【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の火種

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 新しい朝が来た。――希望は、ない。

 ヒューバートは憂鬱な気分でのろのろと身体を起こした。いっそこれまでのことが全部夢だったらどれだけいいだろう。
 昨夜は、全てから逃げるようにして就寝したが、寝て起きたからと言って何がどう変わったわけでもない。
 妙な噂が蔓延し、自分のしたことを親友二人に洗いざらい吐かされ、その親友のうちの一人はとんでもない作戦に人を巻き込もうとしている。
 噂には何も対処できず、親友には余計なことまで喋り、作戦を翻意させることは出来ず。
 何がどうしてこうなったのだろう。
 暫くの間、ヒューバートはベッドに起き上がった姿勢のまま、頭を抱え込んでいた。

 おそらく、今ヒューバートの脳内を覗き見ることができるものがいれば、こう言うだろう。
 ――半分以上が自分のせいだろ、と。



 ◇

 アッカーソン団長の執務室には、今回の極秘任務に参加するメンバーが集められていた。
 既に任務に参加することは各々告げられていたし、メンバーも同時に知らされていたため、戸惑う様子はない。
 今日までに何度も顔を合わせていながら、アーヴィン以外からは任務についての話が一切出なかったことは、騎士たちの口の堅さを物語っていた。

「――では、宵闇に紛れて極秘に出立、という形ですね」
「ああ、馬車の手配はしてある。ブライアンとアンソニーにそれぞれ御者を任せる。問題は?」
「ありません」
 名前の出た二人が視線を交わし合い、アンソニーが代表して答える。オルトンは馬で、ヒューバートとアーヴィンが、それぞれ魔術師団のリズベス、アデリンを伴い馬車に乗っていく。
 見かけは、青年貴族がお忍びで女性を伴って遊びに出かける――という図式になる。

「では、明日の夜、作戦開始だ。皆、充分注意して事にあたってくれ。解散!」
 アッカーソンの視線が、全員の顔を一巡する。ヒューバートたち五名は、敬礼をして団長室を後にしようとした。
「ああ、待て――ラトクリフ副団長」
「は、何でしょうか?」
 退室直前で名前を呼ばれ、ヒューバートは振り返った。何かまだ伝え忘れだろうか、と首をかしげる。
 そこへ、アッカーソンはニヤリと笑うと口を開いた。
「伝達は、いつも通り頼む」
「伝達、ですか?」
「ああ」
 任務につく騎士団員は、全員揃っていたはずだ。伝達とは、と一瞬訝しげな表情を浮かべたヒューバートは、はっと気付いて赤面した。
 魔術師団への連絡役は、自分が担っているのだった。
「りょ、了解いたしました」
「よろしく」
 慌てて返事をしたヒューバートは、アッカーソンのニヤニヤした表情には、気が付かなかったことにした。

「きみ、連絡のこと忘れてただろう」
 扉を閉めたところで、背後からアーヴィンの声が飛んできた。
「――あまりにも、昨日の話が衝撃的でな」
「ま、確かに衝撃的だったよ」
 からかうような声音に、ヒューバートは肩を落とす。アーヴィンとヒューバートでは、衝撃の内容が違うことは、顔を見なくても察せられた。
 ふう、と一つため息を落とすと、ヒューバートは談話室へとアーヴィンを促した。廊下でするような話ではないし、副団長室にはサイラスがいる。
 できれば、他人には聞かれたくない類の話だ。

 カチリ、と鍵をかける音がやけに大きく響く。談話室はさほど広くはなく、精々4~5人も入ればいっぱいだ。人数の多い団員たちは、使い勝手が悪いと言って、ここを利用することはほとんどない。
 使われていない部屋独特の匂いが、あたりに漂っていた。カーテンも閉めっぱなしのため、午前中だというのに妙に薄暗い。
「アーヴィン、お前今回の作戦のこと、知っていたな?」
「きみに相談なしでいたことは悪かったよ。でもきみ、絶対反対したでしょう?」
「当り前だろう――今だって、納得はしていない」
 ヒューバートは、少し埃っぽいソファにどかりと座り込んだ。向かいのソファに寄り掛かったままのアーヴィンを睨み上げると、わずかに苦笑するのが見える。
「納得はしてないのに、逆らわないの?命令だから?」
「納得はしていないが――ここまでするのには、何か理由があるんだろう」
「――全く、ヒューバートらしいね」
 苦笑したヒューバートに、アーヴィンが目を細める。
「知っていることがあるなら、今のうちに話せよ。許可もらっているんだろ」
「本当は、向こうに着いたら教えるつもりだったんだけどね……」
 そうは言いつつも、これ以上焦らすつもりはないらしい。アーヴィンは、埃っぽさに顔をしかめながらもソファに座った。
「実はな――」


 ヒューバートは、魔術師棟へと向かい開放回廊を足早に歩いていた。頭の中では、先ほどアーヴィンから聞かされた話がぐるぐるとまわっている。
 なるほど、こんな中途半端な時期に異動を決めたのには理由があったというわけだ。
 部隊長よりも、副官のほうが身軽に動き回れる。
「信頼はありがたいけどなあ……」
 相変わらず、開放回廊は冷え冷えとして人影はほとんどない。開放庭園も閑散として、寒々しさが漂う。
 見上げた空は、珍しくどんよりと雲がかかっていた。
 これから、リズベスの元を訪れて、任務の詳細について話さなければならない。詳細とはいっても、集合場所や落ち合う手筈についてという、必要最低限の情報しかないが。
(気を引き締めなければ……)
 任務に危険は付き物だ。今まで気を抜いていたわけではないが、事の次第によっては危険度はこれまでの任務を上回るかもしれない。
 今回は摘発ではなく、証拠探しがメインとはいえ、察知されれば……。
 ふる、と一つ頭を振って、ヒューバートはその最悪の想像を頭から振り払った。
 最悪の事態を想定することは当然だが、それで萎縮していては失敗の危険性が増すだけだ。それに――。
(必ず守ると誓ったのだから)
 この任務、必ず成功させる。決意も新たに魔術師棟へ向かうヒューバートの頭から、昨日自分を散々悩ませ翻弄したあの「噂」のことが抜け落ちていたのは仕方のないことだろう。

 ヒューバートの訪問は、その内容に関わらず、新たな噂の種となり、本人達の知らぬ間にまた猛スピードで駆け巡ったのだった。
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