよ。いつも口喧嘩していた。でもこの部屋でよくふたりでお茶していた」
この部屋の壁に飾られた一人息子の絵を眺めながらお茶をする時間を、前夫人はこよなく愛していたという。
傍らには、きっちりとメイド服を着こみ給仕したウェンリーの母親。
彼女は死ぬまで一使用人という態度を貫いたという。
憎まれ口を叩きながら、息子の嫁に給仕させている夫人の姿が目に浮かぶようだった。
そして淡々と仕事をしながら女主人に仕えたウェンリーの母親。
「仲悪かったくせにな、俺の出生に関しておふくろの悪口を聞いた日には、ばぁさまはそいつを城から叩き出して。“ウェンリーの母親を悪く言う人間は誰です?”って怖かったなぁ~」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「そうか? こども心に険悪な雰囲気を感じて怖かったぞ?」
どうやら夫人は“自分の息子の嫁”を認めるのは業腹だったが、“自分の孫の母親”を貶されるのも我慢ならなかったらしい。
「おかあさまたちは、今は……」
「ふたりとも、感冒が流行ったとき、相次いで逝った。仲悪かったくせに、死ぬときは一緒なんてふざけてるよな」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「……そうかもな」
死ぬまで一使用人として城に仕えたウェンリーの母親だったが、彼女は辺境伯家代々の墓地に埋葬された。
地方の教会からこっそりと移動させたウェンリーの父親の墓の隣に。
そして彼の墓を間に挟むように、前夫人の墓もある。
すべて、前夫人の遺言である。
「うん。俺の親父。会う前に死んじまったから、よく知らん」
パトリシアは傍らに立つ夫・ウェンリーを見上げた。絵の中で微笑む若い男性とよく似通った面差し。違うのは瞳の色くらいか。絵の中で微笑む男性の方が、今の夫よりもだいぶ若く、線も細いが。
その絵が飾られている部屋は、辺境伯の城の一室。
前辺境伯夫人が生前愛した彼女の息子の部屋だという。
「俺の親父って人は、メイドと恋仲になって駆け落ちした人なんだって」
なんでも、恋仲となったメイドは下町から出仕していた平民で、母親である夫人に結婚を反対された挙句の駆け落ちだったらしい。
ひとり息子の出奔に、前辺境伯は怒り狂ったが、すぐ冷静になり行方を追った。
方々探してやっと掴んだ手掛かりを頼りにオグロ領まで遥々訊ねた。
オグロ領のその地方は、メイドの親が元々住んでいた土地だったとか。
探し求めた息子はその時既に鬼籍。残されていたのは元メイドと、彼女が生んだ息子の忘れ形見。夜逃げ同然に引き取られたという。
「つまり、ウェンは、養子とはいえ、正統な嫡子ってことだよね」
「じいさまの養子になっただけだからな。公には辺境伯家の長男に息子がいたなんて記録はないし」
彼が辺境伯の孫だという決め手は、その似通った容姿と状況。
「だから、まぁ、おふくろが他の男と懇ろになって出来たのが俺って疑いもあったわけでな」
王都で嫌がらせの偽情報をバラまいていた件の男爵は、その線を捨て切れなかったらしい。生前の前辺境伯に可愛がられていたのは自分だから、自分が養子となり次の辺境伯位を継げるだろうと踏んでいた。ウェンリーを恨んでいるという証言があちこちから聞き取れた。
「やっぱりわかんない。自分が伯爵位を継ぎたかった、っていうのまでは分かる。だからって、王都で悪口言って何になるの? 悪い噂を王様に聞かせて、王様がなんとかしてくれるって思ったのかな」
「思ってたのかもな」
「馬鹿なんだね」
「だから、じいさまも奴を養子にしなかったんだよ」
「なるほど」
そのじいさまこと、前辺境伯は先の戦で受けた傷が元になり戦死した。夫を亡くし、未亡人となった夫人はウェンリーの教育に力をいれた。傍らにはウェンリーの母親がまるで腹心の如く付き従った。
「え? 結婚を反対されて駆け落ちしたんだよね? なのにおばあさまとおかあさまは、仲が良かったの?」
「悪かったよ。いつも口喧嘩していた。でもこの部屋でよくふたりでお茶していた」
この部屋の壁に飾られた一人息子の絵を眺めながらお茶をする時間を、前夫人はこよなく愛していたという。
傍らには、きっちりとメイド服を着こみ給仕したウェンリーの母親。
彼女は死ぬまで一使用人という態度を貫いたという。
憎まれ口を叩きながら、息子の嫁に給仕させている夫人の姿が目に浮かぶようだった。
そして淡々と仕事をしながら女主人に仕えたウェンリーの母親。
「仲悪かったくせにな、俺の出生に関しておふくろの悪口を聞いた日には、ばぁさまはそいつを城から叩き出して。“ウェンリーの母親を悪く言う人間は誰です?”って怖かったなぁ~」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「そうか? こども心に険悪な雰囲気を感じて怖かったぞ?」
どうやら夫人は“自分の息子の嫁”を認めるのは業腹だったが、“自分の孫の母親”を貶されるのも我慢ならなかったらしい。
「おかあさまたちは、今は……」
「ふたりとも、感冒が流行ったとき、相次いで逝った。仲悪かったくせに、死ぬときは一緒なんてふざけてるよな」
「やっぱ、仲良かったんだよ」
「……そうかもな」
死ぬまで一使用人として城に仕えたウェンリーの母親だったが、彼女は辺境伯家代々の墓地に埋葬された。
地方の教会からこっそりと移動させたウェンリーの父親の墓の隣に。
そして彼の墓を間に挟むように、前夫人の墓もある。
すべて、前夫人の遺言である。
66
あなたにおすすめの小説
カモフラージュの恋
湖月もか
恋愛
容姿端麗、文武両道、しかも性格までよし。まるで少女漫画の王子様のような幼馴染な彼。
当たり前だが、彼は今年も囲まれている。
そんな集団を早く終わらないかなと、影から見ている私の話。
※あさぎかな様に素敵な表紙を作成していただきました!
婚約破棄から~2年後~からのおめでとう
夏千冬
恋愛
第一王子アルバートに婚約破棄をされてから二年経ったある日、自分には前世があったのだと思い出したマルフィルは、己のわがままボディに絶句する。
それも王命により屋敷に軟禁状態。肉塊のニート令嬢だなんて絶対にいかん!
改心を決めたマルフィルは、手始めにダイエットをして今年行われるアルバートの生誕祝賀パーティーに出席することを目標にする。
“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件
大井町 鶴(おおいまち つる)
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。
彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。
(ひどいわ……!)
それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。
幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。
心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。
そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。
そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。
かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。
2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。
切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。
【完結】初夜の晩からすれ違う夫婦は、ある雨の晩に心を交わす
春風由実
恋愛
公爵令嬢のリーナは、半年前に侯爵であるアーネストの元に嫁いできた。
所謂、政略結婚で、結婚式の後の義務的な初夜を終えてからは、二人は同じ邸内にありながらも顔も合わせない日々を過ごしていたのだが──
ある雨の晩に、それが一変する。
※六話で完結します。一万字に足りない短いお話。ざまぁとかありません。ただただ愛し合う夫婦の話となります。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中です。
【完結】大好きな彼が妹と結婚する……と思ったら?
江崎美彩
恋愛
誰にでも愛される可愛い妹としっかり者の姉である私。
大好きな従兄弟と人気のカフェに並んでいたら、いつも通り気ままに振る舞う妹の後ろ姿を見ながら彼が「結婚したいと思ってる」って呟いて……
さっくり読める短編です。
異世界もののつもりで書いてますが、あまり異世界感はありません。
俺の可愛い幼馴染
SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。
ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。
連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。
感想もご自由にどうぞ。
ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる