生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第33話 王都スタッグへ

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「じゃぁ、行ってきます」

「いってらっしゃい九条さん」

「九条。みやげだ! みやげを忘れるな! 出来れば酒がいい!」

 見送る2人に手を振り返し、馬車は王都スタッグへと走り出した。
 コット村からベルモントを経由して北上する3日間の旅路。
 幌付きの旅客用馬車で快適といえば快適なのだが、ちょっとした段差でも馬車が跳ねるので、結構尻に響く。
 まあ、デスハウンドの背中よりはマシだ。
 馬車の中にはバイスとネストと俺とミア。もちろんカガリも一緒だ。
 カガリはミアを乗せて馬車と並走していたのだが、すれ違う人全てがカガリを見てビビってしまう為、車内へと入ってもらった。
 丸くなるカガリの上に覆いかぶさり、モフモフを堪能しているミアは幸せそうである。

「ねぇ九条。あなた私の誤解は解いてくれたのよね?」

「ええ。もちろん」

「じゃぁ、なんで私はこんなにも威嚇されてるのかしら?」

 カガリは常にネストを睨んでいて威嚇というほどではないものの、警戒はしている様子。
 ミアにもカガリにも、あれはミアを守る為にやったことなのだと説明して誤解は解いておいた。

「知りませんよ。個人的に嫌いなんじゃないですか?」

「えぇ……。私もモフモフしたいんだけど……」

 そう言ってネストが手を伸ばすと、カガリは牙をむく。

「グルルルル……」

「ハハハ……。見事に嫌われたなネスト」

「笑い事じゃないわよ……」

 ミアを羨ましそうに見つめるネスト。
 カガリがまるで高級なソファのように見えているのだろう。
 多少の皮肉を込めて、カガリに寄りかかる姿をネストに見せびらかす。

「主は重いので止めて下さい」

「あっ、はい……」

 平均的な体型ではあるのだが、大人の体重は厳しいようだ。

「そうだ九条。これをカガリの首に掛けておきなさい」

 ネストが差し出してきたのは、ギルドで貰えるプレートと同じ物。
 だが、見たことのない色だ。

「なんです? これ」

「それはアイアンプレート。獣使いビーストテイマー専用のプレートで、使役する従魔に付けておくものよ。それを首に掛けておけばカガリも街に入れるわ」

「おにーちゃん貸して。私がやるぅ」

 隣から伸びてきた小さな手がそれを受け取ると、ミアは嬉しそうにカガリの首に腕をまわす。
 それを大人しく見守るカガリであったが、どう考えても魔獣サイズではない為、短めの紐が若干窮屈にも見えた。
 すると、御者が振り向き申し訳なさそうに声を上げる。

「すいません。ゴールドの方。どちらでもいいのでプレートを貸していただけますか?」

「あぁそうだった。俺のを渡すよ」

「ありがとうございます。助かります」

 首にかけていたゴールドプレートを御者に渡すと、それを馬車の幌についていたフックの部分にぶら下げた。
 日の光と僅かな風を受けながら、キラキラと輝くゴールドプレート。

「あれは何を?」

「盗賊除けだよ。見える位置にプレートを置いて、この馬車には冒険者が乗ってますよってことをアピールしてるんだ。シルバー以上なら結構効果あるからな」

「なるほど……」

 確かに強い冒険者が乗っている馬車は襲わないだろう。結構考えられているんだなぁと感心する。
 荷物にもよるが、基本的に馬車を使い長距離移動するときは、冒険者の護衛を付けるのが一般的らしい。
 客として冒険者が乗る場合は、護衛も兼ねているようだ。

「それよりバイス。あの件はどうなったの?」

「ん? ああ。多分ダメだな」

 なにやらもったいぶった言い方をするので聞いてはいけない話なのかと思い、一応断りを入れる。

「あ、聞かれちゃまずい話でしたら、外出てますけど?」

「いや、大丈夫だ。話ってのはニーナの事だからな」

「ニーナさんがどうかしたんですか?」

「こう言っちゃ悪いが役に立たなかったからな……。俺はまあ、経験が浅かったから仕方ないと言ったんだが、シャロンが酷く怒っていてな。多分降格になるだろう」

 ダンジョンでシャドウ相手に戦っていた時のことだ。遠くから見ていたが、確かにニーナの動きは悪かった。
 降格ということは、シルバーからブロンズへと格下げになるのだろう。

「じゃぁ、担当は外れるの?」

「だろうな。まぁ見え見えのパワーレベリング目的だから仕方ないっちゃ仕方ないが……」

 バイスは両手をヒラヒラとさせると、諦めたように首を振る。

「パワーレベリングってのはなんです?」

「自分の評価を上げるために格上の冒険者の担当になることよ」

 ネストの答えにバイスは補足を入れる。

「そう。例えば今ブロンズのミアちゃんが俺の担当になったとしよう。その状態で何度か依頼をこなせば、ミアちゃんはすぐにシルバーに昇格される。それを意図的に狙ってやることをパワーレベリングと言うんだ。ニーナも組み始めた頃はブロンズだったが、すぐにシルバーに昇格したよ」

 簡単に言うなら寄生といったところだろう。

「それが最近露骨すぎてな……。九条は多分ゴールドはあるだろうから、気を付けた方がいいぞ?」

「どうしてです?」

「ゴールドにもなると、多少融通が利くようになるんだ。ギルド側の許可が必要だが、冒険者側が担当を選べるようになるのさ。そうなるとカッパーやブロンズの下級ギルド職員が自分から売り込んでくるんだ。まぁそれはいいんだが、条件として身体やカネを提示する輩がいるんだよ」

「そこまでします?」

「まあ、ギルド職員でゴールドともなれば、かなり大規模な街の支部長を任されるレベルだからな。必死なんだろう」

 コット村のギルドに常駐するようなゴールドの冒険者はいないので懐疑的ではあるのだが、気を付けろと言われても自分には関係ないだろうと思っていた。
 結局は可能性の話である。俺がまだゴールドとは決まった訳ではないのだ。
 だが、もしゴールドだったら、ちょっとくらいつまみ食いしてもいいのではないだろうか? などと考えていると、それを知ってか知らずか、ミアは胡坐をかいていた俺の足に飛び乗った。
 見上げる顔は、少々不貞腐れているようにも見える。

「ま……まあ、俺は何があろうと担当を変えるつもりはないですけどね!」

 膝の上に乗る気分屋な猫を、なだめるように優しく撫でる。
 人前で言うのは恥ずかしくもあったのだが、俺はミアと約束したのだ。
 ネストとバイスはそれを見て笑っていたが、ミアは得意気な表情を浮かべながらも、満足そうにしていた。


 そして2日目の夕暮れ時に事件は起きた。
 馬車の幌には夕陽を浴びてキラキラと輝くゴールドプレート――にも拘らず、盗賊に囲まれるという緊急事態。

「意味ないじゃないですか、アレ!」

 ぶらぶらと揺れるゴールドプレートを指差し訴える。

「まあ、そんなこともあるさ」

 こんな状態でもバイスは平然としていた。余程自信があると見える。
 相手は盗賊を名乗っていたが、正直それには疑問が残る。
 馬車を取り囲んでいる奴らは、どう見てもゴロツキといった見た目で違和感はないのだが、それに命令している男はどう見ても騎士。立派な鎧を着込み、1人だけ騎乗しているのだ。
 ボルグの方がまだ盗賊らしい盗賊であった。
 全員が同じような装備なら、街の盗賊はおしゃれさんなのかな? とも考えたが、どうやらそうでもなさそうだ。

「荷物を全部寄こせ!」

 馬車内にも聞こえる大声。それをまるで相手にもせず話し合うバイスとネストは、相手に若干の心当たりがあるようだ。

「どこの家の者だと思う?」

「うーん。レストール家かブラバ家あたりじゃないか?」

「ありえるわね。この辺の領地だし……。ブラバ家の情報網はバカにできないわ」

「おにーちゃん……」

 ミアが俺の服の裾をぎゅっと掴むと、不安そうに顔を見上げる。

「どうするんです? 応戦しないんですか?」

「いや、戦えば勝てるのは間違いないが、出来るだけネストの存在は隠しておきたい。恐らくだが、奴らの狙いは魔法書だ」

 どこから聞きつけたのだろうか……。相手は相当優秀な情報網を持っているようだ。
 御者はすでに馬車の中に避難していて、ガタガタと震えていた。

「九条、がんばれ!」

「えっ!? バイスさんは?」

「いやぁ、俺とネストは貴族だからさ。ギルドの依頼以外で暴れると後々面倒なんだよ。ここは俺の家の領地でもネストの家の領地でもない……。何かあった時、後から難癖をつけられる可能性が高いんだ……」

「えぇ……」

 貴族めんどくさ……と思ったが、だからといってこのまま黙って籠っているわけにもいかない。

「はぁ、わかりました。一応やってみますけど、死人が出ても捕まったりしませんよね?」

 バイスとネスト、それに加えてミアも俺を唖然とした顔で見ていた。
 この期に及んで何言ってんだコイツ……って顔である。

「九条、お前の考え方が良くわからないんだが、この状態で捕まるとか考えられる余裕があることは素直に評価するよ……」

 それは奇妙に映ったのかもしれないが、そこはハッキリさせねばならない。
 異世界とはいえ、仏門に身を置いていたのだ。殺生は決して許されない。
 もちろん、それを貫き通して自分が死ぬのは愚の骨頂。
 そこで法の登場である。
 ぶっちゃけてしまうと逃げ道だ。言い換えればどちらが悪なのかということ。

「大丈夫だよ、おにーちゃん。どう考えても悪いのはあっちだから」

「そうか……」

 ならばどうやって追い払うかだが、戦闘経験がなさ過ぎて相手の強さが全くと言っていいほど読めないのだ。
 スケルトン程度ではやられてしまうだろう。とは言え、本気を出してはやりすぎだろうから手を抜くべきなのだろうが、どれくらい加減するべきなのか……。
 バイスが勝てるのであれば、シャドウが丁度良さそうではあるのだが、それを呼び出すには触媒である頭蓋骨が必要だ。
 残念ながら、それは魔法書にストックしてはいない。
 シャドウと同等以上の強さで、今ある物でなんとかするには……。

「バイスさん。その装備一式、借りる事って出来ますか?」

「それは構わないが……。九条じゃこの鎧は入らないんじゃないか?」

「いえ大丈夫です。それよりもちょっと傷がついちゃうかもしれませんが……」

「かまわないぞ? 鎧を着て戦うんだから傷くらい付くのはあたりまえだろ? 着れなくなるほど壊されるのは困るが……」

「じゃぁ、ちょっとお借りしますね」

 御者に馬が暴れないよう手綱を握っておいてくれとだけ言い残し、バイスの鎧を綺麗に並べると、そこに右手をかざした。

「【魂の拘束ソウルバインド】!」

 ――――――――――

 盗賊達のボス。馬に乗った騎士風の男は不敵な笑みを浮かべていた。

(騎士でもないこんな寄せ集めのゴロツキ共と一緒に馬車を襲撃しろと言われた時は耳を疑ったが、今のところは順調だ……。馬車の中では慌てふためいているに違いない……)

 しばらくすると馬車の中から御者が顔を出し、慌てた様子で馬達の手綱を握った。
 強行突破でもするのかと思いきや、御者は手綱を握ったまま震えているだけ。
 次の瞬間、馬車の中から漏れ出る魔法の光。紫色に輝くそれは抵抗の意志を見せたと言っていいだろう。
 
(情報によると、馬車の中にはゴールドプレートの冒険者が2人。重戦士ファランクス魔術師ウィザードだが、魔術師ウィザードは手負いだと聞いている)

 今の光は魔術師ウィザード重戦士ファランクスに何かしらの魔法をかけたのだろうと推測した騎士風の男は、ゴロツキ達に注意を促す。

「そろそろ出てくるぞ! 警戒を怠るな!」

 それを言い終わった瞬間、馬車の後方から誰かが降りて来た。
 その独特の金属音は、相手が重装備であろうことを思わせる。

「ものども! やってしまえ!!」

 持っていた直剣を掲げ攻撃開始を宣言する騎士風の男。
 それに呼応するかのように威勢の良い雄叫びが聞こえてくるはずだったのだが、返ってきたのは想像とは違う声。

「リ……リビングアーマーだぁぁぁぁぁぁ!!」

 悲痛な叫び声が聞こえた矢先、馬車の後ろから何かが宙を舞った。
 
(あれは……なんだ?)

 目を凝らすようにそれを追う。綺麗な弧を描き飛んでいくそれは、誰かの腕。
 持っていた武器はそのままに、それは鈍い音を立てて地面へと落ちた。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 悲鳴と共に激しく打ち合う金属音だけが辺りに響き、吸い寄せられるように馬車の裏側へと消えていくゴロツキ達は、誰1人として戻ってこない。
 馬車の影から流れてくる血の量は、そこで何が起きているのかを安易に連想させた。

「おい。お……お前。よ……様子を見て来い……」

 騎士風の男が手近な所にいた部下に命令するも、そいつは引きつった表情で首を横に振った。
 そして辺りが静まり返ると、馬車の裏から血まみれのフルプレートアーマーが姿を現したのだ。
 右手には片手用の金属斧。左手には重厚なタワーシールド。鎧の右側は返り血で真っ赤だが、左側は盾のおかげで原色を保っている。
 その鎧の中には誰もいなかったのだ。
 隙間から漏れ出ている瘴気が、それに命を吹き込んでいるのである。
 それを目にした馬達は危険を感じて暴れ出す。それは騎士風の男が乗る馬も例外ではなく、情けなくも落馬してしまったのだ。

「ぐえ……」

 馬はそのまま走り去り、御者は暴れる馬達を必死に抑えていた。

「クソッ……落ち着け……落ち着くんだ!」

 それを横目に、ゆっくりと歩き出したリビングアーマー。

「話が違うぞ! あんなバケモノが出て来るなんて聞いてない!」

 リビングアーマー。別名、動く鎧。
 ダンジョンで死に絶えた冒険者の鎧に悪霊が宿ったものだと言われている魔物の一種だ。
 倒すには原型を留めないほどに鎧を破壊するか、魔法で中身に直接ダメージを与える必要がある。
 物理系適性にとっては相性の悪い相手。

「お前達の中に魔法を扱える者は……」

 騎士風の男が身体を起こすと、周囲には誰もいなかった。
 ゴロツキ達は脱兎の如く逃げ出していて、既に残っているのは騎士風の男ただ1人。

「うわぁぁぁぁ!」

 なんとかその場に立ち上がると、男は無我夢中で走った。
 逃げる以外に生き残る術はなく、1人で勝てる相手ではないのは明らか。
 走りながら、何度も何度も振り返る。しかし、リビングアーマーは諦めることなく追って来ていた。
 相手の歩幅がデカイのか、中々距離は開かない。

(疲れた、立ち止まって休憩したい……。鎧が重くて暑い……。足が震える……)

 しっかりと力を入れなければ、よろけて転んでしまいそうなほど力なく走り続ける騎士風の男。
 追い付かれたら確実に死ぬという恐怖。しかし、そこへ一筋の希望が見えた。
 正面に騎馬隊が見えたのだ。その奥には王家の紋章の入った馬車。

(しめた! アレに助けを求めれば!)

 騎士風の男は上げた両腕を必死に振りながらも、大声で叫んだ。

「おぉーい! 助けてくれぇ!!」
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