3 / 13
3.テオドール王太子、遅まきながらの恋
しおりを挟む「地獄のような、生活?」
公爵は、意外なことを聞いたと呆然とした表情を浮かべた。
彼の背後にいた長女と次女は、お互い手を握ると一歩後ずさる。
「地獄、でしたわ。食べる物や寝る場所に困る事はありませんでしたが。人の心は、言葉によって殺されることが可能なのです。常に。常に蔑みの言葉が私の心を切り刻みました。目に見えず、一度聞けば消えてしまう言葉。それらによって私の心が傷を負い、その傷が蓄積されているなどと、誰にも気づかれはしませんでしたが」
強い決意を秘めた瞳でフローラはまっすぐに異母姉たちを睥睨した。
「公爵閣下。貴方の妻と子どもが、わたくしを地獄に追いやり殺しました」
◇◇◇◇◇◇
「夜会で、そんなことがあったのですか……」
話を聞き終えたジャン・ロベール副団長は己の顎を撫でた。
彼はちょうど騒ぎのあった時間帯、外園の警備を担当していたためジベティヌス公爵家姉妹が起こした醜聞を知らなかった。
夜会で起きた事件を語り終えたテオドール王太子は、紅茶で喉を潤わせた。重苦しい気分を吐き出すように溜息をつく。
「つまり。殿下はジベティヌス公爵が三女フローラの告白を聞き激昂し、自分の妻子を殺したあと、その罪を悔いて自殺した。そうお考えなのですね」
「あぁ。外部犯だと思うより、よほど自然だ」
「確かに……ジベティヌス騎士団が護る邸に侵入して殺害を企てる輩がいた、なんて方が不自然ですよね」
「もしくは、そのジベティヌス騎士団の団員の中に犯人がいる?」
「――その場合、犯行の動機は?」
「残されたのが三女のフローラ嬢だ。彼女の身にジベティヌス公爵家の全てが継承される。彼女ともども欲しがる人間など、山ほど居よう」
「あぁ……それでしたら、親戚や家門の連中、それらが騎士団の人間を唆して犯行を企てた可能性もありますね」
そうだ。
ジベティヌス公爵家の莫大な財産、広大な領地、利権の数々、そのすべてをひとりの少女が継承することになるのだ。
あの美少女が!
「殿下?」
「いや、なんでもない。……屋敷内の使用人への聞き取り調査は?」
「現在調査続行中です」
部下から捜査状況を聞きながら、王太子は意識の片隅でフローラ・ジベティヌスの美しさを想起していた。
流れる金の髪。
躍動的な肢体。靴を脱いだ細い足首の白さ。
虐げられても、なお美しく輝く意思の強そうな藍色の瞳。
美しい容貌。
そして、自分の婚約者は死んだ。
ジベティヌス公爵家の令嬢が、王太子の婚約者だった。
その座を異母妹のものにしても、良いのではないか?
彼女は正式にジベティヌス公爵家の令嬢なのだから。
あの哀れな美少女を、己が保護するべきなのでは?
微かな期待と打算が脳内を過った。
「フローラ・ジベティヌス嬢は、今どこに?」
脳内妄想をおくびにも出さず、部下との会話を続ける。
「ひとり生き残った重要参考人なので、騎士団で保護しております……というか、ジベティヌス公爵家の執事補佐から保護を任されました」
「執事から?」
「御意。公爵家家門の親戚たちが押し寄せることが想定されるので、お嬢様の身の安全を保護して頂きたい、と」
ただひとり生き残った無力な少女。しかも公爵家の中では虐げられていたと聞く。あわよくばを企む親戚連中にいいように扱われるのは容易に想像がつく。
保護を申し入れたその執事は、フローラの数少ない味方なのだろう。
「なるほど……普通の貴族令嬢として丁重に扱っているか?」
「無論。我が王立騎士団第二師団は秩序と礼節を重んじております」
胸を張る副団長。彼は自分の仕事に誇りを持っている。
「彼女は公爵家ではどのように扱われていたのか、調査済みか?」
昨夜の彼女自身による告白では、衣食住には困らなかったようだが、心無いことばにより蔑まれていたようだ。
とても痛ましい。
「現在、屋敷内の使用人への聞き取り調査中ですので、今しばらくお時間をいただければ。纏め次第、ご報告申し上げます」
あの時、フローラは泣いていた。
泣きながら、けれどその美貌は少しも損なわれることなく父である公爵を睨み続けていた。
彼女の哀しみ、あるいは怒りに彩られた瞳は――とても、美しかった。
「話を聞きたい」
「こちらにお連れしますか?」
「いや、私が出向こう。案内せよ」
「殿下、もしかして……」
「なんだ」
「ヴィクトリア嬢の後釜にフローラ・ジベティヌス嬢を、などと目論んでいませんか?」
時々、この部下は聡い。そして幼馴染みである分遠慮がなく、歯に衣着せぬ発言をする。
だからこそ、重宝してはいるのだが。
「フローラ嬢の美貌に惑った、と」
「うるさい」
その時、ノック音に会話が中断された。
入室の許可を与えれば、ジベティヌス公爵家の専属管財人が面会を求めているという。フローラ嬢より先に彼に会うことにした。
◇◇◇◇◇◇
ジベティヌス公爵家の専属管財人を名乗った男は、年の頃は50過ぎ。鋭利なナイフを連想させるやせ型の神経質そうな男だった。
「初めてご尊顔を拝する栄誉を賜り、恐悦至極に存じます。私はジベティヌス公爵家の管財人、ヒュー・アボットと申します。陛下より男爵位を賜っております」
「仰々しい挨拶はいい。質問に答えよ。貴君は、ジベティヌス公爵家に仕えて長いのか?」
「住み込みで、先祖代々お仕えさせて頂いておりますが、恐れ多くも先代さまより勉学の機会を与えて頂いたので学問を修め、現在、公爵家の会計や財産管理を任されております。私自身はお役に立ち始めてから20年ほど勤めております」
「ならば、ジベティヌス公爵家内でフローラ嬢がどのような扱いを受けていたのか知っていよう? 捜査の一環だ、話せ」
ヒュー・アボットは暫く迷う風情をみせたが、何度が逡巡を示したあと、ぽつりぽつりと口を開いた。実際この目で見てはいない、伝聞も含めてのことだ、自分は加担していないと念を押して。
10
あなたにおすすめの小説
余命僅かな大富豪を看取って、円満に未亡人になるはずでした
ぜんだ 夕里
恋愛
傾きかけた家を救うため、私が結んだのはあまりにも不謹慎な契約――余命いくばくもない大富豪の辺境伯様と結婚し、彼の最期を穏やかに看取ることで莫大な遺産を相続する、というものだった。
しかし、人の死を利用して富を得るなど不正義!
そう考えた私が立てたのは、前代未聞の計画。
「そうだ、遺産が残らないくらい贅沢の限りを尽くしてもらえば、すべて丸く収まるじゃない!」
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
覚醒者の安穏
かな
恋愛
ジュリアは、15才になり魔力測定のため幼馴染のキースとともにルディエアの魔力測定協会にやってきた。
突然、前回の記憶がよみがえり2回目の人生をやりなおしていることに気づいたのだが・・・。
ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください(*・ω・)*_ _)ペコリ
メリザンドの幸福
下菊みこと
恋愛
ドアマット系ヒロインが避難先で甘やかされるだけ。
メリザンドはとある公爵家に嫁入りする。そのメリザンドのあまりの様子に、悪女だとの噂を聞いて警戒していた使用人たちは大慌てでパン粥を作って食べさせる。なんか聞いてたのと違うと思っていたら、当主でありメリザンドの旦那である公爵から事の次第を聞いてちゃんと保護しないとと庇護欲剥き出しになる使用人たち。
メリザンドは公爵家で幸せになれるのか?
小説家になろう様でも投稿しています。
蛇足かもしれませんが追加シナリオ投稿しました。よろしければお付き合いください。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
拾った指輪で公爵様の妻になりました
奏多
恋愛
結婚の宣誓を行う直前、落ちていた指輪を拾ったエミリア。
とっさに取り替えたのは、家族ごと自分をも売り飛ばそうと計画している高利貸しとの結婚を回避できるからだ。
この指輪の本当の持ち主との結婚相手は怒るのではと思ったが、最悪殺されてもいいと思ったのに、予想外に受け入れてくれたけれど……?
「この試験を通過できれば、君との結婚を継続する。そうでなければ、死んだものとして他国へ行ってもらおうか」
公爵閣下の19回目の結婚相手になったエミリアのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる