王女殿下のモラトリアム

あとさん♪

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アンネローゼの親衛隊

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◇◇◇◇◇◇◇◇


「あー、あれはー、つまりー、」
「えぇ、つまりー」
「ローゼはー、あー、なんというか、」
「つまり、セルジューク様のことを、そのぉー、」

 カフェテリアにいた、すべての人間は見た。

 アスラーン・ミハイ・セルジュークに手首を掴まれたアンネローゼ王女が、振り返って自分の腕を掴んだ人物の顔を見あげた瞬間を。

 彼女は一瞬のうちにびっくりするくらい真っ赤な顔になり(元々色白だから、その差は歴然だった)、瞳を潤ませ(急激な涙目は大変愛らしかった!)、今まで見たこともないほど狼狽うろたえた王女。
 誰がどう見ても、恋する乙女そのものだった。


 自分たちが知っている『アンネローゼ王女』はいつも毅然としていた。
 美しく、気高く、誇り高く、我が国自慢の王女さま。
 クラスの誰よりも多くの選択科目授業を取得して、そのどれも好成績を修める才女。
 クラスどころか学園全体に働きかけ、学園の祭りを主催し、学生自治会を立ち上げた手腕を持つ、生まれながら人の上に立つ素養を持つ完璧な王女。
 なにがあっても動じないだろうと思われた、そんな彼女が―――。


「ローゼ、すっごく可愛かった……」

 普通の少女のように異性に腕を掴まれて恥じらったのだ!

「うん。ローゼさま……あれは……可愛すぎるのでは……」

「あれはー、セルジュークさまに、その、お気持ちがある、と思って正解、だよね?」

 レオニーナたちは、お互い顔を見合わせお互いの認識を確認し合う。

 そこへ。

「アスラーン・ミハイ・セルジューク。
 今朝のことといい、貴方、本当に身に覚えがないの?
 ちゃんと白状なさい!
 ……っていうか、なぜ貴方までそんな赤い顔をしていますの?!」

 メルセデスの糾弾する言葉に、カフェテリアの視線は一斉にアスラーンへ集中した。

 彼は気まずそうに片手で口元を隠している。

「いや、なんか……伝染うつった……かも……」

 アスラーンにしても、今日のアンネローゼの反応は意外過ぎるのだ。

 二人きりになった夜、自分が抱き締めても彼女は抵抗一つしなかった。
 むしろ身体の力を抜き、自分に身を預ける始末。
 唇を寄せても恥じらうことなく、その大きな瞳を向け続けていたのに―――。

「アンネローゼ様のあの態度に、身に覚えがあるのでは?」

 メルセデスの追求は続くが、

「―――黙秘権を行使する」

 言える訳がない。

「セルジューク!」

「まぁ、まぁ、メルセデス嬢、アスラーンも混乱しているみたいだし……」

 カシムがメルセデスを宥める。

「混乱? この男のどこにそんな可愛らしい要素があって?
 あくまでも涼しい顔をしていてよ?
 まぁ、いつもより表情の変化があるみたいだけど」

 メルセデスにとって大切なのは、あくまでもアンネローゼである。
 その大切なアンネローゼが、どうやら目の前のこの男に対して、少なからず好意を抱き始めたのだと理解はした。

 理解はしたが、納得はいかない。

 なにがあったのか、どうして心境の変化があったのか、外的要因を知りたいのだ。

「こいつにしては動揺してるよ、幾分」

「っていうか、セルジューク!
 貴方はなにをニヤニヤと思い出し笑いしてるの!
 嫌らしい! 腹が立つわっ!」

「メルセデス様、落ち着いて!」

「それに! アンネローゼ様のお気持ちはいいとしても!
 なぜ、悲鳴を上げて逃げ出してしまったの?!
 今朝も貴方から逃げたわ! どうして?!」

 どうしてだろう?
 アンネローゼが恋する乙女だったというのは、ここにいる全員が、なんとなく察した。

 だが恋する乙女は、その恋する相手から逃走するものだろうか?

 遠くの物陰から見守る……とかはありそうだが、普通ならば同じ空間にいたがるものではないのか?

 皆、一様に首を捻った。

「悲鳴を上げて女性が逃げるとき……虫とか蛇とか、嫌な物がいたら悲鳴を上げる?」

「嫌いな奴がいたら、逃げるかも?」

「強盗とか、殺人者がいたら悲鳴を上げて逃げるよ、俺でも」

「あとは変質者かな?」

「変質者?」

「春になると自分の裸を見せびらかす変態が出るらしい」

「あぁ、わざと女性の悲鳴を聞きたい種類の変態だな!」

「ちょっと待て! お前らの言い分だと、アスラ―ンがとんでもない変態変質者になってしまう!!」

「あぁ、そうか。失礼しました、アスラーン様」

「すみません、アスラーンさま」

「アスラーン様が変態なわけないですよね!」

「ローゼさまに変質者を近づけるなんて愚は、二度と犯さないもんな!」

「そうだ!」「そのとおりだ!」

 ローゼ親衛隊は、年が変わっても絶好調である。
 いや、学生自治会、略して学生会のメンバーという地位を得て、アスラーンに対しても物怖じしなくなった分、よりパワーアップしたとも言える。

「メルセデス様。ローゼは“今朝も”アスラーン様から逃げたって本当ですか?」

「えぇ、そうよ。レオニーナ様。
 今朝、馬車から顔を出したアンネローゼ様は、こいつの顔を確認した途端、とんでもないスピードを出して逃走なさいましたわ」

「朝、教室で真っ先に私に抱き着いて来たんです。
 なにかから逃げてきて、怯える子どもみたいに」

「怯える子ども?」

「走ったせいもあったのでしょうけど……溺れる者が浮力のある物を必死に掴むみたいって、感じたんです。私……」

 一年専科クラスの何人もが、そういえばそうだったなと思い出す。

「好きだけど、逃げたい?」

「逃げ出さなければ生死に関わる、とか?」

「そういえば、テュルク流の求婚方法に殊の外怯えていらっしゃったわ!」

「あ! 突然誘拐同然に連れ去るって奴か!」

 一同、テュルク人であるアスラーンとカシムを無言で睨む。

 あんたらもしかして、うちの姫様を誘拐しようとしましたか?

 そんな心の声が駄々洩れである。
 一触即発の剣呑な空気になった。

「いや、俺は彼女が学園卒業するまでは婚姻を待つと伝えたぞ?」

 誘拐犯認定はするなとアスラーンは弁解する。

「これは……ローゼとアスラーン様との間になにか誤解、というか意思の疎通が上手く計れていない、というか……。
 なにかがあったとお見受けします。
 周りの我々がなにを言ったところで、お二人自身が話し合われないと解決しませんよ」

 冷静なレオニーナの発言のおかげで、とりあえずアスラーンの変態変質者誘拐犯容疑は持ち越しになった。

 が、解決もしなかった。

 翌日から、肝心のアンネローゼ王女が登園しなくなったからである。



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