もしかして俺は今、生きるか死ぬかの岐路に立っているのではなかろうか

あとさん♪

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 今まで傍にいるのが当然という顔をしていたピンク
 俺たちに囲まれて、それが自然だと言わんばかりに平然としていた女。

 これ、本当になのか?

 俺が疑問をぶつけたその時、


「お、のれ……おのれおのれおのれ! どうして解けた! いつ?!
 今さっきまで、あたしの虜だったはずなのにぃっっ!」

 ピンクが突然形相を変え叫んだ!
 可愛らしかったはずのその顔は醜く歪み、恨みがましく俺を睨む。

 こわっ。まるで般若だ。

 角生えてんじゃね? 怨念籠ってそう……なんという恐ろしい顔。
 恐いっマジなんなの?!


「そこまでだ! め! とうとう正体を現したな!」

 リリベット嬢が光る長い棒をぱっと構えながら俺の前に躍り出て、俺をその背中に庇った……ん? 俺、庇われてる? 女の子に?

 それより、その白く発光する長い棒、何?
 明らかに背丈よりも長いそれって伸縮自在なんだね! すげぇ!
 それ、スカートの中から出したよね?!
 分からなかったけど、そのドレスのスカート、スリット入りだったんだな!
 すんげー綺麗なおみ脚を! 拝見しましたぞ!
 一瞬だったけど!
 一瞬だからこそ、良い!
 おありがとうございます!! 眼福です!!

「殿下、お見事でした。お下がりくださいませ。後は我々にお任せを」

 アレクサンドラ嬢が俺の背中をポンっと優しく叩いた後、そう囁きながら、やはり俺より前に出た。

 ん? んん?
 どうした? 令嬢2人が男の俺より危険ブツに近づいちゃダメでしょ……って。
 ん?
 さっきリリベット嬢は『魔女』って言ったよな!
 やっぱりアレピンクは魔女なのか!
 そうじゃないかと訝しんでいたけど!
 俺の勘も捨てたもんじゃないぞ!

「なに? なんなのこれっ?! 動けないっっ」

 悲鳴のような怒号のようなピンクの声。
 目に見えない何かに拘束されているようだ。

 ピンクの前にはリリベット嬢があの光る長い棒を向けて何事か呟いている。声は聞こえるんだけど、言葉としては聞き取れない。
 呪文? 詠唱?

 その後ろでアレクサンドラ嬢が両腕を広げて立った。
 ゆっくりとその腕を上げていくと、手のひらを天井へ向けた。
 ……元気玉を集めてる感じ?

「大気に溶ける精霊よ、我が声を聞きたまえ。
 地におわす精霊よ、我が声を聞きたまえ。
 遥かいにしえの契約に基づき、我、聖女の名において、かの魔女の魂を封印する!」

「殿下、こちらに」

 アレクサンドラ嬢の詠唱の間に、エリザベスが俺の腕を引いて壁際まで下がらせた。
 すぐに近衛たちに囲まれる。
 俺が壁際に退いたとほぼ同時に眩い閃光が会場を包み込み、目を開けて居られなくなった。
 俺は思わずエリザベスを庇い彼女の頭を抱え込んでいた。

 ギャァァァァアアーーーーーー!

 動物の断末魔のような凄まじい絶叫が耳をつんざく。

 その声が消え、暫くすると会場内の眩さも落ち着いてきた。まだ目がチカチカするような気もするが、どうなったのか知りたい。

 リリベット嬢は?
 アレクサンドラ嬢は?
 そしてピンクの傍に居たメグレンジャーたちはどうなった?

 そもそも、リリベット嬢もアレクサンドラ嬢も、あれが魔女だと最初から認識してたような対応だったよな?
 あの光る長い棒とか!
 アレクサンドラ嬢の聖女としての詠唱とか!
 最初から用意してたよな?
 そして俺の前に立つ近衛たちも!
 国王陛下が来臨するから近衛の警護も必要だろうけど、それにしては人数が多い!

「エリザベス、どういう事だ? 説明してくれ」

 俺は目を凝らし、少しでも奴らが見えないかと背伸びをしてみたが、近衛たちに阻まれて確認できない。そばに居るエリザベスに聞いてみたが。

「で、殿下……。あの、まずは、お手を……」

 なにやらエリザベスが口篭っている。
 視線を遠くから傍らのエリザベスに戻す……と。

 真っ赤になったエリザベスの可愛い顔が、俺の胸元にあった。

 うん、可愛い。
 ん? なんでこんな近くに居るんだ?
 ってゆーか、俺が抱きしめて、いる? のか?

 いー匂いするぅ……。
 髪、やぁーらかぁぁい……スベスベぇ……触ってるだけで気持ちイイィィ……。

「お手を、お離し、くださいませ……」

 真っ赤になって困ったような顔で俺を見上げるエリザベスさん。ちょっとだけ涙目の上目遣いは、超ド級の愛らしさだ!

 これを……離せ、だとぅ?

 ヤダ

 っていう率直な気持ちスケベ心

 やべっ! 紳士として失格じゃん俺! 痴漢か!

 という気持ち理性が一瞬にしてせめぎ合い。

 両者が互角の接戦を繰り広げた結果。

───僅差で後者理性が勝った。





 その後。

 あの日から二週間が経った。
 学園の卒業式は恙無く執り行われ、俺は無事、卒業した。
 あの場にいた3年生も全員、いや、一部を除いて、無事に卒業した。

 無事ではなかった一部の者……メグレンジャーの中の赤、青、黄色の3人。彼らは留年した。(緑は元々2年生だ)
 あの閃光が消えた後、彼らは皆意識不明でその場で昏倒していた。幸い、命に別状は無かったが、ここ2年の記憶が綺麗さっぱり無くなっていた。だから卒業させる訳にはいかなかった。
 マーガレット嬢の事も忘れていた。
 俺と胸派か脚派かで熱く語り合った事も……。
 脚派の前に腰派もあるとか、脚の良さを懇切丁寧に語ってやったのに、忘れやがって·····チクショウ。

 マーガレット嬢も同様だった。
 彼女は男爵家庶子だったが、16歳の時、母親が死んで父方に引き取られた。
 彼女の記憶はそこから無かった。
 学園に転入してきた事も、俺たちの事も。
 俺の顔を見てもキョトンとしてたが、俺が名乗ると『王子殿下?!』と慌てて平伏した。
 あの『平等に仲良く!』と言ってた面影はどこにも無かった。

『魔女』の魂に身体を乗っ取られていたマーガレットは、依代としての能力が高いらしく、このまま普通の生活は送れないのだとか。
 神殿預かりとなり、神殿の結界が張られた地区で生活していく事となった。

 因みに、彼らが一斉にした婚約破棄宣言だが。
 魔女に操られていた事が考慮され、彼らにお咎めはほぼ無かった。
 婚約は『破棄』ではなく『解消』になった。
『解消』ならば、婚約していた事実から抹消されるので、令嬢達の経歴に汚点は残らない。

 お咎めは無かった彼らだが、記憶が無いままの婚約解消は罰に等しいと俺は思う。
 不憫ではあるが、令嬢たちにしてみたら『覚えてないからってコッチ見んな糞が』な気分だろうし。
 奴ら以外はちゃんと記憶に残っているのだから。

 そんな中、俺だけは『婚約破棄宣言の破棄』となった。寸前で正気に戻ったように見えた俺の様子に、エリザベスが絆されてくれたからだ。

 ありがとう、エリザベス! 我が最愛の婚約者!

 どうやら俺は首の皮一枚でピンチを脱したようだ。
 じいちゃんも、ありがとう!
 俺、勝ったよ!!



『魔女事変』後の諸々の手続き、処置、後片付けを済ませた俺は今、エクセター公爵家のサンルームでお茶を頂いている。

 同席者はエリザベス、リリベット嬢、アレクサンドラ嬢だ。
 リリベット嬢に至っては、自分は近衛だからって壁際に待機しようとするから、説得して席に着いてもらった。
 うーん。近衛隊の制服姿、カッコいいぞ!
 脚の線が出るのがなお良いね!
 惜しむらくは上着が長いから腰から太腿の線を隠す点だが……。いつかあのデザイン、テコ入れしてやる!


「では、殿下にすべてお話ししますね」

 音も立てずにカップをソーサーに戻したエリザベスが話し始めた。

 そもそも、アレクサンドラ嬢が聖女に任命されたのが、17年前の神託だった事。
 聖女の神託があったという事イコール魔女の出現が予言されたという事。
 聖女という存在が、魔女と对になっている事。
 いつ、誰が、どんな力で魔女として顕現するのかは分からなかったけれど、異変は起こるはずだからと、それに備えていた事。
 学園に入ってマーガレット嬢が来てから異質な空気を感じた事。
 アレクサンドラ嬢しか感じなかったが、禍々しい気配に学園中が覆われていった事。
 ……俺たちが変わってしまった事。

 ほぼマーガレット嬢が魔女だと確定したのは、俺たちが魔女の魅了のせいで人柄まで変わってしまったと、認定されたから。
(最終認定人は国王陛下なんだって! 父上もさぞご心痛された事だろう。不甲斐ない息子で面目ない)
 エクセター家の書庫には魔女出現が予言された古い本があり、それを解読した事。
 それによると、約100年ごとに魔女が出現しているとの事。

「その本を、古語で書かれていた為に時間は掛かりましたが、なんとか読み解きまして……。そこには、
新月の晩に5の生命を贄とし、その力を最大に高めた魔女が、王国を蹂躙する、と」

 じゅうりんって、物騒だな、おい。
 思わずティーカップを持つ手が震えたよ?

 その『5の生命』って、間違いなくメグレンジャーの5人だよね? 俺も頭数に入ってるよね?
 うぇー。
 ……贄って。記憶どころか命まで取られてたかもなのー?

 ざまぁ返しを恐れていたけど、それどころの話じゃないわな、お命に関わってた。
 マジ、Dead  or  Alive の岐路だったよじいちゃん。
 じいちゃん、ありがとう……。

 多分、この世界は乙女ゲームじゃない。
 2人組(もしくは3人組)の乙女が活躍する漫画か小説なんだと思う。リリベット嬢とアレクサンドラ嬢の活躍はカッコよかったしね!
 男の俺は、たとえ王子でも添え物の扱いなのはそのせいだろう。
 たまたま生き延びたけど、予言の書の筋書き通りなら魔女の生贄だもんな!

「しかし、あのダンスパーティの晩は、満月だったと記憶してるが?」

 内心はじいちゃんに感謝の祈りを捧げつつ、表面上は普通に会話を続ける俺。

「はい。魔女の魔力が最も低下し、逆に聖女であるわたくしの力が最も高まる夜です。ですので、あの晩に魔女を捕らえようと画策しておりました」

 俺の問いに答えたのはアレクサンドラ嬢。

「例年通りなら、最終学年のラストパーティーは卒業式の晩に行われる予定でした。ですが、その日は新月……魔女の魔力が最も強くなる夜です」

「だから、その日を避け、前倒しでダンスパーティを開催したのか」

「はい。ですが殿下。どうやってあの魔女の魅了を解いたのですか? わたくしがどんなに解呪を試みようとも敵いませんでしたのに」

 え。そうだったの?

「殿下は全てご承知のうえだったのです!
 魅了されたようにワザと振舞っていらっしゃったのですわ!
 ですから、最後のギリギリのところで正気に戻る事ができたのです。違いますか?」

 違います、エリザベスさん。
 そんなキラキラした瞳で俺を見ないで下さい。偶然なんですじいちゃんのお陰なんです俺の力じゃないんです!

「初めから魅了にかかっていなかったと?
 だから解呪しようにもできなかったのか……。
 敵を騙すにはまず味方からと云うが、あの場でそれが可能とは……」

 違いますよ、リリベット嬢。
 そんなに『なるほど、流石だ』などと頷かないで下さい。俺の功績じゃないんですって!

 この際だ、頭を下げよう潔く!

「いや、違う。私は、あの時、あの魔女に魅了の術をかけられていた。
 これは私の不明の致すところ……。
 皆には心配も迷惑もかけた。申し訳なかった。このとおりだ」

 ティーカップを置き、両手は膝に。会釈よりちょっとだけ深くお辞儀。
 王子の謝礼としてはこれがギリギリ。
 本当は土下座したいんだけど、土下座文化はここには無いからね。

「頭をお上げくださいっ殿下!」

 慌てたのか、エリザベスが立ち上がって俺の横まで来てしゃがみ込んだ。

「殿下はあの時、私に婚約破棄すると仰った時、とても悲しそうな、辛そうなお顔をなさいました。
 表面上では魅了の術に惑わされていても、殿下の本心はそんなご自分を責めていらっしゃいましたわ!」

 なんという前向きな解釈!
 確かにあの瞬間に前世の記憶が蘇ったけども!

 じいちゃんの言ってたあれを、悪いことする自覚を持って悪事を働いたと、解釈するのですか、貴女は。
 どっちかと言うと、善意100%で正義をなす(マーガレット嬢を守る)つもりの社会の害悪でしたけど!

 俺を励ます為か、エリザベスの柔らかい手が膝の上に置いてあった俺の左手にそっと触れた。

 その途端。
 フッ……と、ひとつの記憶が蘇った。

「……リズ……」

 リズ……。
 ……そうだ。俺は彼女を昔からその愛称で呼んでいた。

 良かった。思い出せた。

 俺が彼女をそう呼んだ途端、リズは大きく目を見開いた。そして嬉しそうに破顔し、涙を溢れさせた。

「リズ……ごめんね、リズ……」

 不安にさせたね。
 怒らせたよね。
 悲しませたよね。
 全部、全部俺が悪かった。

 泣かないでリズ。君の涙は見たくないんだ。できれば笑って欲しいんだ。

 リズ。

 後から後から溢れてくるリズの涙を指で拭い続ける。あぁどうしよう。キスしたい。
 愛しいという気持ちが止まらない。
 でも、今、人前だって自覚ある!

 困り果てた俺は同席者、リリベット嬢とアレクサンドラ嬢に視線を向けると。
 二人は微笑ましい物を見るような温かい目で俺を見てる。

 えーっと。……ハグくらいは許される、のかな?
 空気を読むのは特技になりそうだな。

 そっとリズの頭を片手で抱き寄せて俺の肩に埋めさせた。そのまま頭をなでなで……。
 昔、していたみたいに、リズの身体を膝に乗せる。よし。

 ……ん?

 リリベット嬢が真っ赤な顔をして両手で口を抑えている。
 アレクサンドラ嬢は広げた扇で顔の下半分を隠しているけれど、赤い顔なのは解る。

 2人とも、叫び出したいのを堪えているかのよう。

 でも、叫ばないし。
 俺の動作に非難もされないし。

 まぁ、概ね許容範囲なんだろう。

 懐かしいな。
 昔はよくこうやってリズを膝に乗せた。このまま一緒に本を読んだり歌を歌ったりしたものだ。

「あ、あの……殿下……」

 抗議の声は俺の肩口に顔を埋めたリズから上がった。

「もう昔みたいに呼んではくれないの?」

 殿下呼びがなんとも虚しくて、彼女の耳元でそう囁けば。
 小さな小さな声で

「コウ……」

 と、呼んでくれた。
 それがとても嬉しくて抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。

 3分後、優秀な女性近衛騎士から待ったが入るまで。




===================

 そのまた後日。
 女子会で。

「エリザベスさまは寛大ですわね。あのような扱いを受けて、水に流そうなんて」

 学園在学中の婚約者は突然人が変わったかのように振舞った。
 週に一度あったお茶会を拒否。
 傍によるな、話しかけるな、名を呼ぶな。
 パーティのエスコートは当然のようにキャンセル。
 自分を見る目は酷く冷たくなった。
 それでも。
 最後まで信じたかった。

「昔、歌ってくれた歌がなかったら、挫けていたかも、しれないわね……」

「歌? ですか?」

「えぇ。まだ幼い時に、わたくしに歌ってくださったの」

いちまんねん と にせんねん まえから
あ い し て る
はっせんねん すぎた ころから もっと こいしくなった
いちおく と にせんねん あとも
あ い し て る
リズをしった そのひから ぼくのせかいに
おんがく は たえない

「まぁ……」
「昔から熱烈でしたのね……」

====================

 巡り巡ってこの話を耳にした俺が崩れ落ち、頭を抱えたのは言うまでもない。
 歌ってたか、幼き頃の俺。
 ……無意識だったよ。
 最後は歌詞替えてるし……そうか。だから俺の認識では『めちゃくちゃな歌』だった訳だ。

 この歌の話から、魔女の魅了を打ち破ったのは俺の婚約者に対する深い愛情のなせる技だと、社交界では噂になっているのだとか。

 それらの噂が俺の耳に届くまで、かなりの人と時間を挟んでいたようで。
 今日、結婚式の入場曲に、このワンフレーズがちょいちょい挿入される曲(わざわざ作ったんだって!)が選ばれているのは俺に対する嫌がらせかと邪推するが。

 でも、まぁ。

 隣でリズが。美しい俺の婚約者──今日からは伴侶───が、笑顔で傍に居てくれるなら。

 俺の世界に音楽は絶えない。

 ……うん。菅野先生は偉大だ。
 転生小僧の転生者だという意識が目覚める前の脳内に印象的なワンフレーズを再生させたのだから。
 そしてそれが俺の首の皮を繋げた決め手だ。
 まさに、音楽は世界を救う、だ。
 世界の前に『俺の』が必要かも、だけど。




【おしまい】



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
音楽と書いてアニソンと読む

作中、幾つかアニメネタをぶっこみました。
ご不快に感じた方、申し訳ありませんでした
m(_ _)m
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