【R18】生真面目騎士様の不真面目な愛読書

綾瀬ありる

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生真面目騎士様の嫉妬心(3)

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 迂闊だった。

 リズベスと防音魔術の展開された部屋で二人きり、という状況に完全にのぼせていたらしい。この魔術は、内部の音を外に漏らさないというだけではなく、外部の音も遮断される。どちらか一方だけを器用に遮断するとなれば、こんな魔法陣程度ではなく、きちんとした魔術師による施術が必要だ。
 ヒューバートが一人掛けに座っていたのは、その場所からなら応接室の扉が見えるからだ。この内部の会話を盗み聞きしようとするならば、扉をわずかにあけて聞き耳を立てる他ない。
 まあ、そんな間抜けな間諜など存在しないだろうが。
 しかし、だ。
 まさか、真正面からノックと同時にドアを開けるような人物がいるとは、さすがに予想もしていなかった。
 ――そんなことを現実逃避の様に考えながら、ヒューバートは我が身の迂闊さを呪った。

「おっと、お邪魔でしたか」
「ほら、だから言ったじゃないですか」
 ヒューバートの動揺に一切頓着することなく、扉を開けた男は呑気そうな声でそう言った。続く女の声が、呆れたように男をたしなめる。
 それが誰なのか、気が付いたのはリズベスの方が先だった。真っ赤な顔で、恐る恐るゆっくりと扉の方へと視線を向ける。まるで、油のささっていないからくり人形のような動きだ。
 その視線の先に、思った通りの人物の顔を認めて、彼女は悲鳴のような声を上げた。
「ろ、ろ、ロブたいちょ……!あ、アデリンまで……!」
 遅れて扉に視線を向けたヒューバートの視界に映ったのは、ロブ・ミルズのにやけた顔と、アデリンの申し訳なさそうな顔であった。


 ◇

「……いつも言ってるじゃないですか……ノックしたら返事を待ってくださいって……ロブ隊長は毎回毎回いつもいつも……っ」
 真っ赤になって俯いたリズベスが、ぼそぼそと呟く。もはや、ロブに向かって言っているというよりも、羞恥を誤魔化すための独り言のようであった。
 目にはじんわりと涙が浮かんでいて、そんな場合ではないと判っていても、ヒューバートの心をくすぐってくる。
「だから私も止めたんですよぉ……絶対お邪魔だからって……」
「おじゃ……」
 ぐず、と鼻をすすったリズベスが、呆然と呟く。
 リズベスの隣に座って、その頭をよしよしと撫でていたアデリンは、その呟きに「ごめんごめん」と軽く謝ると、正面に座ったロブに向かって口をとがらせた。そんな彼女にロブはにやりとした笑みを返す。
(……わかっててやってます、って顔だな、これは)
 じろり、と隣の椅子にどっかりと腰を降ろしたロブを睨みつける。
 が、当のロブはどこ吹く風、といった態である。それどころか、ますますにやにやとして、ヒューバートに意味ありげな視線を送ってくる。
 とにかく、この応接室で不埒な行為に及ぼうとしていたのは自分の方なのだ。ノックの後返答を待たなかったロブにも非はあるが、どちらにより大きな非があるかと言われれば、それはもちろんヒューバートだ。
 はあ、ともう一度心の中で盛大にため息をつく。ロブの入室があともう少し遅ければ、リズベスにキスをすることが出来たのに。
 どうせ見つかるのなら、それくらいしておきたかった。実に惜しい。
 いや、いっそのことあと一瞬遅ければ、この男に見せつけてやれたのに――。
 おそらく、いや確実に、リズベスが知ったらそれこそ気絶でもしそうな事を考えながら、ヒューバートはゆっくりと口を開いた。
「――で、ロブ・ミルズ隊長、わざわざここへはどのような用件で?」
 冷静な声を出したつもり――だったが、すこし上ずったような声が出てしまったのはいかんともしがたい。騎士団の仕事のことならばいざ知らず、こういった方面にはとんと弱いのがヒューバートだ。
 む、としかめっ面になったヒューバートに、とうとう笑いをこらえきれなくなった――いや、最初からこらえる気はそれほどなかったような気がする――ロブは、ぶはっと吹き出した。
「ちょっと、ロブ隊長……!」
 慌ててたしなめようとするアデリンも、口の端がムズムズしているのが丸わかりだ。いっそのこと、笑ってくれた方がどれほどマシだろう。ますます渋面になるヒューバートのことなどお構いなしに、ロブは肩を震わせている。
 暫くの間、応接室の中にはロブの笑い声と、アデリンのたしなめる声、そしてリズベスがぶつぶつと呟く声の三重奏だけが響き渡っていた。

「はー……、いや、失礼しました」
 笑い転げていたロブに、リズベスがじっとりとした視線を投げかけるようになったころ、ようやく落ち着いたのだろう。んんっ、と声の調子を整えたロブは、ヒューバートに向き直った。
 表情がこころもち真面目なものに代わり、テーブルに置かれた防音魔術の魔法石をそっとつつく。きちんと陣が作動していることを確認したのだろう。満足げに一つ息を吐くと、腕を組んでソファの背もたれに身体を預ける。
 その姿は、先ほどまで笑い転げていた人物と同じとは思えない。ヒューバートは、その様子を見ていてあることを思い出した。忘れかけていたが、第二部隊のミルズ隊長と言えば現場叩き上げの、腕利き魔術師という評判だ。いや、腕利きというだけではない。頭も切れる――次期魔術師団の団長候補として常に名前が上がるほどに。
 そういえば、今回の任務も魔術師団の総括は彼に任されていたはずだ。そこに思い至って、ヒューバートはやっとロブの目的に気が付いた。

 まったく、迂闊としか言いようがない。

 どうやら、リズベスが絡むと、ヒューバートは完全にただの愚か者になってしまうようだ。仮にも聖騎士団の副団長職を預かる身としては、誠に不甲斐ないの一言である。
 なるほど、それが理解できれば先だっての「うちのリズ」発言もその真意が見えてくる。
 全く、本で読んでいた通りだ。ヒューバートは唸った。恋は人を愚かにする、というのはどうやら本当のことらしい。的外れな嫉妬からあんな場面を目撃されるに至ってしまったわけで、穴があったら入りたいというのはまさにこういう時のための言葉だろう。
 それにしたって――。ヒューバートは、ロブの顔をちらりと見る。
 すると、こちらを見ていたロブと視線がかちあった。肩をすくめたロブに苦笑を返して、ヒューバートはひとつ、今度は現実に大きなため息をつく。
 もっとわかりやすく言ってくれれば、こんなことには。

 とりあえず、さっきまでの事はなかったことにして欲しい。

 ヒューバートがそう天に祈ったとして、責められるのは――特に何もしなかったのに恥ずかしい現場を見られてしまったリズベスだけだろう。

 後日、どんな誹りも甘んじて受けよう。そう覚悟を決めるヒューバートであった。
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