43 / 77
生真面目騎士様の火種
しおりを挟む
新しい朝が来た。――希望は、ない。
ヒューバートは憂鬱な気分でのろのろと身体を起こした。いっそこれまでのことが全部夢だったらどれだけいいだろう。
昨夜は、全てから逃げるようにして就寝したが、寝て起きたからと言って何がどう変わったわけでもない。
妙な噂が蔓延し、自分のしたことを親友二人に洗いざらい吐かされ、その親友のうちの一人はとんでもない作戦に人を巻き込もうとしている。
噂には何も対処できず、親友には余計なことまで喋り、作戦を翻意させることは出来ず。
何がどうしてこうなったのだろう。
暫くの間、ヒューバートはベッドに起き上がった姿勢のまま、頭を抱え込んでいた。
おそらく、今ヒューバートの脳内を覗き見ることができるものがいれば、こう言うだろう。
――半分以上が自分のせいだろ、と。
◇
アッカーソン団長の執務室には、今回の極秘任務に参加するメンバーが集められていた。
既に任務に参加することは各々告げられていたし、メンバーも同時に知らされていたため、戸惑う様子はない。
今日までに何度も顔を合わせていながら、アーヴィン以外からは任務についての話が一切出なかったことは、騎士たちの口の堅さを物語っていた。
「――では、宵闇に紛れて極秘に出立、という形ですね」
「ああ、馬車の手配はしてある。ブライアンとアンソニーにそれぞれ御者を任せる。問題は?」
「ありません」
名前の出た二人が視線を交わし合い、アンソニーが代表して答える。オルトンは馬で、ヒューバートとアーヴィンが、それぞれ魔術師団のリズベス、アデリンを伴い馬車に乗っていく。
見かけは、青年貴族がお忍びで女性を伴って遊びに出かける――という図式になる。
「では、明日の夜、作戦開始だ。皆、充分注意して事にあたってくれ。解散!」
アッカーソンの視線が、全員の顔を一巡する。ヒューバートたち五名は、敬礼をして団長室を後にしようとした。
「ああ、待て――ラトクリフ副団長」
「は、何でしょうか?」
退室直前で名前を呼ばれ、ヒューバートは振り返った。何かまだ伝え忘れだろうか、と首をかしげる。
そこへ、アッカーソンはニヤリと笑うと口を開いた。
「伝達は、いつも通り頼む」
「伝達、ですか?」
「ああ」
任務につく騎士団員は、全員揃っていたはずだ。伝達とは、と一瞬訝しげな表情を浮かべたヒューバートは、はっと気付いて赤面した。
魔術師団への連絡役は、自分が担っているのだった。
「りょ、了解いたしました」
「よろしく」
慌てて返事をしたヒューバートは、アッカーソンのニヤニヤした表情には、気が付かなかったことにした。
「きみ、連絡のこと忘れてただろう」
扉を閉めたところで、背後からアーヴィンの声が飛んできた。
「――あまりにも、昨日の話が衝撃的でな」
「ま、確かに衝撃的だったよ」
からかうような声音に、ヒューバートは肩を落とす。アーヴィンとヒューバートでは、衝撃の内容が違うことは、顔を見なくても察せられた。
ふう、と一つため息を落とすと、ヒューバートは談話室へとアーヴィンを促した。廊下でするような話ではないし、副団長室にはサイラスがいる。
できれば、他人には聞かれたくない類の話だ。
カチリ、と鍵をかける音がやけに大きく響く。談話室はさほど広くはなく、精々4~5人も入ればいっぱいだ。人数の多い団員たちは、使い勝手が悪いと言って、ここを利用することはほとんどない。
使われていない部屋独特の匂いが、あたりに漂っていた。カーテンも閉めっぱなしのため、午前中だというのに妙に薄暗い。
「アーヴィン、お前今回の作戦のこと、知っていたな?」
「きみに相談なしでいたことは悪かったよ。でもきみ、絶対反対したでしょう?」
「当り前だろう――今だって、納得はしていない」
ヒューバートは、少し埃っぽいソファにどかりと座り込んだ。向かいのソファに寄り掛かったままのアーヴィンを睨み上げると、わずかに苦笑するのが見える。
「納得はしてないのに、逆らわないの?命令だから?」
「納得はしていないが――ここまでするのには、何か理由があるんだろう」
「――全く、ヒューバートらしいね」
苦笑したヒューバートに、アーヴィンが目を細める。
「知っていることがあるなら、今のうちに話せよ。許可もらっているんだろ」
「本当は、向こうに着いたら教えるつもりだったんだけどね……」
そうは言いつつも、これ以上焦らすつもりはないらしい。アーヴィンは、埃っぽさに顔をしかめながらもソファに座った。
「実はな――」
ヒューバートは、魔術師棟へと向かい開放回廊を足早に歩いていた。頭の中では、先ほどアーヴィンから聞かされた話がぐるぐるとまわっている。
なるほど、こんな中途半端な時期に異動を決めたのには理由があったというわけだ。
部隊長よりも、副官のほうが身軽に動き回れる。
「信頼はありがたいけどなあ……」
相変わらず、開放回廊は冷え冷えとして人影はほとんどない。開放庭園も閑散として、寒々しさが漂う。
見上げた空は、珍しくどんよりと雲がかかっていた。
これから、リズベスの元を訪れて、任務の詳細について話さなければならない。詳細とはいっても、集合場所や落ち合う手筈についてという、必要最低限の情報しかないが。
(気を引き締めなければ……)
任務に危険は付き物だ。今まで気を抜いていたわけではないが、事の次第によっては危険度はこれまでの任務を上回るかもしれない。
今回は摘発ではなく、証拠探しがメインとはいえ、察知されれば……。
ふる、と一つ頭を振って、ヒューバートはその最悪の想像を頭から振り払った。
最悪の事態を想定することは当然だが、それで萎縮していては失敗の危険性が増すだけだ。それに――。
(必ず守ると誓ったのだから)
この任務、必ず成功させる。決意も新たに魔術師棟へ向かうヒューバートの頭から、昨日自分を散々悩ませ翻弄したあの「噂」のことが抜け落ちていたのは仕方のないことだろう。
ヒューバートの訪問は、その内容に関わらず、新たな噂の種となり、本人達の知らぬ間にまた猛スピードで駆け巡ったのだった。
ヒューバートは憂鬱な気分でのろのろと身体を起こした。いっそこれまでのことが全部夢だったらどれだけいいだろう。
昨夜は、全てから逃げるようにして就寝したが、寝て起きたからと言って何がどう変わったわけでもない。
妙な噂が蔓延し、自分のしたことを親友二人に洗いざらい吐かされ、その親友のうちの一人はとんでもない作戦に人を巻き込もうとしている。
噂には何も対処できず、親友には余計なことまで喋り、作戦を翻意させることは出来ず。
何がどうしてこうなったのだろう。
暫くの間、ヒューバートはベッドに起き上がった姿勢のまま、頭を抱え込んでいた。
おそらく、今ヒューバートの脳内を覗き見ることができるものがいれば、こう言うだろう。
――半分以上が自分のせいだろ、と。
◇
アッカーソン団長の執務室には、今回の極秘任務に参加するメンバーが集められていた。
既に任務に参加することは各々告げられていたし、メンバーも同時に知らされていたため、戸惑う様子はない。
今日までに何度も顔を合わせていながら、アーヴィン以外からは任務についての話が一切出なかったことは、騎士たちの口の堅さを物語っていた。
「――では、宵闇に紛れて極秘に出立、という形ですね」
「ああ、馬車の手配はしてある。ブライアンとアンソニーにそれぞれ御者を任せる。問題は?」
「ありません」
名前の出た二人が視線を交わし合い、アンソニーが代表して答える。オルトンは馬で、ヒューバートとアーヴィンが、それぞれ魔術師団のリズベス、アデリンを伴い馬車に乗っていく。
見かけは、青年貴族がお忍びで女性を伴って遊びに出かける――という図式になる。
「では、明日の夜、作戦開始だ。皆、充分注意して事にあたってくれ。解散!」
アッカーソンの視線が、全員の顔を一巡する。ヒューバートたち五名は、敬礼をして団長室を後にしようとした。
「ああ、待て――ラトクリフ副団長」
「は、何でしょうか?」
退室直前で名前を呼ばれ、ヒューバートは振り返った。何かまだ伝え忘れだろうか、と首をかしげる。
そこへ、アッカーソンはニヤリと笑うと口を開いた。
「伝達は、いつも通り頼む」
「伝達、ですか?」
「ああ」
任務につく騎士団員は、全員揃っていたはずだ。伝達とは、と一瞬訝しげな表情を浮かべたヒューバートは、はっと気付いて赤面した。
魔術師団への連絡役は、自分が担っているのだった。
「りょ、了解いたしました」
「よろしく」
慌てて返事をしたヒューバートは、アッカーソンのニヤニヤした表情には、気が付かなかったことにした。
「きみ、連絡のこと忘れてただろう」
扉を閉めたところで、背後からアーヴィンの声が飛んできた。
「――あまりにも、昨日の話が衝撃的でな」
「ま、確かに衝撃的だったよ」
からかうような声音に、ヒューバートは肩を落とす。アーヴィンとヒューバートでは、衝撃の内容が違うことは、顔を見なくても察せられた。
ふう、と一つため息を落とすと、ヒューバートは談話室へとアーヴィンを促した。廊下でするような話ではないし、副団長室にはサイラスがいる。
できれば、他人には聞かれたくない類の話だ。
カチリ、と鍵をかける音がやけに大きく響く。談話室はさほど広くはなく、精々4~5人も入ればいっぱいだ。人数の多い団員たちは、使い勝手が悪いと言って、ここを利用することはほとんどない。
使われていない部屋独特の匂いが、あたりに漂っていた。カーテンも閉めっぱなしのため、午前中だというのに妙に薄暗い。
「アーヴィン、お前今回の作戦のこと、知っていたな?」
「きみに相談なしでいたことは悪かったよ。でもきみ、絶対反対したでしょう?」
「当り前だろう――今だって、納得はしていない」
ヒューバートは、少し埃っぽいソファにどかりと座り込んだ。向かいのソファに寄り掛かったままのアーヴィンを睨み上げると、わずかに苦笑するのが見える。
「納得はしてないのに、逆らわないの?命令だから?」
「納得はしていないが――ここまでするのには、何か理由があるんだろう」
「――全く、ヒューバートらしいね」
苦笑したヒューバートに、アーヴィンが目を細める。
「知っていることがあるなら、今のうちに話せよ。許可もらっているんだろ」
「本当は、向こうに着いたら教えるつもりだったんだけどね……」
そうは言いつつも、これ以上焦らすつもりはないらしい。アーヴィンは、埃っぽさに顔をしかめながらもソファに座った。
「実はな――」
ヒューバートは、魔術師棟へと向かい開放回廊を足早に歩いていた。頭の中では、先ほどアーヴィンから聞かされた話がぐるぐるとまわっている。
なるほど、こんな中途半端な時期に異動を決めたのには理由があったというわけだ。
部隊長よりも、副官のほうが身軽に動き回れる。
「信頼はありがたいけどなあ……」
相変わらず、開放回廊は冷え冷えとして人影はほとんどない。開放庭園も閑散として、寒々しさが漂う。
見上げた空は、珍しくどんよりと雲がかかっていた。
これから、リズベスの元を訪れて、任務の詳細について話さなければならない。詳細とはいっても、集合場所や落ち合う手筈についてという、必要最低限の情報しかないが。
(気を引き締めなければ……)
任務に危険は付き物だ。今まで気を抜いていたわけではないが、事の次第によっては危険度はこれまでの任務を上回るかもしれない。
今回は摘発ではなく、証拠探しがメインとはいえ、察知されれば……。
ふる、と一つ頭を振って、ヒューバートはその最悪の想像を頭から振り払った。
最悪の事態を想定することは当然だが、それで萎縮していては失敗の危険性が増すだけだ。それに――。
(必ず守ると誓ったのだから)
この任務、必ず成功させる。決意も新たに魔術師棟へ向かうヒューバートの頭から、昨日自分を散々悩ませ翻弄したあの「噂」のことが抜け落ちていたのは仕方のないことだろう。
ヒューバートの訪問は、その内容に関わらず、新たな噂の種となり、本人達の知らぬ間にまた猛スピードで駆け巡ったのだった。
10
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
「妃に相応しくない」と言われた私が、第2皇子に溺愛されています 【完結】
日下奈緒
恋愛
「地味な令嬢は妃に相応しくない」──そう言い放ち、セレナとの婚約を一方的に破棄した子爵令息ユリウス。彼が次に選んだのは、派手な伯爵令嬢エヴァだった。貴族たちの笑いものとなる中、手を差し伸べてくれたのは、幼馴染の第2皇子・カイル。「俺と婚約すれば、見返してやれるだろう?」ただの復讐のはずだった。けれど──これは、彼の一途な溺愛の始まり。
幼馴染の勇者に「魔王を倒して帰ってきたら何でもしてあげる」と言った結果
景華
恋愛
平和な村で毎日を過ごす村娘ステラ。
ある日ステラの長年の想い人である幼馴染であるリードが勇者として選ばれ、聖女、女剣士、女魔術師と共に魔王討伐に向かうことになる。
「俺……ステラと離れたくない」
そんなリードに、ステラは思わずこう告げる。
「そうだ‼ リードが帰ってきたら、私がリードのお願い、一つだけなんでも叶えてあげる‼」
そんなとっさにステラから飛び出た約束を胸に、リードは村を旅立つ。
それから半年、毎日リードの無事を祈り続けるステラのもとに、リードの史上最速での魔王城攻略の知らせが届く。
勇者一行はこれからたくさんの祝勝パーティに参加した後、故郷に凱旋するというが、それと同時に、パーティメンバーである聖女と女剣士、そして女魔術師の話も耳にすることになる。
戦いの昂りを鎮める役割も担うという三人は、戦いの後全員が重婚の認められた勇者の嫁になるということを知ったステラは思いを諦めようとするが、突然現れたリードは彼女に『ステラの身体《約束のお願い》』を迫って来て──?
誰がどう見ても両片思いな二人がお願いをきっかけに結ばれるまで──。
初恋をこじらせた騎士軍師は、愛妻を偏愛する ~有能な頭脳が愛妻には働きません!~
如月あこ
恋愛
宮廷使用人のメリアは男好きのする体型のせいで、日頃から貴族男性に絡まれることが多く、自分の身体を嫌っていた。
ある夜、悪辣で有名な貴族の男に王城の庭園へ追い込まれて、絶体絶命のピンチに陥る。
懸命に守ってきた純潔がついに散らされてしまう! と、恐怖に駆られるメリアを助けたのは『騎士軍師』という特別な階級を与えられている、策士として有名な男ゲオルグだった。
メリアはゲオルグの提案で、大切な人たちを守るために、彼と契約結婚をすることになるが――。
騎士軍師(40歳)×宮廷使用人(22歳)
ひたすら不器用で素直な二人の、両片想いむずむずストーリー。
※ヒロインは、むちっとした体型(太っているわけではないが、本人は太っていると思い込んでいる)
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる