【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の生真面目な日課

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 あんまりよく眠れたような気がしない。
 結局ヒューバートは眠るまでに2本も酒瓶を空けた。普段なら2杯程度飲んだところで止めているのに、昨夜はどれだけ飲んでも足りないような気がした。
 幸いにして二日酔いにはならなかったが、やけに太陽の光がまぶしく感じられる。寝不足かもしれない。
 昼まで寝るつもりだったが、結局いつもより少し遅い時間になった程度だ。遅い朝食を済ませたヒューバートは、予定通り鍛錬をこなすべく聖騎士団の修練場へと足を向けた。

「……なぜ、ここにいる?」
 今日は聖騎士団の約半数が全休となっているため、修練場には人影もまばらだ。自主的に鍛錬を行うためのスペースは周囲に樹木が植えられ、休憩のためのベンチが設置されている。その一つに、彼女は当然のような顔をして座っていた。
「そりゃもちろん、ヒューバート様の鍛錬風景を見学に来たんですよ。そんなわかりきったこと聞かないでくださいな」
 うふふ、と意味深な笑みを浮かべたリズベスにヒューバートは頭を抱えた。これはあれか、意中の騎士様の鍛錬をそっと見つめるご令嬢という図か。わかってしまう自分がつらい。
「今日俺が来るかどうかなんて、わからなかっただろう。今日は休みだって昨日言ったはずだ」
「ええ、でもヒューバート様は生真面目でらっしゃるから、きっとお休みの日でもいらっしゃると思いました」
 そう会話を交わす二人を、自主訓練に出てきていた騎士たちは信じられないものを見るような目で見ていた。あの堅物の副団長殿が、どんなご令嬢に声をかけられても非礼にならない程度の返答しか返さないあの副団長殿が、こともあろうに鍛錬を始めるより早く女性と言葉を交わし始めたのだ。そもそも、騎士の修練場を見に来るご令嬢などほとんどいない。各々剣を振っているだけの地味な鍛錬には興味がないのだ。
 普通、見学をしたいご令嬢は殆どが騎士団の訓練場へ行く。そこは御前試合やトーナメント戦などが行われるため観覧席を設けてあるし、実際に剣を合わせる訓練などもあって華やかなものだ。近衛隊の面々も同じ訓練場を使用している為、運が良ければ王子殿下が姿を見せることもありうる。
「これは、あのご令嬢……かなり本気度が高いのでは?」
「副団長も満更じゃないかもしれないぞ」
「副団長が普通に女性と会話しているところなんて、俺初めて見た……」
 ひそひそと小声で――いや、当人たちは小声のつもりかもしれないが、大柄な騎士たちの声は元々が大きい。こっそり話しているつもりでも、ヒューバートの耳にもその声は届いてしまう。焦った彼は、リズベスの耳元に口を近づけた。
「おい、こんなに堂々としていたらいらぬ誤解を招くぞ」
 実践に付き合うのはともかく、嫁入り前の女性に変な噂が立ってしまってはアーヴィンにも御両親にも申し訳が立たない。実践とやらは、もっと人目につかないようにするものだとばかり思っていた。ヒューバートは出来うる限り声を落とし、ささやくような声でそう告げる。気を使ったつもりだったが、当のリズベスは一瞬びくっと体を震わせたまま微動だにしない。
「リズ…?」
 返答がないことに疑問を抱いたヒューバートは、そっと身を起してリズベスの顔を見る。すると、どうしたことかリズベスは顔を紅潮させたまま硬直していた。あまりの意外な反応に、ヒューバートは戸惑った。急に具合でも悪くなったのだろうか。
 それも一瞬で、リズベスは我に返るとヒューバートに視線を向ける。その目が潤んでいるように思えて、彼はまた背筋がぞくっとした。
 そのまま、しばらく無言のまま二人は見つめ合っていた。
「……そう、ですね」
 先に沈黙を破ったのはリズベスだった。
「実践と言うのも、なかなか難しいものですね」
 ふう、と大きく息をついたリズベスは、もうすっかり元の顔色に戻っている。ヒューバートはそのことを、何故か惜しいと感じていた。

「おや、珍しいところで珍しい人に会うね」
 そこへ、空気を読まず話しかけてくる声があった。
「アーヴィン」「アーヴィン兄さま!」
 にこにこと笑顔で現れたのは、リズベスの2番目の兄でありヒューバートの親友でもあるアーヴィンだ。鍛錬用のすこし重めの剣を手にしているところを見ると、彼もまたヒューバートと同じ目的でここに来たのだと知れる。
「昨日で研究の方がひと段落つきましたので、ちょっと気晴らしついでに」
 微笑を浮かべたリズベスがそう答えると、アーヴィンはへえ、とわざとらしいほどに目を見開いて驚きの意を表した。
「ついでに、ねえ」
 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる兄を、リズベスは軽くにらんだ。確かに、リズベス達魔術師団の研究員が居住する魔術師棟と騎士団の面々が居る騎士団棟は、ちょうど王宮を挟んだ反対側に建てられていて「ちょっと」と言うには遠すぎる。
「なに、リズ?もしかして、この間の父上の話、やっぱり気にしているの?」
「ちょっと、兄さま、やめて!」
 アーヴィンの一言に、リズベスは血相を変えた。
「そんなんじゃないわ!」
「そう、てっきり僕は――」
「やめてったら!!」
 ちらり、と意味ありげにヒューバートに視線を送ったアーヴィンの言葉を遮るように、リズベスは大声を上げた。その剣幕にヒューバートは面食らってしまう。
 結局、にやにやと笑ったままのアーヴィンに何度も「本当に違うんですから、兄さま、余計なことは言わないで」と繰り返し念を押すと、リズベスはヒューバートに会釈を残してその場を去った。

「なんだったんだ…?」
 ヒューバートは首を捻った。余程自分には聞かせたくない話なのだろう。アーヴィンを問い詰めてもいいが、おそらくこいつは口を割らない。
 なんだかんだ言ってリズベスの3人の兄たちは彼女を溺愛している。アーヴィンの愛情表現はちょっと変わっていて、いつもリズベスを意地悪くからかうが、本当にリズベスがして欲しくないことはしないのだ。
「あいつも案外女らしいところがあるよな」
 にやにや笑いをやめないアーヴィンに、ヒューバートはため息をついた。長い付き合いのヒューバートには、親友がこの状況を面白がっていることがすぐにわかる。
「そうだな」
 面倒なのでおとなしく賛同してやると、アーヴィンは途端に面白くない顔になった。
「なんだ、わかっててやってるのか?」
「?」
 今度は意味を計りかねて、首をかしげる。すると、アーヴィンはなぜか半眼になりため息をついた。首を振りながらブツブツと何か言っているが聞き取れない。
 親友の百面相を眺めながら、ヒューバートは鍛錬を開始することにした。このまま付き合っていては、おそらく午前中を潰すことになる。できれば昼はきちんとした時間に済ませて、午後にも鍛錬の時間を取りたい。結局昨日出来なかった読書の時間も欲しいのだ。
「リズも難儀なことだな」
 ヒューバートが最後に聞き取れたのは、そんな言葉だった。ひらひらと手を振りながらアーヴィンはその場から少し距離を取ると、自分も剣を振り始める。表情豊かで如才なく振る舞うアーヴィンは軽薄に見られがちだが、努力は人一倍する男なのだ。午後の鍛錬では模擬戦を申し込むのもいいかもしれない。人も少ないし、多少場所をとっても許されるだろう。
 昼食を取るときには声をかけよう、そう思いながらヒューバートも鍛錬に集中するべく神経を研ぎ澄ませていく。それでも、脳裏にはリズベスの紅潮した頬と潤んだ瞳が焼き付いていた。

 先ほどから遠巻きに様子をうかがっていた他の騎士たちも、そんな二人の姿を見ると徐々に各々鍛錬を再開してゆく。彼らはヒューバートとアーヴィンが幼少期からの付き合いであることは知っているし、今のでリズベスがアーヴィンの身内だということを理解したようだ。なるほど、堅物の副団長殿も親友の妹であれば話くらいはするだろう。
 我らが副団長殿に、とうとう春の訪れか――と期待していたが、どうもそうではないらしい。
 堅物、生真面目、面白みのない男、などと言われているヒューバートだが、実は聖騎士団内部ではかなり人望が厚い。何事にも真剣に取り組み結果を出していくその姿勢は、多くの騎士の憧れだ。特に若い騎士たちは、いつかはラトクリフ副団長のようになりたいと日々の鍛錬に励んでいる。
 この素晴らしい副団長殿ならば恋人の一人や二人はいてもおかしくないはず、と皆思っているのだが、当の本人が全く興味を示さない。これはもしかすると、副団長殿には既に心に決めた女性がいるのでは?と言い出したのは誰だったか。いつの間にかヒューバートには、一途に想う片想いの相手がいるという説がまことしやかにささやかれるようになっていた。
「あの人が、副団長殿の例の噂の人だと思ったんだけどなあ」
 未練がましくそう呟く同僚に、側にいた若い騎士も頷く。
「でもさ、副団長殿も耳元に唇を寄せたりしてさあ~」
「あれ、絵になるよなあ~」
「まるで恋人同士みたいに見えたよな」
「副団長殿は声もいいし、腰砕けになりそ」
 にひひ、と品なくお互いに笑いあった二人は、そっとヒューバートの様子を伺う。あまり筋肉質には見えないヒューバートだが、剣筋は綺麗で無駄がない。力任せに振ればいいものではなく、力の乗せ方が問題なのだ。ヒューバートの剣の腕は、おそらく聖騎士団内で五指に入るだろう。ため息が出るほどブレのない美しい剣筋。これを見にこないなんて、世の女性たちは損をしていると思う。
「これを見にくるような女性なら、脈ありだと思ったんだけどなあ」
 ちょっとだけがっかりした若手騎士たちは、気を取り直して鍛錬へと戻ることにする。生真面目な副団長殿は、きっと午後も修練場へ顔を見せるだろう。その時には、稽古でもつけてもらいたい。
 気を取り直した二人は、ようやく鍛錬へと戻っていった。

 じきに、昼の鐘が鳴る刻となる。それまで、修練場には剣を振るう音と気合の声が響き渡っていた。
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