楽しい転生

ぱにこ

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其の参

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 王都テリアにある冒険者ギルドの前で、ハウンド侯爵は真新しい扉を眺め一人頷いていた。
「うむうむ。依頼した通りに仕上がっているな」
 その扉とは、冒険者になるぴよたろうが出入りしやすいよう特別に作られたもので、大きな扉に小さな扉がくっ付いた切り戸ならぬ、切り扉といった感じだ。
 ちなみに設計はルイーズが行った。

「さて、行くか」
 十分に扉を眺め、満足した侯爵は背後に控えているぴよたろうと共に真新しい扉を潜り抜けた。
 本日は、ぴよたろうの冒険者登録を行うのが目的である。
 赤狼仮面の仮面を外し、ただの付き添いとして目立たぬようローブに身を包んできた侯爵に抜かりはない。
 はずなのだが、入った瞬間、憧憬の眼差しを向けた冒険者に取り囲まれてしまう。
 侯爵は思った。
(私の荘厳さはローブ如きでは隠しきれぬのか)
 と。
 だが違った。冒険者の瞳に映っているのは、ぴよたろうであって自分ではない。
 まだ入り口で、もたついているぴよたろうに、侯爵はほんの少しの嫉妬を感じつつ、早く来るように促した。
「ぴよたろう、急ぎなさい。冒険者登録をしてケンゾーやルイーズに報告するのだろう?! 」
【ココッ!! 】
 侯爵にそう言われ、ハッと我に返ったぴよたろうは慌てて受付に並んだ。

「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日は、どういったご用件でしょうか? 」
 何故か、頭を氷で冷やしている受付嬢がお決まりの挨拶を告げ、出迎えてくれる。
【ココッ! 】
 鳴き声高らかに、冒険者登録をして欲しいと告げるぴよたろうの横から、侯爵が必要事項を記入した用紙を受付嬢に手渡した。
「これで頼む」
「冒険者登録ですね。はい、記入漏れ等はございませんので、カードが発行される間にギルド規約をご説明いたします」
【ココォ】
「頼む」

 ・
 ・
 ・

 王城から少し離れた草原に、一軒だけぽつんと建つ小屋がある。
 外には毛並みの美しい1頭の馬が繋がれており、優雅に草を食んでいた。
 一見、馬小屋と見紛う小屋の中は、様々な魔道具が設置されており、水も火も不自由なく使える。
 調理も出来るし、シャワーも浴びれるというわけだ。
 室内の奥には、仮眠用に設けられた木枠だけという簡素なベッド2台。
 しかし、敷かれている寝具は最高級品といったちぐはぐ具合が目に付く。
 室内の中央には丸いテーブルと5脚の椅子が規則正しく円を描いて並んでいる。
 その椅子に、隠しきれない威厳を漂わせ、ギルドで冒険者登録をしているぴよたろうと付き添い人である侯爵の帰りを待つ者がいた。

 その者は、暇つぶしとばかりに手に持つ仮面を磨いたり、剣の手入れを行ったりしていたが。
「暇だ…………なぜ、私が留守番せねばならないのだ?! 共に行っても良かったろうに……この金色に輝く仮面で身バレはせんだろう……はぁ、暇だ……」

 持て余した暇はつぶせず、一人愚痴っていた。
 そして、暇が人をおかしくした。
 まさに、魔が差したのであろう。
 テーブルに置かれた赤い仮面を手に取り、
「常々、この仮面には、何か物足りなさを感じていたのだが……そうか! 眉がないのだ。よしよし、われが直々に眉を書いてやろう。ふっふっふ」
 賢王とは思えぬほど、悪い顔をしてペンとインクを手に取り、仮面に眉を書こうとしている。
 そして、なんの躊躇いもなく、大胆にペンを走らせた。
 一筆。
「おお、なんと凛々しい眉だ。素晴らしいではないか」
 己の才に酔いしれんが如く、自画自賛した。
 そして、更にもう一筆走らせようとした時。

 ━━ガタッ

「陛下、ただいま戻りました」
「ふぉっ!! 」
 奇妙な声を発してしまったものの、咄嗟に仮面とペンを隠すことが出来た陛下は作り笑いを浮かべ、侯爵と後ろにいるぴよたろうを出迎えた。
「戻ったか。待っていたぞ」
「陛下? 今、お隠しになったのは、私の仮面ですよね? そして、なぜペンまで隠したのですか? それにの仮面が少し変でしたが? 」

 見られていた。細かな所まで見られていた。
 さすがは剣聖と謳われる者の目を誤魔化す事は叶わぬのかと、諦めに似た覚悟をする陛下。
 だが、情状酌量の余地を願い、悲し気に問うてみた。
「怒らぬか? 」と……。
「はぁ、内容によりますね」
 そんな曖昧な返答だと、出すに出せないではないかと思うが、国王としての気質がそれを許さず、渋々仮面を取り出してしまった。
 おずおずと差し出された仮面を手に取った侯爵は、主君であるフレデリックに満面の笑みを向けた。

「これはなんでしょうか? 」
「眉だ」
「それは見れば、わかります。なぜ、狼に眉が書かれているのですか? と伺っているのですよ」
「それは、アベルの様にキリリとした印象があった方が良いと思ったのだ」
 国王ともあろうものが、保身に入り、さらっと嘘を吐いた。
 ここで、暇だったからと正直に話して火に油を注ぐことはない。そう思ったのだ。

「わかりました。凛々しさを表現したかったのですね」
 侯爵がそう言って、優し気な笑みを浮かべた。
「うむ、凛々しいだろう」
「はい。しかし、私の赤狼仮面だけが凛々しくなってしまうと、皆から不平不満が出るやもしれません。これはパーティ全員分の仮面に凛々しい眉を書く必要があると思いませんか? 」
「そうか? 」
「はい。しかし、陛下のお手を煩わせる訳にも参りませんので。私が金狼仮面に眉を書かせていただきます。宜しいですね? 」
「うっ、うむ……任せた…………」

 これは陛下の身から出た錆である。
 幼馴染でもあり、親友でもあるアベルがあの笑顔を浮かべている時、反論するとどうなるのかは身を持って知っている。
 それは、フレデリックがまだ国王になる前。
 フレデリックは、アベルの制止を聞かず、ワイバーンの群れに突撃したことがある。
 高く跳躍し、攻撃がもう少しで届くと思った矢先、飛来してきた他のワイバーンの攻撃が当たり、下に叩きつけられてしまったのだ。
 フレデリックは全身を打ち、苦痛に悶えていたところ、回復魔法の苦手なアベルが必死に魔法を唱え癒してくれた。
 その時。
『なぜ、無茶をなさるのですか! 』
『これが、冒険者として活動できる最後の機会だ。ワイバーンすら狩れないで、国王になれるか? 強く逞しい王にならねば、民は安心出来ぬであろう』
 フレデリックはもっともらしい言い訳をした。
 しかし、それは本心ではなかった。その時、婚約者であったブリジットに良い所を見せたかっただけである。
 そして、アベルが今と同じような笑みを浮かべこう言った。
『そうですか、民心を掴むために無茶をされたのですね。しかし、殿下と私達はパーティなのですよ。1人で突っ走らず、皆で協力して倒せば、殿下の功績になるはずです。少し、待っていてください。私がワイバーンを下に落としますので、殿下や皆は止めをお願いします』
 そう言い、皆の返事を待たず、アベルはワイバーンに向かって一閃した。
 今でも、フレデリックの耳にあのワイバーンの断末魔が残っている。
『アベルよ。止めも何も……』
『すみません。殿下のお手を煩わせるのもどうかと思いましたので』
『しかしな。私が止めを刺さなければ、功績とは言えぬだろう』
『そうでしょうか? いえ、殿下がそう仰るのではあれば、そうなのでしょう。では、暫くお待ちを』
 またもや、皆の返事を待たず、アベルは残っているワイバーンに向かって次々と一閃して行った。
 それも、器用に片翼だけを切り落とし、生きたまま下に叩き落としたのだ。
『殿下。止めをお願いします』
 例え片翼がなくとも、ワイバーンは容易く狩れるものではない。
 しかも群れである。
 それを落とすだけ落とし、後はフレデリックに一任した。
 そればかりか、アベルや他の面々は物見遊山気分で眺めては時折、声援を送る始末。

 当時の様子を思い出し、成す術もなく自身の仮面に凛々し過ぎる眉が書かれるのを見守るしかない陛下。
 こうして、凛々し過ぎる眉が書かれた金眉仮面と片眉しかない赤眉仮面が誕生した。



 ◇ ◇ ◇



 ノア大陸の東には、四方を海と川に囲まれた『ホエール連邦国』がある。
 その北東の海岸で、一隻の船が座礁しているのを漁師達が発見し集まっていた。
 漁船ではない。見た所、貴族が船遊びをする為に造られた立派な船である。
 その様な船が座礁し、波に打ち付けられ船体が揺れているにも関わらず、中から人が出てくる気配がない。

「どうするよ。中に入って人がいるか確かめるか? 」
 第一発見者である1人の青年がしびれを切らし、漁師仲間に尋ねた。
「でもよ。見た所、貴族の船っぽいぜ。助けたはいいけど、特に何もない漁村で貴族様をもてなせるか? 」

 その言葉を聞いて、もう一人の漁師仲間が頷いた。
 小さな漁村で、貴族をもてなせるだけの余裕があるわけもなく。
 招かれざる客人に、どう対処していいか分からず手をこまねいていた。

「気のいい貴族様だったらどうするよ。後で、褒美とかもらえるんじゃないか? 」
「いや、反対に我儘貴族様だったらどうするんだよ。お前が面倒みるのか? 」
「…………無理だな」

 青年は、そう言って押し黙ってしまう。
 そこへ、1人の老人が杖をつき歩いて来た。
 この小さな漁村のおさである。
 座礁した船を発見したという報を聞き、取り急ぎやって来たのだ。
 しかし、来てみるとどうだろう。誰も船に乗りこもうとせず、傍観しているではないか。
 人が乗っていないのであれば、それでいい。だが、怪我人や病人がいて、それを助けぬのは人道的に反する。
 見かねた長は声を荒らげた。
「何をやっておるんじゃ。助けに行かんかっ! 」
『長っ』
 漁師の青年達は、長の登場に驚き、慌てて船に乗り込んだ。
 それなりに大きな船である為、船首、船尾、船内、それぞれが手分けして調べる事にした。
 船の第一発見者である青年が、船内に続く扉を開けると奥で子供が2人、互いに抱き合う様に倒れていた。

「子供がいたぞーーっ!! 」
 齢にして3つか4つくらいの幼子。体は冷たくなっているものの、僅かに息をしている。
 発見した青年は、安堵し急ぎ子供を抱えて船を降りた。
 すると、船尾を調べていた仲間が、
「ここにも人がいるぞーーっ! 」と叫んでいる。
 青年は長に幼子を預け、再び船に駆け込んでいった。

 船尾に到着すると、人がいると叫んだ青年も船首を調べていた青年もただ茫然と佇んでいる。
「どうした? 人が見つかったんだろう? もしかして、死んでいるのか? 」
 死んでいるのかと問うと2人は首を振り否定する。
 それなら、なぜ助けないのだろうと不思議に思い、近づくと倒れている者の姿が目に入った。

「っつ!! 」

 倒れている者……。
 褐色の肌は漁師達も日に焼けている為、物珍しさはないが、茶色がかった金髪から覗く2本の角と尖った耳を見て、言葉を失っていたのだ。
 そして、1人の青年が、ある事を思い出した。

「もしかして、獣人!? 」
「「獣人? 」」
「ああ、遠く離れた大陸には獣人やドワーフ、エルフが住んでいると聞いたことがある。角が生えているし、獣人なんじゃないかと思ったんだ」

 魔族の特徴は十人十色である。コルドゥラの様に色白な者は殆どいないが、褐色の肌に角が生えている者や、翼のある者、耳がエルフの様に尖っている者もいる。瞳の色も深紅、漆黒、鈍色など多彩ではあるが、一様に色が濃い。瞳を覗けば吸い込まれそうになるほどに。
 それは、魔族の特殊能力が瞳を介して発動する所以だと言われている。

「そんな遠い大陸から、流れ着いたってのか……」
「どうする? 」
「どうするも助けるしかないだろう。もう、子供の方は長に預けてしまっているしよ」

 子供だけ助けて終わりという訳にはいかない。
 助ける以外の選択肢はないのだ。

「それじゃあ、抱えるか。━━━━うっ、おもっ! なんでこんなに重いんだ?! おい、1人では無理そうだ」
「じゃあ、俺が足の方を持つから、お前は頭の方を支えてくれ」
「わかった」

 その者は華奢な体躯に似つかわしくない程に重く、2人がかりでようやく抱えられた。
 服が水を吸い、重くなっただけではなさそうだ。

「重いのは剣のせいじゃないか? 」
 両腰に差している剣が重みで垂れ下がり、床を削っていくのを見て、仲間にそう告げた。 
「へぇ、この獣人は剣士様なのか」

 小さな漁村で、剣士を目にする機会は全く無いと言っていいだろう。
 仲間が羨望に似た視線を送り、垂れ下がった剣共々抱えなおすのを見て、青年が提案する。
「剣だけ俺が持とうか? 」
「いや、いい。このまま降りる。お前は、他に人がいないか確かめて来てくれ。それと、荷物もあるだろうから、探してきてくれ」
「わかった」

 第一発見者の青年は、船から降りる2人を見送り、船体に残っている者はいないか、荷物が残っていないか確かめに戻った。
 船体を隅々まで調べ上げ、人がいないのを確認した。
 そして、船内の子供が倒れていた場所の脇で小さな手荷物を発見する。
 青年は中を確認するべきか迷ったが、嫌な予感がしたためそのまま持ち帰ることにした。

 ・
 ・
 ・

 ホエール連邦国の北東にある小さな漁村に辿り着いたリヒャルト、ダミアン、アガーテは、その村の長の家で保護された。
 3人は手厚く看病されているが、まだ意識を取り戻していない。
 船が座礁した衝撃で意識を失ったのか、それとも他に原因があるのかはまだ分からない。
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