【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の動揺

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 ――だから、油断していたのかもしれない。
 この時のことを思い返すと、ヒューバートは頭を抱えて唸り声をあげたくなる。
 そう、もっとよく昔のリズベスのことを思い出すべきだったのだ。こんなことになる前に。

「ヒューバート様、明日はお休みですか?」
 うんうんと悩みに悩んで、リズベスは「おすすめ」の本を三冊まで絞った。最初は十冊ほど引っ張り出してきたのだが、図書館の本をそんなに持ち出すわけにはいかない、とさすがにヒューバートが断った結果である。二人で並んで読書スペースに座り、あれこれ悩んだ結果の三冊だ。
「ああ、やっとカタがついてね」
 休みをもぎ取るために片づけてきた仕事の量を思い出して、ヒューバートはうんざりした。肩が重くなったような気がしてこきこきと首を鳴らすと、リズベスがくすくす笑う。
「ヒューバート様、ちょっとそれ、年寄り臭いですよ」
「うるさい、俺はまだ二十五だぞ」
 じろりと睨みつけると、リズベスは首をすくめた。
「ごめんなさぁい」
 ぺろっと舌を出してくる。この短時間二人で会話をしただけで、昔に戻ったようにお互い接することが出来るとは思わなかった。リズベスは昔からちっとも変っていないのだ。
「リズベス」
「なんですか?」
「あー…その、この…本のことなんだが」
「ああ、大丈夫ですよ、誰にも言いません」
「すまない」
 リズベスは他人の秘密をそうそう喋るような奴ではない。それは判っていたが、ヒューバートは念を押さずにいられなかった。
「わかりますよ、ヒューバート様にもイメージってものがありますものね」
 リズベスがくすくすと笑いながら言う。
 ヒューバートは憮然とした顔になったが、リズベスの言うことは確かに自分が気にしていることなので否定もできない。男がこのような婦女子の好む本を愛好している、それだけでもあまり外聞の良い話ではない。リズベスのように好意的に受け取ってもらえる方が稀なのだ。
 それが更に聖騎士団の副団長職を預かる自分のこととなれば、いらぬ侮りを受けることになりかねない。本一つのことで大袈裟な、と思われるかもしれないが男社会というのもなかなか厄介なものなのだ。
 だからこそ普段は気をつけていたのだが、今夜はどうやらよほど疲れていたらしい。本に気を取られていたとは言え、近くに人がいる気配にも気付かなかったとは――鍛錬不足だろうか。明日は昼前まで眠った後、夕方までは鍛錬の時間に当てることにしよう。その後は風呂に入って汗を流して、ゆっくりとリズベスのおすすめ本とやらを読んでみよう。
 そこまで考えてヒューバートは不意に一年半前のことを思い出していた。

 ヒューバートが聖騎士団の副団長に就任してちょうど半年ほど経った頃のことだ。若くして副団長職に就いた重圧と激務と、やたらと増えたご婦人方からのお誘いに、彼はとても疲れていた。その日も夜遅くまでかかって仕事を片付けたヒューバートは、夕食を食べる気にもなれず風呂だけ済ませるつもりで部屋を出た。
 王宮勤務の者たちが使う大浴場は広い。夜遅いこともあって風呂にはほとんど人がおらず、ヒューバートは満足するまでゆっくりと湯につかることが出来た。ここのところ烏の行水の様にあわただしく入浴し、翌日に備えて就寝する生活を送っていたため、ここまでリラックスしたのは本当に久しぶりのことだった。これが彼の心にゆとりをもたらしたのだろうか。久しぶりにヒューバートは図書館へ行きたくなった。折しも翌日は2週間ぶりの全休日。この状態で、行儀悪くベッドに寝ころんだまま軽い読書をするのは、とても魅力的な行いに思えた。
 そうして図書館へと赴いたヒューバートは、人気の少ない図書館である一冊の本との出会いを果たす。その本は、新刊コーナーの脇に造られた読書スペースの机の上に放置されていた。
「……読んだ本は元に戻す、と教わらなかったのか?」
 眉間にしわを寄せたヒューバートはその本を手に取ると辺りを見渡した。このような夜も遅い時間帯に他に人がいる様子もない。もっと奥まで行けば魔術師団の研究員たちがそれぞれ目的の本を探しているのかもしれないが、その彼らがこんなところに本を放置しておくとも思えない。生真面目なヒューバートは、その本を出しっぱなしにしておくのが嫌だった。かといって、この本の元の位置を探して戻し、それから自分の読む本を探すのは時間がかかる。
「これを持っていくか」
 恐らくは大衆小説の類だろう。それほど厚みはなく、紙でできた表紙に同じ紙で出来たカバーがかけられている。トン、と表紙を軽く叩くと魔法陣が二つ現れた。右側の陣に指で触れれば貸し出し処理は完了だ。
 ――そうして持ち帰ったその本、それこそがヒューバートをこの道に突き落とした元凶。
『王宮騎士の秘密』というタイトルの恋愛小説だった。

「……ま、ヒューバート様?」
 過去のことを思い出していたヒューバートはぼんやりしているように見えたのだろう。気付くと心配そうな表情をしたリズベスが彼の顔を覗き込んでいた。
「っ、リズ、近い……」
 突然目と鼻の先にリズベスの顔を認めたヒューバートはうろたえた。心配してくれているのだろうが、顔が近すぎはしないか。堅物、生真面目と揶揄されるヒューバートは、女性とこんなに接近したことなどもちろんない。聖騎士団などと大層な名はついているが、その実態はただのむさくるしい男の集団だ。花街へのお誘いから一夜の火遊びまで、ヒューバートを誘う先輩団員も少なくはない。その全てを断ってひたすら任務に励んだからこその副団長の地位である。
 思わず身を引こうとしたヒューバートは、次の瞬間硬直した。一瞬視線をそらしたリズベスが、今度は座った彼の腿に手をつくと上目遣いでそっとささやいてきたのだ。
「ねえ、ヒューバート様……二人きり、ですわね」
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