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あとさん♪

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公爵閣下は妻の不在に気がついた

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「そういえば、なぜオフィーリアが出迎えない? オフィーリアはどうした?」

 ウィリアムが宮廷で宰相たちと激論を交わし、心身ともに疲れ果ててシャーウッド公爵家に帰ったとき。
 いつもなら出迎えるはずの妻がいない。
 不思議に思い執事に尋ねようとしたら、その有能な執事スチュアートもいない。
 いるのは気の利かない第二執事のドース。

「公爵閣下。奥さまはご不在です。ここ一週間ほど」

「――は?」

「奥様はこの公爵家の王都邸宅にはいません。若君たちを伴ってお出かけになられました」

 ドースは顔色も変えず、淡々と返答する。
 彼は木で鼻を括ったような返答しかしないから不愉快だ。

 しかし、妻が一週間もまえから不在だとは。
 ウィリアムはまったく気がつかなかった。
 宮中の仕事が忙しいと、どうしてもプライベートはなおざりにならざるを得ない。とはいえ、彼が王宮で忙しく働いている間、公爵家を守るのは公爵夫人たるオフィーリアの役目である。主人のウィリアムに断りもなく出かけるとはいかがなものか。それも、息子を連れてなど……。

「オフィーリアめ……。いったいどこを遊び歩いているんだ」

 釈然としない心持ちで、ウィリアムは着替えのための人員を手配するようドースに命じた。
 これが筆頭執事のスチュアートならば、わざわざ命じなくともすべて手配済みだと思い返せば、やはりドースは『第二執事』でしかないのだなとウィリアムは納得する。

 そういえば、邸内がそこはかとなく暗い。
 掃除が行き届いていないのか埃っぽい。
 女主人がいないと邸内が荒れるというが、やはり公爵夫人不在という事実が使用人たちにも伝わるものらしい。
 この邸内にはシンシアもいるが、彼女が女主人代行として采配を揮うのはまだ無理だ。シンシアは聡明な娘ではあるが若すぎる。その娘の教育も公爵夫人オフィーリアに任せた仕事のはずなのに、それらを放棄して遊び歩いているとはけしからん。

「……おとうさま……」

 そのシンシアが泣き腫らしたような赤い目でウィリアムを出迎えた。

「やはり、わたしがこのお屋敷に来たから、奥さまは出て行ってしまったのでしょうか」

「あぁ、可愛いシンシア。そんなに泣いてはいけない。その大きな瞳が零れ落ちてしまうよ」

 ウィリアムはシンシアを慰めると、彼女に宛てがった客間へ連れていき寝かしつけた。
 愛らしい娘シンシア。ウィリアムと同じ金髪の彼女はつい一週間まえにこの邸に連れてきたのだが……。

(ん? 一週間まえ?)

 ウィリアムはやっと気がついた。シンシアを連れてきた時期と、妻が出かけた時期が同じだということに。


 ◇


 ウィリアムとオフィーリアはよくある政略結婚だった。
 彼女が十八歳のときシャーウッド公爵家に輿入れした。
 オフィーリアは艶やかなブルネットの髪がうつくしく、楚々として可憐で儚げな美少女だった。
 それが、いつのまにか主人のいない間に遊び歩くような性悪な女になってしまった。
 とはいえ、彼女は公爵夫人としての義務を最低限果たしている。

 嫡嗣を生むこと。

 オフィーリアはウィリアムと同じ金髪の息子をふたりも生んでくれた。
 長男嫡嗣次男スペア。その次には娘も生んだ。完璧だ。

 端的に言ってしまえばそれさえ勤めてくれれば、あとはどうしようと勝手である。世間ではそんな貴族夫人はあたりまえにいる。
 だがウィリアムはオフィーリアに公爵夫人としての社交と同時に、広大な領地経営も任せていた。
 本来はウィリアムが監督すべきではあるが、彼には元老院議員としての公務がある。領地経営などいちいち付き合っている暇はないのだ。
 幸いオフィーリアを代理に立てても問題なく、領地の代官からは収益が上がっている報告が来ている。年に一度、それらの報告をまとめて聞くのがウィリアムの常であったのだが。

 たった一週間オフィーリアが不在にしている間に、代官から面倒な指示を仰ぐ手紙が来てウィリアムを悩ませる。
 いつの間にか優秀な使用人はいなくなり、邸宅に残されているのはドースを始めとする使えない者ばかりになった。彼らはいちいちウィリアムに指示を仰ぐので面倒くさいことこのうえない。

(私は元老院議員なんだぞ? 国政に係わる身のうえにもう少しで議長の地位に手が届く今、些末なことに煩わされている暇などないというのに!)

 今いる使用人ときたら、着る服の種類から晩餐のメニュー、冬装備の支度にまでウィリアムの指示を待つのだ! 待たないと動けないのだ!
 あいかわらず邸内は暗いし埃っぽいし、掃除ひとつ満足にできない愚か者ばかり。
 使えないにもほどがある!

(せめてスチュアートがいれば邸内のことは任せられたものを!)

 その有能な筆頭執事ときたら、オフィーリアと息子たちに付き添っているのだと聞いて目を剝いた。いったいオフィーリアはどこにいるのだ。
 ほとほと困り果てたウィリアムは、オフィーリアの行方を探させたのだが――。

 仕事を命じたのが使えない第二執事のドースだったせいかオフィーリアの行方は杳として知れず、ウィリアムが妻の所在地を知ったのは居場所を探させてから一ヶ月以上も経過してからになってしまった。


 ◇


 ウィリアムがなんとか議会の合間を見繕って出向いた先は、王都とシャーウッド公爵領との中間地点にある閑静で小さな街。そこのこぢんまりとした邸宅にオフィーリアと息子たちが滞在していると知ったウィリアムはわざわざ出向いてやったのだが、玄関先で阻まれた。

(おまえはどうして執事ヅラして私を押し留めているのだ⁈)

 シャーウッド公爵家の筆頭執事であるはずのスチュアートは、公爵家の邸宅ではない場所でウィリアムを前に一歩も引かない構えで冷たく言い放った。

「奥さまはご不在です。本日はだれのご訪問予定も伺っておりませんので、お通しすることは叶いません」

「おまえの主人はだれだ⁈」

 ウィリアムが怒鳴ってもスチュアートの冷静な顔は崩れない。

「こちらの都合もありますので、先触れを頂ければご用意をいたしましたものを」

 かえって残念な子どもを見るような目で睨みつけられる始末。

「おまえなど、馘首くびにしてやる!」

「ありがとうございます」

(こいつ! 自分が優秀なことを鼻にかけおって! 気に入らん!)

 スチュアートは長年シャーウッド公爵家に勤める優秀な執事だ。その自分の能力をよく知っていて、簡単に馘首くびにしたら困るのはウィリアムの方だと解っているのだ。

 そんなこんなで玄関先で揉めること小一時間。
 執事はあくまでも突然の来訪者を邸内に入れないように立ち塞がり、ウィリアムは遠いところをわざわざ来たというのに追い返されようとした矢先。

 小さな馬車が門を通過し、玄関前で止まった。
 若い黒髪の従者の手を借りて降りてきたのは、うつくしい訪問着を身に纏ったオフィーリアであった。
 彼女は玄関先にいたウィリアムに気がつくと、目を丸くして驚いていた。

「あら……閣下。いらしていたのですか。なぜこちらに」

 今日の天気は晴れですねと言い出しそうなほど呑気な妻の言葉にウィリアムはいきり立った。

「オフィーリア! おまえは公爵夫人としての自分の立場を分かっているのか⁈ 勝手に住まいを移すなんて何を考えているんだ‼」

 詰め寄ろうとしたウィリアムを押し留めた言葉は、先ほど妻と一緒の馬車から降りた黒髪の従者だった。

「こちらで揉めるのは得策ではありません。ここは応接室へご案内しましょう」

 公爵家ではこんな黒髪の若い従者など見た記憶が無い。

(この小さな邸宅付きの従者か……もしかしたらオフィーリアの愛人か?)

 怪しんで睨んでも従者は意に介したようすもなく、オフィーリアに手を貸して邸宅内へ入ってしまった。
 渋々とオフィーリアのあとに続いたウィリアムだったが、有能な執事スチュアートは彼の進入を阻んだりはせず黙って低頭しただけだった。


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