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魔術師団研究員リズベス嬢の災難
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――ほんっとうに信じられない。
リズベスは、自室のベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めた。ここに侍女がいたら、間違いなく顔をしかめただろう。良家の子女としては、はしたない限りである。
本当なら、応接室から自室まで叫びながら走り出したいほどの羞恥をこらえてきたのだ。それくらいは大目に見てもらいたい。
ひとしきりバタバタとベッドの上で暴れまわると、リズベスはようやく身を起こした。
それでも、まだ頬は火照っているし、油断すると叫び出したくなる気持ちなのは変わっていない。
ヒューバートはあの後、素知らぬ顔でロブと任務について話せる限りのことを話し合い、騎士団棟へと戻っていった。去り際にこそ、何か言いたげな視線をリズベスに向けていたが、それを正面から受け止めるだけの余裕など、持てようはずもない。
妙ににこやかなロブと、気の毒そうな視線を送るアデリンが部屋まで送り届けてくれたが、その二人にもお茶を振る舞うことも出来ず、扉の前でなんとか挨拶だけをして部屋に引っ込んだ。
(あーもうほんと、何だったの……!)
先ほどのことを思い出すと、リズベスはまたしても暴れ出したくなってしまう。
何故、あんなことになったのだろう。思い返してみても、リズベスにはなにも思い当たることはない。
それまで、任務について真面目に話をしていたはずだ。あんな――。
リズベスは、思い出すとさらに顔を赤くした。もうこれ以上ないのではないか、と思うほど真っ赤になった顔が、ベッド脇のドレッサーの鏡に映っている。自分の顔ながら、見ていられない。
そうだ、ちゃんと私は任務の話をしていたはずだった。リズベスにとって、ヒューバートの行動はあまりにも突然だった。
(まさか、まさかのまさかだけれど……ロブ隊長の、言った通りなの?)
あの時、応接室に入るときにロブに囁かれた言葉を思い出して、リズベスは頬を押さえる。
(そうだとしたら、ヒューバート様は……)
頬がさらに熱くなる。恥ずかしいけど、嬉しいような。きゃあ、と叫び出したいくらいに心臓が、心が跳ね回っている。
(ああ、もう無理。今日は仕事になんかならないわ)
ばふっともう一度枕に顔を埋めると、リズベスはそのまま目を閉じた。
そのまま、リズベスは眠ってしまっていたらしい。部屋の明るさにぱちぱちと瞬きして、リズベスは辺りを見回した。時計を確認すると、既に勤務時間が近い。あわてて身支度を整えようとして、リズベスは自分の姿に気がついた。
魔術師団の制服は、寝ている間にしわしわになっている。そうだった、制服のままだったのだ。はあ、とげんなりしながら、リズベスはクローゼットを開け、予備の制服に着替えた。
ついでに合図を送って侍女を呼び出す。
ほどなくして現れた侍女は、しわしわの制服を見るとかすかに眉根を寄せたが、口に出しては何も言わずにそれを受け取り退出した。
ほどなくして、部屋の扉をノックする音が聞こえる。扉の向こうの人物が何事か言ったようだが、寝室にいたリズベスには聞き取ることができなかった。
(アデリンかしら?いえ、そうなら部屋に入ってくるか。こんな時間に誰かしら……?)
「はあい!ちょっとお待ちくださいね」
そう言うと、リズベスは鏡で自分の姿を素早くチェックする。髪も直したし、制服もちゃんと着ている。大丈夫だと判断して、リズベスは入室の許可を出した。
「おっはよお~!」
「おはよう、リズ」
「……どうしたの?二人とも」
リズベスが目を丸くしたのも無理はない。何度言っても無駄だったと言うのに、急にどうしたと言うのだろう。
その顔を見た訪問者は、揃って顔を見合わせると吹き出した。
「だっからいつも通りでいいって言ったろ~」
「やだ、ロブ隊長、それで昨日みたいな場面に遭遇したら、どうするんですかぁ~」
「ロブ隊長、アデリン!や、やめて……!」
なるほど、二人が急に部屋の扉をノックするなどと言う珍しい行動に出たのはこう言うわけか。リズベスは真っ赤な顔で二人を睨みつけた。
ひとしきり笑った二人が、いつもの定位置に座る。直前で、カチリと部屋の鍵をさりげなくアデリンが締めたことに、リズベスは怪訝な視線を向けた。
し、と指を立てたアデリンが、リズベスにも着席を促す。
怪訝な面持ちで席に着いたリズベスに、珍しく真剣な眼差しのロブの視線が刺さる。
ごくり、と知らず息を飲んだリズベスは、何が始まるのかと緊張して彼の言葉を待った。なんだろう、こんなに真面目なロブの顔を見るのは、久しぶりだ。
普段から飄々とした態度のロブだが、腕は評判が高く、危険な任務に就くことも多い。アデリンを副官に置いているのも、彼女の腕もさることながら、数少ない癒しの魔術の使い手だと言うことも大いに関係している。
そう、あれは――。
うっかり過去の思い出に飛びそうになったリズベスの耳に、ロブの声が届いて現実へと引き戻す。
「リズ、お前さ……今日は部屋に籠もってろ」
重々しい響きのくせに、言っている内容は変だ。リズベスは、首を傾げた。
もともと、リズベスの仕事は基本的には部屋に籠りがちな事が多い。一人であれこれと試行錯誤したり、データを比較したりと、デスクワークが主になるからだ。
けれど、今は強化魔術の研究が大詰めだ。そうも言っていられないはず。
それに、とリズベスは思い出した。
今日の宵の刻には、目的地に向けて出立する予定だった筈だ。まさか、何か手違いでも生じたのだろうか。そう想像して真っ青になったリズベスに気づいて、アデリンが首を振る。
「大丈夫、リズの想像してるようなことじゃないわよ。むしろ――リズには想像できないことかもね」
「いやあ、今回ばかりば俺が悪かったかなあ」
眉間にしわを寄せたロブが、ばりばりと頭を掻く。そのロブを横目で見て、アデリンは苦笑した。
「ま、悪いといえば確かに悪いでしょうけどね、一番悪いのはラトクリフ副団長殿じゃないかしらね!」
「だよなー!ま、それも俺が焚きつけたようなもんだけど」
「……あ、あの?」
「ま、そういうわけだ。今夜に備えて、今日は休暇扱いにしてある。荷物の用意なんかもあるだろうしな」
「それじゃ、私も準備があるから――いい、リズ。あなたは部屋から出ちゃだめよ」
じゃあな、と立ち去ろうとするロブとアデリンの襟首を、リズベスの手ががっちりと捕まえた。
「……なんか、隠してますよね?さあ、洗いざらい吐いていってもらいますからね……!」
怒らせると怖いんだよなあ、と呟いたロブの声は、虚しく宙に消えていった。
「なっ、なっ……なんっ……!?」
「ほ、ほら、リズ、落ち着いて、ほら」
アデリンが、背中をさすりながら片手でお茶のカップを手渡してくる。口元まで近づけられたそれは、いい香りがして、一瞬だけほっと気持ちが緩んだ。
両手で受け取って、口をつける。芳醇な味わいと芳香に、リズベスは少しずつ落ち着きを取り戻した。
「……ま、ほらさあ、もともと噂があったじゃん?」
「副団長殿の訪問は、その火種に油を注いじゃったわけよ。ほら、副団長殿がおかえりになった後、一応うちら三人ででていったわけだけど」
ロブの言葉を受けて、言いにくそうにアデリンが続ける。
「んでまあ……その時のリズベスの様子がさ、その……」
「明らかに事……ってえ!アデリン、なんで蹴った!?」
「そこまで言う必要ないでしょう!?もう、ロブ隊長は少し女心とか――いや、それ以前に人間関係の機微についてよーく考えた方がいいと思いますよ!?」
ぎゃんぎゃんと言い争う二人を眺めて、リズベスはため息をついた。
当事者である自分が、落ち込む暇も与えてくれないつもりらしい。それが気遣いなのか、はたまた単に仲の良い二人のいつものじゃれあいなのかはさておき。
「そう……あそこで何かあった、というのが噂になってしまっているの……」
より正確に言えば、こうだ。
『噂の二人の密会!』『目撃者の証言によれば、出てきたリズベス嬢の目は潤み、頬を染めていたとか』『もしかして、プロポーズ?』『これは、結婚も秒読み間近か?』
もう、女性研究員どころではなく、名指しで噂されていると聞かされて、リズベスは机に突っ伏した。
どうもロブの口ぶりでは、他にもあまり品の良くない話まで出回っているらしい。というか、その場にいたはずのロブとアデリンの存在が全く出てこないのはどういうことだ。
これでは、確かに部屋から出ない方が身のためらしい。後のことは、おいおい考えよう。
ただ一つ良かったことは、二人で会うことは仕事でなく、恋愛がらみと認識されていることくらいだろうか。
これなら、任務には支障がなさそうね、とリズベスは現実逃避したのだった。
リズベスは、自室のベッドに飛び込んで、枕に顔を埋めた。ここに侍女がいたら、間違いなく顔をしかめただろう。良家の子女としては、はしたない限りである。
本当なら、応接室から自室まで叫びながら走り出したいほどの羞恥をこらえてきたのだ。それくらいは大目に見てもらいたい。
ひとしきりバタバタとベッドの上で暴れまわると、リズベスはようやく身を起こした。
それでも、まだ頬は火照っているし、油断すると叫び出したくなる気持ちなのは変わっていない。
ヒューバートはあの後、素知らぬ顔でロブと任務について話せる限りのことを話し合い、騎士団棟へと戻っていった。去り際にこそ、何か言いたげな視線をリズベスに向けていたが、それを正面から受け止めるだけの余裕など、持てようはずもない。
妙ににこやかなロブと、気の毒そうな視線を送るアデリンが部屋まで送り届けてくれたが、その二人にもお茶を振る舞うことも出来ず、扉の前でなんとか挨拶だけをして部屋に引っ込んだ。
(あーもうほんと、何だったの……!)
先ほどのことを思い出すと、リズベスはまたしても暴れ出したくなってしまう。
何故、あんなことになったのだろう。思い返してみても、リズベスにはなにも思い当たることはない。
それまで、任務について真面目に話をしていたはずだ。あんな――。
リズベスは、思い出すとさらに顔を赤くした。もうこれ以上ないのではないか、と思うほど真っ赤になった顔が、ベッド脇のドレッサーの鏡に映っている。自分の顔ながら、見ていられない。
そうだ、ちゃんと私は任務の話をしていたはずだった。リズベスにとって、ヒューバートの行動はあまりにも突然だった。
(まさか、まさかのまさかだけれど……ロブ隊長の、言った通りなの?)
あの時、応接室に入るときにロブに囁かれた言葉を思い出して、リズベスは頬を押さえる。
(そうだとしたら、ヒューバート様は……)
頬がさらに熱くなる。恥ずかしいけど、嬉しいような。きゃあ、と叫び出したいくらいに心臓が、心が跳ね回っている。
(ああ、もう無理。今日は仕事になんかならないわ)
ばふっともう一度枕に顔を埋めると、リズベスはそのまま目を閉じた。
そのまま、リズベスは眠ってしまっていたらしい。部屋の明るさにぱちぱちと瞬きして、リズベスは辺りを見回した。時計を確認すると、既に勤務時間が近い。あわてて身支度を整えようとして、リズベスは自分の姿に気がついた。
魔術師団の制服は、寝ている間にしわしわになっている。そうだった、制服のままだったのだ。はあ、とげんなりしながら、リズベスはクローゼットを開け、予備の制服に着替えた。
ついでに合図を送って侍女を呼び出す。
ほどなくして現れた侍女は、しわしわの制服を見るとかすかに眉根を寄せたが、口に出しては何も言わずにそれを受け取り退出した。
ほどなくして、部屋の扉をノックする音が聞こえる。扉の向こうの人物が何事か言ったようだが、寝室にいたリズベスには聞き取ることができなかった。
(アデリンかしら?いえ、そうなら部屋に入ってくるか。こんな時間に誰かしら……?)
「はあい!ちょっとお待ちくださいね」
そう言うと、リズベスは鏡で自分の姿を素早くチェックする。髪も直したし、制服もちゃんと着ている。大丈夫だと判断して、リズベスは入室の許可を出した。
「おっはよお~!」
「おはよう、リズ」
「……どうしたの?二人とも」
リズベスが目を丸くしたのも無理はない。何度言っても無駄だったと言うのに、急にどうしたと言うのだろう。
その顔を見た訪問者は、揃って顔を見合わせると吹き出した。
「だっからいつも通りでいいって言ったろ~」
「やだ、ロブ隊長、それで昨日みたいな場面に遭遇したら、どうするんですかぁ~」
「ロブ隊長、アデリン!や、やめて……!」
なるほど、二人が急に部屋の扉をノックするなどと言う珍しい行動に出たのはこう言うわけか。リズベスは真っ赤な顔で二人を睨みつけた。
ひとしきり笑った二人が、いつもの定位置に座る。直前で、カチリと部屋の鍵をさりげなくアデリンが締めたことに、リズベスは怪訝な視線を向けた。
し、と指を立てたアデリンが、リズベスにも着席を促す。
怪訝な面持ちで席に着いたリズベスに、珍しく真剣な眼差しのロブの視線が刺さる。
ごくり、と知らず息を飲んだリズベスは、何が始まるのかと緊張して彼の言葉を待った。なんだろう、こんなに真面目なロブの顔を見るのは、久しぶりだ。
普段から飄々とした態度のロブだが、腕は評判が高く、危険な任務に就くことも多い。アデリンを副官に置いているのも、彼女の腕もさることながら、数少ない癒しの魔術の使い手だと言うことも大いに関係している。
そう、あれは――。
うっかり過去の思い出に飛びそうになったリズベスの耳に、ロブの声が届いて現実へと引き戻す。
「リズ、お前さ……今日は部屋に籠もってろ」
重々しい響きのくせに、言っている内容は変だ。リズベスは、首を傾げた。
もともと、リズベスの仕事は基本的には部屋に籠りがちな事が多い。一人であれこれと試行錯誤したり、データを比較したりと、デスクワークが主になるからだ。
けれど、今は強化魔術の研究が大詰めだ。そうも言っていられないはず。
それに、とリズベスは思い出した。
今日の宵の刻には、目的地に向けて出立する予定だった筈だ。まさか、何か手違いでも生じたのだろうか。そう想像して真っ青になったリズベスに気づいて、アデリンが首を振る。
「大丈夫、リズの想像してるようなことじゃないわよ。むしろ――リズには想像できないことかもね」
「いやあ、今回ばかりば俺が悪かったかなあ」
眉間にしわを寄せたロブが、ばりばりと頭を掻く。そのロブを横目で見て、アデリンは苦笑した。
「ま、悪いといえば確かに悪いでしょうけどね、一番悪いのはラトクリフ副団長殿じゃないかしらね!」
「だよなー!ま、それも俺が焚きつけたようなもんだけど」
「……あ、あの?」
「ま、そういうわけだ。今夜に備えて、今日は休暇扱いにしてある。荷物の用意なんかもあるだろうしな」
「それじゃ、私も準備があるから――いい、リズ。あなたは部屋から出ちゃだめよ」
じゃあな、と立ち去ろうとするロブとアデリンの襟首を、リズベスの手ががっちりと捕まえた。
「……なんか、隠してますよね?さあ、洗いざらい吐いていってもらいますからね……!」
怒らせると怖いんだよなあ、と呟いたロブの声は、虚しく宙に消えていった。
「なっ、なっ……なんっ……!?」
「ほ、ほら、リズ、落ち着いて、ほら」
アデリンが、背中をさすりながら片手でお茶のカップを手渡してくる。口元まで近づけられたそれは、いい香りがして、一瞬だけほっと気持ちが緩んだ。
両手で受け取って、口をつける。芳醇な味わいと芳香に、リズベスは少しずつ落ち着きを取り戻した。
「……ま、ほらさあ、もともと噂があったじゃん?」
「副団長殿の訪問は、その火種に油を注いじゃったわけよ。ほら、副団長殿がおかえりになった後、一応うちら三人ででていったわけだけど」
ロブの言葉を受けて、言いにくそうにアデリンが続ける。
「んでまあ……その時のリズベスの様子がさ、その……」
「明らかに事……ってえ!アデリン、なんで蹴った!?」
「そこまで言う必要ないでしょう!?もう、ロブ隊長は少し女心とか――いや、それ以前に人間関係の機微についてよーく考えた方がいいと思いますよ!?」
ぎゃんぎゃんと言い争う二人を眺めて、リズベスはため息をついた。
当事者である自分が、落ち込む暇も与えてくれないつもりらしい。それが気遣いなのか、はたまた単に仲の良い二人のいつものじゃれあいなのかはさておき。
「そう……あそこで何かあった、というのが噂になってしまっているの……」
より正確に言えば、こうだ。
『噂の二人の密会!』『目撃者の証言によれば、出てきたリズベス嬢の目は潤み、頬を染めていたとか』『もしかして、プロポーズ?』『これは、結婚も秒読み間近か?』
もう、女性研究員どころではなく、名指しで噂されていると聞かされて、リズベスは机に突っ伏した。
どうもロブの口ぶりでは、他にもあまり品の良くない話まで出回っているらしい。というか、その場にいたはずのロブとアデリンの存在が全く出てこないのはどういうことだ。
これでは、確かに部屋から出ない方が身のためらしい。後のことは、おいおい考えよう。
ただ一つ良かったことは、二人で会うことは仕事でなく、恋愛がらみと認識されていることくらいだろうか。
これなら、任務には支障がなさそうね、とリズベスは現実逃避したのだった。
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