生臭坊主の異世界転生 死霊術師はスローライフを送れない

しめさば

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第640話 オーガの祖先と魔具師ベリト

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 サザンゲイア王国の西端。幾つかあるオーガたちの集落は、人間たちの手によってその悉くが滅ぼされ、残されたオーガたちは住み慣れた大地を離れ流浪の生活を送っていた。
 日中は偵察の目から逃れるために野山に隱れ、真夜中にこっそり動き出す。逃げる先の当てなどなく、ただひたすらに人間達と距離を取る。
 しかし、そんな生活も長くは続かない。
 極度の緊張と疲労は群れを蝕み、満足な食料も得られない。その結果、高齢者と小さな子供たちが非業の死を迎え、群れの長であるガッツは、沸き上がる憤懣と無力感にまみれた。

 それでも足を止めれば待っているのは死だ。なんとしても生き残ろうと足掻き続けていると、広がる静寂の中で見つけたのは、大きな湖。それは漆黒の鏡のように広がり、月の冷たい光が湖面を薄く照らし出していた。
 月明かりが水底を照らせるほどの透明度、時折聞こえる小さな魚の跳ねる音に歓喜するオーガたちだったが、そこにいたのは魚だけではなかった。

「何者だッ!」

 辺りに響く男の声に一同が警戒を強める中、浅瀬をゆっくりと近づいて来る人影。
 それが誰なのか、オーガたちはすぐに理解した。
 湖面は静かに夜の闇を抱きしめている。しかし、その穏やかさを切り裂くように、燃え上がる炎を纏った剣が空を裂き、その赤々とした輝きが湖面へと映し込まれたからだ。
 青みがかった肌の色。浴衣のような物を身に纏い、天辺で結わいた白髪が漆黒の双角をさらりと撫でる。
 紅い瞳に宿る光がオーガたちの全身を凍りつかせ、それは自分の刃など蜘蛛の糸にも劣るものであると、無言のうちに悟らされるほどであった。

「魔族ッ!?」

 オーガたちの長、ガッツは無意識に皆の前に立ちはだかる。
 敵ではないが、味方でもない。無難にやり過ごせるに越したことはないが、それは相手次第。
 辺りに緊張が奔る中、魔族の男は溜息を一つ。燃え盛る直剣を下ろした。

「なんだ、オーガか……」

 魔族の男に敵意はなく、それにはガッツもひとまずは胸を撫でおろす。

「すまない。ここが魔族の縄張りだとは知らなかったんだ。すぐに出て行く……」

「あぁ、気にするな。それよりこんなところでオーガとは珍しいな。お前達の勢力圏はもっと東側じゃなかったか?」

「それが……」

 ガッツは事の経緯を説明した。集落の殆どが全滅したこと。生き残った者たちで身を寄せ合い、逃げながらも新たに定住できる土地を探し旅をしていること。その過程で辿り着いたのが、ココであるということ……。
 魔族の男は、それを親身になって聞いていた。そして、ある提案をしたのだ。

「良ければ、ウチにこないか?」

 その真意は不明だが、ありがたい申し出ではあった。次はいつ、このような恵まれた地に巡り合えるのかわからない。
 確率の低い賭けに出るなら、ひとまずはココで世話になりながら安住の地を探せばいい。そう考えたオーガたちは、その言葉に甘える事にしたのだ。


「ダンジョンの跡地か……」

「あぁ。30層ほどの中規模だが、3人には少し広すぎてな」

「3人?」

 住処として案内された場所は、湖からそう遠くない所にある地下ダンジョン。そして紹介されたのは2人の魔族。

「こっちが妻のアモンで、後ろに隠れているのが娘のアミー。そして俺がベリトだ。よろしくな」

 長く艶やかな白髪の女性。それを、そのまま小さくしたような女の子。
 オーガたちの境遇を聞き、笑顔で迎え入れてくれたアモンに対し、アミーは若干懐疑的。
 しかし、それも時間の問題。オーガたちの中にも同じ年頃の子供がいたからだ。
 おかげで子供同士すぐに仲良くなり、オーガたちがベリト一家に馴染むのも、そう時間はかからなかった。


「なぁ、ベリト。ここに世話になるにあたってのルールなんだが、最下層が立ち入り禁止なのは何故なんだ? ……いや、深い意味はないんだ。言えないなら無理はしなくていい。気にはなるが、ちゃんと守るよう徹底するから安心してくれ」

「大丈夫だガッツ、別に隠してなんかいない。……最下層には工房があって、ただ単に集中したいってだけさ。作業中は邪魔をされたくないんだ」

「工房?」

「ああ。俺とアモンは魔具師アーティファクターなんだ。お前たちに見せたこの剣も、俺が作った」

 ほんの少しだけ鞘から抜かれた刀身。それは真紅に染まり、早く抜けと急かすように鞘の隙間から炎が漏れ出す。

「あぁ、そうだったのか。それにしても凄いな……。そんな武器、初めて見たよ……」

「そうだろう? もっと褒めてくれていいぞ? といっても、完全なる副産物なんだけどな……」

「それが副産物?」

「ああ。龍脈に魔力が流れてるってのは知ってるだろ? その流れの淀んでいるところが魔力だまりとなって、長い年月を経て凝縮されると、結晶化することがあるんだ」

 水道水に含まれるカルシウム分が固まり、水垢と呼ばれるように……。温泉の硫黄成分が固まり、湯の華と呼ばれるように……。それは魔力にも同じことが言えた。
 龍脈を流れる魔力の中でも、極めて純度の高い魔力の結晶。ベリトはそれを、魔石と呼んだ。
 その魔力量は、拳程の大きさの魔石で、大規模ダンジョンのダンジョンハートに匹敵する総量を誇る。

「その魔力があれば、誰でも自由に地上と魔界とを行き来できるようになるかもしれない」

「誰でもってお前……。いや、アミーか……」

 アミーは、まだ7歳と幼い。角も小さく、溜めておける魔力総量も少ない。故に魔界へと帰還するほどの魔力を、自力で工面できないのだ。

「もちろん、それも理由の1つではある」

 魔力の性質は大きく分けて3つ。龍脈を流れる純粋な魔力エーテルと、魔族が扱うアストラ。そして、それ以外のマナだ。
 龍脈を介したダンジョン間の転移が魔族にしか出来ないのは、アストラの性質が龍脈のエーテルに近いから。
 例え人間が、魔界へと至ることのできる魔力量を保持していたとしても、転移すらできないのは、そこに原因がある。

「魔石の純粋な魔力で身体を保護してやれば、理論上は誰でも魔界に行けるはずなんだ」

 物質の保護を目的とした、魔石での実験。
 直剣の刀身に魔石を埋め込み、エーテルで皮膜を形成する。その始動と停止を、使用者の意思で制御できるようにするのがひとまずの目標。
 その過程で出来た物が、魔剣と呼ばれる物の根幹だ。

「本当に、そんなことが可能なのか?」

「ああ。実際、人間でもダンジョン間の転移を可能とする魔具アーティファクトは実在している。ただ、それだけでは魔界に至るほどの魔力総量を蓄えてはおけないんだ」

「仮にそれが完成したとして、人間の手に渡ったらどうする? 魔界にまで人間の手が及んだら……」

「大丈夫、安全装置はちゃんとつけるさ。例えば……魔族に認められた者とか、幾つかの魔具アーティファクトを組み合わせる――なんてことも出来るしな」

 ポケットから取り出した小さな魔石を愛おしそうに眺めながら、柔らかな笑顔を浮かべるベリト。
 その視線は、長い試行錯誤の先にある未来を見ているようで、自分の思い描く夢を信じる情熱が込められていた。
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