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第157話 カニバリゼーション
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冒険者達が集うギルド。場所は違えど、その内装は変わらない。実家のような安心感。
隣の喧騒は聞こえず、数人の冒険者が掲示板を眺めていたり、カウンターで何かを話していたりと、外とは一変して落ち着いた空間が広がっていた。
「九条様。ようこそグリムロック支部へ。お話はこちらでお伺いします」
カウンターから声を掛けてきたのはドワーフの女性。ギルドの制服に身を包む彼女は、幼い見た目の割には落ち着いた佇まい。恐らく見た目よりは年上なのだろう。低身長のドワーフならではだ。
俺の事を知っているということは、ギルド内で通達があったのだろう。出来れば緊急の依頼が入っていないことを望む。
「えーっと。暫くこちらに滞在する予定なんですけど」
「承知しております。遠路はるばるようこそおいで下さいました。魔物騒ぎで船のない中、どうやってこちらに?」
「――ッ!?」
身体が硬直し、冷や汗が滲む。その返しは考えていなかった……。
素直に海賊船で……とは言えるわけがない。商船の護衛でと嘘をついても、船が港に入っていなければ、すぐにバレてしまう。
「えーっと……」
わざとらしく目を逸らすと、ギルド職員の女性は訝し気に俺を見つめ、ミアとシャーリーは動揺を隠せず、唾を飲み込んだであろう音を響かせる。
「お……泳いで……?」
あまりの自信のなさに疑問形で返すという大失態。隣の2人から向けられる視線に気まずさを感じざるを得ない。
だが、それを聞いたギルド職員はクスリと笑顔を見せた。
「……ふふっ。面白い方ですね。無理におっしゃらなくとも結構ですよ? ギルドは冒険者さんを信用していますし、人によっては隠しておきたいスキルや魔法などもありますから、深くは聞きません。プラチナの方でしたら、それなりにコネクションもあるはず。ご安心くださいませ」
「あはは……」
苦笑いで誤魔化す。バクバクと響く胸の鼓動が少しずつ平静を取り戻すと、隣からは安堵だろう溜息が聞こえた。
「今のところ、九条様向けの緊急のご依頼は入っておりません。ですので、こちらの用紙にサインをお願いします」
「はい」
ひとまず難は逃れたと胸を撫でおろし、差し出された用紙を受け取る。
「そこに署名して下されば結構ですので」
親切にも指差して教えてくれた場所を確認し、筆を走らせようとした瞬間だった。
「ダメー!」
カウンターに置かれた紙を、凄まじい勢いで奪い去ったのはミアだ。
書き始めに急に引っ張られたもんだから、その紙には長い横長の棒線が引かれただけ。もう少し力を入れていれば破けてしまっていただろう。
「急にどうしたミア?」
「ちゃんと読まないとダメ!」
カガリの上から見せつけるようその紙を広げて見せる。
『プラチナプレート冒険者用:移籍申請書』
プラチナプレート冒険者(以下:甲とする)は、サザンゲイアギルドに所属を希望し、その旨を申請する。
国家間ギルド移籍に伴い、甲は以下の条件に同意したものとする。
・甲が持つ全ての不動産の一切を元ホーム(以下:乙とする)のギルドへ譲渡する。
・甲が乙から受けている全ての補助を放棄する。
・活動はサザンゲイアギルドの利用規約(以下:本規約とする)に準ずること。
・本規約の内容を職員からの説明を受け、同意したものとする。
・甲には1年間の契約が義務付けられ、期間内の破棄は違約金が発生する。
・本規約の変更、改正があった場合は、48日間以内に甲に伝え、14日間の後、施行するものとする。
・当ギルドは甲の個人情報を保護し……
細かい文字でびっしりと書かれているそれは、国家間を跨いだホーム変更申請書。
それに気が付くと、ギルド職員からは盛大な舌打ちが響く。
「チッ……」
だが、ガラが悪くなったわけじゃない。その表情は終始笑顔だ。
「あの……。コレ……」
「ああ、申し訳ございません。間違った物を渡してしまいました。お恥ずかしい。本当はこちらでした」
そして差し出された用紙は、先程と全く同じ物だ。
「一緒なんですけど……」
「……プラチナプレート冒険者様の移籍はいつでも歓迎致しますので、ご一考下さればと思います。本日は以上となります。お泊りの宿が決まりましたらご連絡いただけると幸いです」
職員の女性は深々と頭を下げ、話はそこで終わった。上げた顔は未だ笑顔のまま。中々、肝が据わっているようだ。
プラチナプレートの冒険者を取り込みたいという気持ちはわかるが、そのやり方には賛同しかねる。
それに激しく異を唱えたのはミアだ。頬をこれでもかと膨らませ、咬みつきそうなほどの勢いで捲し立てる。
「どういうことですか! 同意もなしにサインを求めるのは許可されてないはずですよね!」
「そうでしたっけ? スタッグとサザンゲイアでは違うのではないですか?」
すました顔で反論するギルド職員。国によって多少の違いはあるのだろうが、冒険者の契約に関する規約は統一されているはず。
大きな変更があれば掲示板に張り出され、それは施行までに48日間の猶予を得る。そして依頼を受ける冒険者全てに、口頭で伝えなければならないと決まっているのだ。口八丁で言い逃れようとは片腹痛い。
ミアが怒るのも当然である。俺がそれにサインしてしまえば、担当も変更になってしまうのだ。
とは言え、読まなかった自分も悪いので、俺は何も言い返せない。
「支部長を呼んで下さい。担当職員として正式に抗議します!」
「私が支部長ですが、何か?」
勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべるギルド職員。その胸に輝いているのはゴールドプレート。
恐らく嘘ではなさそうだ。カガリもそれには反応を示さなかった。
「ぐぬぬ……」
「ミア、もういい。行こう」
「べぇー」
ギルド職員に向かって思いっきり舌を出すミア。憤慨しているという気持ちは伝わるのだが、怒り方が子供っぽくて愛らしい。
ミアをなだめながらもギルドを離れ、宿を探し始めたのだが、ミアの怒りは収まらない様子。
「帰ったら本部にチクってやるんだから!」
俺にとってもミアにとっても他国のギルドというのは初めてであったが、こうも露骨だとは思わなかった。
プラチナプレート冒険者は稼ぎ頭。それを欲するのは当たり前だ。ただ、俺が稼ぎ頭になるかと言われると疑問ではあるが、規約を破ってでも引き抜こうとするその気概は大したものだ。
ギルドの金銭管理は国ごとの管轄に分かれている。スタッグギルドがどれだけ利益を上げようと、それは国内のギルドにしか還元されず、他国のギルドに使われることはない。
ギルド支部を国というグループに分け、お互いを競わせることで成長を促進させるという本来の目的は、いつの間にか他国から引き抜くという安易な手法に行き着いてしまったのだろう。
1から冒険者を育て上げるよりはよっぽど手っ取り早く、言うなればそれは共食いである。
プラチナプレート冒険者は国力の象徴でもある。自国のギルドにプラチナが在籍すれば、国からは補助金が出る。それが冒険者の奪い合いに拍車をかけているのだ。
プラチナの冒険者が自国に来訪した時こそ、引き抜きのチャンスなのだろう。
プラチナは所属している国に力を貸さねばならない。言い換えれば、引き抜きが相手国の弱体化に繋がり、同時に自国の強化に繋がるということ。
国にとっては、一騎当千の兵と変わらないのだ。大袈裟に言えば核兵器を保有しているようなもの。それ自体が軍事力であり、防衛力なのである。
「緊急の依頼がない限り、ここのギルドの世話になることはないだろう。だからミア。もう気にするな」
「おにーちゃんもちゃんと読まないとダメだよ!?」
「返す言葉も御座いません……」
もっともである。ミアに叱られしょげていると、シャーリーからはダメ押しの一言。
「海賊達の依頼があるでしょ?」
「わかってるよ……」
別に忘れていたわけではない。自分から進んでは関与しないということを言いたかっただけである。
隣の喧騒は聞こえず、数人の冒険者が掲示板を眺めていたり、カウンターで何かを話していたりと、外とは一変して落ち着いた空間が広がっていた。
「九条様。ようこそグリムロック支部へ。お話はこちらでお伺いします」
カウンターから声を掛けてきたのはドワーフの女性。ギルドの制服に身を包む彼女は、幼い見た目の割には落ち着いた佇まい。恐らく見た目よりは年上なのだろう。低身長のドワーフならではだ。
俺の事を知っているということは、ギルド内で通達があったのだろう。出来れば緊急の依頼が入っていないことを望む。
「えーっと。暫くこちらに滞在する予定なんですけど」
「承知しております。遠路はるばるようこそおいで下さいました。魔物騒ぎで船のない中、どうやってこちらに?」
「――ッ!?」
身体が硬直し、冷や汗が滲む。その返しは考えていなかった……。
素直に海賊船で……とは言えるわけがない。商船の護衛でと嘘をついても、船が港に入っていなければ、すぐにバレてしまう。
「えーっと……」
わざとらしく目を逸らすと、ギルド職員の女性は訝し気に俺を見つめ、ミアとシャーリーは動揺を隠せず、唾を飲み込んだであろう音を響かせる。
「お……泳いで……?」
あまりの自信のなさに疑問形で返すという大失態。隣の2人から向けられる視線に気まずさを感じざるを得ない。
だが、それを聞いたギルド職員はクスリと笑顔を見せた。
「……ふふっ。面白い方ですね。無理におっしゃらなくとも結構ですよ? ギルドは冒険者さんを信用していますし、人によっては隠しておきたいスキルや魔法などもありますから、深くは聞きません。プラチナの方でしたら、それなりにコネクションもあるはず。ご安心くださいませ」
「あはは……」
苦笑いで誤魔化す。バクバクと響く胸の鼓動が少しずつ平静を取り戻すと、隣からは安堵だろう溜息が聞こえた。
「今のところ、九条様向けの緊急のご依頼は入っておりません。ですので、こちらの用紙にサインをお願いします」
「はい」
ひとまず難は逃れたと胸を撫でおろし、差し出された用紙を受け取る。
「そこに署名して下されば結構ですので」
親切にも指差して教えてくれた場所を確認し、筆を走らせようとした瞬間だった。
「ダメー!」
カウンターに置かれた紙を、凄まじい勢いで奪い去ったのはミアだ。
書き始めに急に引っ張られたもんだから、その紙には長い横長の棒線が引かれただけ。もう少し力を入れていれば破けてしまっていただろう。
「急にどうしたミア?」
「ちゃんと読まないとダメ!」
カガリの上から見せつけるようその紙を広げて見せる。
『プラチナプレート冒険者用:移籍申請書』
プラチナプレート冒険者(以下:甲とする)は、サザンゲイアギルドに所属を希望し、その旨を申請する。
国家間ギルド移籍に伴い、甲は以下の条件に同意したものとする。
・甲が持つ全ての不動産の一切を元ホーム(以下:乙とする)のギルドへ譲渡する。
・甲が乙から受けている全ての補助を放棄する。
・活動はサザンゲイアギルドの利用規約(以下:本規約とする)に準ずること。
・本規約の内容を職員からの説明を受け、同意したものとする。
・甲には1年間の契約が義務付けられ、期間内の破棄は違約金が発生する。
・本規約の変更、改正があった場合は、48日間以内に甲に伝え、14日間の後、施行するものとする。
・当ギルドは甲の個人情報を保護し……
細かい文字でびっしりと書かれているそれは、国家間を跨いだホーム変更申請書。
それに気が付くと、ギルド職員からは盛大な舌打ちが響く。
「チッ……」
だが、ガラが悪くなったわけじゃない。その表情は終始笑顔だ。
「あの……。コレ……」
「ああ、申し訳ございません。間違った物を渡してしまいました。お恥ずかしい。本当はこちらでした」
そして差し出された用紙は、先程と全く同じ物だ。
「一緒なんですけど……」
「……プラチナプレート冒険者様の移籍はいつでも歓迎致しますので、ご一考下さればと思います。本日は以上となります。お泊りの宿が決まりましたらご連絡いただけると幸いです」
職員の女性は深々と頭を下げ、話はそこで終わった。上げた顔は未だ笑顔のまま。中々、肝が据わっているようだ。
プラチナプレートの冒険者を取り込みたいという気持ちはわかるが、そのやり方には賛同しかねる。
それに激しく異を唱えたのはミアだ。頬をこれでもかと膨らませ、咬みつきそうなほどの勢いで捲し立てる。
「どういうことですか! 同意もなしにサインを求めるのは許可されてないはずですよね!」
「そうでしたっけ? スタッグとサザンゲイアでは違うのではないですか?」
すました顔で反論するギルド職員。国によって多少の違いはあるのだろうが、冒険者の契約に関する規約は統一されているはず。
大きな変更があれば掲示板に張り出され、それは施行までに48日間の猶予を得る。そして依頼を受ける冒険者全てに、口頭で伝えなければならないと決まっているのだ。口八丁で言い逃れようとは片腹痛い。
ミアが怒るのも当然である。俺がそれにサインしてしまえば、担当も変更になってしまうのだ。
とは言え、読まなかった自分も悪いので、俺は何も言い返せない。
「支部長を呼んで下さい。担当職員として正式に抗議します!」
「私が支部長ですが、何か?」
勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべるギルド職員。その胸に輝いているのはゴールドプレート。
恐らく嘘ではなさそうだ。カガリもそれには反応を示さなかった。
「ぐぬぬ……」
「ミア、もういい。行こう」
「べぇー」
ギルド職員に向かって思いっきり舌を出すミア。憤慨しているという気持ちは伝わるのだが、怒り方が子供っぽくて愛らしい。
ミアをなだめながらもギルドを離れ、宿を探し始めたのだが、ミアの怒りは収まらない様子。
「帰ったら本部にチクってやるんだから!」
俺にとってもミアにとっても他国のギルドというのは初めてであったが、こうも露骨だとは思わなかった。
プラチナプレート冒険者は稼ぎ頭。それを欲するのは当たり前だ。ただ、俺が稼ぎ頭になるかと言われると疑問ではあるが、規約を破ってでも引き抜こうとするその気概は大したものだ。
ギルドの金銭管理は国ごとの管轄に分かれている。スタッグギルドがどれだけ利益を上げようと、それは国内のギルドにしか還元されず、他国のギルドに使われることはない。
ギルド支部を国というグループに分け、お互いを競わせることで成長を促進させるという本来の目的は、いつの間にか他国から引き抜くという安易な手法に行き着いてしまったのだろう。
1から冒険者を育て上げるよりはよっぽど手っ取り早く、言うなればそれは共食いである。
プラチナプレート冒険者は国力の象徴でもある。自国のギルドにプラチナが在籍すれば、国からは補助金が出る。それが冒険者の奪い合いに拍車をかけているのだ。
プラチナの冒険者が自国に来訪した時こそ、引き抜きのチャンスなのだろう。
プラチナは所属している国に力を貸さねばならない。言い換えれば、引き抜きが相手国の弱体化に繋がり、同時に自国の強化に繋がるということ。
国にとっては、一騎当千の兵と変わらないのだ。大袈裟に言えば核兵器を保有しているようなもの。それ自体が軍事力であり、防衛力なのである。
「緊急の依頼がない限り、ここのギルドの世話になることはないだろう。だからミア。もう気にするな」
「おにーちゃんもちゃんと読まないとダメだよ!?」
「返す言葉も御座いません……」
もっともである。ミアに叱られしょげていると、シャーリーからはダメ押しの一言。
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