香屋の煙蛙

@_1488_

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蛙の足跡

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かみかぜ ときさか ことしょうの
一語ずつ女が詠むのを私は掌を盃にして、乳白色の濁った酒をのむ。
一語ごとに注がれるので、いそいでこぼさぬようにのむが、指の隙間から
雫が流れる。
なぜかこぼしてはいけないと思う。
うまくはないが必死にのんだ。

「意味はわかりますか?」
と女が尋ねる。

当然もうお察しでしょうね。という顔をしたので私はわからないと言い難くなった。

ことばの意味を考えるでもなく、ただ頭で文字をなぞる。
そもそもそんなことば聞いたこともない。

女は私の様子など気にしている風もなく話しかけてくる。
「あなたはどちらから?」

どちらから?
今度は、意味はわかるが答えがわからない。
どちらから、どちらから、、
私はなぜここにいるのかがわからない。
そもそもどうやってここまで来たのかを覚えていない。
「すみません、あの」
何か言おうと思うが、夢の中で話そうとするのと同じようにうまく声が出てこない。

ふと手首に痛みが走った。
目線をおとすと、両手を縄のようなもので繋がれていることに気が付く。
手首にすこし食い込んでおり、血が滲んでいた。

「痛いでしょう。ここへ来たときから、その状態でした。それは普通の縄ではありませんから、無理に外そうとすると余計に食い込みますよ」
女が“痛い”と言ってから、私は余計に痛くなった。
よく見ると、足首にも同じ縄で繋がれたような跡があったが、傷跡だけで縄はなかった。
「足の方は、誰かに外してもらったようですね。どなたか覚えておいでですか?」

どなた、どなた、、
そんなものわかるわけがない。
ただ今まで気にならなかったのが不思議なほど全身が痛い。
手足だけではなく、体中に傷があるようで、着ている古い布のようなものの、いたるところから血が滲んでいる。
「痛い」
今度は無理なく声が出る。
自分の声なのに聞き覚えがないので、驚く。

「大丈夫ですよ、じきに慣れますから、さあ飲んで」
女は白い手でまた盃を差し出す、わたしはやはり、早く飲まなければと思った。
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