楽しい転生

ぱにこ

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51話

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 学園長室にて、お説教をされている真っ只中。
 ソワソワを禁じ得ない私、ルイーズです。
 真っ黒な革張りのソファ、誰かわからない肖像画に、よくわからないトロフィー?の様なオブジェ。
 ザ・校長室って感じで、落ち着けない……。
 いや、学園長室でまったり感を望むものでもないわね……。

「魔法科実習室を使えない様にしてしまったばかりか、積もった『ゆき』というもので、戦いに興じるなど以ての外!怪我をした生徒もいるのですよ。反省しておりますか? 」

 怪我じゃないもの。しもやけだもの……。

「反省はしております。先生が全力でと仰ったとしても、全力を出すべきではありませんでした。しかし、言い訳になりますが、聞いて下さい。雪というものを見たことがない生徒達に見せてあげたいと思った気持ちは、悪戯心などはなく、純粋なものでした。それだけは、ご理解くださいませ」

「学園長。娘は、稀に自重しませんが、そこに悪意はなく、珍しいものを見せたいという純粋な気持ちだったに違いありません。しかし、魔法科実習室を使用できない状態にした事に関しては、親子共々、深く反省しており、お詫び申し上げます。それと、戦いではなく『ゆきがっせん』という、子供の遊びだそうです」

 雪合戦。
 初めは、フェオドールとダリウス、ララ様と私の2対2の戦いだったの。
 ララ様がいらっしゃるから、私は自重したわ。
 キャハハ、ウフフな感じで、優しく雪玉を投げていたのよ。
 しかし、途中から殿下が剣術科の生徒を引き連れてやってきたのがいけなかった……。
 興味を持たれた殿下にルールをご説明した後。
 20対20という、大規模な雪合戦が始まってしまったの。
 ただ、雪玉を投げるだけの遊びが、砦を作り自陣を守るという、本格的で白熱した戦闘になるとは、私も予想していなかったわ。
 あ、ララ様には避難という審判をやっていただいたわよ。危ないものね。
 ちなみに、雪玉を5回ぶつけられると、アウトっていうルールにしたのは 生徒が雪だるまになっちゃう可能性を危惧した結果ね。
 私達の陣では、それぞれが雪玉を作り、投げるという、個人に任せるというプレイスタイル。
 しかし、殿下の陣では、雪玉丸めの兵、投げる兵に別れ、殿下自身は兵に囲まれた安全地帯で雪玉を投げるという、俺様、いえ、王様プレイをしていたの。
 丸めては、投げ、丸めては、投げ…………。
 長期戦になるのは覚悟していたけれど、長引くにつれ、さすがに手が限界になってきたわよ。
 だって、暖か手袋がないんだもの。
 兵に守られた殿下を打ち破るには、私も本気を出さずにはいられなかった。
 その気持ちはダリウスもフェオドールも同じだったようで、3人で共闘したわ。
 カモフラージュに雪玉を連射する係が私。そこへ、警戒した殿下チームが防御一辺倒になった瞬間を狙って、ダリウスが丸める係の兵に近づき、雪玉を溶かす。手持ちがなくなり、慌てた兵たちに乱れが生じた時、身軽なフェオドールが走ったわ。
 殿下に怪我をさせては拙いから、ふんわり柔らかに握った雪玉を5つ持ってね。
 そして、殿下の顔面をめがけて、フェオドールが投げたっ!!

 ━━ボスッ!ボスッ!

 …………さすがよね。
 ……5つの内、命中したのは2つだけだった。
 殿下ってば、意外と運動神経がいいのねと感心した時。
 魔法科の担任でいらっしゃるセレスタン先生の怒声が響いたの。

 ━━━━それで、学園長室にてお説教タイムって流れ。
 さすがに入学早々、呼び出しを受けた父様に対して、申し訳なさが半端ないわ……。
 しかし、学園長のお話を聞きながら、笑ってらっしゃるのが腑に落ちない。
 何か、楽しい事でもあったのかしら?

 学園長がコホンと咳込み、ジッと私達親子を見据えた。
 おっと、回想シーンが余りにも楽しかったものだから、心ここに在らずだったわ。
 お説教を聞かなくてはね。

「ハウンド侯爵の仰る通り、遊びだったとしても!怪我を回復魔法で治したからといって、不問にする訳にはいかないのです」

「あのぉ、学園長。怪我ではなく『しもやけ』というもので、手が冷たくなりすぎて、腫れて痒くなったりする病の一種です」

 皆、剣術科の生徒よ。
 少し手が赤くなったくらいで騒いでたら、剣術の授業なんて受けられないじゃない。
 擦り傷、打撲痕なんて当たり前なのに。

「その『しもやけ』ですか? だったとしても、生徒達に謝罪し、反省する必要があるのです」

 学園長のお髭って、ふわふわね。サンタクロースみたい……。
 ……そうだわ!
 雪も残ってるし、季節外れのクリスマスパーティってのもいいかも!
 ツリーはないから、チキンとケーキだけでいいわね。
 そして、プレゼントは各自持ち寄って、ランダムで交換するの。
 誰のプレゼントが当たるか分からない方が楽しそうだもの……。
 後で、クリスマスの説明と提案をしてみましょう。

「学園長。確かに、事の発端は娘にあるので重々、反省させますが、遊んだ生徒全員も反省させるべきなのではないでしょうか? こちらに伺う際、生徒たちの会話が聞こえて参りましたが。皆、口々に『楽しかった~』『戦闘訓練にもなるよなぁ』などの感想を述べておりましたが? 」

「楽しんでくれたのですね、良かったわ」

 父様の発言と私の言葉に、眉をピクリと動かす学園長。
 そして……フッと気が抜けた様に、こう仰いました。
「さすが、アベル・ハウンドの娘です。貴殿に似て、肝の座り方が半端ない。他の生徒なら、学園長室に呼ばれた段階で委縮するか、身分を笠に着て横柄な態度をとるかの二択ですよ」

 えっ、私、委縮しないまでも、そわそわと落ち着きないですよ。

「そうでしょう。我が娘は、私に叱られ慣れていますからね。これくらいで委縮するような肝は持ち合わせていません。それで、そろそろ本題に移っていただいても宜しいですか? 『バスチアン・コモンドール』先生」

 はっ? 本題? いえ、『バスチアン・コモンドール』先生?
 そんな私の疑問は置いてけぼりで。
 了承するかのように頷き、話を進める学園長。

「そうですね、そろそろ本題と参りましょうか。まず、ルイーズくんの事なのですが、魔法科の授業を受ける意味がわかりません。この学園で学ぶ程度なら、身に着けていると思うので、特例で魔法科研究の方に行かれてはどうでしょう? 」

 魔法科研究ってなんぞや? 
 素朴な疑問を投げかけようと━━
「それはいい!ルイーズ、良かったな!魔法科研究なら、魔道具の開発も行っているし、古代魔法の文献も読み放題だぞ!あ、古代魔法とは、今は使える者が居ないとされているが、たぶん父様は使えるような上級魔法だと思う」
 したら、父様が解説してくださいました。
 どうも。

「では、決まりという事でよろしいですね。次に剣術科の方なのですが、授業の事は問題ないとして、更衣室がなく不便をかけている状態でして……」

 そうそう、トイレで着替えるのは構わないのだけれど、汗を流せるようにシャワー室が欲しいのよね。

「それは、従者であるケンゾーから聞いております。スペースさえ確保できれば、すぐにでも施行を始めたいのですが」

 昨日の今日で、父様のお耳に入れるなんて、ケンゾーもやるわね!

「それが、空いてるスペースがないものでして……」

 恐縮しながら、そう仰る学園長。
 中にスペースがないなら外でもいいわよ。私一人だし、1畳分くらいのスペースがあれば事足りるだろうし。
 そう思い、父様と学園長に提案をしようとしたら。

「なんですと!確か、剣術科の訓練所には、観客席の他、無駄に広い武器庫がありましたよね。そのスペースを少し分けてもらって、娘の更衣室を作るのはどうでしょう? いや、なに、そんなに広くは取らない約束いたしますから、許可をお願いします」

 …………なんだか、とっても不安になる父様のお言葉。
 無駄に広く、無駄に豪奢なものを作り出しそうで怖いわ。
 念を押した方がいいかしら?

「わかりました!許可いたしましょう。いや、なに、無駄に広い事は存じていますし、半分くらいなら構わないでしょう」

 っ、学園長!簡単に許可なんかしないで!
 武器庫の半分って、教室より広いじゃない。
 そんな場所で、ポツンと一人で着替える方が侘しいし嫌だわ。
 ここは、ガツンと言っておかなくてはね!
「父さ━━」
「ありがとうございます。早速、施工を始めるといたしましょう。ルイーズ、もう少しの我慢だぞ。父様が立派な更衣室を用意してあげるからね。君に憧れて、剣術科を志願する女生徒が増えるのを想定して、広めに作った方が良いだろう? 」

 …………。
 憧れ? はないとしても、これから先、女生徒が来る可能性は否定しきれないし、ボッチ仕様を作っていただくよりは有意義なのかしら……かしら?
 …………。
「父様に、お任せします」

 父様にそう告げると、うんうんと頷き、頭を撫でて下さいました。

「では、次の問題に移るといたしましょうか。今年から、剣術科、魔法科を受ける生徒全員に冒険者登録を進めて、遠征に出かけようかと思っているのです。そこで、先生達だけでは、人手不足もあり、誰か任せられる人材を数人、手配していただきたいと思いまして」

 生徒全員が冒険者登録をして、遠征に出かけるの?
 うわぁ、楽しそうだわ。

「それはいい。何人程、手配すれば宜しいのですか?」
「剣術科、魔法科の生徒全員で100人程度ですので……ふむ、10人くらいお願いします」
「それは、冒険者や騎士でも構いませんか? 」
「もちろん。遠征に慣れていて、生徒を指導できる人材であれば、全く構いません」

 学園長の言葉を聞いて、父様は暫し考え込まれた後。

「いつ頃まで、手配すればいいのです? 」
「遠征は、ひと月後を予定しておりますが、その1週間前までには決めていただけると、打ち合わせなどもありますし、助かります」

 ひと月後に行くのかぁ。魔物を倒したりするのかしら?
 期待したキラキラの目を、父様に投げかけると。
 応じる様に、父様が学園長に聞いて下さいました。

「魔物などの討伐を考えていらっしゃるのですか? それとも、生徒達を遠征に慣れさせる為の訓練と考えたものでしょうか? 」

「両方です。剣術科、魔法科共に、冒険者登録をする者が多いのが現状ですが、騎士として志願するにも関わらず、旅に不慣れな者が居ると騎士団より苦言を呈されまして……それで調べましたら、冒険者登録をしていた者は、旅慣れており、冒険者登録をしていなかった者は、自らは動かず指示された事ですら、手取り足取り教えないと出来なかったという訳です。ですので、学生の間に旅慣れてもらおうという案が上がってきた訳です。万が一、魔物などに出会った場合は、その魔物に応じて、倒すべきか逃げるべきかを考えるとして、出来るだけ生徒の安全を優先して指導してくれる方を、望んでおります」

 …………冒険者登録をする者としない者では、そんなに違うものなのね。

「承知しました。旅慣れており、生徒をしっかりと指導できる者。尚且つ、生徒を安心して任せられる強者を手配しておきましょう」

 父様がそう仰ると、ムキムキで傷があちらこちらにある様な百戦錬磨の達人とかばかりを手配してきそう……。
 学園長は肩の荷が下りたと言わんばかりに、優雅にお茶を嗜んでいらっしゃるし……。
 魔法科は女生徒もいるのだから、女性も数名手配していただいた方がいいわよね?

「父様。手配される方に心当たりがあるようですが、もちろん、女性の強者も用意してくださるのですよね? 」

 私がそう問うと、目を見開き、言葉を失う父様と学園長……。
「「っ!!」」

 えっ、考えてなかったの?
 が、学園長、お茶、お茶が零れてるっ。
 学園長にハンカチを差し出しながら、お2人に進言いたします。

「剣術科を学ぶ女生徒は私一人ですが、魔法科は女生徒も多いのですよ。女性の強者も手配しないと、年頃の娘を持つ親としては心配の種が増えるだけかと思います。例えば、遠征と言えば行軍に野営。そんな時にトイレに行きたくなったとしても、周りが男性ばかりだと、御令嬢は口に出すのもはばかられるのではありません? 汗を拭ったり着替えたりする際も、安心できないではありませんか 」

 他にも色々言いたい事があるけれど、考え込まれている父様の反応を待つことにしましょう。
 ハンカチを受け取ったまま固まっている学園長からハンカチを奪い取り、お茶塗れになったテーブルを拭きます。
 駄目だ、ハンカチじゃ拭いきれない。魔法で乾かすか!
 『ドライッ!』
 この魔法は、温風を出すだけの生活魔法に毛が生えた程度のもの。
 あ、同じ効果がある魔道具はあるのよ。ドライヤー的な物が。
 髪を乾かすのに、いちいち魔道具を持ち運ぶのが面倒だったからこそ、閃いた、ものぐさ者にぴったりな魔法なのです。
 私が、なんだかんだとしていると、父様が口を開きました。
 我に返ったのね。

「確かに、女生徒がいるのなら、女性の強者も手配せねばならんな。気が付かなくてすまなかった。ルイーズ、許してくれ」

 ペコリと頭を下げ詫びる父様。
 許すも何もないのだけれど……。

「父様、頭をお上げください。責めたりしている訳ではありませんし。ですが、女性の強者に心当たりは御座いますの? 」

「近衛騎士団には、女性もいるが……女性王族を守る任を離れる訳にもいかないし……ふむ、護衛も担っている侍女数人にあたってみるか」

 あっ、ナディアがやって来そうな予感がする……。
 あ、でも、殿下の傍を離れる訳にはいかないから、女生徒側のお世話は無理かもね。

「では、男性の指導員、女性の指導員をそれぞれ同じ割合で手配をお願い致します」

 私が、そう父様に願い出ると、いつの間にか復活していた学園長も、重ねて願いでました。

「そうですね。それで、お願い致します」

「生徒達に不便が出ない様、尽力いたします。それで、問題はこれで終わりですか? 」
「はい。遠征の件は、各担任であるバセンジー先生とペンブローク先生にお願いします。それと、ルイーズくん。いたずらは程々にお願いしますね」

「はい、学園長。申し訳ございませんでした……」

 学園長にしっかり釘を刺されて部屋を出ると。
 父様がクスクスと笑っていらっしゃいます。

「父様? なぜ、先ほどから、笑ってらっしゃるのです? 」
「うん? ああ。昔、父様もよく学園長室に呼び出されて、叱られたのでね」

「父様がですか? 私の様にいたずらをして呼び出されたんですの? 」
「いたずらではないのだが……いや、いたずらになるのか? 陛下の口車に乗せられてやったことだから、いまいち実感はないが……」

 …………陛下の口車に乗せられてやった事か。
 うん、ろくでもない事の様な気がする。

「父様。聞かない方がいいのですよね? 」
「そうだね。ルイーズは聞かない方が、いいかもしれない。これからも家臣として、忠義を尽くすのだったらね……」

 父様……なんて、遠い目をなさるのっ。
 かえって気になるじゃないっ。

 じれったい気持ちを持て余していると、父様がニヤニヤと笑みを浮かべ始めました。
 百面相でもしていらっしゃるのでしょうか?
 本日は表情がコロコロ変わるわ。

「父様? 何かを企んでらっしゃる様なお顔になってますよ」
「そうだろ。企んでいるからね。フフフ」

 そう仰る父様は、それ以上語らず、お帰りになりました……。
 うん、私も反省して、自重すべきだけれど。
 父様も自重すべきだと思うの。
 だって、きっと、とんでもないことを考えてらっしゃるはずだから…………。
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