【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の自覚と決意

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 ――嫉妬。
 なるほど、そうだったのか。妙にすとんと納得できたその感情は、つまりはある一つの事実をヒューバートに突きつけた。

 ヒューバートがリズベスに抱く感情は、もはや妹のような幼馴染に対する親愛の範疇を超えていた、ということを。


 ひときわ冷たい風が吹きつけてくる。呆然としていたヒューバートも、その冷たさに我に返った。
「ほら、そろそろ戻らないといけないよ」
 アーヴィンがそう言うのを、ヒューバートはどこか地に足が付かない思いで聞いた。突然気が付かされてしまった心の内を表すかのように、翠の瞳が揺れている。アーヴィンのにやにや笑った顔も、よく見れば真剣な光をその青い瞳に見つけることが出来た。
「いや、アーヴィン、だけど」
「だけど、じゃないよ」
 いつも通り穏やかながらも、有無を言わせぬその口調に、ヒューバートは逆らっても無駄だと知った。普段は軽薄な面が目立つが、譲れないところは絶対に譲らないのがアーヴィンだ。
 後ろ髪を引かれる思いで、ヒューバートは仕方なく自室に戻るべく訓練場を後にした。

 その後ろ姿を見送ったアーヴィンが、「一押しどころか爪の先でつついただけだったなぁ」と残念そうにつぶやいていたのが聞こえなかったのは、彼にとって良かったのかどうなのか、それは神のみぞ知る――。



 ♢

「ラトクリフは戻ったのか」
 アーヴィンがその声に振り向くと、アッカーソンが観覧席へと続く階段を上ってきたところだった。こうして間近で見ても、とても四十代に差し掛かったとは思えないほど若々しい。筋骨隆々とした強面の騎士だが、その表情はまるで悪戯な少年のようで、それがアッカーソンを実年齢よりも若く見せていた。
(確かにが愛しのリズの近くにいるとなれば、ヒューバートの心配も頷けるよね)
 アーヴィンもリズベスの趣味は知っている。砂糖をまぶしたようなこてこての恋愛小説を愛好している彼女は、実家にも数冊それを置きっぱなしにしているのだ。
 いかにも恋に夢見る少女、といった趣きのリズベスからすれば、いかにも理想の騎士様であるように周りからは見えるだろう。
 そこまで考えて、アーヴィンはくすりと笑った。それを目ざとく見つけたアッカーソンが渋面を作る。
「まったくお前は趣味が悪い」
 大げさに肩をすくめてみせたアッカーソンに、アーヴィンはおどけた表情で返した。
「僕の愛するリズベスの幸せのためですから」
「あの、射殺さんばかりの目で見られる俺の立場にもなってみろ」
 全く損な役回りだった、とぼやくアッカーソンだったが、言葉とは裏腹に、その目つきは楽し気ですらある。

 ――実のところ、アッカーソンがわざわざ時間を作って訓練場へと姿を見せていたのは、アーヴィンの頼みによるものだった。
 どれほど効果があるものかはわからないが、女性に人気の高いアッカーソンを傍に置いておけば、少しはヒューバートを揺さぶれるのではないか、という策略である。
 少し気のあるそぶりでも見せつけてやれば、リズベスが年頃の女性だということを意識するだろう。そうなれば、少しは進展が望めるのではないか。

 始めの一歩になれば、程度の稚拙な策が、思わぬとどめを刺した。あまりにも簡単に事が運んで、拍子抜けしたくらいだ。
「ご協力に感謝します、団長殿」
「まあ、これで副官の件は了承と言うことで――頼むぞ」
 お任せください、と微笑むと、アーヴィンは優雅に一礼した。



 ♢

 一方、そんなこととは露知らぬヒューバートは、言われた通りに自室へと戻ると、律義にもきちんとベッドに横になり、落ち着きなく寝がえりを繰り返していた。
 今頃気づいたとんでもない事実に、心の中は暴風雨だ。

 確かに、自分はリズベスが好きだ。愛していると言って良い。しかしそれは、あくまでも親友の妹、可愛い幼馴染としての親愛の情だったはずだ。
 それが、あんな些細な触れ合いであさましい肉欲へと変化してしまったことに、最初は絶望を覚えた。
 それなのに、気づけば彼女に触れたいと願う気持ちが捨てられず、男として意識してほしいなどという欲を出し。
 あまつさえ、まるで自分のものだと思っていたかのように、近寄る男に嫉妬までして。
 ――これを、恋と呼んで良いのだろうか。
 確かに、自分の想いはもはや親愛の情をはるか彼方に飛び越えた。しかし。
 ――これは、リズベスを女性として愛している、と言って良いのだろうか。

 ヒューバートは頭をかきむしった。
 この答えは、誰にも教えてもらえない。今まで読んだどの恋愛小説も役に立たない。
 研究して実践すれば、女心がわかるだって!?
 そんなことは、恐らく机上の空論だ。それで自分はこんなにも迷宮に入り込んだかのような心持ちになってしまっているのだから。
「リズベス……」
 ここにいない彼女の名前を呟く。無性に会いたくてたまらない。


 それからどれくらい経っただろう。部屋の中が薄暗くなり、夕闇が迫ってきている。食事もすっかり忘れて、随分長い間物思いに耽っていたようだった。
 ヒューバートは、布団から頭を出すと起き上がり、窓の外を眺めた。風が落ち葉を運んで、連れ去っていく。びゅう、とひときわ強い風の音が鼓膜を震わせた。
 その音に、びくりと身を震わせる。
 そうだ。
 こうして考えている間に、風に攫われた落ち葉の様に、リズベスが誰かに攫われてしまったら?その時自分は、平気でいられるだろうか。
 ――いられないだろう。
 想像しただけで、腸が煮えくり返るような気持ちになる。
 頭で考えていたって、どうにもならない。自分の手から、リズベスを逃がしたくない。

 ヒューバートは、ゆっくりと口の端に笑みを浮かべた。
 リズベスに対して沸き起こる感情。それは、すべての欲を含めて――それら全てを愛と呼ぶのだ。
 夜の帳が静かに下りてくる。
 その様子を静かに眺めながら、ヒューバートは決意した。

 必ず、リズベスの心を手に入れよう、と。
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