彼女が消えたら

白鳥みすず

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2章

歪み

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あの雨の日から、僕の静かで変わらない世界に奇妙な存在が紛れ込むようになった。
それはもちろんあの変人だ。
見知らぬ僕に黙って傘を差し続けた。
名前も知らない男。
変な奴だとは思ったが、次の日にはすっかり存在を忘れていつものように過ごしていた。
広いホールには白い長机とシンプルな白の椅子が並んでいる。
そこでリュックをおき、席を確保する。
食堂のメニューは味はまあまあで、定番メニューは変わらず、旬の物は季節限定メニューとして出される。
一番安くすむのはランチの日替わりメニューのため、学生はこれを頼む人が多数だ。
遅い時間に行くと売り切れになっていることが大半のため、一目瞭然だ。
食堂で食券を発行し、長い列に並ぶ。
食堂は混み合っており、日々使うわけではないのだが、今日は外せない日だからこうして並んでいる。
今日は日替わりランチでカレーの日だ。
定番のカレーは何故か辛口しかないのだが、日替わりメニューのみ甘口になる。
その日が狙い目だ。
しかし、いつ来るか分からないため、日々のチェックが必要だ。
それが少々面倒臭い。
サラダとハンバーグが入っている甘口のカレーとトレイに乗せ、席に戻る。
スプーンでカレーを口に運んだところで
「あ、蛇の人」
と顔を覗きこまれた。
急に顔面のどアップがきたせいで軽くむせる。
「今日は外で描かないの?」
椅子の音がし、隣に座る気配がした。
「大丈夫?」
背中に手が回る感触がし、寒気がして立ち上がる。
知らない人間に触られる筋合いはないし、ただ不快なだけだ。
僕はその人物を睨むようにして手を振り払った。
よく見るとそれは昨日の男だった。
僕の嫌悪感に満ちた表情を見て
「ごめん、急だったからびっくりしたよな」
眉を下げて謝ってきた。
明るい食堂で見た彼は、シンプルで黒い服を纏っていた。
シルバーのリング系のピアスが耳についている。
僕は投げかけられた質問には答えず、食事を再開した。
「俺、朝霧と同じ油絵を専攻しているんだけど見たことない?」
「知らない」
僕は間髪入れずに答えた。
せっかくの大好物のカレーなのに味を楽しむ余裕もない。
「邪魔」
僕は自分のペースを乱されるのが嫌いだった。
吐き捨てるように彼に告げる。
こんな無遠慮な人間と関わりたくないし、今後話しかけてくるな、という強い意志をもって
言葉を発する。
僕は好き嫌いが明確で適度な付き合いで十分なんだ。
話しているうちに嫌いというカテゴリに分類されたらその相手には容赦しない。
自分が嫌いな人間にはどう思われてもいいし、むしろ嫌ってくれていい。
ここまではっきり言ったら相手も分かってくるだろう。
だが、彼は僕の予想の斜め上をいった。
「じゃあ、知ってもらえるように自己紹介するよ。
あと君の食事が終わるまで待ってる」
僕はその言葉に思わず固まり彼の方をまともに見てしまった。
こいつ、何処かおかしいんじゃないのか。
空気が読めないんだろうか。
そうでもない限り、こんな発言ができるわけじゃない。
第一、こんな人が良さそうな雰囲気に顔をしているなら
話し相手なんていくらでもいるだろう。
何故、僕と関わろうとするんだ。






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