ワガママ令嬢はミステリーの中で

南の島

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叔母は悪役のようです

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「事実を申し上げただけでございます、本当は、どこの馬の骨か分からないライリー様にはもったいないお相手だというのに」

「ライリーがどこの馬の骨か分からない?」

「えぇ、そうなんです、クリストファー様とご結婚されたディアナ様の連れ子だったんですが、お優しいクリストファー様はご自分の養子にされて。ゆくゆくはこのお屋敷を継がせるためにヘンリエッタ様とのご婚約までお決めになったんです」

「でも、お父様がそんなことお許しになったの?」

「旦那様はご不憫な立場であられます、何しろ婿入りしているものですから、大旦那様やクリストファー様には頭が上がらないんですのよ」

「じゃぁ、お祖父様が亡くなられたら、継承者は誰になるの?」

「それは旦那様です。大旦那様はクリストファー様にはあまりご期待されていないようでして・・・・・・。しかし旦那様が亡くなられたらヘンリエッタ様が次の継承者でございますよ」

「叔父様じゃなくて、次は私なのね・・・・・・でももし私がいなければ、叔父様が継承者ってことになるのかしら」

「おそらく・・・・・・私も詳しい話はわかりませんが、もしかしたらスチュアートなら知っているかもしれません、スチュアートにも事情を話して詳しい話を聞き出しましょうか?」

「ううん、出来るだけ人には知られたくないの。だからこれはリタと私だけの秘密、ね?約束して」

「はい!あぁ、わたくし、こうやってヘンリエッタ様と仲良くできることを夢みて参りました。2人だけの秘密だなんて、ワクワクしますわ」

楽しそうにはしゃいでいるリタを見て、今更ながら色々打ち明けてしまったことを後悔する。この様子じゃ、5分後には他のメイドに話していても不思議ではない。女というのは得てして秘密や隠し事が好きである。もちろん誰かと「共有すること」でその楽しみは最高潮に達するのだ。

遠慮なく深い溜息をついたが、それはノックの音でうまい具合にかき消された。

「どうぞ」

と言いながら慌てて日記帳を閉じる。素早く引き出しの中へしまいながら、リタには「約束を忘れないように」と眉に力を入れ無言で念押しをした。

「お勉強中にごめんなさいねぇ、ちょっと急用でお耳に入れたいことがあって」

そう言いながら入ってきたのは、仮面・・・・・・いや仮装舞踏会かと思うほどのどぎつい赤いドレスを着た40代ほどの女性だった。厚いメイクは3メートル離れた場所でも白粉の臭いが鼻につく。それに混ざった香水が一瞬で部屋の中を充満させた。一体、この下品な女は、誰だ。

その訪問者に見えない位置からリタの足を軽く蹴る。リタ!と心の中で叫びながら何度か蹴ったあとにリタはようやくその意図に気付いてくれたらしい。

「ディアナ様、おはようございます」

とあわてて腰をかがめた。

なるほど、これがライリーの母親。つまり私にとっての義理の母になる女であり、なおかつ母の弟の妻で叔母であるということだ。あぁ、ややこしい。

「おはようございます、ディアナ叔母様」

親交の程度まで確認していなかったので、できるだけ澄ました顔でそう言った。横目でリタを見ると顔が引きつっている。先程のライリーの説明の時にしても、リタはどうやらこの親子をよく思っていないらしい。

まぁ、初対面の私から見ても、お世辞にも「良い人」には見えなかった。

「おほほほ、叔母様だなんて、他人行儀ねぇ、ヘンリエッタ、今日はお友達として大事なことを教えに来たのよ」

ディアナは悪趣味な扇子を手に持っていて、それを口元に当て、本当に「おほほほ」と笑った。まるで三文芝居を見ているようだ。その粘っこい話し方と仕草に鳥肌が立つ。こんな女と友達だなんてヘンリエッタの性格も推して知るべし、だ。

「座ってもよろしくて?」

「どうぞ、ディアナ」

この呼び方が合っているのか分からなかったが、ディアナが満足そうに椅子へ腰掛けたのを見てホッとした。

「また、「あの女」の事で来たの」

あの女・・・・・・?目の前にいるこの不快な叔母こそ「あの女」の呼称に相応しい人間だが、彼女が言う「あの女」とは誰のことだろうか。聞き返せずにいると、ディアナは勝手に話し始めた。

「あなたの妹の件でね、全くあの性悪女ったら油断もすきもないわね」

ディアナは「妹」という言葉をまるで石ころでも呼ぶかのような嫌らしい発音で言った。なるほどシャーロットのことだったか。確かにディアナとシャーロットじゃぁまるで真逆の人間だ。

「あの女ったら、またライリーと2人きりで仲良く話していたわ、ほら、庭から森に続いている小道の先に湖があるでしょう、そこで仲睦まじく肩を寄せ合っていたの。自分の姉の婚約者と知っていながら、ライリーを誘うなんて、本当に厚かましい女よね」

ドレスに負けず劣らない下品な色の唇は、話している間醜く歪んでいた。女性を守る象徴である「ダイアナ」の名前がこれほど似合わない者は他にいないだろう。何なら今すぐ「メデューサ」あたりに改名したほうが良い。

悪意のあるその表情を見ていられず、自分の手に視線を落とした。この人は、何のためにそんな話を私に言いに来たのだろう。ライリーとヘンリエッタを結婚させたくないのだろうか?それとも共通の敵を作ってシャーロットの悪口を言いたいだけ?私はしばらく考え、

「本当にシャーロットから誘ったのでしょうか?もしそうなら、ライリーがお断りになればよかったのに」

と言って相手の反応を伺った。ディアナは特に気にした様子もなく、むしろ得意げに鼻の穴をこちらに見せつけて笑った。

「それがライリーったら優しい子でしょう?きっと誘われたら断れないのよ」

ライリーが優しい?今のところライリーには敵意しか向けられていない。この親にしてこの子あり、とはまさにこのとだ。

「では、ディアナがご注意してくださったら良かったのに」

「子どもの恋愛に親が口出すものじゃないわ、私はそういう教育方針なの、ライリーにはのびのび育ってほしいのよ」

のびのび育つって歳かよ。全く意図が分からないこの悪意ある報告に、ものの数分で辟易してしまった。こういう時、ヘンリエッタは一緒になって悪口を言っていたのだろうか。今私はヘンリエッタの体を持っているとはいえ、さすがにあの可愛らしいシャーロットを悪く言うことなど出来ない。とにかくさっさとこの人に帰ってもらおう。

「シャーロットには身の程を弁えるように注意しておかなくちゃいけませんわね」

そう言うと、ディアナはもともと大きな鼻の穴をさらに大きくして、私の目を爛々として見つめた。冗談で思ったのに、これじゃ本当に蛇だ。

「そうよ、お願いね、なんならあなたのお祖父様から注意してもらったほうが良いわ、あなたからのお願いならきっと聞いてくださるわよ」

「あなたが直接言えばいいのではないですか?」

「あら知ってるでしょ?あの方ったら私と目さえ合わせないんだから。もうここに住んで5年になるっていうのに、未だに他人扱い・・・・・・だからお願い、ヘンリエッタから、ね」

まだ「お祖父様」には会っていないが、ディアナと目を合わせたくない気持ちには共感した。小さく肩をすくめて「言えたら言っておきますわ」と言うと、ディアナはまた「おほほほ」と笑うと、ドアの方へ向かう。そして、急に振り返ると、

「あ、そこのメイド、私の部屋にお茶の用意を」

と扇子でリタを指して言った。

「でも、私はヘンリエッタ様のメイドでございます」

今まで気配を消すように立っていたリタが震える声でそう言うと、ディアナはその声に被せるように言った。

「クリストファーがあんたに頼めって言ったのよ、私のメイドが昨日で辞めたから。まったく、最近のメイドは文句ばっかり一丁前で、ちょっと注意したらすぐ辞めるんだから。10分後よ!分かった?」

ディアナはそう言い捨てると臀部をぶりぶりさせながらドアの向こうへ消えていった。なんでクリストファー叔父さんはこんな人と結婚したんだろう。さっきから顔全体で「不満」を表現しているリタを見ながら、私は願った。

――どうかヘンリエッタのかつての性格が、あのディアナより酷くありませんように・・・・・・。
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