生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第343話 馬子にも衣裳

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 婚約式当日。カーテンの隙間からそっと景色を覗き見ると、砦を越え真っ直ぐ街道を通って向かって来ているのは、シルトフリューゲルの使者が乗っているであろう馬車。
 ニールセン公からは恐らく10名程度の一団だと聞いている。一応は公爵家の式典ということで、相手側もそれに応じた身分の者が来るだろうとのことだが、ハッキリとしたことはわかっていないのが現状だ。
 アンデッドに襲わせ帰ってもらえばそれで終わりかとも思ったのだが、こちら側の領土内では外交問題は免れないとのことで、使者達には手を出すなと言われている。
 ニールセン公はこの機会を逆に利用し、あわよくば停戦協定をと考えているらしいが、そう上手くはいかないだろうと愚痴を溢していた。
 ひとまずは第4王女を守り抜くのが俺の使命。アレックスの結婚式を何事もなく無事に終わらせ、使者達には穏便に帰っていただく。
 第2王女がシルトフリューゲルと内通している証拠を掴めるのが理想ではあるが、それは難しいだろう。
 あの第2王女が尻尾を出すとは思えない。ミアを殺そうとした時でさえ、ニーナを矢面に立たせ言い逃れできるようにと策を巡らせていたくらいだ。性格に難はあるがバカではないのだろう。

「九条? 準備できた?」

「ええ。どうぞ」

 小さなノックが聞こえてくると、扉を開け入ってきたのはドレスで着飾った女性陣。
 ネストは見慣れているとしても、シャーリーとアーニャのドレス姿は普段見ることが出来ないだけに新鮮だ。
 馬子にも衣裳……なんて言ったら怒られそうだが、そう思ってしまうほどの変貌ぶり。
 慣れないドレスに少々の違和感を覚えているようだが、その辺の貴族だと言っても信じて疑わないだろう可憐な乙女といった装いに、気後れするのも仕方ない。

「……どうかな?」

「あ……ああ。凄く似合ってる……と思う……。少なくともド田舎の冒険者には全然見えない」

「……一言多いんだよなぁ……」

 上目遣いで少々照れくさそうに聞いて来たシャーリーは、それを聞いて口を尖らせる。
 そんなこと言われずともわかっているのだ。だが、素直に綺麗だとか可愛いだとか面と向かって言うのは気恥ずかしい。
 逆に多用しすぎれば、女たらしだのすけこましだのと言われかねない為、慎重にもなる。

「で? 九条。昨日の話、考えてくれた?」

「……」

 ネストが言うその話というのは、俺をリリーのナイトに正式に拝命したいという申し出であった。
 そういう意味で言ったわけではないのだが、軽々しくリリーを守るなどと口走った所為で、脈アリだと感じてしまったようだ。
 それに対しては申し訳なく思うのだが、俺の気持ちとしてはお断りしたいというのが正直なところ。
 その理由はいくらでもある。そんなガラではないし、死霊術の禁呪が明るみに出てしまえばリリーへの責任追及は免れない。そもそも自由が利かなくなれば、ダンジョンへも足を運べなくなってしまうだろう。
 やってやれないことはないが、王宮勤めなぞ望んではいない。今でも静かにスローライフを送れればと思っている。
 もちろんネストとバイスもそれは理解してくれている。それでも2人が食い下がるのは、第2王女の存在に他ならない。
 グリンダは、ノルディックを殺した俺を怨んでいるはずだ。だが、国王の命により俺への手出しは出来ないはず。
 だからといって油断はできないが、俺がリリーの傍にいてやれば、グリンダもリリーには手を出しにくいだろうという理屈は理解出来る。
 リリーを守るという意味では有効な手段。期間限定でよければいくらでもなるのだが、一度拝命してしまえば死ぬまでリリーの付き人だと言われると素直に首を縦には振れないのだ。

 その答えを渋っていると、そこへ現れたのは当の本人であるリリー王女。
 皆と同じくドレス姿ではあるが、曝涼式典の時よりは控えめ。それは今回の主役である花嫁よりも目立たないようにと配慮しての事だろう。
 話を逸らすには丁度いいタイミング。

「あれ? ミアは?」

 女性陣の中でもミアだけが王女の部屋で着替えていたはずなのだが、見当たらない。

「カガリ!? ちょっと待っ……」

 廊下から聞こえてきたのは聞き慣れた声。すると、扉の影から何かに押されるようにして出て来たのはミアである。
 その姿は、絵に描いたような才色兼備で、素朴な田舎少女といった雰囲気は微塵にも感じさせない麗しさ。
 それもそのはず、ミアに合うドレスがリリーと同サイズということで、リリーの物を借りているのだ。
 リリー専属のメイクアップアーティストが監修したミアの麗容は、素材の良さも相まって別人にも見えてしまうほどの完成度。
 髪は後ろで1つに束ねられ、隠れていた目元が露に。ほんのり紅い頬のチークが若干強めにも見えるのは、ミアの顔が恥ずかしさで染まってしまっているからだろう。
 そのしおらしさが逆にイイ! ……なんて言うと変態だのロリコンだのと言われかねないので口には出さないが、愛らしくもモジモジとするその仕草は、リリーとは違い年相応で微笑ましい。

「どうですか、九条。見違えたでしょう?」

「ええ。まるでお姫様が2人になったのかと思いましたよ」

 ミアに微笑んで見せるとカガリの後ろにサッと隠れ、そっと顔を覗かせる。
 一瞬だけ見えたミアの後ろ姿に違和感を覚えたのは、それがアンバランスであったからだ。

「今日くらい髪留めは外せばよかったのに……」

 俺がミアに贈った白いキツネを模した手作りの髪留めは、ずっとつけっぱなしである為か色褪せがくたびれているようにも見える。

「これじゃなきゃダメなの!」

 取られないようにとそれを手で覆い隠すミア。
 無理に外そうとはしないが、煌びやかなドレスには似合わないと思っただけだ。

「申し訳ございません九条様。それを大事な物とは知らず……」

 大きく頭を下げたのは、ミアの着付けを手伝ってくれた使用人の1人の女性。
 ドレスとの統一感を出す為に別の物に付け替えようとしたら、怒られてしまったとのこと。
 なるほど。そういう経緯があったからこそ、頑なになってしまっているのだろうと納得した。

「ミアがいいならそれでいいんだ。大切にしてくれて俺も嬉しいよ」

 再度ミアに笑顔を向けると、今度はカガリの後ろから飛び出し、駆け寄って来るミア。
 いつもはそれを優しく抱き上げる俺だが、ふと借り物のドレスを汚すまいと思い立ち、今回は髪のセットが崩れない程度に頭を撫でるだけに留めた。
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