キミの笑顔を守るため僕は時空を超えて来た~つわものの夢の向こう側~

あとさん♪

文字の大きさ
3 / 9

3.とてつもなく幸せな日々

しおりを挟む
 
 初めは犬に生まれ変わった自分に落胆した。その事実に気が付かなかったことも含めて。
 だか、犬の身もそれほど悪くない。
 何より耳がいい。
 人だった時より、不思議な第六感が異様に発達している。
 近所の悪ガキどもがひなたを囲んでることなんて、何故かすぐに分かった。
 その度に駆けつけ体当たりを喰らわす。
 ひなたが愛らしいから、悪ガキどもは構いたくて、それがいじめという形になる。

(だがそれは間違った愛情表現だ!)

 シロが説教するような気分で悪ガキどもを睨めば、彼らはシロの姿を見つけると逃げ出すようになった。



 シロのひなたさまは、なかなかお転婆なお嬢様だった。

 裏山の高い木に登ったまま降りられなくなったひなたさまを助ける為に、急ぎ家人に知らせ山を往復したり。
 川に誤って落ちたひなたさまをお救いするため、シロ自身も川に飛び込んだり。

 何度もシロがひなたを救う為に奔走すると、そのうち祖母や母、お女中たち女性陣がシロを「シロさん」と呼ぶようになった。

「シロさんは私から餌をもらっているはずですのに、ひなたお嬢様に一番懐いていますものねぇ」
「シロさんから見たひなたは手のかかる妹とか娘なんでしょうね」

 おチヨ母娘おやこと接する時間(主に餌やり)は多いが、シロにとって仕えるべき第一はひなたなのだ。

 ◇

 ひなたが赤い大きならんどせると呼ぶ背負子しょいこを背に、ショウガッコウと呼ばれる少年少女が集う教育機関へ行ってしまうと不安が募った。今まではハルヤスミという長期休暇だったのだとか。これから毎日、そのショウガッコウとやらに通わなければならないらしい。ひなた本人がシロの正面に座り、延々と説明したので知った。

 ひなたおじょうさまはまだ7歳になったばかりなのに、毎日勉強のために家から離れねばならないのか! この世界の教育機関はなかなか過酷なことをする。

「シロ! そんな不安そうな顔すんな。俺がついているからさ」

 兄がそう言って、ひなたと共に(彼は黒いらんどせるを背負っていた)ショウガッコウ、とやらへ行ってしまった。

 シロは不安になった。

(だって、歩いて行ったぞ? 馬車の送迎もしないなんて!)

 門の前に出向き、じっと彼女がいるだろう方向を眺める。

(ひなたおじょうさま。だいじょうぶですか? 転んで泣いてないですか? 困ったことはありませんか?)

 鋭敏になった第六感に引っかかるものはない。
 だから大丈夫。
 そうと判っていても、彼女の顔をみるまで安心できなくて、ただじっと門の前に座りショウガッコウがある方向を見据える。
 庭をぱとろーるして守れと、ひなたは彼に命じた。同時に門から外に出るな、とも。

 不安だけが募る。


「やれやれ。シロよ、散歩に行こうか」

 三時のおやつの時間、とやらが過ぎる頃。じいさまがリード片手にシロに話しかける。
 鎖からリードに繋ぎ直され、彼と共に門を出る。

(さんぽ? だが丁度いい。じいさまが歩く方向はひなたおじょうさまのいるショウガッコウだ)

 じいさまは、門の前でじっと孫娘を待ち続けるシロを不憫に思ったらしい。
 その日から毎日、じいさまとシロはひなたを迎えに「散歩」に出かけることになった。

 黒髪の人ばかりのこの世界で、初めて会った違う色の人がじいさまだった。
 シロと同じ白髪はくはつの老人に、彼はなんとなく親近感を覚えた。(もっとも、老人は白髪が多いのだとおいおい知ることになる)

 歩く道々、じいさまはぽつりぽつりとシロに語って聞かせた。昔はショウヤと呼ばれる豪農で、ここらあたり一帯は彼の父親の土地だったとか。今でも一声かければ錚々そうそうたるが集まるのだとか。
 ばあさまの家系はゲンジとかいうブシの流れを組む家門の者で貴族だったとか。彼女は才女で昔は教鞭に立っていたのだとか。裕福ではあったが学のない自分に嫁いでくれて、とても嬉しかったのだとか。

おれ相手に惚気のろけてないで、本人に伝えればよかろうものを)

 ちょっと昔に、大きな戦争があったが、この辺りは戦火を逃れたのだとか。
 彼の独り言のような語りはなかなか興味深かったが、シロとしては

(やっぱり姫さまは生まれ変わっても姫さまなんだな!)

 と結論づけるに留まった。


 朝は兄のヒサシと共に小学校へ行くひなたを見送る。
 日中は門の前で仁王立ち。
 午後はじいさまと共に田んぼや畑を抜け、小学校まで迎えに行く日常。途中、畦から蛙が出たりバッタが飛んだりするが、シロは動じない。彼の任務はひなたお嬢様の身の安全を図ることだから。直接彼女の身に危害を加えないものなら、見て見ぬフリくらいできるのだ。

 ◇

 ひなたおじょうさまがいるこの家は、シロの前世の記憶から考えると、とても不思議な家屋である。
 特にこの縁側と呼ばれるテラスは、家族のだれもが使うが、夜その場で寝るような者はいない。
 夜は雨戸と呼ばれる木の板で覆われてしまい、家の中が覗けないのが寂しい。が、家の中にはひなたの気配がある。それに安心してシロは眠る。
 暑くなるとその雨戸が閉められず、夜でも窓が開け放たれているので嬉しかった。蚊帳かやと呼ばれる網を部屋の中に吊り下げ、その中で眠る姿は面白いと思った。

 夜になると、じいさまがこっそりシロの元にきて

「番を頼むぞ」

 と言って鎖から解放してくれた。
 そうは言っても、この辺りの人間は誰も彼も悪い気を持つ人間などいない。
 最初は、なんと防犯意識の低い人種かと呆れたが、全員こんな調子なのだ。夏とはいえ、窓を開け放って寝るのだから。
この地は。いや、この国は安全なのだ。

 シロもこの家の暮らしに段々と慣れていった。

 不思議なもので、この家の住人はひとりで縁側に座ると決まってシロに話しかける。
 シロにはよくわからなかったが、父はノーキョーというものに不満があるらしい。ゲンタンがどうのサクツケメンセキがどうのと、専門用語満載でシロに愚痴を言う。よくわからなかったが、それを言い終えると父がホッとしたような笑顔になるのでシロはその話を黙って聞いた。

 朝の支度を全部済ませた母が、シロにあさごはんを持ってきてくれて、「シロさん、今日もいい天気ね」などと声を掛けてくれる。彼女の穏やかな声は耳に心地よかった。

 兄は好きな時間にシロのそばに来てはちょっかいをかけてくる。慣れてきてからは好きに触らせるようにしたら、「シロに認可された!」と不思議な驚き方をしていた。

 母や祖母、女中たちはいつも何事か賑やかに話しているが、女中の娘の方が「シロさん、待っているのも喉が渇くよ」と言って門の前にいるシロに、水の張ったボウルを差し入れてくれる。
 その際、彼のそばにしゃがみ込んで色々独り言をいう。もうすぐ結婚する相手がいるが、この家の通いの仕事をしようか、婚家に入ってそちらの農業に従事しようか悩んでいるのだとか。
 まぁ頑張れと思いながら、隣にある肩をぽんと前足で叩いたら「シロさんが慰めてくれた!」と妙な騒ぎになっていた。

 ひなたは毎日必ずシロのブラッシングをしてくれる。
 敬愛するおじょうさまのお世話になるなんて申し訳ないが、何にも代えがたいシロの至福の時間だ。彼が無防備に腹を見せるのはひなたおじょうさまただ一人だ。

 雨戸に閉じられて寂しくなった夜だが、冬になると土間と呼ばれる玄関の中にシロの小屋が移された。移動した翌日から外は雪が積もった。
 ひなたや兄と共に、積もった雪の中を走り回って遊んだ。

「シロは雪の中が迷彩なんだな!」

 などと兄に笑われた。
 暫くするとショウガツとかネンマツネンシとか呼ばれるお祝い事で親戚連中がこの家に勢揃いした。
 集りの席ではじいさまやばあさまが、シロがこの家の一員になった経緯いきさつを説明していた。

 シロは集まった連中の顔を眺めながら、誰が彼の敬愛するおじょうさまの害になる人間か見定めた。「親戚」だが家族以外にはその白い毛に触れるのを許さなかった。唸ると角が立つので、逃げ回る戦法に変えた。犬だって考えるのだ。

 そうやって四季は巡った。

 幸せな。
 前世をかんがみれば、途轍もなく幸せな月日が流れた。



しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さら
恋愛
 会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。  ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。  けれど、測定された“能力値”は最低。  「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。  そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。  優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。  彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。  人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。  やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。  不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。

混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない

三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

処理中です...